EP.10 超次元 国家会談クライシス 序
国家会談当日。俺は各地から集まる四か国の重鎮を迎え撃つべく、会談が行われる広間を魔王の部屋から『遠見の鏡』で監視していた。シュルシュルと細長い舌を出しながら、部屋を埋め尽くさんばかりにとぐろを巻いた大蛇が脇から覗き込む。
『準備は万端か?ユウヤ』
「はい。魔王様のアドバイス通り、結界術式と誘導術式は滞りなく敷き詰めております。いざという時は、僕を介して魔術の行使をお願いしますね?」
『任せろ。誘導術式で魔力の
「へぇ……? つまり、僕はその場に居ればいいと?」
『うむ。必要であれば余がやる。動ける状態であればな。五次脱皮が始まっていたらすまない。察せ』
「その場合、僕は自分がどんな術を出すのかわかるのですか?」
『わからん。余は遠見の鏡でユウヤを見ているが、会談の場にいるユウヤが鏡を見るわけにもいくまい』
「……ビックリ箱?」
『楽しいではないか?』
くすくすと、大蛇がすぐ傍で舌を鳴らす。ちょっと、怖い。
「魔王様? あまり近づき過ぎて絞め殺さないでくださいね?」
ビビりながら告げると、ベルフェゴールは再び笑った。
『それよりも、飲み込まれる可能性を心配した方がいいぞ?』
「えっ。」
『うっかりしてると、くしゃみの折に――』
「こわいこわい」
慌てて出ていこうとする俺に、ベルフェゴールが後ろから声をかける。
『頼んだぞ、ユウヤ?』
「お任せください、魔王様。我らが帝国の為に」
◇
会談まで数時間を切り、遂に
不安と期待のどよめきに揺れる城前広場と、厳戒態勢の城門。
そんな中、最初に門をくぐったのは――
「ハルくん!? どこにおるん!?」
「マヤ様、落ち着いてください。今ご案内しますので……」
今日入国を許可されているのは会談に参加する当事者と最低限の従者のみ。
厳戒検問を取り仕切るクラウス将軍がなだめるも、一向に焦りのおさまらない黒髪和服美人。艶やかな緋色の着物の裾を引き摺り、ずかずかと帝国内に踏み入ってくる。
「ハルくん! ハルくん!?」
絶賛大喧嘩中の夫婦の再会。妻を放って元パーティの女のもとに入り浸っていた勇者がいったいどうなるのかと、魔王城内の事情を知る者ははわはわと慌てだす。
しかし、そんな心配どこ吹く風。ハルは浴衣を翻して城前入り口に颯爽と現れ、笑顔で妻を出迎えた。
「マヤ~!」
「ちょ、ハルくん! リリカちゃんのとこにいたって本当だったん! 本当だったん!? あんた何考えてはるの!? おかしなことされてないやろなぁ!?」
(沢山、されてましたよ……)
誰もがそうツッコミたくなる。
だが、ハルは結局最後までリリスとは致さなかった。その誠実さ、魅了耐性、まさに勇者。しかし、マヤはそんなことを知る由もない。
額に青筋が浮かぶ勢いでハルに迫ると、右手をあげ――
(ビンタが来るっ!)
従者のふりをして脇からその様子を見ていた俺は咄嗟に目を瞑った。
しかし、次の瞬間。ハルはその手を掴んでマヤを抱き締めたのだ。
「さみしかった~!」
「は? え? ちょ、ハルくん!?」
その場にいる誰もが、マヤ同様に目を白黒させる。
そんなことも気にせず、再会に浸るハル。
「やっぱ、久しぶりに会うとマヤは美人だな! さすが俺の嫁!」
「え……その……はい……もう♡ いややわぁ♡」
「さ、俺も東代表で出席するから行こう? っと、その前に……」
ハルはフードを被った俺の前に来ると、そっと耳打ちをする。
『おかげで助かったよ? こないだライラちゃんとキミが再会するのを見てね。これだ!って思った』
『え……?』
『だって、めいいっぱい抱き締められたらどんなに怒っててもコロッと許しちゃっただろ?』
(ああ、ライラのあのチョロさを参考に――)
得心しかけていると、ハルは予想外の答えを口にした。
『――ユウヤ君ってばさ?』
『……っ!?』
(俺っ!?)
『ちょ、待って! 俺はチョロくな――』
『サンキュー♪』
訂正する間もなく、ハルはひらひらと手を振り、マヤを連れ立って大広間へと消えていった。大きく声に出せないのがもどかしい。
(……っ! 俺は! チョロくなんて……ないからな!?)
◇
「いよいよですね、宰相殿……」
白銀の鎧をまとったクラウスから魔王のローブを受け取り、袖を通す。
「この姿の時は――」
「ふふっ。申し訳ございません、魔王様?お許しください。何があっても、お守り致しますので」
「そうならないように策は練ってある。大広間の術式配列は完璧だ。加えて、真上の部屋ではベルフェゴールが遠見の鏡で見ているからな、できる限りのことはした」
魔王の姿を映した俺が振り返ると、クラウスは軽く首を垂れる。俺は口を開いた。
「今一度、目的を確認しよう。我らの望みは平穏と秘匿。不老薬『エタニティ』の製造法を得ようとする奴らの手からその『秘密』を守り、この会談を穏やかに終える。そうだな?」
「はい。加えて、彼らは『エタニティ』そのものを寄越せと要求してくる可能性があります。しかし、一度に作ることのできる『エタニティ』は数に限りがあり、いまだに全ての帝国民の手に行き届いていない現状、他国に渡す余裕などありません」
「ふむ。少しなら、あると?」
「はい。宰相殿とライラ様がお望みであれば、いかようにも手配いたしましょう。しかし、この帝国で余程功績をあげた者以外は、順番待ちが原則です」
「わかった。その上、南北は依然として魔族との諍いが絶えない。いくらあちらの魔族が余の管轄外とはいえ、魔王である余と、それをよしとする東の勇者を快く思っていないと……」
「左様でございます」
「その辺はまぁ、触れないでおこう。手厚く歓迎はするが……触らぬ神に祟りなしとも言うからな?」
「ご英断かと存じます」
クラウスがホッとしたように微笑んだのを確認し、俺は大広間に足を踏み入れた。
広間に集まった四か国の聖女や勇者、従者の面々が一斉に視線をこちらに向ける。
俺はゆっくりと深呼吸をし、口を開いた。
「代表者の皆々よ。今日という日は『和議を結ぶ』為、よくぞ集まってくれた。今一度、礼を言おう」
ゆったりと微笑むと、広間の空気は若干のざわつきを見せる。
にこにこと見守るハルに、視線だけを動かして『誰かを探す』マヤ。
席におとなしく腰掛ける銀糸の髪の美少女と、脇に控える宰相のミラージュ。
魔王を前にしてそわそわと落ち着かないのは、北の聖女の隣に座るセイクリッド☆セイバーだ。
そして、その向かいにはピンクの髪に白い花を沢山つけた、ぽやぽやした少女。
(あいつは……)
消去法的にアレが南の聖女と思われたが、如何せんさっきからそいつの腹の虫がうるさくて話に集中できない。底なしの食いしん坊なのか、緊張して朝ご飯が食べられなかったのかは知らないが、どうにも間の抜けた少女だ。
白い頬を赤く染め、ぎゅっと俯くその姿。常夏を感じさせる花模様のワンピースの胸元に大きな谷間が寄るのも気にせず一心に腹をおさえ、どう見ても恥ずかしがっている。
(うん。南は平気だな)
あんな顔の奴に首を狙われた日には、世界がひっくり返るだろう。
俺は警戒対象を北のみに絞った。
「では、ここに四か国会談をはじめる」
長テーブルの端、お誕生日席に俺がドカッと腰を下ろすと、進行役であるクラウスの仕切りのもとに会議が始まった。
各国より提出された『要望書』や『契約書』、『和議の提案』などの資料が次々と読み上げられていく中で、許容できるのは『貿易回数の増加』と『鎖国の解除』くらいと言えるだろう。北国はその国土ゆえに食料の自給率が低く、南国は文明がイマイチ発達していない。だからこその、提案だ。
それに、今回の会談の趣旨である『仲良くしましょう』という目的にも合致している。ここはまぁ、我ら帝国が譲歩すべき点である。
(問題は――)
当たり前だが、不老薬『エタニティ』に関する提案は、どれもこれもが一方的な要求ばかりでまともに取り合っていてはナメられかねないものばかりだった。
「では、最後に――」
そう言ってクラウスが読み上げたのは、北国ダイヤモンドダストから提出された『条約締結書』だった。その内容に、俺とハルさんの血相が変わる。
「「対魔四か国同盟――?」」
思わず、語気を強める。
「余に、地上に与して
その返答に、ミラージュはくすりと笑う。
「帝国になり、人と魔族の共生を掲げるあなた方だ。他の魔王からの侵攻や略奪に悩む他国に手を差し伸べ、その平和を全世界的なものにしようとはお考えにならないのですか?」
「だから他の魔王を討てと? ……ナメているのか?」
「ナメるだなんて、微塵も。ただ、この四か国同盟が締結されれば『地上に平和が訪れる』。それは間違いない」
「理解できん。いくら現在は帝国の主とはいえ、魔界の者も余の同胞。寝言は寝て言え、北の宰相」
「ほぉら? やっぱり僕らの『敵』じゃないですか? 勇者ハルが魔王を打倒した東はともかく。南北は未だ魔王軍と攻防を繰り返しているっていうのに? 黙って僕らの苦しむ様を見ていると?」
ミラージュはフッと目を細めると、セイクリッド☆セイバーを見た。
「ねぇ? やっぱ魔王は魔王でしたよ、勇者様?」
その瞬間。セイクリッド☆セイバーが剣を抜いた。
「【怠惰】の魔王ベルフェゴール……その首、『氷天の剣聖』が貰い受ける」
「「……っ!?」」
大広間に、どこからともなく冷気が満ちる。
(暗殺……じゃない! ガチで
咄嗟に席を立つも、セイクリッド☆セイバーは速かった。瞬く間に氷の刃が俺の首筋に狙いを定める。
「覚悟っ!」
「――【
「――【
透き通るような氷と光の刃が一瞬のうちに何度も瞬いて交差する。
「ハルっ!?」
(……あっぶなっ! 危うく『さん』付けるとこだった……! 身バレする!!)
「大丈夫!? 首繋がってる!? キリエちゃん、キミ何したかわかってるのか!?会談の場で刃を向けるなんて!」
ギィンッ!と鈍い音でセイクリッド☆セイバーをいなしたのは、ハルの神器、
「どいてください、ハル先輩。どうして魔王の味方なんてするんですか? あなたも魔王が憎かった勇者でしょう?」
「……! 憎かった! 確かに憎かったよ!? けど、俺はあいつを倒した! ベルフェゴールは、あいつじゃない! 魔王を『魔王』って
「でも、私もあなたも『勇者』です」
「そういうの……! うんざりなんだよっ……!!」
ハルが思わず刀を振り上げると、傍で聞いていたミラージュはくつくつと肩を震わせた。
「……やっぱり。もうハル様は『取り込まれてしまった』のですね?」
「なに?」
「お可哀想に。東の勇者は魔王によって心の隙に付け込まれ、配下に下ってしまった。優しかった『ハル先輩』はもういない。せめてあなたの手で、決着をつけるのが筋なのでは?
「……先輩!」
その言葉に、セイクリッド☆セイバーの周囲の空気が鋭くなる。
彼女の前に、聖女マヤが立ちはだかった。
「やめて! ハルくんはそんなんじゃない! 違うの!」
「マヤ様? 何が違うのですか? だってもう先輩は……魔王のことばっかり守って……!」
「違うの! ハルくんは取り込まれたりなんてしてない! 自分の意思で魔王はんと仲良くしはってるの!」
「余計にタチ悪いですよ!」
「違う! そうやな――そうやなくて……!」
自分でも割り切れていない事実をうまく言葉にできず、それでも一生懸命に『ハルは悪くない』と自分と後輩に言い聞かせようとするマヤの姿に、ハルが前に出た。
マヤの肩に手を置いて、戦線から追い出すように後ろに下げさせる。
「マヤ。もういいよ……」
「でも……! ハルくんは悪くないよねぇ!?」
その問いに、ハルはふわっと笑った。
「マヤが、そう信じてくれるなら」
そして、まっすぐにセイクリッド☆セイバーを見据える。
(ハルさん、目が……)
――本気だ……
俺は密かにクラウスに目配せし、南に変な動きがあれば対処するようにと指示を出した。一方で天井へ向けて合図を送り、ベルフェゴールに室内の術式を発動させる。
(ベルフェゴールに俺を操作させてもいいが、セイクリッド☆セイバーの狙いは俺の首……前に出るのは得策ではない。元より、ベルフェゴールは魔術に長けた後衛だ)
それに、北の聖女と宰相も気になる。ハルもそう思っているのか、ゆらりと前へ進み出ると、セイクリッド☆セイバーを逃すまいとして神器を構えた。
(鬼が出るか蛇が出るか、セイクリッド☆セイバーの実力は計り知れない。本気を出したハルさんの力も。だが――)
今この場には『魔王を殺す』神器を持つハルと『神を殺す』魔剣を持つクラウスがいるのだ。どんな存在の加護を受けていたところで……
――負けるわけがない。
内心でほくそ笑んでいると、ハルが口を開く。
「良いとか悪いとかじゃない。勇者とか、魔王とかでもない。俺は――」
「友達を――守る」
「……っ!」
「殺したければ、俺を先に殺せ。できるものならね?」
「先輩……本気ですか?」
「もちろん。それと、先輩である俺からアドバイスをあげよう。キミもよく知ってるとは思うけど、勇者の力の源は、神器でも聖剣でもない。それは――」
――仲間との、友情だ――
「さぁ、かかってきなよキリエちゃん? キミの想いと俺の想い……どちらがより『聖剣』を輝かせるのか……」
――『勇者比べ』といこうか……?
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