EP.3 その魔王、〇〇中につき


「ベルフェゴール!いるのでしょう!?出てきてください!」


 ダンダンダンッ!


 乱雑に部屋の戸を叩いて呼びかける。


「いつまで寝ているおつもりですか!クラウス団長やレオンハルトにまで迷惑をかけて……いるなら出てきなさい!」


「……いない」


(ばっちり居るじゃねーか!)


「いい加減にしろっ!!」


 ダァンッ!と扉を殴るも、厳重に結界が貼ってあるようだ。俺の一撃などではびくともしなかった。


「元宰相である僕とライラ様が迎えに来たというのに、出迎えも無しですか?魔王様は随分と冷たい人になられたようだ」


「…………」


 無言の扉の奥で、もぞもぞと何かが蠢く音がする。ようやく重い腰をあげたのかと思っていると、扉の下から一枚の紙がススス……と出てきた。


「……?」


 拾い上げると、そこにはやたら癖字な魔王の筆跡が。


『余は脱皮中なので、終わるまでは恥ずかしくて誰にも会えぬ。後のことは頼んだ。ユウヤにだけは言っておくが、このことは誰にも言うでないぞ?』


「え?」


(脱皮……?)


 ベルフェゴールのこれまでの言動からは微塵も感じられなかったが、やはり人外であることを思い出す。


(そういえば、以前リリスがあいつの父親は蛇系イケメンだったとか言ってたっけ?)


 となると……中で蠢くこの気配は、大蛇か?


「…………」


 心配そうにはわはわと様子を見守るライラとクラウスに聞こえるように、俺は問いかける。


「魔王様?『体調不良』はいつになったら治りそうなのですか?」


「おそらく、あと一か月……」


(長っ……)


 まぁ、齢二百歳を超える大蛇の脱皮だ。それくらいはかかるのかもしれない、と自分に言い聞かせ、クラウスに向き直る。


「クラウス団長、会談まであと何日なのです?」


「……あと十日ほどです。現在我が帝国は、不老の秘薬『エタニティ』に関する機密を盗もうとするスパイを警戒し、最低限の流通以外は鎖国状態にあります。ですが、今回の会談は『歩み寄る誠意を見せる』為に我が国での開催が予定されています。ですので――」


「久しぶりに、国が開かれるというわけですか……」


「はい。『魔法騎士団』改め、我ら『魔王軍』も厳重警戒にはあたりますが、それでも魔王様が体調不良となると、次点の代表者は不死の聖女であらせられるクリス様……いくら死神であるオペラ様が付いているとはいえ、『エタニティ』の根幹を握るクリス様を公の場に出すのは危険すぎます」


「…………」


(ベルフェゴールの脱皮がライラの生理と同じようなものなら、周期が被りそうな日はわからなかったのか?何故そんな危険な日程をわざわざ組む?ベルフェゴールなら、打診があった時点で日程をズラす筈だ。まさか……)


 俺は、腹の底で感じる違和感を口に出した。


「国家会談の日程を決めたのは、南北連合ですか?」


「……はい。来月に北の聖女の祭日とそれに伴う式典が控えているらしく、どうしても今月中が良いとのことで……」


 ――やられた。


 間違いない。北の手の者に、魔王の脱皮について知る者がいるのだ。


 北の人間がいったいどのようにして脱皮を周期を特定したのかはわからないが、北の聖女が治める極寒の地『ダイヤモンドダスト』では魔術が発展していると噂に聞く。

 そして、向こうにはそれを利用して魔王が不在の間に会談を有利に進めようとする、切れ者の宰相がいるようだ。もしくは、この機に魔王や聖女クリスの暗殺を狙う者が。


「思ったより、マズいことになりましたね……」


「どうするの?ユウヤ?私が代わりに出ましょうか?」


 胸元で心配そうにもじもじと手を合わせるライラ。その気持ちは嬉しいが、今回に限っては大間違いだ。だって、『悪の宰相と姿を消した聖女が現れた』なんて、俺のこの世界への再臨を証明してしまいかねない。それだけで、世界は会談なんてやってる場合じゃなくなるだろう。

 俺を探して、殺すまで。再び安心できない毎日が始まる。

 俺は諭すように口を開いた。


「ライラ様、そのお気遣いは嬉しいですが、僕たちはこの世界の住人に存在を知られてはならない。僕らの存在は、この世界を再び混沌に陥れかねません。ですから、僕らのことをよく知る人間以外には、絶対に見つからないようにしてください」


「でも……私達にもできることはないの?ユウヤはともかく、私だけなら『逃げ帰ってきました!』じゃダメかしら?」


「そんなの、また消えるときになんて言い訳するんです?」


「それは、そうだけどぉ……」


「ライラ様、宰相殿。おふたりに頼るしかなく、縋ってしまった私達をどうかお許しください。ですが、おふたりの身に危険があるとなると話は別。例えどんなスパイや暗殺者が送られてきたとしても、この命に代えて魔王様とクリス様をお守りすると誓いましょう」


「ですが、クラウス団長だけで二名の重役を守るなんて、流石に無茶が――そもそも、どうやってスパイを特定するのですか?」


「それは……」


 思わず顔色を悪くするクラウス。ここのところの疲れが溜まっているのが目に見えてわかる。俺は、そっと口を開いた。


「今日は、考えるのをやめましょう。クラウス団長、あなたには少し休息が必要だ。数日分の仕事はリリスに任せ、どうか休んでください」


「ですが、それはっ……!」


「『できない』ではありません『休んで貰わねば困ります』。あなたがその調子では、いったい誰が会談の日に魔王様とクリス様をお守りするのですか?体調を整えるのも、騎士団長の立派な仕事です。ああ……今は暗黒騎士将軍ブラックジェネラルでしたか?」


「私には、身に余る肩書です……」


「…………」


 だが。その腰に下げられた黒い魔剣の禍々しい圧を見れば、肩書がいかに相応しいかがわかるというもの。俺は釘を刺した。


「休んでください、クラウス将軍。仕事のことは、暇を持て余しているハルさんとリリスに僕から頼んでおきますので。今のリリスなら、『ハルと仲良く片付けろ』と言えばなんでもしてくれるはずですよ?」


 ついでに、『一緒にクエストをしていた頃を思い出さないか?』とでも言えばイチコロだろう。


「たまには奥さんとゆっくり過ごし、羽根を伸ばしてはいかがですか?その方が、クラウス将軍はきっとお強い」


 くすり、と笑うとライラもにこっと首肯した。


「お心遣い、ありがとうございます……!」


 クラウスは『最後に』と言って俺とライラに大きめのローブを手渡した。

 街へ出る際は、フードを目深にかぶって見つからないようにして欲しい、とのことだ。そして、万一人に見つかった場合はその旨をモニカちゃんに伝えれば『ローブの亡霊を見たら、決して目を合わせてはいけない』怪談として噂を流してもらえるとのこと。だが、それは最終手段であって、これに頼るようではその先の生活がまた大変になるのでできれば避けたい。

 街で暮らす最低限の装備を整えた俺とライラはクラウスを見送り、部屋で休息をとった。


      ◇


 ソファでうたた寝をしていると、不意に隣から温もりが消えているのに気づいて目を覚ます。


「……ライラ?」


 部屋を見回すが、ライラはどこにもいなかった。ふとテーブルを見ると、一枚の書置きが。


『お夕飯の材料を買ってきます。こないだ、手料理が食べたいって言ってたでしょ?楽しみにしててね♡』


「――っ!」


(一人で外に出たのか!?手料理って……何も、今日じゃなくても……!)


 外に出るときは一緒に。そう約束していなかった俺がバカだった。俺が出かけるときは大抵ライラが一緒だったから、それが当たり前と思って油断していたこともあるだろう。


(バレたら、どうするんだ……!)


 俺は慌ててローブを羽織って外に出た。

 フードを目深にかぶり、視界の悪い中で必死にライラの痕跡を辿る。


(三つの商店、パン屋、パティスリー……ライラの行きそうなところは大体見た!)


 けど……


(何処に行ったんだ!?)


 焦りながら目を凝らしていると、ローブを羽織った女子が大きな商館に入っていくのが目に映った。女子の背を押すようにして館に招き入れている、身なりのいい金髪の青年。傍に控えていた従者が上着を受け取っているのを見る限り、この高級大商館の主のようだ。

 濃い目の金髪に、緑の瞳の――


(あいつは、まさか……!)


 ――ロイズ!?


 元聖女騎士団の副団長でありながら、長年ライラを慕い、あまつさえその写真をオカズにする為クローゼット一面に飾り散らかしていた変態のロリコン野郎……!

(詳しくは6話を参照!)


 その目論見が俺にバレ、騎士団を追いやられた奴が、どうしてここに……!?


 そして、何故ライラの背を押してVIP部屋に通そうとしている!?


(ふざけるなっ……!)


 懲りないロイズも!

 気づいてないのか知らないけど、相変わらずガードゆるガバのライラもな……!


「チッ――」


 俺はフードの下から魔王の顔を覗かせて商館の従者に話しかけた。


「VIPルームに用がある。通せ」


「ま、魔王様!?何故お外に……!ではなくて……よよ、ようこそいらっしゃいました!」


「静かにしろ。忍びで来ている。いいから通せ」


「ですが、今オーナーは商談中でございまして……」


「アレは余の連れだ。早く!」


「かか、かしこまりました!」


 大慌てでVIPルームに案内する従者を『オーナーと密談がある』と言って退散させ、俺は扉を開いた。突然の来客に驚愕するロイズ。ライラも同様に固まっている。小さなお口をぱくぱくさせて、信じられないといったように呟いた。


「え?うそ……?」


「何故……あのお方に似た少女が……ふたり?まさか、君達は双子なのですか?」


 驚きと歓喜にうち震えるような表情。


(ああ、ロイズの奴、そういうことか……)


 ライラに似た金髪美少女には目がないってわけか?相変わらずの変態野郎め。

 似ているならば良いなどと、そんなものは愛ではない。それとも、もう二度と会えないと思い諦めていたところに来てしまったのだろうか。いずれにせよ――

 俺は、笑った。


――お前なんかに、ライラをあげるわけがないだろう?


 そして、落ち着いた声音でロイズに話しかける。


「――久しぶりですね、ロイズ?」


「あぁ……!ライラ、様……!」


 今にも泣きだしそうに表情を崩すロイズ。


「お元気そうでなによりです。騎士団を追い出されてどうしているのかと、少し心配でしたから」


「そのお声……その微笑み……!あぁ、本当にライラ様なのですね!?」


 わなわなと震えながらこちらに少しずつ歩み寄るロイズに口角が上がりそうになるのを堪える。ロイズにとっては十数年ぶりの再会。しかし、俺にとっては見慣れたその微笑みを湛えたまま、俺は問いかけた。


「ひどいわ?私の顔を忘れてしまったの?」


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