(最終話) 異世界行ったら聖女に溺愛されたので、甘んじてたら溺愛し返してました
「戻って、来た……!」
俺は久しぶり過ぎて忘れかけていた玄関の扉の前に立っていた。
駅から少し離れた住宅街の一軒家。俺はそこに四人と一匹の家族で暮らしている。
背後の道路を通る車にびくりと震えるライラの手を握り、俺は深呼吸した。
スマホを見ると、時刻は夕方。俺が異世界に落ちた日から、僅か一日しか経過していない!
(一日くらいなら、なんとか誤魔化せる……!)
駐車場を見ると、車は二台とも停まっていなかった。
(母さんは……買い物か?)
不在だというのなら尚の事好都合。今のうちにこの見慣れない宰相服をなんとかしなければ。小声でライラに呼びかける。
『僕の部屋は二階です。今のうちに部屋に隠れてください。母さんへは僕から説明しますので』
『ユウヤ?説明って……?』
この後どうするのか?という問いに、俺はありのまま答えた。
『だから、ライラ様は今日からここで暮らすんですよ?僕と一緒に』
『いいの!?』
『いいかどうかは、親次第。僕の説得次第です。この家で一番偉い魔王様は父……』
一瞬思考してから、言い直す。
『……母親です』
ポケットから鍵を取り出してこっそり自宅に入る。
――カチャリ……
玄関で靴を確認すると、小さなのがひとり分。
(
聞き耳を立てると、リビングからテレビの音が聞こえた。
俺は気づかれないように二階に向かう。と……
「ひゃわぁっ……!」
ライラが、ルンバに
「お兄ちゃん!?帰ってきたのぉ!?」
バタバタバタッ……!
(マズイ!)
「ライラ様、こちらに!」
俺は手を引いてダッシュした。階段を駆け上がり、自室に入って扉を閉める。
ダンダンダンッ……!
「お兄ちゃん!お兄ちゃ~ん!?どこ行ってたのぉ!?ママが心配してたよ!」
俺は小声でライラに合図する。
『着替え終わるまで、その扉を抑えていてください!』
『は、はいっ……!』
クローゼットを開けて制服に着替えると、俺は顔を出した。
「た、ただいま……幽希……」
その瞬間。ぎゅうっと抱きついてくる妹。
俺とよく似た黒髪をふわふわと擦りつけてむぎゅっと頬を寄せる。
「お兄ちゃ~ん!昨日ゆうきと遊んでくれるって言ってたのに~!帰ってこないなんてひどいよぉ~!」
「ああ、ごめんごめん。色々あって……」
(ほんと、色々……)
「ねぇ、さっき女の子の声が聞こえた!お兄ちゃんかのじょ!?」
ぎくっ。
(こいつ、小一のくせして随分マセてるな?そんな子に育てた覚えはないんだが……)
ジト目を向けつつ返事する。
「……だったら何?」
「わ~!お兄ちゃんかのじょ~!お兄ちゃんがお泊まりして彼女と帰ってきた~!」
「ちょ……人聞き悪っ!」
てゆーか、ほんとに小一!?
「ママ~!」
ピポパ。
「幽希待て!まだ母さんに連絡は……!」
呼びかけ虚しく、妹は器用にスマホで母を呼び出す。
「あのねママ~お兄ちゃんが――」
その瞬間。
外の駐車場からエンジン音が聞こえ、すさまじい勢いで足音が迫ってきた。
バタンッ!とノックも無しに扉を開けて入ってきたのは、母さんだ。
「ユウヤ!どこ行ってたの!?何の連絡も無しに!!」
幽希とよく似た、大きな瞳をくわっと見開き、俺に詰め寄る。
が、母さんの身長は俺より低い小柄なのでそこまで怖くない。
(どこって言われても……)
異世界とは、言いづらい。
言い淀んでいると、母さんはぎゅうぅと俺を抱き締めた。
「もぉ~!心配したんだよぉ!家出かと思って!今日見つからなかったら捜索願を――!」
そんな泣きべそをかきそうな顔はまるで小一の幽希と同レベル。
思わず顔をほころばせていると、母さんは背後のライラに気が付いた。
「…………」
瞳孔の開いた猫のように固まる。
「……ユウヤ。あの子は……?」
――キタ。
俺は息を吸い込んだ。
この世界に戻ってからも『ミラー』が使えるとは限らない。だが、人からの印象なんて自分次第でどうにでもできるものだ。俺はそれを、
(母さんに小細工は通じない……はっきりと、思っていることを伝えよう。)
――この世界に合わせた嘘を織り交ぜて。
そう。いくら正直に話したいとは言っても、異世界要素はナシにしないといけない。できるだけそれらしく、ライラと暮らす許可を貰うには……
(映せ、映せ、映せ……!その『想い』を!俺は、心の底からライラと暮らしたい……!)
俺は母さんの両肩を掴んだ。
「母さん……聞いて欲しいんだ。あの子はライラ。俺の……彼女だよ」
「……!」
母さんの表情はそれまでの驚きから一変。わくわく、感動、喜び、いたずらごころ、そして、『昨日はまさか……』という疑念に変わっていく。
俺は、開き直った。母さんに向かってにっこりと笑みを浮かべる。
「……高校生にもなれば、そういうこともあるさ?」
「…………」
「心配かけて、ごめん。次からはちゃんと『帰らない』って連絡するから」
「ユウヤ、あなたって子は――」
もし暴れるようなら抑えようと、俺は両肩に力を込める。
しかし、母さんの口にした言葉は予想外のものだった。
「あんな可愛い子どこで見つけてきたの!?!?」
「えっ――」
(てっきり『なんてことしてるのよ!』って言われるかと……)
驚いて動揺していると、母さんはひょいと俺の手を抜け出し、ライラの両手を掴む。
「わぁあ!金髪ふわふわ!瞳が海みたいに蒼くてキレー!!外人さんなの!?」
「ええと、まぁ、そんな感じ……」
「お人形さんみたいねぇ!ライラちゃんって言ったかしら?」
「ひゃ、ひゃい!」
母さんの圧に押されて声が裏返るライラ。
そんな緊張しきった様子に、母さんは一層頬を緩ませた。
「可愛い!可愛い!かぁ~わ~い~い~!もう、ユウヤも隅に置けないわね♡」
「…………」
我が母の、懐の広さには閉口する。
「ねぇねぇ、ライラちゃん?ユウヤのどこが好き?どういうところが気に入って付き合おうと思ったの?」
その問いに、ライラは赤面しながら答えた。
「ええと……優しくて、かっこよくて、困ったときは守ってくれて……それで……」
「うんうん!それでそれで?」
「その……いつも傍に、いてくれるところです……」
もじもじとそう返事すると、母さんはライラに抱きついた。
「やぁ~だ~!ライラちゃんてば、よくわかってるじゃなぁい!」
母さんのご機嫌は限界を突破した。俺はここぞとばかりに畳みかける。
「母さん。それで、相談があるんだけど……」
「ん?なぁに?」
「ライラをうちに住まわせたら、ダメかな?」
「……!」
「その、ライラが一人暮らししていた家が火災にあって……持ち物とか貯金とか、全部なくなってしまって。頼れるのが俺しかいないんだ。部屋は俺と同室でいいし、母さん達になるべく迷惑はかけないから。だから……」
訴えるような眼差しを向けると、母さんは目を丸くした。
そして、ぽろりと言葉を零す。
「あなたのそんな必死な表情、初めて見たわ……」
そして、俺のところにやってきて、ぽすりと頭を撫でる。
「ユウヤ、ライラちゃんのこと、よっぽど大切なのね?」
「うん……」
「……わかった」
母さんはゆっくり頷くと、スマホを取り出した。そしておもむろに通話をし出す。
「あ。パパ~?え、仕事中?ごめ~ん♡今日から家族がひとり増えるから、ケーキ買って帰ってきて?――え?誰って?ユウヤの彼女」
「ちょ……」
ダイレクトアタック!?ちょっと直球すぎやしませんか!?
(説明とか色々……!)
思わず割り込もうとするも、流石は我が家の魔王様。するりと躱される。
「――え?おうち無くなっちゃんだって。うん。とにかくうちで暮らしてもらうからよろしく~。え~?ユウヤももう高校生なのよ?いいじゃない?パパ気にし過ぎ。そぉんな器の小さい人と結婚したつもりないんだけどな~?」
『……!……!』
電話口が、なにやら猛烈に訴えている。どうせ『頼むから離婚はやめて!』みたいなアレだろう。父さんは母さんを溺愛しているので逆らえない。だから、うちでは母さんが魔王だ。
「見たらびっくりするわよぉ?もうめちゃくちゃ可愛いんだから!――え?ママのが可愛いって?もうヤダ~♡パパったら♡お仕事中なんでしょ?いいから、とにかくよろしくね。じゃあね~♪」
ポチッ。
「…………」
「パパ、ケーキ買って帰ってくるって♪」
「……うん。聞いてた……」
父さんに同情する俺をよそに、母さんは再びライラをぎゅっとした。
「よかったわね~?今日からよろしくね、ライラちゃん!」
「……はい!あ、ありがとうございます!ふちゅちゅか者ですが、よろしくお願いします!」
「もう!そういう台詞はユウヤに言いなさい♡」
精一杯の気持ちを込めてぺこーっとするライラを笑顔で見守る母さん。
俺も精一杯の感謝を述べる。
「母さん、ありがとう……」
その言葉に、母さんはにこーっと笑みを浮かべるのだった。
◇
ケーキを手に帰宅した父さんはライラを見るなり俺を二度見する。これはアレだ。『お前、こんな美少女どうやって!?』みたいな顔。俺は適当に鼻で笑って誤魔化した。抱いたら懐いた、とは言いづらい。
一瞬でライラを気に入った父さんは、すぐに俺の三倍の小遣いをライラに与えると言い出し、生活に必要な備品を週末に揃えに行くこととなった。
そして、数週間後――
「じゃあ、いってらっしゃい」
俺は幽希のランドセルをまっすぐに直すと、ぽん、と肩を叩いた。
「うん!お兄ちゃんも、ライラちゃんと仲良くね!」
「いってらっしゃい、幽希ちゃん!」
「行ってきまぁ~す!」
てちてちと駆けていくその背を見送っていると、不意に背後から声をかけられる。
「……みゃぁ」
「?」
(この声は……)
振り返ると、そこには愛猫のましろがいた。白い毛並みに茶色の靴下模様。
「ましろも、お見送りに来てくれたのか?」
「みゃ……」
ましろは俺の足元に擦り寄ると、ライラの傍まで行って『おいで~』をされる。
そのライラの手をぺちんと猫パンチするましろ。
「あ~ん、私もましろちゃんと仲良くしたいのに~」
「ふふ、ましろは女の子だから、俺が取られたと思って嫉妬してるんじゃない?」
しょんぼり顔のライラをなだめつつ、さっきの呼び声を思い出す。
(あの鳴き声……ましろのものじゃなかった。あの声はまさか、レオンハルト……?)
そう思って廊下を見るが、銀色の猫はいない。
一瞬、異世界で読んだ『
「…………」
(いや、童話の猫はピンクと紫の縞模様と謳われていた。レオンハルトは銀と黒だ……)
けど、確かに縞だった。
(まさか、な……)
俺は気を取り直して玄関を出ると、ライラに手を差し出す。
「俺達もそろそろ行こうか?」
「ねぇユウヤ?学校って、どんなところなの?聖女候補の寄宿学校と似てるのかしら?」
「いや、寄宿学校をよく知らないからなんとも言えないけど……きっと気に入ると思う。色んな人がいて、楽しいよ」
以前はそこまで楽しく感じたことはないが、改めて考えれば多種多様な人間が一堂に会して授業を受け、話に花を咲かせるなんて光景は、楽しい以外のなにものでもないんだろう。俺は、ライラにもそんな平和を、平穏を味わってみて欲しかった。
だから、父さんに言って入学を手配してもらったのだ。学費は今は父さんが出してくれているが、俺が大きくなったらきちんと返すつもり。ライラは未知の学び舎に心を躍らせていた。
制服のスカートをフリフリと機嫌良さそうに揺らし、シャツが少しキツそうな胸元にクリスから貰ったペンダントをつけている。
その微笑ましい姿を俺同様の笑顔で眺める、『死神』のあたたかい視線に気づくことはない。
「さぁ、ライラ様、お手を――?」
「ふふっ。その口調、懐かしい!」
「どっちが好き?」
「どっちも!」
俺は、笑顔を向けるライラの手を取った。
「ねぇ、ユウヤ?手を繋いでくれるのは嬉しいけど、お外でしてもいいの?いつもなら、ふたりきりじゃない時はダメって……」
「いいんだよ。俺のガールフレンドだって、皆に印象付けないといけないから。そうじゃないと、きっとライラのとこには悪い虫がわらわら寄ってくる」
そういう虫を一発で潰すための、イチャコラ登下校というわけだ。
内心でほくそ笑む俺に、ライラは首を傾げる。
「がーるふれんど?って何?」
「うーん、そうだな……わかりやすく言うなら――」
俺は微笑み、その手を引いた。
――『溺れるほどに愛すべき存在……ってことですよ?』
~Fin~
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※こんばんわ。ここまで読んでくださった方々、いつも応援してくださる方々、本当にありがとうございます!
これにてこのお話は一旦終了です。
約一か月を目安に書き切ろうと思い、男主人公の異世界ものには初チャレンジでしたが、なんとか書ききることができました。これもひとえに、応援やコメントを下さった皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
結局チートっぽくなってしまったのは個人的にとても残念なのですが、やっぱり何もないと寂しいなぁなんて思ってしまって。難しいですね。
もしよろしければ、レビューや☆評価、感想をいただけるととても励みになります!
(只今コンテストに参加中のため、是非ともよろしくお願いいたします!星投げだけでも嬉しいです!)
頂いたレビューは次回作以降にも活かして参りますので、是非よろしくお願いします!
最後に。最近更新している新作の宣伝です。
ひとつは異世界モノの短編です。
悲恋のダークファンタジー。
『微睡むボクとさいきょうの魔剣』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893691279
そして、現在更新中の新作です。上記短編の続編のようなものになります。
『幼馴染は暗黒魔剣』
https://kakuyomu.jp/works/1177354055031436930
私事にはなりますが、コンテストに参加中の為、少しでも多くの方に期間中に読んでいただけたらなと思い、不適切かなとは思いつつも、宣伝させていただきました。
星やレビューはもちろんうれしいですが、少し毛色の異なる作品のため、
率直にどうだったか、という感想が気になって……
(とくに異世界短編が……)
もしご興味ある方は、是非とも、よろしくお願いいたします!
長くなりましたが、ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました!
今後とも是非、よろしくお願いします!
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