EP.26 溺れるような、学校生活 ①
朝。カーテンの隙間から差し込む陽光に目を細めていると、晴れやかな声が耳に届く。
「ユウヤ、起きて? 学校へ行く時間よ?」
「ん……?」
そんな、時間だったか……?
枕元のスマホで確認すると、朝のHRが始まるまであと四十分。
下手すれば――というか、このままいくと恐らく遅刻だ。
一瞬にして飛び起きる。
「ど、どうして起こしてくれなかったんだ!?」
「起こしたわよ? ちょいちょい、って。ユウヤってば、むにゃむにゃ『あと五分……』ばっかり! 可愛いかった♡」
「朝からじゃれてる場合か!? ああもう、これだからライラは――って、八つ当たりしてる暇は無いな。行こう!」
俺は急いで身支度を整えて、既に制服姿のライラの手をとって駆け出した。
学校までの通いなれた道を、はわはわと息を切らすライラに合わせて走る。
「はぁ……待って、ユウヤ……」
「ちゃんと待ってるよ。ひとりで行っても、意味がないだろう?」
「うん、遅くてごめんね……よい、しょ……!」
「ちょ、掛け声がおばさんくさ――」
「うぅ~……もう、言いませんから……置いて行かないで?」
「それよりも、走って乱れたブラウスを直しな?」
走るたびにぷるんぷるん揺れるから、第二ボタンがはじけ飛びそうでひやひやしたじゃないか。もう二度と、寝坊しないように気を付けよう。
「はぁ……学校まで、あと少しだ。がんばれ!」
「はい……!」
季節は夏。緑道に芽吹く青々とした緑が目にも優しく、涼やかな薫を漂わせている。
なんとか滑り込みで間に合った俺達は、乱れた呼吸を整えながらお互いの席に向かった。座るや否や、前の座席のクラスメイト、田中に声をかけられる。
「よう、如月。美少女と今朝も仲良く揃って登校とは、いい御身分だな?」
「何が?」
「ライラちゃんのことだよ! 季節外れの転校生! 金髪碧眼のアルティメット美少女! どうしてお前みたいな陰キャがあんな美少女の彼氏なんだ!?」
「仕方ないでしょう? 彼氏なんだから」
「いやいや、理由になってねーよ! どうやってオトしたんだよ、あんな子!?」
「それは、まぁ……」
寝たから、かな?
だが、
それがいくら、同意の上だったとしても。罰せられるのはいつも男の方。まったく、理不尽な話もあったものだ。迫ってきたのは向こうの方だというのに――
言い淀んでいると、田中はぐいぐいと顔を近づける。
「なぁ、どうやったんだよ! 教えろ! 教えてください! くださいませ!」
(……必死だな)
フツーの男子高校生ならこんなものか? 異性と性への探求心。
生憎俺は、そこらへんの常識を異世界で一夜にして喪失した身だ。もはや同じレベルに会話を合わせるのに気を遣う……ことは無いか。田中と話すのは楽しいし。
異世界へ行ってからというもの、ライラという美少女彼女を手に入れ、童貞感を微塵も残さなくなってどこか浮世離れしてしまった俺に、田中は変わらず話しかけてくれる。本気で妬むことも無く、素直に『羨ましい』と、そう言って、友達のままでいてくれるのだ。
こんな純粋な好意、異世界だったら思わず疑ってしまうところだ。しかし、そうでもなく、案外やさしい世界で出来ているのが現実世界のいいいところだと思う。少なくとも、俺はそういう意味では恵まれた環境にいる。
俺は友人付き合いに支障のない程度に返事した。
「そんなに気になるなら、本人に直接聞けばいいだろ?」
あとで口裏合わせておくから。
そうして、ライラがいかに俺に溺れているかというノロケをたっぷり浴びせられるといい。ふはは。
そんな俺の最近よく言われる台詞は、『如月君、なんか性格変わった?』『お前の笑い方、どこかの悪の宰相みたいだぞ?』だ。やはり思春期の感受性というのは侮れないもので、みな、中々に鋭い感性を持っている。
俺は田中のそういう好奇心を刺激しようと、付け足すように口を開いた。
「そんなに彼女が欲しいなら、気になる女でも手籠めにしてみたらどうだ?」
「え――」
「案外コロッと堕ちるかもしれないぞ?」
「うっそ――」
「クク……冗談だよ? 本気にするなって」
今の反応……やはり田中には刺激が強すぎるようだ。
あらぬ出来事を妄想しているのか、そわそわと膝を動かし、視線をチラつかせている。その先にいたのは、活発系女子の宮城だ。
ソフトテニス部のエースでスポーツ万能少女。男女関係なく誰にでも分け隔てなく話しかけてくれる、笑ったときのえくぼが可愛い、生粋の陽キャ。
同じクラスだが、魔王軍の非常勤宰相たる俺とは縁遠い女子だな。
あいつは、どちらかというと勇者サイドの人間だ。なんとなく、北の勇者の聖刃キリエに似たタイプ。
「へぇ……宮城か」
「……!? ちょ、待っツ――なんで!?」
「だって、見てただろ?」
「み、見てないって……!」
呼吸の乱れと心拍数の上昇を確認。それでいてどもる口調。あからさまに逸らされる視線。いくら俺がクラスメイトで気を抜いているからって、もう少し感情は読まれないようにしないと、悪い大人に付け込まれてしまいそうだ。
俺はそんな可愛らしい反応の友人に助言することにした。
「ああいう女子ほど、案外キレイ系の男に弱かったりするかもよ? ほら、少女漫画とかの影響で、美形が好きとかさ?」
「え――」
「一方で、女子の『好き』の大半は『嬉しいの回数』で構成されているとも言う。美形は見るだけで『嬉しい』から、得なんだ。けど、フツーフェイスの田中でも『嬉しい』を増やすことは可能だ」
「えっ。プレゼントとか……?」
そわそわ。
「…………」
すっごい聞き入ってる。やっぱり宮城狙いじゃねーか。
今までそれで、よく本人にバレなかったな?
思わず、ため息が出る。
「プレゼントって……高校生の俺達じゃたかが知れてるだろ?」
取り入りたい大臣を買収するほどの金をくれる聖女様なんていないんだし。
「だったらできることは、そうだな――困っているときに助けてあげるとか?」
「助ける……?」
「具体的には、うーん……宮城が日直の日に、その動向に気を付けてみろよ? 先生にプリント運ぶの手伝わされてたら、一緒にやってあげたり。部活の後にそれとなく甘いものをあげても喜ぶんじゃないか? 運動後は脳と身体が疲れるって、よく言うし。田中も運動部で放課後は同じグラウンドにいるわけだし、それくらいなら自然にいけるんじゃないか?」
「おお……」
「うまくいくなら、そのまま流れで一緒に帰れば――ほら、『食べ足りないなら一緒に何か食っていかないか?』とか、理由はいくらでも――」
「おお……!」
言い終わる前に、田中がゆさゆさと肩を揺する。
「やっぱリア充はちげーな!」
「…………」
(リア充っていうか……人心掌握スキル?)
これも、宰相をしていた影響か。
高校生活を再会したあとでも、俺はなんとなく人の心の機微や欲するものを察し、どうすればこちらにいいように靡くのかを考えてしまうのが身に染みついてしまっていた。我ながら、なんと可愛げのないスキルか。
だが、おかげさまで高校生活は以前よりも余程スムーズに送れている。
教師からの評判も良いようで、このまま学力を保っていればそこそこいい大学に推薦を狙えるだろう。それまでに、何か委員会などの活動で功績を残しておけば文句ない。
「さぁ、HRがはじまるだろうから、続きはまた今度。実践したなら、結果と感想を報告してくれ。俺の助言が成果を残せたかどうか、気になるからな」
「おう! お前、やっぱイイ奴だな、如月!」
(え~……これだけで? チョロくない、田中?)
心配になる……田中の方こそ気さくなイイ奴だから、悪い女に騙されないでくれよ? 宮中にはそういう女が結構いるんだよ。玉の輿狙いとか、暗殺者とか、秘薬を試したがる魔女とか……まぁ、相手が宮城なら大丈夫だろうけど。
俺は級友の将来に想い馳せながら、今日も一日学園生活をスタートさせた。
授業中、チラチラとこちらを振り返るライラの視線が逐一『構って♡』を主張してくるが、もう慣れた。異世界にいる頃から、会議中もあんな感じだったからな。
俺は視線で『ちゃんとお勉強してください』と訴える。悪いけど、補講に付き合ってやることができないからだ。
放課後、俺には文化祭の実行委員という役回りが課されていた。
俺が異世界に行って行方不明な間に勝手に決められていた実行委員。欠席だった俺には一番面倒な文化祭の委員が割り振られ、知ったときには絶望しかけたが、ライラが『文化祭はじめて♡』とか言うから――『宰相の腕の見せ所ですね?』なんて言ってしまった。
(はぁ……俺も大概、好きな女の前では見栄っ張りな男子高校生か……)
窓際の席から、校庭の隅の花壇に視線を移すと、そこにはすずらんの花が風に揺れていた。
――ちりん、ちりん……
(ああ、今日も天気がいいな。放課後は、ライラと駅前でスイーツでも食べて帰るか……)
――ちりん、ちりん……
(心地がいい……眠くなる。何か、忘れているような……)
数学の宿題か? なら、今、授業中にやってしまおう。
――ちりん、ちりん……
(ライラは……ああ、ちゃんと授業を聞いているな)
可愛いからって、何をしても許されるわけじゃないぞ?
今度船をこいでいたら、ちゃんと言っておかないと。
(…………)
すずらんの花が、きれいだ。
さらさらとそよいで、小さな白い花が微笑むように揺れている。
――ちりん、ちりん……と。
鳴るはずのないその音色を響かせながら……
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