第25話 兄+妹で魔王に挑む


 魔王城の一室、謁見の間と思しき部屋に通された俺達は椅子を用意されるということもなく、ただ壇上で偉そうに足を組む魔王と対峙していた。先程から嫌な胸の高鳴りが止まらない俺に、魔王が話しかける。


「まぁ、そう堅くなるな。『天くぅ』……いや、『千年天狐』を生かして連れ帰った件については褒めて遣わす――して、話とは?」


(いきなり、本題……)


 目の前の涼しそうな瞳を見る限り、世辞やご機嫌取りで動くタイプではなさそうだ。かといって生贄などを要求してきそうな感じには見えない。さっきのコンちゃんに対する態度を見る限り、『褒めて遣わす』というのも本心だろう。

 ここであまり勘繰って取り繕っては見破られたときに面倒なことになる……そう思った俺は、包み隠さず話すことにした。


「魔王様に、ご相談があって参りました。『冥界の門』について、何かご存じではないでしょうか?僕はそれを使って『異界へ』道を開きたいのです」


 その言葉に、魔王の眉がぴくりと動く。


「貴様……よもや『帰りたい』とぬかすのではなかろうな?見たところ、貴様は異邦の者だろう?」


 ……棘のある言い方。だが、隠せばもっと悪くなる気がする。


「左様でございます。僕は異邦人……ですが、この世界に残る『彼ら』とは考えをことにしております。僕は、この地で一生を終えるつもりはありません。故に、帰り道を探しているのです」


「お兄ちゃん……」


 俺は、寂しそうに裾を握るモエの肩をそっと抱き寄せた。


「ごめんなさい、モエ。君が僕を慕ってくれる気持ちは嬉しい。けど、僕は『本来この世界にいるべき存在』ではないんです……僕には、残してきた『家族』がいる。わかって、くれますか?」


「……うん。モエにはコンちゃんがいるから、わかるよ。『家族』は、一緒じゃないとダメだよね?」


「きゃん!」


「ええ、そうです。わかってくれて、ありがとう?」


 にこり、と微笑むと、見ていた魔王は再び口を開く。

 その言葉は……予想外のものだった。


「――よかろう」


「え――」


(うそ、だろ……?こんなあっさり、いいのか?)


 まさか。


 胸の鼓動が、早くなる。


「ほ、ほんとうによろしいのですか!?」


「『冥界の門』を使って『異界への扉』を開きたいのだろう?代々魔王たる余の家には、それを叶える術がある。対勇者専用、最終手段――【封印術・異世界送り】だ」


「――っ!」


「どうにも倒せない鬱陶しい勇者めが現れた際は使えと、口伝で教わっている。本来の利用目的とは異なるが、要は『帰れれば』いいのであろう?」


「【異世界送り】……強制送還ですか……」


 そうか、その手が。まさかの希望に喉が鳴る。だが――


「……ご協力、いただけるのですか?」


 恐る恐る問いかけると、魔王はにやりと笑った。


「無論、タダで済むとは思っていまい?」


 だろうな。


 首肯すると、魔王は杖を手に立ち上がった。


 まさか――このメンツで戦闘を!?


 振り返る俺。きょとん顔のモエ!あくびするコンちゃん!!


(さすがに、無理が……!)


 冷や汗を垂らしていると、魔王は言い放つ。


「示してみせよ。貴様の『力』を」


 ああ、やっぱそうなる?その台詞、一回生で聞いてみたいと思ってたよ。

 けど……"今"じゃなくてよかった!


 俺は苦し紛れに言葉を紡ぐ。拳を、握りしめながら。


「……わかり、ました。あなたが望むなら、どんなことでもして見せましょう。星の雨を降らせ、この地を海に沈めることも――」


 俺はモエを振り返る。


「……モエ?お兄ちゃんは、。信じてくれますね?」


 こくり。


 深呼吸をして、その『想い』に応えるように息を吸い込んだ。


(やってやる……!モエが『信じる』限り、俺はなんだってできる!)


 天高く空に手を掲げ、強く念じる。


(映せ、『ミラー』……姿を!!)


「さぁ……星よ――!」



(――落ちてこい!!)



 僅かに揺れる大地、震える大気……異変を感じとって鳴きだす獣の声――


(……イケる!!)



「  待  て  !! 」



「――っ!?」


 俺を止めたのは、魔王だった。


(……いいとこ、だったのに!あと少しで、星が落ちて来そうだったのに!)


 と、思った矢先。

 空を裂いて嫌な痺れが大気を震わせた。頭上を彩る大きな天窓に目を向けると……


(……来た!)


 星が、落ちてきた。流星群とはいかないけど一個だけ。

 凄まじい轟音を纏ってまっすぐこっちへ向かって来る!

 魔王が咄嗟に杖を構えた。


「馬鹿者!!誰が実際にやれと!!」


「だって、『力』を示せって……」


「これだから異邦の者は……!規格外が過ぎる。常識でものを考えろ!誰が防ぐんだ!」


「あ。」


「氷結結界――【絶対に家から出たくない余を守る氷壁ヴェイル・グランデ】!!」


 魔王が唱えると、城一帯を取り囲むようにして氷の結界が展開する。

 巨大な雪の結晶を形取った結界は何十、何百と幾重にも重なり、衝突を受け止めては砕け、再生しては受け止めて、流星の衝突から俺達と魔族を守った。

 美しい氷の粒が辺りを包む中、ズズズッ……と鈍い音を立てて軋む城。

 そして、思いのほかあっさりと防がれた俺の攻撃(仮)。

 残念半分に視線を向けると、魔王がため息を吐く。


「……ウチを壊すな」


(…………)


「……申し訳、ございません……」


 言われてみれば、そうだよな。


 素直に肩を落としていると、魔王は杖を突きだした。


「なんでもできると言うのなら、この杖を貴様の元に引き寄せてみよ」


「え。」


「……できぬのか?」


 俺は振り返った。心配そうに見つめるモエ。

 俺は、精一杯自信たっぷりに見えるように笑いかけた。


「……できますとも」


 掌を上にして、指で手招きをする。

 そして、モエに聞こえるようにはっきりと告げた。


「――?」


 僅かに杖が動き出し、ふわりと浮いてぷかぷかとこちらに向かって来る。

 これは……


 ――モエの『引き寄せる』イメージだ。


(いいぞ……そのまま……)


 思わずにやりと笑みを浮かべると、何を思ったか魔王は椅子にドカッと腰かけた。


「……ふむ、わかった。嘘ではないようだな?中々に使えそうな『力』だ」


「――っ!では……!」


「ふーむ。最後に、『一番得意なこと』をしてみせろ」


「え……?」


「どうした?なんでもできるのであろう?


「…………」


 思わず息を飲む。


(得意なこと……!?モエと『共通認識できて』得意そうなこと……!)


 急に言われても思い浮かばない!


(マズい……想定外だ……)


 思わずモエを振り返ると、首を傾げて見守っている。

 魔王が口を開き――


「……なんだ。?」


 ――俺を、殺した。


 この瞬間。俺は『神』ではなく『ゴミムシ』になった。

 いくらモエが俺を信じたところで魔王が『できない』と認識している以上、様子を伺われていたさっきまでとは話が違う。


「くっ……」


 思わず歯噛みすると、モエが心配そうに声をかけてくる。


「お兄ちゃん……?」


 俺は思わず抱きしめた。


「いえ、少し調子が悪いだけですよ……心配しなくても大丈夫……」


(ごめん、モエ……!信じてくれたのに!)


 俺は魔王に向き直った。


「……ふたりきりで、お話をしても?」


「……よかろう」


 俺のただならぬ様子を察した魔王は、モエとコンちゃんを下げさせた。

 ふたりきりになった謁見の間で、俺は魔王と対峙する。

 気まずくて何も言えない俺を、痛々しい沈黙が包む。

 その静寂を裂いたのは魔王だった。


「あいつは……妹か?」


「いいえ。よく似てはいますが、実際の妹ではありません」


「まっすぐな目をした、いい娘だ。『想い』が力を振るうこの世界において、『思い込みが激しい』というのは何ものにも代えがたい力となる。『千年天狐』は、いい娘を見つけた」


「…………」


 バツが悪そうに視線を逸らす俺に、魔王は呟いた。


「……面白い『力』だな?」


「…………」


「『ミラー』……『願望の映し鏡』か……」


「なっ――!?」


 まさか。一瞬で理解したのか!?


 恐る恐る問いかける。


「魔王様……ひょっとして、いたのですか?」


血刻けつこく情報か?」


(ステータスのこと、だろうな。こっちではそう呼ぶのか……)


 黙って頷くと、魔王は楽しげに笑う。


「余を誰と心得る?こう見えてれっきとしたぞ?いくら【怠惰】と肩書きがついていようと智将と呼ばれた父上の息子。能力を見破るくらい――」


「……【怠惰】?」


「いや、なんでもない。忘れろ」


 サッと視線を逸らす魔王。『こほん』と咳払いをすると、再び俺に向き直る。


「まぁいい。能力どうぐは使い方次第だ。余は目的が果たせればそれでよい。もし余の助力を欲するのであれば、そうだな――」


(まさか……生贄か?)


 ごくりと唾を飲み込むと、魔王は告げた。


「貴様の領土を、寄越せ」


「なっ――」


「何を驚く?貴様は『帰る』のであろう?要らんではないか。貴様の連れが西の聖女であることはわかっている。貴様が望めばなんでも差し出してくるであろうことも。それ故、寄越せと言ったのだ。帰る貴様には不要なものであろう?」


「ですが、街には民が暮らしています!僕やライラ様の一存では――それに、西の領を手に入れて、何をしようというのですか!?」


 絶対、世界征服だ!!

 西の領を拠点に、全土を制圧するつもりか!?


 流石に俺のわがままでそこまでさせるわけにはいかない。

 絶句していると、魔王は想定外の言葉を発する。


「何か勘違いしていないか?余は、『世界を混沌に染め上げる』ことなど毛頭興味はないぞ?どうして余がそんな七面倒くさいことを――」


「え――てっきり……」


「ああ!これだから童話や伝承に踊らされている人間は!」


 魔王は椅子にふんぞり返って今日一番に大きいため息を吐いた。


「貴様、その顔だと余が『世界征服を企む魔王』だとでも思っているんだろう?」


「………………はい」


「貴様が『この世界に残る勇者とは考えをことにする』と言ったから期待しておれば!とんだ見込み違いだ。その様子では貴様もこの世界の住人よろしく『神と悪魔と異界の勇者』の伝承に踊らされている人間だな?」


「いえ!そんなことは――!」


「では、貴様は?」


 ――来た。


 俺は直感する。

 おそらく返答次第では魔王を味方につけることができるかもしれない。


 脳裏によぎるハルの『都合のいい英雄譚』に、モニカちゃんが抱える『勇者と異能に頼り切り、在り方が歪んでいる』という悩み。

 そして、魔王の言う『目的』とは……


 もし俺がその『目的』を言い当て、利害が一致するのであれば望みを叶えてもらえるだろう。俺は、帰れる。じゃあ、魔王の『目的』って……?


「どうした?」


「…………」


 魔王は俺達の領土を欲している。だが、それは世界征服の為ではない。

 だとすると……統治。加えて魔王は伝承を毛嫌いしている。


「ひょっとすると、あなたの目的は……『勇者と戦わないこと』……ですか?」


「……お?」


 魔王の表情が、変わる。目を細めてにやにやと、俺の出方を伺っているようだ。


(……間違いない)


「魔王様。あなたは『神と悪魔と異界の勇者』の伝承に『異』を唱えたい。この世界の、『終わらない勇者との戦い』を止めようとしているのではないですか?」


「…………」


「だから地上に領土を欲する。より良き統治を行い、自分らに敵意が無いことを示すために。そして、魔族と人間が共生していけることを証明したいのでは?」


 その問いかけに、魔王は笑った。


「貴様……想像以上だ。確かに余は地上における統治を望んでいる。勇者と争うことにも嫌気がさしていてな?いい加減いたちごっこは終わりにしたいのだ。これでは両者ともに疲弊していく一方……だが、勘違いするな。我ら魔族と人間が共生を望み、繁栄を極める……崇高な志ではあるが、それは目的の一端に過ぎない」


「……と、言いますと?」


 首を傾げる俺に、魔王は言い放った。



「余は、働きたくない」



「…………」


「故に、すでに人の手によって統治された街に魔族を滑り込ませる形で共生させ、我々魔族が『敵対しなければ良き隣人となれる』ことを証明したいのだ。無論、既に統治者である者に全ての執政を任せる。余は魔族の統制と管理から解放され、勇者との争いからも解放される。余は完全なる自由を手に入れるのだ!」


「…………」


「まぁ、乞われればアドバイスくらいはしてやらなくもない。何せ余は智将と名高い父上から天才的頭脳を、深淵の申し子と呼ばれた母上から至高なる魔術の才を受け継いだサラブレッド魔王。ベルフェゴール様なのだからな?」


 『ふふん』とドヤ顔で『魔王完全ニート化計画』の全貌を暴露したベルフェゴール。俺はさっきまでの奴のものに負けないくらいのため息を吐いた。


「その『平穏』と『安寧』を望むお心……敬服いたします……」


「であろう?」


(まぁ、魔王が平和主義はたらきたくないならそれに越したことは無いよな……?それに、人と魔族が争わなくて済むならクラウス団長達の仕事も減るし、領民にとっても悪い話では無い……)


 俺は、頷いた。


「僕もこの世の『英雄譚を崇拝する在り方』には常々疑問を抱いておりました。平和を望む魔王様とは志を同じくする者。できる限りご協力させていただきますので、望みを叶えた暁には――」


 伺うように頭をあげた俺にベルフェゴールは『うん、うん』と目を細める。


「ククッ……ユウヤ、とか言ったか?余と貴様で――」


 ――『この世界の在り方』に『異』を唱えようではないか……

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