閑話 ライラ様の一日
ユウヤがハルさんとリリスさんと北へ向かってから、半日が経ちました。
「はぁああ~……ユウヤぁ……」
(置いて行くなんて、ひどい……)
朝から落ち込んでいる私に、クラウスが旅行土産のチーズケーキを差し入れてくれました。奥さんと慰安旅行に行ったんですって。
(いいなぁ、ラブラブで……)
「ん。チーズが濃厚で、甘い。おいし――」
(――い、筈なのに……)
せっかくのおやつも、ひとりで食べたってちっとも美味しくありません。
私は食べかけのチーズケーキをそっと冷蔵庫に保管しました。
(帰ってきたら、ユウヤと食べよう。それまで保つかしら?)
むぅ……
「いくら外出すると身バレの危険があるからって、私そんな子どもじゃありませんよ? 今までだって治癒魔法とか、ユウヤの役に立ってきたと思うんだけど……」
不貞腐れながら、ベッドに横になる。
思い出すのは、ユウヤのこと。
『行ってきます。くれぐれも、魔王様やクラウス将軍に迷惑をかけないように』
『もう、わかってます! 大丈夫ですよっ!』
『……だといいですけど?』
『ふふっ』って笑ったユウヤの顔……優しくて、あったかくて。
思い出すだけで顔がふにゃふにゃしちゃう。
「えへへ……えへへへ……」
(…………)
「やっぱり寂しいよぉ!」
魔王城内の私室のベッドでいくらごろごろしてても、ユウヤは帰ってきてくれません。さみしいです。ユウヤと離ればなれになると、とってもさみしい。
でも、ベッドでごろつけば、お布団からはユウヤの匂いがします。
「はぁああ~……ユウヤぁ……♡」
この匂いが、一番落ち着くの。
◇
ユウヤが出て行ってから、丸一日が経過しました。北の宰相を探るとか言って。
私のことを置き去りにして。
「はぁああ~……ユウヤぁ……」
ベッドはごろつき過ぎて、もう私の匂いしかしません。
(いつになったら帰ってくるのぉ……?)
「さみしいよぉ……」
情けない声を出していると、部屋の扉が叩かれます。
「ライラ? おるか?」
「モニカ様!」
慌てて出ると、モニカ様は両手いっぱいのお菓子を私の頭上から降らせます。
「ひゃわっ! なになに!?」
「くふふっ……! ユウヤ君が出ていって、お主の元気がないと聞いたのでのう。少し早いが、メリークリスマスなのじゃ!」
「きゃああ! いたっ! 痛いですっ! チョコの銃弾が! アメちゃんの雨あられがっ!」
「くふふふふっ! ようやく笑顔になったのう? 一日中しおしおと、部屋から情けない声を漏らしおって……ユウヤ君のベッドで自慰でもしているのかと疑ったぞ?」
「もうっ! して……ませんっ!」
「ほんとかのぅ~?」
によによ。
「してませんよっ!」
……してませんよ?
「…………」
……してませんからねっ!?
真っ赤になって否定していると、モニカ様は背伸びして手を伸ばします。
「ほれライラ。しゃがめ」
「……?」
言う通りにすると、モニカ様は小っちゃい身体で一生懸命頭を撫でてくれました。
「ユウヤ君がいなくて寂しいのはわかる。だが、ユウヤ君が帰ってきたときにお主がそんな顔をしていては、悲しむのは誰じゃ?」
(……!)
「で、でも! ユウヤは私を置いてけぼりにしたんですよ?」
「なんでお留守番なのか、わからんお主でもなかろうて」
「でもでもぉ……ぐすっ……」
「ああもう! べそかくでないぞ! それでもレディか? まったく。胸ばかり成長しおって、中身はちびっこのままじゃのう?」
モニカ様は一層ぐしゃぐしゃと私を撫でる。
「ライラ? ユウヤ君から何か、宿題を出されたりはしていないか?」
「宿題、ですか? 私は何も。ただ、『たまにはごろごろ、ゆっくり休め』と……」
その返答に、ふむふむと唸るモニカ様。
「実は先日、『会談で使用する広間に結界術式と誘導術式を仕掛けたい』と相談があっての? そのくせ誘導術式の導火線の先を教えないまま去ってしまったのじゃよ?もしかして、とは思ったんじゃが……」
ちらりと、私に向く視線。
「……まぁいい。ユウヤ君のことじゃ。お主に危険はない範囲で策を練っておるのじゃろう。邪魔してすまんかったな」
「お邪魔だなんてとんでもない!元気づけに来てくれて、ありがとうございます!」
私はてちてちと去っていく幼稚園生くらいの後姿に、大きく手を振る。
「ありがとうございます、モニカ様! ちっちゃなサンタクロースさん!」
モニカ様はくふふっとイタズラっぽく笑うと、中庭からほうきに乗って去っていった。
年に一度。飛んでいく軌跡からキラキラと零れるお菓子の雨は、この街で知らない者はいない『サンタクロースの錬金術師』の
モニカ様の向かう先々から、沢山の嬉しそうな悲鳴が聞こえてきます。
「お菓子、食べきれないなぁ……」
でも、今年はふたりだ。
楽しく分け合えば、きっとこの量も食べきれる。
「えへへ……ユウヤと食べよう♡」
白と赤の包みにオススメを取り分けていると、不意に声をかけられました。
「お姉ちゃん……何してるの?」
胸元に白面金毛の
とっても可愛い子です。だって、なんかユウヤに似てるから。
西では珍しい艶やかな黒髪を腰まで垂らして、白いミニ丈の巫女装束を身に纏った――
「ひょっとして……モエちゃん? そっか、十年……大きくなったのね!」
「わぁあ! お姉ちゃんだぁ! 帰ってきてたの、ほんとだったんだね!」
「きゃん!」
ぱっと駆け寄ってきては、コンちゃんを放り出して抱き着くモエちゃん。
ふかふかとして、お肌がすべすべで――
(ふふ……)
おっぱいは、私の勝ちですね。
「お姉ちゃん? いつからそんな顔するようになったの?」
「えっ?」
「お兄ちゃんみたいな、悪いこと考えてる顔してたよ? 似た者夫婦になっちゃったの?」
「ゆ、ユウヤはそんな顔しませんよ!?」
「いつもしてるよ?」
「そこが素敵なんじゃないですか!」
「あいかわらずだね? お姉ちゃん……」
「どういう意味!?」
「おぼれてる」
「褒め言葉ですっ!!」
ぷいっと顔を逸らすと、可笑しそうにくすくす笑うモエちゃん。
その仕草が妙に大人びていて、ついこの間までユウヤの後にくっついてコンちゃんを抱っこしていたのが嘘のよう。
「モエちゃんは、ちゃんと歳を取るのね? 帝国民なのに」
「うん。でもね、お薬ならもう貰ってるよ? 私、こう見えて魔王軍の魔術師団『呪術部』の副長だから! 偉いの! 師団長はリリスだから、こわいものナシなの!」
どやーん!と胸を張る姿は、あの頃のまま。
「それでもってコンちゃんは、『魔獣部隊』の隊長なの!」
「きゃわわーん!」
コンちゃんも、尻尾をふさふさ、ドヤってます。
「私とコンちゃんが出れば、戦線は一撃で焼け野原なの~! 魔王様は『面倒くさいことになるからできれば出ないで』って言うけどね?」
「すご~い!」
随分と明後日の方向に頼りになる感じのお姉さんになったのね!
「それで、いつお薬を飲むの?」
尋ねると、モエちゃんはもじもじと恥ずかしそうに指をそわそわさせる。
「えっとね……カッコイイ彼氏が見つかったら、かな?//// 彼が一番キレイって言ってくれるタイミングで飲むの。そしたら、私の時間は止まるから。結婚式で飲む人が多いかな? 帝国の女の子は、皆そうするの」
「まぁ……! 素敵! モエちゃんも、好きな子がいるの? 気になる子は?」
その問いに、モエちゃんはしゅん、とした。
「……いない」
「え?」
「私、いままで男の子と付き合ったことないの。だって、モエはお兄ちゃんみたいな人がいいから。そんな人、この世界にはいないの」
「そりゃそうですよっ! あっちの世界にもいませんから! ユウヤはオンリーワンっ!」
「じゃあハルで我慢する」
つーん、とぶぅたれるモエちゃん。いかにもお年頃って感じです。同い年だけど。
てゆーか、ハルさんはあなたのパパ代わりでしょう?『将来はパパのお嫁さんになるの!』みたいなこと言っちゃって。ハルさん、感涙にむせび泣くわよ?
そもそも――
「……モエちゃん? 略奪愛が好きなの? それとも異邦人しか愛せない系女子? 言っておくけど、ユウヤはあげませんからね? ユウヤはユウヤのものです。誰にも渡しません」
「お姉ちゃん、目がコワイ」
そんなことを話していると、クラウスが息を切らしてやってきた。
「ライラ様っ! ライラ様っ……!」
「そんなに慌てて、どうしたの?」
「宰相殿が、お戻りになられました!!」
「――っ!!」
私は即座に走り出す。髪が風に揺れるのなんて気にせずに、ただひたすらに、城門を目指して。
(外には出ちゃダメって言われてるけど……!)
そして、城門内部に停車した馬車からおりてくるユウヤを視認し――
「ユウヤぁ! お帰りなさいっ! お帰りなさいぃいい……!」
――全力で、抱き着きました。
「わっ。ライラ……やわらかっ――じゃなくて。ただいま?」
「ふぇえええん! 待ちくたびれましたぁ!」
「たった一日でしょう? 今生の別れでもあるまいし。何をそんなに――」
「さみしかったよぉ!」
ずびずび。
「あらあら♡ ライラちゃんってばそんなに濡らしちゃって……♡」
「あはは! ユウヤ君はあいかわらず愛されてるなぁ!」
「ちょ、苦しいですよっ。ライラ様……!」
ぎゅうう……
「離れなさい……!」
「いやです」
「このっ……!」
ぎゅううう……
「はぁ……」
ユウヤは、引き離すのを諦めました。私の勝ちです。
そして、呆れたようになでなでしてくれます。
「えへへ……ユウヤ、大好き♡」
「はいはい。そういうのは、部屋に戻ってからにしてください?」
「はぁい♡」
会談まであと数日。
私は、ユウヤのためなら、なんだってしますからね……!
※趣味丸出しのふざけ新作をはじめました。気まぐれ更新。
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