第6話 悪の宰相は副団長を破滅に導く


 早朝の騎士団寮。その中でも上の階層の角部屋。比較的眺めのいい好立地とされる場所に、副団長の部屋はあった。

 挨拶程度に軽く戸を叩く。まずは様子見といこう。


 ――コンコン。


「どうした?」


 中から聞こえてくるのは、大学生くらいの青年の声。

 力や剣技を必要とする騎士団は年若い者が多く、30歳を超える者は体力的に現役でないと見なされ他の職に回される為、この歳でも副団長というわけだ。

 つまり、年長者である方の副団長はタメ口で出るのが普通。今まで通りなら、な。


 俺は襟を正して、宰相服を羽織り直す。

 俺が年若いせいで教会内でナメられないようにと、ライラが特注で作らせた制服だ。金の刺繍が施された、いかにも高そうなその黒いローブの袖を捲って、もう一度のノックする。


 ――コンコン。


「だからどうしたと――」


 ガチャ。


「――っ!さ、宰相殿……!?」


「おはようございます。ロイズ副団長」


 出てきたのは、俺より少し背の高い青年。騎士にしてはガタイが良くないが、彼の持ち味は巧みな剣技と戦略と聞いている。


「こんな朝から、どうしてここに!?」


「おはようございます?」


「お、おはよう……ございます……」


 ロイズはバツが悪そうに濃い目の金髪を弄ると、部屋の中から出てきて戸を閉める。


(仮にも上司である俺がわざわざ出向いているのに、廊下で話せと?)


 別に男の部屋になんて用が無ければ入りたくもないが、一応聞くのがマナーだろう。副団長の部屋ともなれば、ワンルームでなく客を通すリビングくらいはあったはずだ。

 それとも、見られてはマズいものでもあるのか?


 俺は不審の目を隠さないままロイズに向き直る。


「今日あなたの元に訪れたのは、騎士団内で少々悪い噂を耳にしたもので、ご相談が……」


「悪い噂?」


 ロイズは案外表情を隠すのが上手い。さも『初耳だ』といった風に首を傾げると、思いついたように背後のリリスに目を向けた。


「ああ!いやはや、お恥ずかしい……宰相殿の耳にまで入ってしまうとは。実は、そちらのリリス嬢の美しさに騎士達が色めきだっておりまして。今日にも喝を入れようと、団長殿と話していたところなのです」


「些細なものでも報告は早めに、とお伝えしていた筈ですが?」


「申し訳ございません。以後、気を付けます」


 ぺこり、と頭を下げるロイズ。内心では俺のことを気に食わないとは思いつつも、こういうことが平気でできる。そういう世渡りの巧さが評価されて副団長に就いたと、団長に聞かされたことがある。『自分には真似できない』と。

 だが、今の問題はそこではない。


「単刀直入に申し上げます。この写真に見覚えは?」


 数枚の写真を広げると、ロイズは一瞬固まった。しかし表情は崩さない。

 そして、あろうことか笑顔を浮かべた。


「ライラ様の、お写真ですか……?相変わらずお美しい」


(シラを切るつもりだな……?)


「見覚えは無い、と?」


「ええ。確かに私はライラ様をお慕いしておりますが、このような隠し撮りの趣味など……騎士の名折れというものです。宰相殿は私を疑っておいでなのですか?」


「いえ。この写真について知っていそうな人物に順に聞き込みをしているのです。こういった不敬な写真を発見した場合、団長に相談しづらくとも、副団長であるあなたのところにならば、部下から相談が行くのではないか、と」


「ああ、そういうことでしたか。申し訳ございませんが、私のところにはそのような報告は――」


「無いのですか?」


 俺は、改まった口調で聞き返す。


「上の者への虚偽の報告は重罪です。これでも僕はあなたの上司。もしあなたが嘘を言っているならば、騎士団を追放されることになるやもしれませんよ?いいのですか?」


「ははっ。そんな怖い顔をなさらなくとも、偽りなど微塵もありませんよ?」


(あくまで口を割らないつもりだな?まぁいい。だったら、お前とは今日でおさらばだ……!)


「ロイズ副団長?この写真が『隠し撮り』だと、いつ知ったのですか?」


「…………」


「これは、広報誌作成の為に撮り下ろした『聖女様の日常』を写したものです。それが、どうして『隠し撮り』だとお思いに?」


「…………」


 ロイズの頬が、ひくりと動く。


(終わりだな)


「少々部屋を見せて頂いても?」


「私の部屋を、ですか?」


「偽りは無いのでしょう?」


 俺は合鍵マスターキーをちらつかせる。


「宰相殿が、何故それを……」


「ライラ様より直々に預かっております。として」


 にやりと笑みを向けると、ロイズの表情が歪んだ。引きつる笑顔の裏で、はらわた煮えくり返っているんだろう。お前が十年近くライラに想いを寄せていたことなど、とうの昔に調査済みだ。モニカちゃんの井戸端能力をナメるなよ?

 そして、俺がライラに貰い、そのままモニカちゃんに流した『情報料』という名の小遣いの額もなぁ?それこそ、ライラの『愛』を具現化した、溺れるような額だ。


 俺は少し長めのローブの裾を捲って、ロイズの部屋に足を踏み入れる。


「では、失礼」


「おっじゃましまぁ~す!あらぁ?案外男臭くないのねぇ?ざぁ~んねん!」


 いそいそと中に入る俺とリリス。ロイズは黙って見守っている。

 俺はベッドの下や本棚の辞書の中身を漁りながら、リリスに声を掛ける。


「リリス。男臭い場所を探していただけますか?」


「ここぉ!」


「…………」


(早いな。流石……)


 呆れ半分、指差されたクローゼットを開く。ガコンッ!と豪快に。思い切りよく。

 背後で、ロイズがびくりと動いた音がする。だが、もう遅い。


 開け放ったクローゼットは、壁一面がライラの姿で埋め尽くされていた。

 引き延ばされた一番大きいショットは、お風呂上りで髪を上に纏めようと、口にゴムを咥えてこちらを向いているショットだ。

 風呂場の隙間から狙いすましたものなのか、外の物音を不思議に思って振り向いた一瞬を収めた、上目がちであどけない無垢な表情。少し幼いこの姿は、俺が異世界に来る前のものだろう。

 その他にも、運動後の頬が上気した姿や、美味しそうにランチを頬張る姿。会議中の退屈そうなアンニュイ顔や、スイーツを目の前にした咲くような笑顔まで。古今東西、愛らしいライラが額に入れられて収まっている。


(…………)


「わぁお♡」


「よくもまぁ……ここまで撮ったものですね……」


 呆れて物も言えない――筈が、つい口からぽろっと出てしまった。


「変態……」


「わ、私は……!」


 これ以上何をどう取り繕うつもりなのか。聞かせてもらおうと思っていた矢先。

 入り口からふわっとした明るい声が響く。


「ユウヤ!ここにいたのね!探しましたよ、もう!」


(なっ――)


「「ライラ様!?」」


「朝起きたら居ないから、びっくりして、さみしくて。来ちゃいました!」


「ら、ライラ様。どうしてここが――というより、そんな薄手の部屋着で外を出歩いては――ここは騎士団寮ですよ?」


 胸元の大きく開いた私服ワンピースは、飢えた騎士には目の毒だ。


「朝早いから、誰もいないと思って……」


「そういう問題ですか!?お行儀の悪い!」


(てゆーか、その揺れ。まさかノーブラじゃあないだろうな?)


「あう。お、怒らないでよユウヤ……そんな顔も凛々しくて素敵だけど、嫌われちゃうのはイヤ……」


 とてとて、と寄ってきたライラは、宰相服の裾を掴む。

 上から覗くと、やはりノーブラだった。


(こいつ……!お前がそんなゆるゆるのガバガバだから、こんなことになってんだぞ!?)


 俺は喉から出かかるその言葉を飲み込んで、自分のローブを脱いで羽織らせた。


「きゃっ♡ユウヤの匂いがする……♡」


「はいはい、よかったですね。――で?どうしてここに居るとわかったのですか?」


合鍵マスターキーの気配がしたから……」


 ちょいちょい、と俺の腰についた鍵束をつつく。


「…………」


(GPS代わりだったのか、コレ……)


 次に外出する際は外して行こうと心に決め、ロイズに向き直る。

 俺はさりげなくライラの背後に回り込んでその両目を手で覆った。


「わっ♡ユウヤ、何するの?」


「いいから。少し黙っていてください?」


 耳元で囁くと、ライラは『うん……♡』と頭から湯気を出して大人しくなった。

 その仲睦まじい様子を苦々し気な表情で見やるロイズ。


「さぁ。ライラ様にそのクローゼットを見られたくなければ、洗いざらい吐いてください、ロイズ副団長?自主退職願いは、その後で構いません。売りつけた先の人物リストは何処に?どの程度の団員が聖女様をオカズにしているのですか?」


「オカズ?私は食べられないわよ、ユウヤ?」


(奴らの頭の中では食べられちゃってるんだよ……!)


「わからないなら、結構」


「くっ……ライラ、様……」


「その声、ロイズなの?ここはロイズのお部屋だったのね?鍵の気配を追うのに夢中で、気づかなかったわ?」


「ライラ様?呑気なお声を出している場合ではないのです。お口はチャックでお願いします」


 どこまでも間の抜けたライラの様子に、腹を抱えて笑いをこらえるリリス。

 俺達のナメきった態度に堪えられなくなったのか、それとも自棄ヤケを起こしたか。ロイズは腰の短剣を抜くと、身を低くして襲い掛かってきた!


「ライラ様から……ライラ様から離れろぉおおっ!」


 奴の狙いは――無論、俺。


 だろうとは思ったが、まさか来るとは思っていなかった。

 だって、俺の前にはライラがいるんだぞ?当たったらどうす――


「――っ!?」


 すんでのところで初撃を躱す。が、さすが副団長。すぐに次の手が飛んできた。


「や、やめろっ!ライラ様に当たったらどうする!」


「当たるわけないだろうっ!?私が、ライラ様を傷つけることなど、ありえないぃいい!」


 ――ヒュッ


「痛っ……!」


 ナイフが、俺の首筋をかすめた。その声に驚いたライラが、俺の腕を振りほどく。


「ユウヤ!?なにが起こっているの!?」


「貴様など!ライラ様を誑かす悪の宰相など……!」


「ライラ様危ない!!」


「死ねぇ!!」


 バランスを崩したライラが、俺の前に転がり出る。


「きゃ――」


「なっ――ライラ様!?」


 血相を変えるロイズ。しかし、気づいたときにはもう遅い。振り下ろしたナイフの切っ先はもう止まらない。


「ちっ……!」


(今、ライラに死なれるわけには……!)


 俺は、転びかけているライラの腕を引いて、一気に腹の辺りに引き寄せた。

 庇うようにして、頭を両腕で抱え込む。


(石を投げられて死ぬより、こっちの方が、ずっといい……!)


「ユウ、ヤ……?」


 ――ザシュ……


「ぐうっ……」


 鋭利な切っ先が、俺の鎖骨辺りをなぞる。細かな皮膚の裂けめから、赤い飛沫しぶきがあがった。俺はリリスに視線で合図する。


「時間稼ぎは……これくらいか……?」


「ナイスファイトよ、宰相君♡」


 いつの間にか部屋中に立ち込めていたキセルの煙。

 リリスが床の紋様を指でなぞると、一気に煙が収束した。

 艶やかな紅をさした唇が、呪文を唱える。


「捕まえてア・ゲ・ル♡ ――【呪煙じゅえん粘着気質ナ女神ノ束縛イザナミのなみだ】」


「くっ……!」


 床の魔法陣のようなものから煙でできた無数の腕が這い出し、瞬く間にロイズを捕縛した。絡みつく腕に責められるように撫でまわされながら、床に頭を擦りつけ、ロイズは意識を失った。


「はいは~い。冴えないロリコン、つーかまーえた!」


「助かりました、リリス……うっ……!」


 声を出すと、再び傷口から血が噴き出す。


「ユウヤぁ!」


「ライラ様……泣いて縋りつく暇があったら、回復魔法を……」


「ヤダぁ!死なないで!ユウヤぁ!」


 ゆさゆさ。


「見た目よりも傷は浅い……この程度では、死にませんよ……」


「私を置いていかないでぇ!」


 べそべそ。ぐしゅぐしゅ。


「痛いんだから……!早く……!」


「うわぁあああん!!」


「早く回復してくださいよ!!ポンコツ聖女!!」


「ふえっ……!?」


 不意に怒鳴られたライラは我に返り、いそいそと傷口に手を当てる。


「か、彼の者の傷を癒し給え!――【癒しの女神ノ囁きいたいのいたいのとんでいけ】!!」


「「…………」」


 相変わらずどうしようもないくらいに稚拙な詠唱だが、俺の傷口は塞がった。


「ううう……!よかった……よかったです……」


「あらあら。こーんなお目目腫らして泣いちゃって。よっぽど宰相君が大事なのね?」


「……はい。ユウヤが死んだら、私も死にます」


「さらっとヤンデレっぽいこと言わないでいただけますか?ライラ様が言うと、冗談に聞こえない」


「やんでれ?って何?」


 首を傾げるライラに、俺は微笑んだ。


「溺れるくらい、愛してるってことですよ」


「……はい!もちろんです!大好き!」


 にっこりと笑顔が戻ったライラに、俺は告げた。


「ライラ様?大好きな僕のお願い、聞いていただけますか?」


「?」


「我らが聖女騎士団は、本日をもって解散と致しましょう――」

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