第21話 勇者パーティとTHE修羅場


 かつて己を封印した勇者と聖女に猛威を振るう『千年天狐』もといコンちゃん。再び封印するには苦手属性である『水』か『闇』の使い手の協力が必要だというが……

 当のリリスはにんまりと、意地悪な笑みを浮かべる。


「あたしを抱いてくれるって言うなら……再封印するのに力を貸してあげなくもないわよ?」


「り、リリカ……?」


「そういえば最初に『千年天狐』を封じたときも、ハルくんはあたしに頼り切りだったっけ?だぁって、ハルくんも聖女サマも根っからの『光』っ子なんだもの!ふたりとも手も足も出なくって……思い返すと笑っちゃぁう!」


 くすくすと楽しげに笑うリリス。ハルはその笑みに隠された圧に押されて冷や汗を垂らす。


「ねぇ……どうする?」


「ちょ、なに言って……できるわけないだろうっ!?」


「あら何?マヤは良くてあたしはダメなの?」


「そういう問題じゃないから!」


「じゃあどういう問題?言っておくけど、あたしマヤよりうまいわよ?ぜーったい、ハルくんを満足させてアゲられると思うんだけどなぁ♡」


「さっきから黙って聞いとれば……!なに言うてはるん!?この女狐!?」


「うるさいわね!黙りなさいよ泥棒猫!あたしが先にハルくんとパーティ組んだのに!ずーっと一緒だったのに!あんたが後から――」


「ふたりとも!?後輩の前でそういう話やめてくれるっ!?小さい子も聞いてるから!」


「「ハルくんは黙って!!!!」」


「う……」


「「「「…………」」」」


 俺をはじめ、モエ、ライラ、その場にいた全員が割りこめない空気を感じる。さっきまで憂さを晴らすように火を吐き散らしていたコンちゃんも、今はイタズラそうな笑みを浮かべてにやにやと修羅場を静観していた。そのことに気づきもせず、ヒートアップする元・勇者パーティ。


「大体ねぇ!あんたのミジンコみたいな胸じゃハルくんだって物足りないわよ!あ~あ~可哀相!こぉんな貧相なまな板を愛でるフリをしないといけないなんて!ハルくんも演技がうまくなったのねぇ?」


「はいぃ?そんなん言うたらそのぶよんぶよんに垂れた乳なんてまるで牛でも相手にしてる気になるんと違う?ハルくんはお上品やから、獣を愛でる趣味は無いよ?ねぇ、ハルくん?」


「いや……」


「ちょっとハルくん!?なに目ぇ逸らしてるん!?こっち見てもの言いや!」


 僅かに逸らした視線が、『巨乳に罪は無い』と語っている。確かにマヤはスレンダーな美人だが、リリスと比べると確かに物足りなさそうだ。別にハルがそのことをどうこう思っている素振りは無いが、いがみ合うふたりは一向に怒りが収まらない。


 どちらがハルに相応しいかという話に始まり、やれ『怪我したフリして抱っこしてもらうのはあざとい』だとか『あのとき風呂の時間を間違えて伝えたのはわざとだろう』『それはあのムッツリ女騎士野郎の仕業だ』とか『寝ぼけて布団に潜り込むのが実は寝ぼけていないことを知っている』だとか『夕飯に媚薬を混ぜたのはお前の仕業だ』エトセトラ。

 かつての勇者パーティで行われたであろう争奪戦の一部始終が白日の元に晒されていく。


 それまで黙っているしかなかったハルは我慢ならないといったように声をあげた。


「あーもう!いいよ!なんとかして俺が倒す!!とにかく!俺はリリカとそういうことはしないから!」


「――っ!」


 ハルはハッとしたような顔をするリリスに告げる。


「リリカ?俺を好きでいてくれる気持ちは嬉しいよ?けど、もう決めたんだ。だから、俺はマヤを裏切れない。いくらリリカが素敵な女性でも、俺は俺の意思でマヤとの結婚を決めた。その決断に、後悔も未練もない」


「…………」


「リリカだって、もうわかってるんだろう?だから、そんなイジワル言わないでくれよ……」


 諭すようなその言葉に、リリスは苦々しげに呟く。


「――いいのよ」


「え?」


「この際、愛人だっていいのよ……?」


 しかし、ハルの意思は固かった。毅然とした態度で向き直り、最後に困ったような笑みを浮かべる。


「……ごめん。俺はリリカのこと、今でも昔と同じくらい好きだよ?でも……それはできない。俺は、マヤの夫だから」


「……ハルくん♡」


「…………」


 しばし黙っていたリリスは、ふぅ、と息を吐くと吹っ切れたように声をあげる。


「あーあー!どうしてあたしっていつもこうなのかしら?諦めたと思ってたのに、未練たらしく……やんなっちゃう!やっぱ性格キャラが変わっても性根がジメジメしてるのは変わんないのかしら!?」


「リリカ……」


「それにねぇ!ハルくん、あなたもあなたよ!?」


「え……?」


「あんたって奴は!どうして、こう……そこまで……そんなに……」


 ――『カッコいいのよ……』


 最後の言葉をかき消すように、リリスが杖を構えた。


「はいはい!やればいいんでしょ!?あんなわんちゃん、一発で拘束してやるんだから!あたしの――『闇の力』でね!!」


 その一言に、コンちゃんが吠えた。


「こぉーーーーん……」


 天を裂くような美しい遠吠えに大気が震え、九尾の尻尾に点々と青い火が灯る。その声に釣られて街から人が集まってきた。ざわざわとどよめき始める城門に、ハルが血相を変える。


「あいつ……!吸精する気か……!」


「吸精……?」


「街の人達の生気を食い物にしてパワーアップするってこと!これ以上デカくなられたら、リリカの術でも拘束しきれない!」


「そんなん……あたしがさせるわけないでしょぉ!?」


「略式――【呪煙じゅえん粘着気質ナ女神ノ束縛イザナミのなみだ】」


 杖で地を叩くと、そこから煙がもうもうと立ち込めた。コンちゃんは尻尾を振り回して鬱陶しそうに払いのけるが、撒いても撒いても煙はしつこく寄ってくる。そして、頭に青筋を浮かべたコンちゃんはこれまでとは比較にならないような特大の炎を口元に蓄え……マヤとハルの方向に向かって放とうと構える。城門前の人々が、勇者の危機に一様に怯えだした。俺も慌てて止めに入る。

 だって、そこにはライラが――


「コンちゃん!いけません!」


「こぉーーーーん……」


 リリスが煙で口を塞ごうとするが、間に合わない!

 特大の火球が、ライラ達のいる方向に――


「やめろっ!!」


 思わず飛び出そうとした瞬間。一匹の猫が目の前を通り過ぎる。


「なっ――」


 凄まじい身のこなしでコンちゃんの身体を駆け上がったかと思うと、その鼻っ柱に一撃を食らわせた。


「にゃうっ!!」


 ――猫、パンチだ……!


「きゃうんっ!?」


 思わず口を閉じたコンちゃん。

 レオンハルトは身を翻し、すかさず二撃目を食らわせる。


「ふにゃっ!!」


 ――ダブル・猫パンチ……!


 唖然とする俺達の目の前にすたっと降りたったレオンハルトは、みるみるうちに口から煙を吐いて縮んでいくコンちゃんをドヤ顔で眺める。

 まさかのまさか。

 俺達の窮地を救ったのは英雄でも聖女でもなく……一匹の猫だった。


「レオンハルト……お前はいったい――」


 『何者なんだ?』口から出かけた言葉を、ハルが遮る。


「――ユウヤ君」


「はい?」


 いつの間にか耳打ちできる距離に来ていたハルの方に振り返ると、誰にも聞こえないような声で囁かれた。


「街の人が、君の『やめろ』という声を聞いて狐が鎮まったと勘違いし始めている……君が、『千年天狐』の操り主なんじゃないかと」


「なっ――」


「あの猫が何者なのかは知らないが、あの子は確かに狐を鎮めた。だから、これ以上騒ぎが大きくなる前に、モエ達とここから脱出してくれないか?この場は俺が収める」


「けど、どうやって――」


「こうやって……だよ!」


 そう言うと、ハルは大袈裟に倒れこんだ。そして、これ見よがしな大声をあげる。


「ああっ!西の宰相の得体の知れないチートにやられたぁ!!」


(えっ――)


「ぐはっ……!俺はもうダメだぁ!街の皆!危険だからこいつには絶対手を出すな……!!今の俺では、手負いにさせて追い返すので精一杯だ……!」


(ハルさん……演技下手くそ過ぎかよ……)


 だが、さすが英雄。こんな幼稚園児のお遊戯会以下の演技でも、街の住人はあっさり騙された。城前広場がざわつく中、ハルの『ここから追い出す!道をあけてくれ!』の一声でモーゼが滝を割るかの如く人波が裂かれていく。ハルは小声で呟いた。


「今だ、行け!」


「ですが、本当にいいのですか?」


「モエと『千年天狐』は君に任せる。君を……信じるよ」


「――っ!」


 俺は小さくなったコンちゃんを抱き上げるモエの手を取って走り出した。振り返りながら、もう片方の手を伸ばす。


「――ライラ様!お手を!」


「……え、ええ!」


 その手をしっかりと握ると、『きゃあ♡まるで愛の逃避行みたいね♡』なんてお花畑な声を出すライラ。『はいはい、そうですね』と軽くスルーし城門を駆け抜けると、すれ違いざまにリリスが下駄を鳴らして追って来る。


「ちょっと待ってよぉ~!まだ東の男引っ掛けてないのにぃ~!」


「リリス!こんな時に何を言って……」


「だぁって!ハルくん似の男は東にしかいないのよぉ~?」


「…………」


 それが狙いか。まったく、相変わらずこいつは……

 俺はため息を吐いて問いかけた。


「それ……言ってて虚しくなりません?」


「なりませぇ~ん!もう開き直ってますからぁ~!」


 くすくすと楽しそうなリリスはモエの腕の中をジト目で睨む。


「あんた、次にハルくんに牙剥いたら毛皮のストールにするわよ?」


「きゃふん!」


 コンちゃんは『知らんがな』といったようにそっぽを向く。『それはダメぇ!』と言ってコンちゃんを抱き締めるモエの手を引いて、俺達は馬車に乗り込んだ。

 王宮の庭では、倒れたフリをして聖女に膝枕されている勇者が俺達を見送る。

 そんなドタバタの混乱は勇者によって収められ、後日、俺達の耳にはある噂が届いたのだった。


 ――膝の上に猫を乗せた悪の宰相が、伝説の妖狐を引き連れて、いつか勇者に報復に来るに違いない、と――


 そんなわけがあるか。あんなチート、もう二度と相手にしたくない。

 俺はそう、胸に誓った。――この時は。

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