第4話 魔術師 レディ・リリス
ライラの不信任裁判への出廷まで数日を切ったある日。
俺達の元にひとりの
『幼女』ではない、『妖女』だ。年齢不詳の、妖しくも魅力溢れるナイスバディな美女。
黒くて裾の長いドレスに身を包み、身の丈ほどある杖を携えた、これも“いかにも”といった佇まいの――
「お待ちしておりました、魔術師殿。メタモニカ様から話は聞き及んでおります。この度は護衛を引き受けていただき、ありがとうございます」
「あらぁ?聖女様付きの宰相さんって聞いてたから、どんなダンディなイケオジが出てくるのかと思って期待してたら?こぉんな可愛い坊やだったなんて?」
妖女がふぅっとため息を吐くと、キセルの煙が俺の顔にかかる。
「うっ……げほっ……魔術師殿、お戯れを……」
「ふふふ!ごめんなさぁい?あんまり可愛い反応すると、こっちもその気になっちゃうわよ?」
長い藤色の髪をサッと払い、咳込む俺の顎をするりと撫でる妖女。男を値踏みするようなその目が、いやらしくも美しい。
俺は期待に応えるように笑みを向ける。
「はは、それは光栄ですね?あなたのような美しい方に見初めていただけるとは」
「まぁ、お上手!口のうまい男は好きよ?昼も夜も……ね?」
「そうですか。レディに失礼が無かったようで、何よりです。立ち話もなんですから部屋へ――」
「いいえ、ここでいいわ。煙が吸えないでしょぉ?」
「あなたがそう仰るのなら……」
妖女の意向に沿って、俺達はそのまま廊下で話し込む。
「んふふ。西の教会って初めて来たけど、廊下が吹き抜けでキモチイイわね?」
そう言うと、再び煙をふわっと吐いた。
その姿はまるで花魁のような優美さを彷彿とさせるが――
「う……」
吹きかけられた俺はたまったもんじゃない。
(この女……!マナーがなってないぞ!どこぞの出の者――)
モニカちゃんから送られてきた、出身地と経歴を記した書状に目を通す。
『呼名……レディ・リリス。真名、不詳。年齢、不詳。職業、魔術師。使用可能魔法は攻撃魔法、防御魔法、妨害魔法、拘束魔法、状態異常魔法、その他もろもろ……』
「…………」
『出身地、東方。経歴――――人は殺してないぞ!』
「…………」
一言いいか?
(胡散臭ぇ~!)
モニカちゃんの古い友達っていうからどんな凄い人が来るのかと思ったら、どう転んでも聖女サイドに相応しくなさそうな人物が来てしまった。
だが、そこは流石のモニカちゃん。実力は折り紙つきっぽいことだけはよくわかる。
しかし、モニカちゃんのしたためたこの紹介状ではこいつの人となりがまるで伝わらない。俺は情報を引き出そうと口を開く。
「レディ?つかぬことを伺いますが――」
言いかけていると、人差し指でそっと唇を抑えられた。
赤いネイルの、綺麗な指先。
「んふふ?レディ、じゃなくてリリスって呼んでちょうだい?」
蠱惑的なその笑みは、まさにリリスに相応しい。俺の知っている『夜の魔女』と名高いリリスとこの世界でのリリスが同じ意味であれば、だが。
俺は唇を抑えるその手をそっと払って続けた。
「では、リリス様――」
「よ・び・す・て♡」
(……いちいちこだわる奴だな)
「こほんっ。リリス、あなたのことがもっと知りたい。よろしければ趣味や特技、好きなことや嫌いなこと、あなたにとってのタブーなどがあればお聞かせ願えますか?」
「ヤダぁ!それって、あたしに興味があるってこと?」
(…………)
「まぁ、そんなところです」
嘘では、ないな。あくまで仕事の都合上だが。
正直、この時点で俺は結構リリスが苦手だった。
逐一訂正したがる性分なのか、質問者の意図を愛情や欲情方面でしか曲解できないのか。いずれにせよ、話がスムーズにいかない人間は苦手だ。
話を聞かないという意味ではライラも似たようなものだが、リリスはどこかマウントを取りたがっているように見える。それがなんとなく気に食わない。
そんな想いを隠しつつ、気を取り直して再び口を開く。
「リリス。質問に答えてくださいますか?中央への出立までそんなに時間がありません。あなたの情報を元に、その他の付き人を従えるか否かを判断したいのです。正直にお答えください」
若干語気を強めると、リリスは『ん~』と虚空へ目を向けた。
「そうねぇ……趣味、特技、好きなことは――男漁りかしら?」
「…………」
だろうな。
「では、嫌いなことは?」
「あたしに振り向かない男」
ちらっ。
「…………」
ヤバイ。一瞬で嫌われた。
(さっきの思考が読まれたのか?弁明すべきか、スルーすべきか……)
悩んでいると、背後からおずおずと声を掛けられる。
宰相服の裾を握っているのは、どこか元気のないライラだ。
「ユウヤ……その方は?」
「ああ、ライラ様いいところに。紹介します。この方はレディ・リリス。今度中央本部へ行く際の護衛を引き受けてくださった、高名な魔術師様です」
ほんとに高名かどうかは知らないが、一応持ち上げておく。
「よろしくねぇ?カワイイ聖女様?」
「よ、よろしくお願いします……」
ライラは差し出された手をちょい、と握り返してすぐに俺の脇に引っ込む。
どうやら、人見知りする
そんな様子に、リリスはゆったりと目を細めた。
「んふふ。そんなに警戒しなくても、あなたの大事な宰相君を取って食べたりしないわよ?」
その言葉に、ぱぁっと表情を明るくさせるライラ。
「ほ、ほんとですか?」
「ええ、ホント。かぁわいいわね?キラッキラしたお目目しちゃって。昔のあたしみたい!」
「…………」
突っ込んだら、負けだ。
誤魔化すように笑顔を向けたまま黙っていると、リリスはドレスの裾を翻して去っていく。
「まぁ、引き受けた以上は五体満足であなた達を送り届けるわ。安心なさい♡」
「ちょっと、リリス!まだ話が……!」
「なぁに?心にもないナンパならお断りよ、宰相君?」
「――っ!」
(やはり、バレて……!)
「そんな怖い顔しないで?あなた達はモニカの大事なお客様。その信頼には応えるわ。女の友情は、時に何よりも大切なものなのよ?ふふっ……」
妖艶に笑うと、リリスはその場から姿を消した。
「まだ出立までの滞在場所も教えていないのに、何処へ……!」
「リリスさん大丈夫かしら?ユウヤ、あと数日で仲良くなれそう?あ、別に仲良くなって欲しいってわけじゃなくて。むしろ、あんまり仲良くなり過ぎては欲しくないっていうか。あの、その……」
「ライラ様?仲良くして欲しいのか欲しくないのか、はっきりしてください」
「えっと……仲良くなっても、一線は超えちゃダメよ?リリスさんに限らず、ダメだからね!」
(なんだ。そわそわしてたのは、ヤキモチを妬いていたからか……まったく。俺が誰かれ構わず手を出すような猿に見えるとでも?)
「別に。超えませんよ。ライラ様以外となんて」
もはや投げやりに答えると、ライラは顔を赤くした。
「ユウヤってば、結構ダイタンよね////?」
「は?」
「あ、ちょっと!冷たくしないで!その顔こわいわ!」
俺はわたわたと慌てるライラをそのままに、リリスの消えた方角へ目を向けた。
そんな俺の手には、リリスに渡す予定だった客間の鍵が握られている。
(あいつ……出立までの数日を何処で過ごすつもりだ?まぁいい。夜までには取りに来るだろう。聞きたいことは、その時にでも――)
そう思ったのだが。深夜になってもリリスは帰ってこなかった。
ベッドの中でネグリジェ姿で横になるライラが心配そうな声を出す。
「リリスさん、お部屋大丈夫かしら?」
「取りに来ないってことは、大丈夫なんじゃないですか?」
多分、街中で男でも漁ってるんだろう。だとすれば、俺達が気にすることじゃない。
俺はそわそわと心配するライラをそっと腕枕して、眠るように促す。
「まぁ、出立までに帰ってくればいいですよ。それよりライラ様。ここのところ珍しく公務を頑張っているじゃないですか。お身体に触りますから早めに寝てください?」
「ええ~……ユウヤ、最近可愛がってくれないのね?ちょっとさみしい……」
「そんなこと言って。こないだ疲れて途中でくたばったのは何処の誰ですか?とにかく、今日はもうお休みです。ライラ様、最近体調よくないでしょう?」
「そんなことありません!元気だから!ね?」
「ダメです。僕にだって乗り気じゃない日もあるんです」
「ええっ!それって、私に魅力がないって――」
「そうは言ってないでしょう!?」
「そ、そんな……!」
ライラはやはり、人の話を聞かない。
青ざめた表情で震えだすと、突如として自分の胸を揉み始めた。
「やっぱり、リリスさんみたいにもっと大きくないとダメ?ダメなの?」
もみもみ。
「もう十分大きいでしょう!?こないだFにサイズアップしたばかりでお洋服の新調が予算を圧迫――」
むぎゅむぎゅ。
「やめなさい!そんな雑な揉み方したら垂れちゃいますよ!」
そう告げた瞬間。ライラはピタリと手を止めた。
やはり女子は垂れるのがイヤらしい。
俺も、垂れてる女子よりは垂れてない女子の方が好きだ。
「いいから、寝てください」
「うん……」
やはり垂れるのはよほどイヤなのか。大人しく布団をかぶり直すライラ。
「おやすみ、ユウヤ。ねぇ……手だけでも、握ってくれない?」
「はいはい。仰せのままに」
俺は腕枕していない方の手でライラの手をそっと握ると、静かに目を閉じた。
◇
そして、リリスが帰ってこないまま三日が経ち、出廷を明後日に控えた日の朝。
――リリリリリ!
まだ鶏だって鳴いていないような時間帯。
突如として来訪者を告げるベルが鳴り響く。
「ん……?また、こんな時間に……?」
(異世界の者は皆、朝型の爺さんなのか……?)
むくりと起き上がって申し訳程度にシャツを直し、扉を開ける。
そこには、見慣れた鎧の男が立っていた。
我が街と聖女を守護する、聖女騎士団の甲冑――ではなく、見回り用の軽装を身に着けている。
「朝早くから、見回りご苦労様です……?」
(こんな時間の勤務形態があるなんて聞いてないぞ……?)
不思議に思っていると、男は声を荒げた。
「宰相殿!あの女は何者ですかっ!?」
「は?」
(藪から棒になんなんだ?まずは所属と名前を明かせって。俺、一応宰相だぞ?お前の上司なんだけど?)
ちなみに、俺と同格のポジションが騎士団長にあたる。聖女直属の傍付きとあって、俺の地位はかなり高い方だった。常に募集はしていない、聖女に余程気に入られないと就くことのできない幻の役職。全く、ライラ様々だ。
不満を隠しつつも、胸元のバッチからそこらの一兵卒であることを認識する。
そんな俺の気も知らず、男はまくし立てるように話しだす。
「とぼけないでください!数日前にあなたが連れてきた、リリスと名乗るあの魔術師のことですよ!」
「ああ。彼女は中央本部への出張の際に聖女様の護衛を務める――」
「そんなことを聞いているのではありません!」
「は?」
じゃあ、何だよ?
訝し気な目で睨むと、男は信じられないようなことを口にした。
「ご存じないのですか!?今我らが騎士団は、あの女によって壊滅させられようとしているんですよっ!?」
「は?」
(…………)
――はぁ!?!?
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