第20話 悪の宰相は他人様のウチで大妖怪を暴れさせる
今、なんて言った?
――『ミラー』?
なんだそれ。俺が聞きたいよ。
まさか、俺にも遂に『能力』が――?
「ハルさん、ちょっとそれ詳しく――」
口を開きかけると、ハルは頭を抑えてよろめく。
「うっ……ダメだ。これ以上は視てられない。酔う……」
その様子を見て、少女が服の裾を引いた。
「お兄ちゃん、逃げよ?」
「でも――」
ここで逃げたら、ハルを完全に敵に回すことになる。それに、俺は自分の能力についてもう少し詳しく知りたかった。
躊躇していると、金の瞳がゆらりとこちらを見据える。
「それにしても、『ミラー』なんて初めて見たよ。どんな能力なんだろう?鏡……?攻撃を跳ね返す、とか?面白いなぁ……」
「……っ」
チート同士の戦いにどこか胸を躍らせるハル。俺は内心で焦った。
――だって、俺は攻撃なんて跳ね返せないから。
もしハルの言うように『ミラー』が攻撃を跳ね返すなら、異世界に来て早々石を投げられた時点で、怪我なんてするわけがない。今までもナイフで切りつけられたら血が出た。だから、俺にはそんなことできない。だったら……
(『ミラー』は、何ができるっていうんだ……?)
わけがわからない。わからないものは使えないし、『鏡』なんてむしろ殴ったら割れそうだ。イヤな予感しかしない。
そんな俺の気も知らず、ハルが再び天羽々斬を構えた。
「まぁいいや。ちょっと引っ掛けてみればわかるよね?」
びくっ。
「安心して?威力は抑えるから。ちょっと、ほんのちょっとだけ。斬撃を飛ばすだけだから、ね?」
「…………」
いや、『ちょっと斬撃飛ばすだけ』って何だよ。やっぱチートじゃねーか。理不尽だ。
だが、ハルもこの世界の住人同様『異邦人にはチートがある』と思い込んでいる為、お遊び程度の攻撃ならしのげると考えているようだ。
「……試して、いいかな?殺さないから。ねぇ、ユウヤ君のその
「――っ!」
――ヒュッ。
一瞬。天羽々斬が軽く振られる。手首のスナップを利かせて、まるでテニスラケットで素振りでもするみたいに。だが、その動きだけで
――スパンッ!……ズズズッ……
近くにあった太い柱が……切れた。紙みたいに。見事な切り口で。
(あ。ムリ)
「……あれ?久しぶりだと加減が……もっと弱めないとダメか。危ない危ない」
『おっかしぃな~』なんて手首をぷらぷらさせるハル。その度に天羽々斬が揺れて、床やら天井やらに細かな斬撃が痕をつけていく。その様子に俺は絶句する。
やっぱチート勇者――冗談じゃない!!
「――逃げるぞ!」
俺はモエの手を引いて走り出す。ハルはカラカラと下駄を鳴らして追ってきた。全く焦ることもなく、逃げ場のない箱の中でネズミが動き回るのを眺めるように。
「ちょっと!狐は置いて行けってば!」
「ヤダぁ!コンちゃんおいで!」
「きゃん!」
「こら!モエ!」
エントランスを駆け抜けて外に出る直前、ハルが一気に加速した。
「やばっ――外には……出るなっ!!」
――ヒュッ
「「――っ!?」」
天羽々斬の一閃が、俺達に迫る。
「お兄ちゃん!」
「くっ……」
俺は咄嗟にモエを抱きかかえた。庇うようにしてその身を丸め、斬撃に背を向ける。
すると――
――パリンッ……
(え――?)
斬撃が――跳ね返った。
パァンッ!
「わっ。危なっ。『鏡』……やっぱカウンター系か……」
跳ね返った斬撃をこともなげに相殺するハル。だが、俺にとっては動揺のあまり思考がままならない。
(うそ、だろ……?跳ね返った?なんで?)
遂に、俺にも能力が……!?
感動と興奮と意味不明な状況にただただ固まっていると、城門付近にリリスの姿を見つける。
(助かった……!)
俺は『助けてくれ』と声を出そうとしたが、先に口を開いたのはリリスの方だった。
「――あ。ハル、くん……」
聞いたことのないような、澄んだ乙女みたいな声。
(忘れてた……!リリスは――)
――ハルの味方だ。
その声に、ハルが足を止める。
「……リリカ?帰ってきてたのか?」
「……うん。ちょっと、用事があって……」
どこか落ち着かなさそうにもじもじとする姿に、『お前どーしたんだ?』と開いた口が塞がらない。だが、おそらく以前のリリスはこういうキャラだったのだろう。ハルは懐かしそうに声をかける。
「なーんだ、来てたなら教えてくれればいいのに。そしたら王宮の外まで会いに行ったのにさ?」
「……言えないわよ……」
「なんで?」
「マヤが、嫉妬するでしょ……」
「別にやましいことするわけでもないんだし。久しぶりに話すくらい、いいんじゃない?元気にしてた?」
「…………」
その一言に、ムスっと頬を膨らませるリリス。まぁ、リリス的にはやましいことをしたい気持ちでいっぱいなんだろうとお察しする。
ふたりの空気にすっかり置いてけぼりの俺達は、今がチャンスと外に飛び出した。
「あ、待て――!」
ハルの制止を振り切り城門へと走っていると、モエの腕からコンちゃんが飛び出す。
「きゃん!」
楽しそうに外を駆け回ったかと思うと、突如として太陽に向かって吠えだした。
「こぉーーーーん……」
「――え?」
俺は、その目を疑った。
「こぉーーーーん……」
吠えるたびにみるみる巨大化していくその姿に、浮かび上がる赤い紋様。太陽の光を吸収するかのように膨れ上がる金の体毛。反比例するように生気を失い、ばたばたと倒れていく城門の衛兵。そして……
――増える尻尾。
「ああもう!言わんこっちゃない!」
ハルが巨大化したコンちゃんに向かって斬撃を飛ばす。
ふかっ……
斬撃は吸い込まれて……消えた。
「くそっ。やっぱ『光』属性の天羽々斬じゃダメか……!」
「こぉーーーーん……」
そうこうしている間にコンちゃんは王宮を超える大きさにまで巨大化する。
「なんで、このタイミングで覚醒を……!」
「「…………」」
妖怪大戦争な光景を前にして、俺は自分の能力のことなど忘れていた。ただただモエと一緒に呆然と巨大化したコンちゃんを見つめる。すると――
コンちゃんが、火球を吐いた。ハルに向かって。今まで閉じ込められていた恨みを晴らすかの如く。
「――っ!」
「――【
ハルは咄嗟に鋭い斬撃を繰り出し、火球を両断した。そのスピードはまさに閃き。光の速さと羽のような軽さで庭の木々を切り倒し、尚も勢いを緩めることなくコンちゃんに向かっていく。そして……
ふかっ……
やはり、吸い込まれた。
「ああもう!これだから『太陽』属性の化け物は!!」
「コンちゃんは化け物じゃないもん!」
「モエ!?お前ちゃんと目ぇついてる!?アレ見てなんとも思わないの!?」
焦るハルをよそに、ケタケタと楽しそうに笑うコンちゃん。九尾の尻尾の先でモエをこちょこちょとくすぐり、すこぶる機嫌が良さそうだ。
「この音なにぃ?ハルくんどうしたん!?」
「ユウヤ!ユウヤは無事ですかっ!?ユウヤがいないと私死んじゃ――はわっ!?」
騒ぎを聞きつけて、マヤとライラが姿をあらわした。そして、仲良く揃って絶句する。
「マヤ様……アレは……?」
「『千年天狐』!?嘘やん……だって、陰陽寮の人らは封印の間は『いつも通り、異常はなんにも見えない』って……」
「マヤ、そんなわけないだろ!?現にこうして逃げられちゃって……いいから!水属性か闇属性の剣出して!たしか
「ああ、アレ?アレなら神様に『神器ふたつも要らんやろ、勇者のくせに生意気や』って回収されたやん。ハルくん覚えてへんの?」
「そうだっけ!?」
「玉手箱なんて開けてないのに、もうお爺さんになってもうたん?嫌やわぁ……そうやってウチのこともいつか忘れて……ふえぇ……」
さめざめとしょぼくれるマヤに、たじたじのハル。クラウスもそうだが、男というのは結婚した途端に嫁の尻に敷かれる存在らしい。曰く、『それも結婚の醍醐味です。むしろ本望だ』と。肝に銘じておこう。そんなマヤを見て、ハルは声を荒げる。
「絶対忘れたりしないから!いいからなんか出して!魔法!!聖女の本気見せてくれよ!」
「ええ~……人使い荒いわぁ、ハルくんいけずぅ……ウチ『水』と『闇』は持ってへんよ?なんかないかなぁ~……」
マヤが着物の袖からごそごそと何かを取り出す素振りを見せる。そうこうしている間に第二波が来た。
「……っ!――【
ライラがバリアを展開するが、心なしか迫る火球が大きさを増していくように見える。
「きゃあ!なんか熱い!」
「――ライラ様!」
「くっ……関係ない子を巻き込むなよっ!?狐っ!!」
攻撃は防げたようだが、熱が処理しきれていないようだ。見かねたハルが火を一閃し、マヤとライラを庇うようにして立ちふさがる。
「『光』と『火』は逆効果だ!チッ……もう、直接斬るしかないのか!?マヤ、もし斬れちゃったら毒石になる前に結界を張って封印を!」
「え、ちょ!ハルくん!?ひとりじゃ無茶やって!」
「でも、ここで俺が止めないと……!」
ハルが天羽々斬を構えて踏み込んだ。
「身体強化――【
唱えるや否や、ハルが天高く跳躍する。浴衣という動きづらさを感じさせない、人外的な身体能力。
(これが本当の――『勇者』のチートか……)
呆気に取られたまま眺めていると、ハルはコンちゃんの頭上で翻り、回転をかけて刀を振り下ろした。
「――【
「コンちゃぁん!!」
――ギィンッ……!
天から一筋の光が撃ち落されたかの衝撃が辺りに響く。コンちゃんはその一太刀を鋭い爪で受け止めた。流石に先程よりも遊んでいる風には見えないが、それでも致命傷には程遠い。その黒く逞しい爪は少しも欠けることなく勇者の剣を弾き返した。
「くっ……やっぱダメか……」
それくらい、この世界において『属性』というのは重要な要素だった。どんな核兵器でも防げるバリアでも、苦手属性の強力な攻撃であれば打ち砕かれてしまう可能性がある。
『太陽』という、俺では見たことも聞いたこともないような属性を持つというコンちゃんを前に苦戦するハル。それ故に、一度は封じたというその逸話がやはりハルが伝説の勇者であるということを物語っていた。
しかし、やはり現役を退いた今、且つ何の準備も無い状態では辛いのか。ハルは苦々しげに舌打ちをする。
「誰か、『水』か『闇』を使える人は居ないのか!?」
そう叫ぶと、リリスと目が合った。
「リリカ!そうだよ、リリカがいるじゃないか!」
「…………」
「頼む!お前の『闇
「 イ ヤ よ 」
「……え?」
ふい、とそっぽを向くリリス。どうやら自分のところでなく真っ先にマヤを助けたのが気に食わなかったようだ。いくらリリスが標的にされていないとはいえ、心中お察しする。
この非常事態に協力的でないリリスに動揺を隠しきれないハル。だが、仕方ないだろう。だってコンちゃんはハルとマヤ以外には何の恨みも無いんだから。むしろ外に出して貰えて感謝されている俺達は、そこまで焦る必要がない。
その表情を見て、リリスは口元に笑みを浮かべた。
「だってあたし……ハルくんの女じゃないもの」
「リリカ、今更なに言って……そんなこと言ってる場合か!?」
「そんなことって何よ!?」
声を荒げたリリスはため息を吐くと、一変してうっとりとした顔をする。そして、唇を舐めると一言――告げた。
「ねぇ……そぉんなに助けて欲しいなら――」
「…………」
「あたしを抱いてよ?ハルくん♡」
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