第5話 悪の宰相が連れてきた魔術師が騎士団を壊滅させる?


「ご存じないのですか!?今我らが騎士団は、あの女によって壊滅させられようとしているんですよっ!?」


(いやいや、壊滅って。それはナイだろ。あいつは護衛だぞ?俺達を護るサイドの人間)


「どうするのですか!?宰相殿!?」


(そんなに慌てて、なんだこいつは?朝から寝ぼけているのか?)


 俺はため息を吐く。


「何を言い出すかと思えば。ここ数日、騎士団はこれといった事件も問題もなく、通常通り任務を――」


「と、思っていた我らがバカでした!!」


 声を荒げた一兵卒は頭を抱えて喚きだす。


「なっ――」


「僕が!僕がもっと早く気づいていれば!あああ!先輩!どうしてあんなことに……!」


「おい、ちょっと……」


 突如として地に伏し、泣き崩れる。

 男が落ち着くのを待って話を聞くと、どうやらここ数日、騎士団では無断欠勤や急な体調不良者が相次いでいたらしく、原因を究明するまで俺への報告を見送られていたそうだ。

 騎士団のメンツに関わるとか言ってな。

 まぁ、俺は騎士団の団長にも副団長にも良く思われていないから、道理と言えば道理だろう。組織としては問題があるが。


 そして、こいつの慕う先輩が日課である朝の稽古にいつまで経っても来ないので様子を見行くと、そこには、満足そうな顔で果てた先輩とリリスがいた、とのことだった。

 そして、俺は信じがたい結末を耳にする。


 ――リリスは、三日で騎士団の四分の一にあたる男を食っていた。


 無論、食人嗜好カニバリズムなどではない。性的な意味でだ。

 そのせいで、騎士団内部はギクシャクして仕事どころではないという。


(あいつに宿を確保しなかった俺がバカだった!だが、まさかここまでとは……!)


 俺は急いでリリスがいたという先輩の部屋をたずねる。

 当然、リリスはいなかった。

 だが、ふと隣の部屋からいやらしい男女の声が耳に入ってくる。


(ここか……!)


 俺は構わず聖女の持つ合鍵マスターキーで扉を開けた。


「リリス!なんてことしてくれたんだ!」


「……あら?」


 動きを止めたリリスと、そのタイミングで果て、意識を失った部屋の主。

 リリスは薄手の毛布を身体に巻きつけると、零れ落ちそうな巨乳を揺らし、機嫌の良さそうな足取りで傍までやってきた。


「ふふっ!宰相君て、素だとそういう顔する子なのね?イイじゃない?そっちのが好きよ?」


 俺の罵声など『どうということもない』とでも言うように、こめかみの青筋をつつつ、と指でなぞる。


「やめろっ……!触るんじゃない!」


 俺は、その手を乱暴に払いのけた。

 リリスの身体からは怪しいこうのような匂いが漂っており、おそらくこれのせいで男が果てるとともに深い眠りに落ちたのだということは容易に想像できる。


「碌でもない魔術師だな。お前は……」


 俺は、媚を売るのを諦めた。

 態度が温和だと思って舐められたら最後。こういう類の女はその心の隙間を縫うようにして這い寄ってくるのだ。異世界に来てからというもの、俺にはそんな歪んだ処世術ばかりが身についていた。


 その言葉に、さも楽しそうに妖しく微笑む。


「うふふっ……だってココの騎士団、結構イイ男が沢山いるんだもの。逞しくって、いかにも騎士ナイト!って感じの男がね?それでいて、いい感じに欲求不満な男子……♡」


「だから食べたと?限度があるだろう。おかげでこっちは――」


「あらぁ?まるであたしのせいみたい?」


「そうだろうが」


 厳しく言い放つと、リリスはくつくつと笑いながらベッドに腰掛けた。


「ひっどぉーい!あたしは、聖女様に構ってもらえなくてうずうず燻る、行き場のない彼らの欲を解消してあげただけなのにぃ!」


 大袈裟に声をあげると、枕元の引き出しから数枚の小さな紙を取り出す。


「……なんだソレは?」


「うふふっ。いいからご覧なさい?」


「?」


 警戒しつつおずおずと手に取ると、それはライラが映った隠し撮り写真だった。

 廊下を歩く横顔、会議中のあくび、通りすがりに挨拶する笑顔、果ては着替えの姿まで……

 様々な表情の可憐なショットが結構な枚数で保管されている。


「なっ――」


(どうしてこんなものをそこらの騎士が持って――)


「まさか……!」


 驚く俺に、リリスはニッとほくそ笑む。


「ソレ、氷山の一角よ?」


「…………」


「西の騎士団は強ぉいって聞いてたから、なんでかな~?思って調べてたら、出てきたのよ。ふふっ。いくらお護りするべき聖女様が可ぁ愛いからって、まさか騎士団の大半のオカズにされてたなんて思わなかったわぁ!コレが、この騎士団の『結束力』の源みたいよ?まるでタチの悪いアイドルのファンクラブねぇ?」


「……気色の悪いことを……」


 ここまでとは、思っていなかった。


 確かにライラは可愛いし、この組織では救護班ナースを除けば紅一点だ。俺自身、それをいいように利用しなかったわけではない。

 だが、こんなのあんまりだ。何より、俺が不愉快だった。

 脳裏に一瞬、ライラの無邪気な笑顔が浮かぶ。


『えへへ。ウチの騎士団はね?どの聖女領よりも強いのよ?すっごいでしょう?みんな優しくて、気立てが良いの!きっとユウヤのことも、守ってくれるわ?』


(…………)


「ウチの騎士団は、お前以上に碌でもないな……」


「んふふ!わかってくれたぁ?」


 俺は、写真の隙間から出てきたライラのと思しき金の毛髪を踏みつけながら、リリスに向き直る。


「この写真の出所は?」


「だ・か・ら。それをこうやって探してたのよ?」


 果てた男を爪先で揺する。


「今朝もシているということは、まだ炙り出せていないのか……」


「残念ながら♡」


「その顔……結構楽しんでただろ?」


「いいじゃない?一石二鳥ってやつよ?」


「まぁいい。心当たりがある。付いてこ――いや。付いてきて……いただけますか?」


 頼むように口調を訂正すると、リリスはにやりと笑った。


「立場をわきまえているようね?ライラちゃんがいないと、なんにもできないって」


「そうだよ。悪いか?」


「いいえ?生き汚い子は好きよ?それに、なんにもできないくせに、ライラちゃんの為にあたしに頭を下げてる。宰相君、結構イイとこあるじゃない?」


 思いのほか協力的なリリス。

 俺はこれ以上ナメられないように、精一杯イキってみせた。


「惚れられても困りますよ?胸の垂れかけた年増には興味がないので」


「あっははは!言うじゃない?これだけ大きいと、ちょっとくらいはご愛嬌なのよ?」


 そう言うと、リリスは大袈裟に胸を揺らして立ち上がった。


「さぁ、行きましょうか?騎士団の腐敗の根っこに会いに♡」


「僕の心当たりがクロだったら……食ってもいいですよ?」


「んふふ!悪いけど、あたしロリコンにはモテないのよ」


「何故犯人がロリコンだと?」


 尋ねると、リリスはにんまりと微笑む。


「だぁってこの写真……どれも『愛』に溢れてると思わない?」


「…………」


 だとしたら。犯人はアイツで間違いないだろう。


 聖女騎士団ナンバー2。


 ――副団長だ……!

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