第23話 悪の宰相の『能力』と推論
「思考を映し出す、『鏡』……とな?」
俺の見解に、興味深そうに頬杖をつくモニカちゃん。その眼差しに促されるままに俺は続ける。
「はい。牢の封印を解いたとき、そこには幼い少女が居ました。僕はその子に『きみが望むならなんでもできる』と告げた」
「……ほう?それで?攻撃を弾いたときは?誰が居た?」
「もちろん、勇者が。彼は言いました。『攻撃を跳ね返すんじゃないか?』と。今までそんなことは出来た試しがありません。しかし、彼の前ではできた。つまり――」
モニカちゃんが目を細める。
「『相手が思うような自分を映し出す』――それが、僕の能力なのではないかと」
(だから、ステータスが
だって、俺に『固定の値は存在しない』から。
その推論に、大声で笑いだすモニカちゃん。
「あはははは!なんじゃそれは!『できると思ったことができる!?』そんなことができれば、おおよそ無敵ではないか!ハッタリの神様じゃのう!くふふふふ!」
俺はため息を吐く。
「……何を悠長な。らしくもなくおめでたい思考ですね?これはつまり、『相手が僕をゴミムシだと思えばゴミムシになる』ということですよ?勇者の持つような
実際、俺を『非力なガキ』と言ったメイドBBAには殺されかけた。
「…………」
「つまり、第一印象
「……なんかすまん」
「お気になさらず。無力扱いは慣れていますので。ですが、何もないよりはマシです。これから魔王に会いに行くというのに、力は少しでもあった方がいい」
そう述べると、モニカちゃんは楽しげに『くふふ』と笑う。
「いやぁ、やっぱり宰相殿は面白いのう。『神』の次は『魔王』か?それに、その洞察力も中々のものじゃ。たったのふたつでメリットとデメリットに気づくとは。伊達に生き汚く過ごしてないのぅ?人の機微には聡いというわけか?」
(…………)
俺はその余裕たっぷりの表情に違和感を覚える。
(そういえば、さっきモニカちゃんは『映す』という言葉と『誰に?』という条件を俺より先んじて口にしていたな……)
まさか――
「モニカ様?ひょっとして……知っていたのですか?」
「んん?何のことじゃ?」
「とぼけないでください。この能力のことですよ。嘘をつきましたね?」
ジト目を向けると、モニカちゃんは口元を歪めた。
「お主は……本当に聡いのう……」
「……何故、黙っていたのですか?もしやはじめから知って……?」
冷静に問い詰める俺に、モニカちゃんは淡々と語る。
「だって……言ってしまったら、お主はそれに頼ってどうこうしようとするじゃろう?」
「……当たり前じゃないですか」
「それじゃあ、困るんじゃ」
「……え?」
「その力は、毒にも薬にもなる、扱いの難しい力じゃ。加えて、人からの印象など後からいくらでも変わってしまう。その力に甘んじて頼っていては、その変化に気付かずにいつかボロが出て、取り返しのつかないことになるやもしれん」
「だから、黙ってたんですか……『何の力が無くても』この世界で生きていけるよう、力を貸して、見守って……」
「すまんの……己が無力さを痛感するお主の姿に、言おうかと思ったこともある。だが、お主は何故か人を惹きつけて生き残る術に長けていた。飾らないが故の謙虚さと優しさ、視野の広さが、人を惹きつけたのやもしれぬ。それは『
「…………」
「儂はその『力』にすこぶる焦がれた。この世界は『勇者』と『異能』に頼り切り、少々『在り方』が歪んでおる。儂は、お主のその『力』に、どこか希望を見出していたのかもしれん」
悲しげに伏せられた目に、長くこの世界を見てきたが故の『想い』が浮かび上がる。ハルのところでも感じたこの世界の『違和感』。モニカちゃんはそれに気づきながらも、ずっと抱え込んでいたというのだろうか?
各地の『噂』を集め、『
「モニカ様……もしや、この街に蔓延る僕の黒い『噂』は……あなたが……?」
「…………」
「考えてみれば可笑しな話だ。僕のやる事為す事、翌日には『恐ろしい悪事』になって広まっているんだから。ですが、それは『僕を守る為』だったのでしょう?」
「本当に……聡い子じゃのう」
俺は、幼い見た目相応にしょんぼりと肩を落とすその頭をそっと撫でた。
「ありがとう、ございます……」
「ユウヤ君……お主は――」
驚いたような顔をするモニカちゃんに、俺は続ける。
「僕の能力が『印象によって力を有する』というのなら、『怖いと思わせる』のが一番手っ取り早い。『こんなチートな能力がある』と思わせようにも、人の想像力はまちまちだ。だからこそ、身近なネタで誰にでも想像できる『畏怖』で、僕を守ろうとしたのですね?」
「すまん……心地良い気はせんじゃったろうに。儂とて異界の『異能』にはそこまで詳しくない。お主が『ミラー』だと視えた時点では、それくらいしか思いつかなかったんじゃよ。もっとやりようはあったかもしれんのに……」
「構いません。僕にとっては、あなたのその優しい気遣いだけで充分だ」
そう告げると、モニカちゃんは撫でられていた頭をそっと抑えて口元を綻ばせる。
「やはり、お主は誰よりも魅力に溢れておるのぅ……年甲斐もなく惚れそうじゃわい。お主なら、もしかすると――」
そして、何を思ったか勢いよく立ち上がる。
「――よし!決めた!儂も参戦するぞ!もう『視ている』だけでは飽き足らぬ!」
「……何が、ですか?」
「お主言ったであろう?『魔王に会いに行く』と」
こくりと頷くと、モニカちゃんは幼女フェイスに似つかわしくないにんまりとした笑みを浮かべる。そして一言、言い放った。
「――儂も、行く」
「――え。」
◇
「――というわけで、モニカ様も魔界に同行することになりました」
「よろしく頼むぞ!皆の衆!」
教会の一室にメンバーを集めてそう告げると、どやーん!と胸を張る幼女。一様に目を丸くする面々。
「モニカ様!?あなたがどうして!?どれだけお金を積んでも絶対お屋敷から出てこないって街の人が――」
「ねぇ、お兄ちゃん。この子モエより小っちゃいよ?大丈夫なの?」
「ああ、モニカ様はこう見えて街一番のご長寿……むぐぅ!」
背伸びをしてべちん!と口を叩かれた。
「ユウヤ君はレディの扱いがなっとらん!」
「……すみませんでした。何もそんなに思いきり叩かなくても……」
口元をさすりながら呟くと、『すまんて』と言ってちょいちょいと手招きされる。不思議に思って目線を合わせると、次の瞬間――
――ちゅう。
「「「「――っ!?!?」」」」
突如として塞がれる唇。モニカちゃんは『ぷはっ!』と楽しそうに離すとくふふ、と笑う。
「黙らせるなら、こっちの方がよかったかのぅ?」
「は――」
(なんなんだこの幼女!?)
動揺していると、リリスが声をあげる。
「モニカぁ!?あんた年甲斐もなくどうしちゃったのよ!?それに、屋敷から出るって……ほんとどうしたの!?屋敷に隕石落ちる夢でも見たわけ!?」
「どうしたも何も、儂はユウヤ君が気に入った。故について行く。この目で、その姿を見届けるために。気に入ったが故に、ちゅーもする」
「はぁあ!?歳を考えなさい!歳を!」
「なんじゃ?お主にそんなこと言われる筋合いないのぅ、『夜の魔女』?それに、肉体年齢なら最年少。じゃが、経験値なら最高峰じゃ♡」
しれっと言い放つと、幼女フェイスに似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべる。青い前髪の向こうから見つめてくる深紅の瞳。明らかに、狙われている。
背筋が寒くなる俺の様子に気づいてなのか、モニカちゃんはするりと身体を寄せて腕を組んでくる。
「ユウヤ君?なんならお主専属の錬金術師になってもいいんじゃよ?金銀財宝、錬成し放題。教会内外の噂を操作して思いのままに人を動かし……夜は
「いや……」
(幼女フェイスでそんなこと言われてもな……)
妹より年下の相手にそんな気になれるわけがないだろう。それに、こんなところで非処女床上手宣言されてもな。ドン引きながらジト目を向けていると、視線の端にライラがちらついた。
……小刻みに震えている。
「うっ……ふぇ……」
「ちょ、ライラ様?」
恐る恐る話しかけると、小声で嗚咽を漏らし始めた。
「ユウヤが……取られちゃうぅう……」
「あああ!もう!」
(面倒くさいなぁ!)
「取られるわけないでしょう!?幼女相手に何すると思ってるんですか!常識でものを考えなさい!」
「モニカ様は幼女じゃありませんんん~……」
ぐしゅぐしゅ。べそべそ。
「見た目は幼女です!どうこう思いませんよ!僕を何だと思ってるんですか!?」
「ユウヤ君、そうなのか?ロリ愛でる趣味は無いのか?異邦人には多いと聞いたが――」
「どこの世界線の話だよ!?碌でもないな、この世界の勇者は!?というか、モニカ様は少し黙ってください!」
「ええ~」
俺はぶぅたれるモニカちゃんを無視してライラをなだめながら、話をまとめた。
「とにかく!魔界へ行く人は明日の朝九時に教会正門前に集合!持ち物は各自自由!万一の為に魔王と戦えそうな――いや、逃げられる装備で来てください!遅刻厳禁!以上!解散!」
「ああ、ユウヤ君!ツレないぞ!」
ひしっ
「やだモニカぁ♡新しい恋見つけちゃったのぉ~?年甲斐もなく愛想ふりまいちゃって、可愛いとこあるじゃない♡」
「いいから散れっ!魔女共!」
「ぶぅ~」
「あはは!じゃあまた明日ね、宰相君♡モニカぁ、この後暇?合コン行かない?」
「嫌じゃ。どうせお主がふたりとも食うんじゃろ?儂要らんではないか」
「ええ~?最近は『親子丼』っていうムーブがあって――」
「だぁれがお主の子どもかっ!」
「疾く去れ!淫乱魔術師!!」
一蹴すると、リリスはモニカちゃんの手を引いて去っていく。
「……モエ、今の会話は忘れなさい」
「お兄ちゃん?『親子丼』って……?」
「……ごはんです。今度作ってあげますから。いいから忘れなさい」
「わぁ~い!おやこどん~!」
モエはコンちゃんを抱いて散歩する為に中庭に駆けていった。俺は……
「ライラ様?お部屋に帰りますよ?」
「……うん」
ぐしゅ。
「もう……機嫌直してくださいよ?」
ぐしぐし。
「ほら、おいで――」
俺はしゅーん……と俯くその手を握り、自室へ向かった。
◇
部屋に着くや否や、ぎゅうっと抱き着いてくるライラ。俺はそのままベッドに座らせて大人しく背を撫でた。落ち着くのを待っている間、ライラはずっと胸元に顔をうずめてすりすりとしている。我ながら、よくもまぁここまで溺愛されたものだ。
だが――ふと、思う。
ひょっとすると、これも『ミラー』のせいなのか?
俺の推論が正しければ、『ミラー』は『その人が思い描いた俺を映す鏡』。
もしライラが初対面で俺を『理想の勇者様』だと認識した場合、チートの有無とは別に、俺の姿がライラにとってとんでもなく素敵な存在に映っていたのかもしれない。童話に出てくる、勇者様みたいに。
ライラは、その『虚像』に惚れたのではないかと。
そう思うと、やるせない気持ちになってしまう。
俺にとっては今まで、ライラの愛こそが全てだった。だが、その愛すらもまやかしだったのだとしたら……そんなの……
「ライラ……」
思わず、言葉が零れた。
不思議そうな表情で見上げるライラ。俺は――問いかけた。
「ライラは、俺のことが好き……か?」
「ユウヤ?急に改まってどうしたの?口調まで……」
「もし……もしその『想い』がまやかしだって言ったら……どう思う?」
「え?そんなわけ――」
「そんなわけが、あるかもしれないんだ……落ち着いて、聞いて欲しい」
俺はライラの両肩を掴んでゆっくりと告げる。
「俺の能力が、わかった。多分……」
「え――」
「俺の能力は『ミラー』……『その人が思い描いた俺を映す鏡』だ。つまり、ライラのその気持ちは、『ミラー』が見せた幻かもしれない、んだ……」
「そんな……」
「愛してくれたことは嬉しい。けど、俺はこれ以上ライラを騙したくない。だから、その……その気持ちは――」
『どうか、忘れてくれないか』――言わないといけないのに、口が動かない。だって、できればそんなことしてく欲しくないから。でも、それは俺の我儘だ。
(言わないと――)
躊躇していると、ライラは俺の口を塞いだ。さっきモニカちゃんがしたみたいに、唇を重ねて愛おしそうに食む。
「んっ……」
しばらくその感触を楽しんだかと思うと、ライラは唇を離した。
そして一言――
「ユウヤは、バカなんですか?」
罵倒した。そして……
べちんっ!
――頬を叩いた。平手で。
(ちょ……)
「……ライラ?」
潤んだ瞳と目が合う。ライラは短く息を吸い込んだかと思うと、吐き出した。
「なんだっていうんですか……じゃあ、私のこの気持ちはなんだって言うんですか!?」
「――っ!?」
「何回言ってもわからないんですか!?私は、ユウヤがいないと死んじゃうって言ってるでしょう!?」
「ちょ、落ち着いて――」
「この気持ちは、紛れもなく本物です!バカにしないで!偽物だって言うのなら、手を繋ぐときに感じるあたたかさは!?抱いてもらうときに感じる心地よさは!?その感覚すらまやかしだって言うんですか!?」
「それ、は――」
「それに私言いましたよね!?確かにユウヤはタイプです。けど、私があなたを好きになったのは見た目じゃない。印象でもない。運命的な出会いでもない……ずっと、傍にいてくれたからです」
「――!」
そういえば、以前そんなことを言っていたような……
「あなたが『ミラー』だとしても、それは最初に映る虚像。私が惚れたのは、私があなたを愛したのは……あなたのその後の『行動』と、優しさによるものです。私だって、見かけだけに騙されるバカな女じゃないんだから!」
「ライラ……」
「バカにしないでよぉ!そんなこと言わないでよぉ!ユウヤのバカぁあああ!」
「ちょ、泣くなって……わかったよ、わかったから……俺がバカだったよ……」
ほんと、大バカだったよ。
ライラの言う通り、いくら『ミラー』が他者の印象によって力を有するとしても、その後の『行動』如何によって『俺の像』はあっさり上書きがされてしまうと思われた。そうでもなければ、俺は一生街の嫌われ者。クラウスのように後から心を開いてくれる仲間など現れはしないからだ。
つまり、例え『俺が攻撃を防ぐ』と思い込んだところで、どこかで『攻撃が防げない俺』を見て『できない』と認識すれば、次からそいつの攻撃は防げなくなるだろう。おそらく、ハッタリがきくのはせいぜい一、二回が限度。一度認識を改められたら以降は同じ手は使えない。
まったく、とんだ役立たずを引かされたものだ。だが――
(とんだ幸運を引き当てたものだな……)
こんな女に、愛されるなんて。
俺は、腕の中でぐしゅぐしゅとべそをかくライラを抱き締めた。
「ごめん。もう言わないから」
「……うん。約束よ?」
「約束する。……ありがとう」
そう零すと、ライラは涙を拭いて笑った。
「そうです。わかればいいです。大人しく、愛されていてくださいね?」
「……わかりましたよ」
望まれるままにふわふわと金の髪を撫でていると、ライラはイタズラっぽい表情を浮かべる。
「おバカなことを言った罰として、今日は――」
「?」
「抱いてください♡ユウヤ♡」
(…………)
その笑みに、逆らう理由はなかった。ため息を吐いて返事する。
「はいはい。仰せのままに」
俺を溺愛する聖女の言葉に感謝しつつ、俺は甘んじてそれを受け入れるのだった――
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