EP.11 超次元 国家会談クライシス 破
その銀髪は凍った冬の湖面のように澄んだ白。白い肌に、しなやかな肢体。
長い睫毛の奥から覗く瞳は深海の蒼を湛えたような……
(えっ。何この美少年。ドチャクソエロ可愛いんですけど……!)
じゃなくって。
「あんた、なんでここにいるの?」
会談が行われている大広間に繋がる、唯一の出入り口。
誰も通すなって、宰相君に言われてんのよ、アタシ?
「中は会談真っ最中。ハルくんの殺気の気配がするから、のこのこと出てこられるような状況じゃあないと思うんだけど?」
扉をそっと開けて出てきた少年は、動じることなくフッと微笑んだ。
「少々、お手洗いに失礼します」
「……っ!?」
(何、この……! 鈴の音みたいなハイパーイノセントヴォイス!!)
昔聞いた少年聖歌隊のソプラノちゃんを良い感じに成長させて、低めに落ち着かせたみたいな色っぽさ!
――っと……! いけないいけない。今は仕事中。
アタシね?こう見えて仕事はちゃぁんとするタイプなのよ?あと、約束は守る女。
だから――
「悪いけど、通せないわ?お手洗いに行きたいならココでしなさい♡拭いてあげようか?」
「……下品な魔女ですね。流石は魔王の手下だ」
(はぁあああ……! 蔑むような眼差しもイイじゃなぁい!!)
って。違うってば!
「あんた、さっきからアタシに変な術かけてるでしょ!『夜の魔女』リリス様に『
「年増に興味はありません」
「……っ!」
(えっ?)
足が、動かない。違う。急に立てなくなった。
床にぺたんと座り込んで、必死に立とうと杖に力を入れてるのに……!
「……は?」
「大丈夫ですか? 魔女様?」
くすくす。
「あんた、何を――」
あいつが横を通り過ぎようとして、ちょっと囁かれた一瞬で……
腰が、くだけた?
「……っ!」
拘束術を掛けようとしても、力も魔力も入らない!
どれだけ呪詛をかけようと念じても、手から杖が転がり落ちて……
(まさか、この、アタシが……!?こんな少年ひとりにしてやられるなんて……!)
でも、どうして?
ハルくんの話では北の宰相はコレといった特色のない男のコって……
そこで、アタシはあることに気が付いた。
「そっか、ハルくん男だから……! 気が付かなかったのか!」
宰相に、こんな『対女専用』みたいな『
そりゃそうよね。ハルくんはノンケな男子だもの。
ステータスを視たところでハルくんに有効な魅了じゃなければ表示されないわよ。だって、こいつはハルくんにとっては魅力的に映らないから。
でも、それにしたって強度がヤバイ!
この、麻薬にでもあてられたみたいな心酔感……そんじょそこらの『
「あんた、人間じゃないわね? サキュバスかなんかでしょ?」
一回だけ、経験したことがある。
アレはよかったなぁ……♡ きっとこいつもイイんだろうなぁ♡
――じゃなくて!
ああもう! これだから『
思考がままならない! だからアタシもよく使うんだけどね!
頭の中で必死にまともな思考を保とうとしていると、北の宰相はスッと寄ってきてアタシにハンカチで香りを嗅がせた。
(やば……寝る……!)
ふらふらと落ちていく意識の先で、宰相がひやりと言い放つ。
「あなたには関係ありません。おやすみなさい、魔女様?」
「ちょ、待ちなさいよ……!」
「ふふっ。待てと言われて待つバカがいるとでも? あなたの意識が落ちるまであと数分。さぁ……」
「――【教えてください?『エタニティ』はどこに?】」
「……っ!」
(魅了洗脳か!)
「教え、ない……!」
「……しつこいですね。大した魅了耐性だ。通常ならば自ら『役に立ちたい』と媚びへつらって来るというのに」
宰相は床にへたり込むアタシの耳元に口を近づけた。直接脳に囁くつもりだ。
「――【不死の聖女、クリスはどこですか?】」
「言うわけ、ないでしょ……!」
「ふむ……これ以上は時間の無駄か。あなたにばかり術をかけていては、僕が消耗しますし」
そう言って、宰相は不老薬『エタニティ』の作り手であるクリスちゃんを探しに出ていった。
「くっ……!」
アタシは最後の力を振り絞って誘導術式を起動させた。
こっちの繋がる先は、ライラちゃん。
(ほんとは『男』であるハルくんかクラウスくんに相手をお願いしたいんだけど……)
中から聞こえる爆発音的に、それは無理っぽい。
悔しい。すんごく悔しい。今まで『女であること』を武器にしてきたアタシが、『女であるが故に』負けるだなんて……!
「アタシの仇取って、ライラちゃん……」
大丈夫。ライラちゃんは女の子。けど――
――
◇
大広間は、まるで外にいるみたいな寒さと嵐に包まれていた。
「守れ。――【
俺はベルフェゴールの発動した氷に守られながら勇者組の戦いを固唾を飲んで見守っている。こんな状況でも、この氷に包まれているとまるでかまくらの中にいるようにあったかい。さすがは『籠ること』に関しては右に出る者のいない魔王の術だ。
ぶっちゃけ快適。だが……
(クラウスは寒さでくしゃみしながらガチガチに震える南国聖女を守るのでいっぱいいっぱい……ハルさん、あなたが頼みの綱です……!)
視界を埋め尽くさんばかりの猛吹雪。その中で僅かに浮かぶふたつの人影の間では、先程から激しい剣戟の音が響いている。
「逆巻け!――【
「――【紅蓮剣・
ハルはあらゆる者を捕えようと渦を巻く嵐を、無数の炎の花びらで散らし、俺とマヤを守っていた。万一、吹雪に紛れて氷の刃が飛んできても大丈夫なように。
「はぁ……さすがですね、先輩?炎も扱えるんですか?」
「俺、こう見えてけっこーおじいちゃんだから。年季が違うのさ」
「いつもは年寄り扱い嫌がるくせに」
「ははっ。……言うねぇ?口の減らない後輩は――お仕置きだ!」
「――【
「上からの強打攻撃……! 二度目は通じません!」
「――【氷天の涙】!」
「――【旋風・乱れ椿】」
「――っ!?」
その勢いや、まさに猛攻。『攻撃は最大の防御』とでも言わんばかりに次から次へと繰り出される剣技をなんとかいなしていたセイクリッド☆セイバーも、体勢を崩された後の多段攻撃までは対処できないだろう。
(とった……!)
内心で勝利を確信していると、儚げな、それでいて凛とした声が響く。
「――【氷精の
ハルの風を纏った幾重もの斬撃を、ゆらゆらと光る氷の粒が防いだ。あれだけ鋭く速かったはずの風を、纏わりつくように勢いを殺して、消滅させたのだ。
(……不思議な術だ)
「大丈夫? せいばぁ」
「ティア様……! ありがとうございます!」
(北の聖女か……!)
思わず顔をしかめるが、ハルは動じることなく地を蹴った。
聖女からの心遣いと助け船にホッとした少女のあどけないその隙を、勇者は見逃さない。
「キリエちゃん? よそ見はダメだ。暗殺も。反省しなさい」
「――【
「――っ!? うっ……ぐぁ……!」
「せいばぁ!?」
すれ違いざまに、居合のような一瞬で連撃が浴びせられた。
セイクリッド☆セイバーの両の手足から勢いよく血が噴き出す。
「せいばぁ! せいばぁ!」
「来てはなりません! 大丈夫……! 手足の腱を斬られただけです……!」
斬りつけると同時に距離を取ったハルが、刀でぽんぽんと肩を叩きながら息を吐く。
「大丈夫なわけないでしょ? もう数か月剣握れないんだから。でも、九回の連撃を咄嗟に四回にまでいなせたのだから、大した成長だ。これに懲りたらしばらく安静にして、大いに反省すること。リハビリなら付き合ってあげるから」
「先、輩……どうして私は、あなたに敵わない……!?」
その問いに、ハルはにやりと笑った。
「……友情パワーが、違うのさ」
「…………」
手首を抑えながら、俯いて黙り込むセイクリッド☆セイバー。
だが――
(……おかしい。どうして聖女は治癒しに駆け寄って来ない?)
視線を向けるも、フロスティアは宰相のミラージュと手を繋いだまま、離れたところから声をかけるばかり。一向に動き出そうとする気配が無い。
いや――動きたいのに動けないように見える。
自陣の勇者がやられたというのに、心配や労いの声を全くかけないミラージュ。
眉ひとつ動かさず、聖女の傍にじっと佇んでいる。
(あいつ……)
俺は、そこでようやく気が付いた。
(まさか……!)
聖女の作り出した『幻』か? セイクリッド☆セイバーは陽動?
だとしたら――
本体はどこに!?
◇
「ユウヤ、大丈夫かしら? バレてないかなぁ? 怪我してないかなぁ?」
「ふふっ。ライラちゃんてば、ほんとにユウヤ君が好きなのね?」
クリスちゃんは、ティーカップにおかわりを注ぎながら楽しそうに笑います。
白金色の長い髪に、いかにも聖女!って感じの金の刺繍の白ワンピ。私が着ていたやつと似たデザインのやつです。でも、丈が長くてスラッとしてて……
あれから十年。クリスちゃんは、二十二歳で時間を止めました。
大人になったクリスちゃんとまたお茶会ができるなんて、夢のよう。
「次はどれにしようか? ライラちゃん、カモミール好き?」
「あ。カモミールはダメ! 眠くなっちゃうから。私、ユウヤからクリスちゃんを守るように言われてるんだから! 寝ちゃうわけにはいかないの!」
ふんす、と気合を入れると、クリスちゃんは『ありがとね?』と笑います。
胸元に下げたお揃いのペンダント……まだ付けてくれてるんだ。嬉しいなぁ……
「大船に乗ったつもりでいてね! 私、こう見えて聖女としての実力は――」
言いかけていると、リリスさんから術式連絡が。
「何か、あったんだわ!」
「あ、ちょっとライラちゃん!?」
「オペラ様、クリスちゃんを頼みます!」
私はすぐさま大広間へと駆け出した。
廊下を抜けて、魔王様の籠る部屋の先、広間へ繋がる階段を駆け下りようとしていたら、銀髪の少年と鉢合わせる。正面衝突寸前!
「わっ! びっくりした!」
「こちらこそ、不注意でした。すみません」
帽子をかぶった、同い年くらいの男の子。
すっごく綺麗な顔してるけど、こんな子
「い、急いでますのでっ!」
脇から階段を降りようとすると、不意に腕を掴まれる。
「失礼。少々教えていただきたいことが」
「?」
「――【クリス様はどちらに?】」
(わっ♡ なんか素敵な声♡)
「クリスちゃんなら――」
その瞬間。ユウヤの言葉が頭をよぎる。
『絶対。絶対に部外者に居場所を教えてはなりません。いいですね?』
『もちろんです!』
『知らない人にもついていかないこと』
『もう!子どもじゃありませんよ?』
『……ほんとにわかってます?この前科持ちが』
『あー!何その吐き捨てるような言い草!ひどーい!』
(…………)
少年にもう一度視線を向ける。
(うん。やっぱり……)
私、この人知りません。
「……誰?クリスちゃんに何の用?」
「…………」
(答えない……?)
怪し、過ぎます……!
私が警戒して固まっていると、少年は再び問いかける。
今度はそっと、囁くように。
「――【教えてください?僕、困っているんです】」
(ひゃわっ……♡ 耳くすぐったい! なんか、距離も近くない!?)
って。何ですかこれ?
同い年くらいのはずなのに、少年からそこはかとない色気を感じます。
(わーっ。モデルさんか何かかしら?)
でも、ユウヤの方が素敵です。どこがって?それはもう、全部!
「…………」
そこで、私は気づきました。
(えっ……おかしくない?)
この私が、ユウヤ以外に『ひゃわっ♡』ってするなんて。
なんですか。『素敵な声♡』って。私、ふざけてるの?
腹の底から、ドス黒い感情が沸き上がります。
昔はね?『聖女がこんなドス黒い感情なんてはしたない!』って思ってたんだけど。ユウヤが『人間なら誰だってそういうこともありますよ』って言ったから、私はもう我慢しません。
ムカついてるんですよ、私。 自分と、この少年に。
なんていうんですかね、これ? むなくそわるい?
「あなた……何をしてるんですか?」
「……どういう意味です?」
私は、掴まれていた腕を振りほどいた。
「……私を、誑かそうとしましたね?」
「…………」
さっきまでふわっと微笑んでいた少年の目が、一気に冷めていく。
冬の湖底に沈む、深い闇みたいな蒼い瞳。
私のことをジロジロみて、何かを探しているような、思い出しているような……
―― 一層、ムカつきます。
(リリスさんからの連絡……多分、この子だ……)
「曲者ですね?」
「だったら?」
「……潰します。彼のために」
「いやだなぁ。――【手荒な真似はやめてください?】」
私は右手を構えた。
「――【殲滅ノ――星ノ
――カッ……!
「――っ!?」
術が放たれたのとは反対方向に身を転がした少年は、驚いたように私を見上げる。
「お前っ……男か!?」
「失礼しちゃうわねっ!? 私のどこをどう見たら男の子なんですかぁっ!! ちゃんと目ぇついてるの!?」
「まさかその胸……作りもの!?」
「はぁあ!? 100%自前ですぅー! 天然ものです! つるふわシルクの触り心地ですぅ!!」
「うそだろ?」
「……っ!?」
この人、私を怒らせる天才だ!!
「――【
「くっ! 殺す気か!」
「そうですよ! 殺しても復活させればチャラですからね!?」
「このっ……! キチガイ揃いの魔王軍め!!」
「殺しませんよ! スンドメです!」
モラルに反するのはダメ! ユウヤとの約束です♡
「どっちも大差ない! くそっ、重鎮は女ばかりと聞いていたのに、こんなところで……!」
少年は盛大に舌打ちすると廊下の先に逃げていきます。
「逃がしませんっ!」
逃がしたら、ユウヤに怒られちゃう!
『もう、何してるんですか?』『こら』って。頭ぽかん!てされちゃう!
(あっ。それもイイな……♡)
一瞬。足が止まりかけ――
(でも、もしちゃんと捕まえたら?)
『さすがライラ様。よくできました』 なでなで……
(……っ! ~~っ♡♡♡)
「絶対! 捕まえます!」
「――【
――ドォォオオンッ……!
「――っ! ティア、作戦中断! 今すぐ僕と合流を――」
「誰と話してるの!?」
「は? 動けない? せいばぁがピンチ? 勇者様なら放っておいて平気です。先輩のハルが聖刃様を殺すわけないでしょう? お仕置きされると可哀想? 僕と勇者様、どっちが大事なんですか!」
「無視するんじゃありません! それに『あいつと俺のどっちが好きか』って? 女々しい男ね! 私の彼ならそんなこと言いませんよ! 『僕ばっかり愛してて飽きないんですか?』とは聞くけどね♡ 私の
「頼む! 来てくれないと僕が殺される! 得体の知れない金髪で胸のデカい女に、意味不明なノロケを聞かされながら!!」
「……っ!? 意味、ふめっ――!?」
私、キレました。
「燃え盛れ! ――【
(きゃっ♡ すごい威力出ちゃった♡ さすがラヴパワー! 愛の女神様、いつも私の味方♡)
廊下を眩い閃光と獄炎が埋め尽くす。
少年は咄嗟に帽子を取って髪留めを引き抜いた。蒼くて綺麗な宝石が付いた、銀の細工の髪留め。けどあの輝きは見覚えが……
(あれは、『反転の魔石』……!?)
その髪留めが閃光にぶつかる瞬間。光が跳ね返って床をぶち抜きます。
「どうしてっ!? 城には結界術式が張ってあるからどれだけ暴れても壊れないって――」
すぐ脇を見ると、『唯一術式を張っていない場所』が目に入る。
「魔王様の部屋……!『遠見の鏡』を使うからって、張ってない……そんな!」
――なんて運の悪さなのっ!?
「「……っ! 足場が……!」」
「きゃぁあああッ――!!」
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