第13話 法廷の中心で『愛』を叫ぶ


 翌朝。ついに裁判が始まった。

 聖女教会中央本部にある裁判所。そこの被告席に俺とライラは座っていた。刑事事件を起こした凶悪犯ではないので手錠などはつけていないが、左手に原告側と思われる教会本部の役職者、右手に罪状を追求する検察官のような者が並び、正面の高い位置に五人の裁判官を見上げるこの状況は、アウェイ以外の何物でもない。

 本来ならば被告側である俺達には弁護人がいて然るべきだが、ここは『遅れた』異世界だ。そんな優しい制度は無い。黙って座りこむ俺達に、裁判長が告げる。


「では、開廷します」


 その声を聞いて、背後の傍聴席がざわつく。おそらく起立して礼でもしているんだろう。こんな判決の決まった茶番の為に、わざわざご苦労なことだ。

 だが、ここに入ってくる際に見た傍聴席は黒や紺のローブを纏った魔術師の類で埋め尽くされていた。俺とリリスの予想は大当たりと言うことだろう。


 奴らは、裁判を聞きに来ているのではない。『俺を見に来ている』のだ。

 能力の無い異界からの来訪者はどんなものなのか。研究対象としての素質はいかほどか。そして、窮地に立たされた場合に何らかの能力を発現するのではないか、と。期待に満ちた眼差しが俺に向けられている。


(胸糞悪い……まるで人身売買のオークション会場にいる気分だ……)


 思わず舌打ちする俺の手を心配そうに握るライラ。俺はその手をそっと握り返した。今更仲の良さを隠したって仕方がない。だって、『判決はもう出ている』のだから。


「被告人は台に」


 俺達は言われるままに台に立ち、正面の裁判長を睨めつける。俺達の所属や罪状が淡々と読み上げられ、俺に対する黒い噂があること無いことつらつらと提示されていく。

 やれ『聖女を誑かして宰相の座に就いた』だの『錬金術師と結託して怪しい白い粉を蔓延させようとしている』だの『騎士団を解散させ、都合のいい人間のみで組織を再編成した』だのと。うんざりするほどお門違いも甚だしい。

 その理不尽さに閉口したまま、問いかけられる質問と確認に『はい』とだけ答える。頭の中は早く終わってくれないかと、そのことだけでいっぱいだった。


 そして、『そのとき』がようやく訪れた。裁判長が小槌を鳴らす。


「――判決。有罪。西の宰相ユウヤを、対聖女偽計業務妨害罪にて三年の禁固刑に処す。尚、聖女ライラは被害者であり、本件についてはその罪を不問とする」


「「…………」」


(想定通りだ……)


 ライラには前もってこのことを伝えていたのでさして驚きはしない。だが、現実を突きつけられて握る手が僅かに震えていた。


「罪人を連れていけ」


 奥の扉から黒衣を身に纏った男たちがぞろぞろと出てくる。そして、俺とライラを引き剥がして拘束しようとした。


「ユウヤ……!」


「チッ……手荒な真似はやめてもらえます?こう見えてヤワな作りをしてるんですから。どこぞの英雄様と違ってね?」


「黙れ。大人しく縄につくんだ」


「はっ。そんなもの無くても、僕は無力な異邦人。手錠ひとつで十分ですよ?一体、何をそんなに怖がっているんだか……ククッ……」


「ええい、我らを愚弄するか!」


 突如としてキレる男が、俺を地に押さえつける。この光景が、この裁判がいかにおかしいかを物語っていた。だって、本来であれば俺を押さえつけるのはこいつらの仕事じゃない。鎧を着こんだ衛兵の仕事だ。俺はおそらくこの男たちによって身柄を確保され、他の禁固刑の者達とは違う施設に送られるのだろう。

 あまりに想定通りの内容に、思わず腹の底から笑いが込み上げる。


「ユウヤぁ!」


「…………」


 俺はライラに視線で合図する。『まだ』だと。そして、これ見よがしに暴れて見せた。ジタバタともがき、抑えている手に噛みつく。


「触るなっ!僕は何もしていない!これは何かの間違いだ!」


「黙れ!抵抗するんじゃない!拘束を強くするぞ!」


 男の一人が小言で何事かを詠唱したかと思うと、地面から影のようなものが這い出して俺の身体を拘束する。このぬらりとした感触は、まるで蛇に締め付けられているような心地だ。やられたことないけど。


「何をする!この腐れ魔術師!」


「――っ!このっ……クソガキ!」


 ――キィンッ……!


 もう一人が詠唱すると、今度は光の鎖のようなものが俺を拘束した。


「うっ……」


 俺は力なく再び地に伏す。ローブを被り、傍聴席の端に紛れるリリスに視線を向けた。

 ――こくり。


(特定、したか……)


 僅かに首肯した後、すさまじい勢いで詠唱を進める口元。すると、瞬く間に法廷内が白い霧に包まれた。同時に立ち上がったリリスは大声で詠唱する。


「――【呪煙じゅえん引キ籠リ女神ノ嘘ト偽リアマテラスのかくしとびら】!」


「それでもって――【誰ニモ開ケラレナイ拒絶ノ岩戸絶対拒絶のかべ】!!」


 叫ぶと同時に、薄い光の壁が傍聴席と俺達を隔離する。壁に分断された部屋の中、俺達の正面には裁判官と黒衣の男たちのみが収められている。


(よし……!)


 俺はライラに合図した。


「今です……!」


「――っ!」


 待ってましたとばかりに目を見開くライラ。

 俺はその『想い』に応えるように言葉を発する。


!ライラ様!!」


「ユウヤから……ユウヤから離れなさいっ……!」


 ライラは大きく両手を正面に掲げた。その手から、眩い光が溢れだす。


(来るぞ……!ライラの『神聖魔法ガチギレ』が……!)


 その輝きにおろおろと慌てだす法廷の人物たち。だが、傍聴席は幻惑の霧によって『通常通り裁判が行われている』夢を見せられている為、真実を知ることは敵わない。俺は内心でほくそ笑んだ。もう、この場にいる裁判官と検察官、黒衣の男は助からない……!

 なぜなら、ライラの魔法は最強だから。


 この世界において、魔法の威力を決める源は術者の『想い』だった。

 誰かを助けたい、守りたい。敵を倒したい、滅ぼしたい。もっと早く走りたい、空を飛びたい、など。無論、魔術適正は必要となるが、魔法を使う者たちはその『想い』を詠唱に乗せて力を振るう。だからこそ――


(ライラの『愛』は、最強だ……!)


 俺の期待に応えるように、ライラが大きく息を吸い込む。そして、渾身の呪文を詠唱した。


「ユウヤは誰にも渡さないっ!私達の愛を引き裂く者なんて――!」

「――【裁きの女神ノ雷どっかいって】!!」


 ――ドォォオオンッ……!


「私は!ユウヤとずっと一緒にいたいの――!」

「――【戦の女神ノ閃槍じゃましないで】!!」


 ――バァァアアンッ……!


「乙女の純情を踏みにじるあなた達なんて――!」

「――【破壊の女神ノ咆哮みんなみんなキライよ】!!」


 ――ドゴァァアンッ……!


「私は、ユウヤが……!」

「――【殲滅ノ――星ノ亡骸だいすきだぁぁあああっ】!!!!」


 ――カッ……!


(――っ!)


 眩い閃光が轟音と共に鳴り響く。雷のような、新星爆発のような未知の光の奔流がリリスの張った壁の中で乱反射を繰り返し、瞬く間に法廷を『愛』で埋め尽くしていく。俺が指示していたとおり、裁判長以外の人間が爆発に巻き込まれてボロ布のように無残な姿となっていった。


「ああああああああッ――!」


(…………)


「はぁ……はぁ……」


 辺りが灰燼と化した頃。ゆっくりと起き上がり、肩で息をするライラをそっと労わるように抱き寄せる。


「ふふっ……ライラ様?」


「――あ。ユウ、ヤ……」


「愛してくれて……ありがとうございます……」


 疲れてぼんやりとしているその頭をぎゅっと抱えると、俺は唯一無傷の裁判長に向き直った。


「――裁判長?」


 びくっ!


「どうです?でしょう?僕のライラ様と、その『愛』は」


「くっ……この、人殺しの聖女が……!」


「何をおっしゃるかと思えば。ひとりも殺してませんよ、ね?」


 そう言って、足もとに転がる死にかけの裁判官達に視線を落とす。


「ライラ様はお疲れです。彼らを治療する力も残りわずか。僕が支えている間はかろうじて立っていることができますが、この手を離せば今にも意識を失ってしまうかもしれません。するべきことは……わかりますね?」


「このような暴挙……!許されると思うなよ!?」


「それはこちらの台詞です。罪のない異邦人にありえない罪状を突き付けて、それで裁判が無事に閉廷するとでも?」


「――っ!」


「あなた達の目論見はわかっているんですよ。ですが、いくら狙ったところでライラ様がいる限り、僕はあなた方に屈しない。僕を敵に回すということは、ライラ様を敵に回すということだ。ゆめゆめお忘れなきように……」


「くっ、こんなことが二度までも……!ライラ!なんとか言え!この人殺しの聖女マーダー・セイントが!」


 その言葉に、びくっと肩を震わせるライラ。裁判長は構わず言葉を続ける。


「人殺しのお前を遠ざけるように西に送ってやったのは誰だと思ってる!?その身に有り余る力を、せめてもの罪滅ぼしに活かそうと、聖女の地位を与えてやったのは誰だと!その罪と!恩義を忘れたか!?」


「――っ!」


 腕の中のライラが、顔を蒼くして震えだす。


(これが……ライラが俺に固執する本当の理由?『ライラを求める俺』を求める、理由なのか?)


 胸の中に渦巻いていた予感が、次第に現実味を帯びてくる。だが、今はそんなことはどうでもいい。俺はライラの瞳に自分を映し、語りかけた。


「ライラ様?昨晩も言いましたが、ライラ様は僕の傍にいてくださればそれでいい……それで、いいんですよ?」


「ユウ、ヤ……私……」


「僕がライラ様を支える限り、ライラ様は倒れない。これまでも僕たちはそうやって領土を発展させてきた。そして、これからも僕はライラ様と共にある。誰に、なんと言われようと――わかっていただけましたか?」


「くっ……」


「さぁ、判決を。といっても、『無罪』以外は聞こえませんけどね?僕、ライラと同じで人の話を聞かない人間なんですよ」


 冷やかすように薄笑いを浮かべると、裁判長は諦めたようにぽつりと呟いた。


「……治療を」


「え?」


「その者達の治療をしてやってくれ」


「ククッ……話がわかる裁判長でよかったです。そのうえ、部下を見殺しにするような冷血漢でなくて。ですがその前に、判子をください。無罪の判決用紙に、直筆のサインと血判を」


 俺は宰相服のポケットから用意していた紙を取り出し、裁判長に渡した。苦々しい表情でそれを受け取り、署名と捺印をする裁判長。その『判決書』を手にすると、俺はライラを励ました。


「ライラ様、もうひと踏ん張りできますか?僕を救ってくれたそのあたたかい光で、彼らを癒して差し上げてください」


「うん……」


 ライラはこくりと頷くと、その場に倒れていた者たちの傷を完全に癒した。目が覚めたら、ボロ布になっていた間の俺達のやり取りなんて知らずに『判決書』に目を丸くすることだろう。

 俺は最後に裁判長に告げる。


「これに懲りたら、もう僕たちの邪魔をしないでください。人の恋路を邪魔する者は――ふふっ……行きましょうか、ライラ様?」


「うん……」


 うっとりと目を閉じるライラを抱きかかえ、俺は法廷を後にした。

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