EP.1 久しぶりに異世界行ったら地元が魔界になっていた


 ある秋の晴れた日。カーテンの隙間から差し込む朝日に目を細めながら、俺はベッドから身を起こした。隣では布団に包まりながらもぞもぞと寝返りをうつライラの姿がある。


(学校に通い始めて数週間……そろそろこっちの生活にも慣れてきたかな?)


 とはいえ、慣れない学校生活と人目を引くその容姿から、級友に囲まれて質問責めになることの多かったライラだ。休日は起こさずに寝かせておいてあげた方がいいだろう。

 今日から三連休という初日。俺も本当であれば昼近くまで寝ていても良かったのだが、自然と目が覚めたのも好都合。せっかくの休日を有意義に過ごす為にも起きようとベッドから抜け出そうとした。すると、不意に腕を掴まれる。


「……ユウヤ。どこに行くの?」


「起きてたのか、ライラ。おはよう」


「おはようございます……」


 むにゃむにゃと呟く様子から察するに、俺がいなくなろうとした気配を察して熟睡状態から目覚めたようだ。起きようとする俺の手をぎゅうっと抱え、離れないようにと胸で挟み込んでホールドしている。

 相変わらず、ライラの溺愛ぶりには人間の危機察知能力の限界を超える何かを感じる。


「ユウヤ、置いてかないで……おでかけするなら、私も……」


 俺はそっとその頭を撫でた。


「少し目が覚めただけだよ。どこに行くわけでもないから、心配するなって」


「なら、いいです……今日からふたりきり……ふふっ……♡」


 すやぁ……


 俺はライラがそっと手を布団に引っ込めたのを確認して一階におりた。洗面台で身支度をしてリビングに足を向けると、人のいないリビングがどこかさみしく感じる。

 両親と妹はこの連休を利用して祖父母の家に遊びに行っているため、今この家には俺とライラしかいない。というのも、母さんが俺達に『たまにはふたりきりで過ごしたいわよね♡』と気を遣っているのが原因だ。


(母さん、その気遣いは嬉しいけど……)


 何もそこまで気を遣わなくても。

 確かに俺もライラも思春期真っ盛りな少年少女だが、そんな四六時中発情するような輩と思わないでいただきたい。だが、久しぶりにふたりで過ごせるのもそれはそれで嬉しいのは事実。


(連休は、ライラと温泉でも行こうかな……)


 母さんの気遣いと父さんからの餞別(臨時お小遣い)に感謝しながらコーヒーを淹れていると、リビングに一匹の猫が入ってきた。


「にゃ……」


「おはよう、ましろ」


 俺はその白い猫を撫でて朝から幸せな心地に包まれていた。すると、そのすぐ隣にもう一匹猫が寄ってきた。


「みゃぁ……」


 自分も撫でろと言わんばかりに頭をすりすりと手にくっつけてくる。


(え……?)


 その銀と黒の縞模様には、見覚えがあった。


「……レオンハルト?どうしてここに……」


 異世界にいるはずの魔王の愛猫。それがどうして、俺達の暮らすにいるのか。その姿に思考が停止する。動けないまま、ただ要求されるままにレオンハルトを撫でていると、ライラが二階からおりてきた。就寝用のネグリジェの裾をひらひらと揺らし、ふわっとした金髪を手で弄りながらリビングに顔を出す。


「ふぁ……おはよう、ユウヤ。……あら?その子……」


「……にゃっ!」


「ひゃわぁっ!?」


 レオンハルトはライラを見るなり、ジャンプしてみぞおちに猫パンチを食らわせた。不意を突かれた一撃にうずくまって悶えるライラ。レオンハルトは鮮やかに着地を決めると、俺の方に寄ってきて、しきりにてしてしと脛を叩く。

 ライラと俺の間で何度も視線を行き来させ、どこかへ行かせようと促しているようだ。


「レオンハルト……まさか……!」


 にゃ~~お!


「きゃぁ!何これ!?」


 気づいたときには遅かった。

 レオンハルトが一声鳴くと、ライラの足元に歪んだ扉が現れ――


「ライラ!」


「ユウヤ……!一体なにがどうなって……!?」


「くっ……!」


 手を伸ばして掴んだ瞬間。俺達は扉に引き込まれて消えた。


 ――そう。レオンハルトは『時空ときを渡る猫』だったのだ……!


      ◇


 目を覚ますと、そこは見慣れた教会の一室だった。


「ここは……」


 ライラと手を繋いだままで引き離されなかったことに安堵しつつ周囲を見渡す。

 足元で満足そうに『にゃあ!』と鳴くレオンハルトの姿を見る限り、どうやら異世界に連れてこられたようだった。


(俺達が暮らしていた、ライラの部屋……)


 家具も間取りも当時のまま。だが、調度品の数々に若干の年季を感じる。


(やはり異世界は俺達の世界より時間の進みが異常に早い……?)


「ユウヤ、どうしましょう!?レオンちゃんにイタズラされたみたいだわ!でも懐かしい~!私達の愛の巣、当時のままよ!」


 『えへへ』と嬉しそうに頬を緩ませるライラのなんとおバカさんなことか。

 俺は握ったままの手をぶんぶんと振るライラを一蹴した。


「……何を呑気なことを。もしベルフェゴールに何かあったのだとしたら、簡単に帰れる保障もないのですよ?」


「やっぱりこっちに来ると口調戻るのね!懐かしい!どっちも好き!」


 俺は、そう言って頬ずりするライラを押しのけた。


 レオンハルトが何を思って俺達を連れてきたのかはわからないが、まずは現状把握と退路の確保を優先したいところだ。俺はレオンハルトに問いかける。


「レオンハルト、魔王様はどちらに?」


「……にゃ」


 ついてこいとばかりの顔。大人しく部屋から出ようとすると、急に扉の向こうが騒がしくなった。


「レオンハルト様!レオンハルト様はいずこに!?」


「この声……クラウス団長?」


 急いで扉を開けて顔を出す。

 ――その瞬間。目を丸くした金髪のイケメンと目が合った。


(え……?クラウス団長、全然老けてなくないか?)


 若干の違和感を覚えて戸惑っていると、クラウスは顔をぱぁっと輝かせて俺の手を取った。


「さ、宰相殿!!お会いしとうございました!!ライラ様も、お元気そうでなによりです!」


「わぁ……!クラウス、久しぶりです!相変わらずカッコイイわね!でも、ユウヤの方が素敵よ!」


 開口一番ノロケるライラに、愛妻家で溺愛仲間のクラウスが動じることはない。


「お褒めにあずかり恐悦至極にございます。ライラ様も変わりなく愛らしいお姿で……ああ、レオンハルト様が遂にやってくださったのですね!?」


「にゃふん!」


 足元でドヤ顔するレオンハルトを褒めるようにぎゅうっと抱き上げると、クラウスは俺達に向き直った。


「おふたりとも、急にお呼び出しして申し訳ございませんでした。ですが、どうかそのお力を今再び我らにお貸しいただけないでしょうか!?」


 懇願するような眼差し。元より嘘や冗談なんて柄じゃないクラウス。現状を把握するのに最も適したであろう人物に最初に会えたのは不幸中の幸いか。俺は驚きと動揺で嫌な音を立てていた胸を撫でおろす。


「お久しぶりです、クラウス団長。呼び出しとか、わけのわからない手段についてはひとまず置いておいて。僕たちを呼び出した理由をお聞かせ願えますか?」


「はい。それが――」


 その後クラウスは俺達を客間に通すと、紅茶を片手に語りだした。


「実は今、わが国は未曽有の危機に陥っておりまして……」


(うわ。面倒くさそう……)


 イヤな予感は的中した。ずぅーんと沈むクラウスの表情から、ひしひしと思わしくない状況であることが伝わってくる。


(まさか、勇者連合が魔王討伐を本格化させてきたか?)


 だが、こっちには東の勇者ハルがいたはずだ。別れ際の彼の言葉と表情から察するに、魔王との争いを鎮める気配が大いにあったにも関わらず、どういうことだ?

 俺は静かにクラウスの言葉を待つ。

 しかし、クラウスの言葉は俺の予想の斜め上をいくものだった。


「おふたりとも、落ち着いて聞いてください。宰相殿が魔王様を地上に導き勇者との諍いを収めてから十余年。今、西の領土は聖女教会を脱退し、ひとつの帝国としてその名を世界に轟かせております。その名を、帝国インソムニア。魔王ベルフェゴール様の治める、魔族と人間の共に暮らす理想郷ユートピアです」


「帝国……インソムニア……?」


「まぁ!皆仲良しなのね?安心したわ!クリスちゃんは元気?十余年っていうと、随分お姉さんになったかしら?」


 呑気に思考を巡らせるライラをよそに、俺の心臓は再びイヤな予感に震えだす。


「クリス様はライラ様の後を継ぎ、立派に聖女としての務めを果たしておられます。今もなお、魔王様や死神であるオペラ様と協力して『より良い国づくり』に努めていらっしゃるのですが……」


「「が……?」」


「先程も申し訳あげました通り、窮地に陥っておられるのです。それもこれも、魔王様と『不死の聖女』であらせられるクリス様が共同で開発した不老の新薬、『エタニティ』が原因で……」


「「『エタニティ』……?」」


 なんだそれは。


 知らない情報ばかりで混乱し始める思考。しかし、顔の前で手を組みながら眉間に皺を寄せるクラウスは、いままでの悩みが爆発したかのように話をやめない。


「更なる発展と進化をテーマに生み出された不老の新薬『エタニティ』を用い、わが国の民は不老の身体を手に入れました。それ故に、付いたあだ名は『眠らない不死の帝国インソムニア』。死神であるオペラ様の肩入れもあり、我らは病気や他殺、自殺以外の方法では死にません」


(え、なにそれ?それってもう、国民全員人外みたいなものなんじゃ……)


「魔王様はその薬を切り札に勇者連合との争いを収めようと交渉を持ちかけました。しかし、その製造は容易くなく、国の最重要機密。今我らはその不死なる宝である『エタニティ』の独占を妬む南北の勇者連合に妬まれ、窮地に立たされているのです」


「「…………」」


 俺は、引いた。


 まさか地元である西の聖女領が、可愛らしい田舎の小領土からそんなとんでもない魔界の住人みたいなものになっていたなんて。しかも、南北の勇者連合に狙われているだって?それを俺とライラでどうしろというのか。

 俺は引きつった顔のままクラウスに問いかける。


「それで?南北ということは、ハルさんのいる東は我々の味方と思って良いのですか?」


「はい。ハル様は宰相殿のお言葉を受けて魔王様との争いの一切から手を引かれました。ですが、その為に勇者連合を脱退させられ、今では――」


「今では?」


「魔王様同様、廃人のようなお姿となられてしまいました……」


「はぁ……!?」


 絶句する俺に、クラウスはきりりと頭を下げた。


「宰相殿、お願いです!魔王様と勇者ハル様、不死の聖女であらせられるクリス様を、どうかお救いしてはいただけないでしょうか!?もう、我らには頼れる方があなた様しかいらっしゃらないのです……!」


「……!?」


 ――はぁあ!?


 ちょっと待て。助ける人……多すぎないか?


 俺がこの世界を離れて十余年。

 この世界は相変わらず、異邦人に対する労基が崩壊した異世界だった。





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※こんばんわ。完結後もフォローを続けてくださる皆さま、続きを望んでくださる皆さま、いつもありがとうございます。

 この度、カクヨム金のたまごにてご紹介を預かることができたのも、皆さまの声援のおかげです。本当にありがとうございます!皆さまの感想やお声が、なにより励みになります。とても嬉しいです。

 嬉しくなったので、ゆっくりではありますがアフターストーリーを書いていきたいなと思います。他に書きたい新作もあり、更新頻度は以前のようにはいかないとは思いますが、ゆっくりでも続けていけたらと思っていますので、お楽しみいただけると幸いです。今後とも、是非よろしくお願い致します!

 

 追伸。他作品の『征服学園ハイスクール・コンクエスト』16話にて、ユウヤとライラの学園生活の一部をちょこっと公開しております。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054891234643

 もしよろしければそちらも是非ご覧ください。よろしくお願いします。


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