第24話 稀代の天才錬金術師がチートすぎる件


 『冥界の門』探索ツアー出発日。リリスに案内されて到着したのはひと気の無い鬱蒼とした山の頂だった。

 そこから見渡せるのは遥かな『異世界』の大地。中心にそびえ立つ聖女教会本部棟のある聖教都に、ハルとマヤが治める東の大国、俺達の住む西の教会。そして、北には雪深い北方教会と南は花と緑の南部教会が領地をかまえる。

 よくもまぁ、はるばるここまで来たものだ。


 次の目的地は――魔界。そして、魔王。


 目の前にある石板のようなものに鍵を差し込めば、魔界に繋がる扉が開くという。リリス曰く、この石板は一種のインターホンのようなもので、差し込む鍵の種類によって繋がる先が異なるらしい。つまり、『お目当ての魔王』に会うには『そいつの配下の鍵』が要る。


 俺としては『冥界の門』について話が聞けて、あわよくば協力を仰げれば問題ないので相手は誰でも構わない。俺達の持つ鍵は『千年天狐』の鍵。

 つまり、繋がる先は――

 ――リリスやハル達が殺した魔王の息子の居城だ。


「リリス、本当にあなたもついてくるのですか?この先以降の案内はあなたにも危険が――」


 言いかけていると、口をふにっと抑えられる。


「なぁに?あたしだけ仲間ハズレなんて言わないでよね?こう見えて、あたし自身は魔王に恨みは無いの。向こうがあたしをどう思うかはわからないけど、魔王の息子さん……興味あるわ♡」


「興味……どういった意味で?まさか残された行く末を心配していたなんて――」


 お前やっぱ良い奴……


「ヤダぁ!もちろん性的な意味でよ♡だぁって、魔王ってば結構イケメンだったんだもの。皆には言えなかったけどね♡だからきっと息子も――」


 ですよねー。はい、淫乱。ほんとブレないな。呆れるわ。


 俺はため息を吐いた。


「……頼りにしています」


「性的な意味で?」


「戦力的な意味で」


 俺はそう言って背後を見やる。

 今日のメンバーはライラ、モエ、コンちゃん、モニカちゃん……そして、レオンハルトだ。リリスは貴重な攻撃系戦力になるだろう。


 いくら能力がわかったとはいえ『ミラー』の実力は未知数。ライラは言うまでもなく強いが、回復と神聖魔法こうげきを連発していては流石に保たないだろう。コンちゃんは陽ざしが無いと巨大化できず、モエは普通の女の子。呪術はおまじない程度だ。リリスが道中なにやらレクチャーしていたが、習得はまだ先と思われた。

 稀代の天才錬金術師モニカちゃんは心強いと思われたが……如何せん錬金術師。ものづくりなら十八番だろうが、戦力としてはどうかわからない。


(できればクラウス団長を連れて来たかったが……万一破談して街に魔族が押し寄せたりしたら困るからな……)


 彼は最後の砦だ。無論、グレルはビビり暗殺者アサシン兼盗人メイドなので置いてきた。俺はそんな面々に向き直って最終確認をする。


「では、扉を開きます。よろしいですね?」


 俺は全員の首肯を確認して扉を開いた。


      ◇


「――え。」


 開けた瞬間。拍子抜けする。

 だって、目の前に広がっていたのは複雑怪奇なダンジョンでもなく、鬱蒼とした毒の沼地でもなく、見渡す限りに終わりのない荒野でもなく……

 ただの、一本道だった。

 その先には、いかにも『それっぽい』魔王城がそびえ立っている。


「ひょっとして……イージーモードですか?」


 呟くと、モニカちゃんが咄嗟に合図した。


「ライラ!すぐに防護膜バリアを貼れ!全員分!」


「えっ?ですが、敵なんてどこにも――」


「いいから早く!」


「……!――【守護の女神ノ揺り籠みんなをまもって、めがみさま】!」


 その瞬間、バリアにこれでもかという魔法の弾幕と矢の雨が降ってきた。無論、俺達は一本道の真ん中にぽつんと何の壁もなく立っているので恰好の的だ。


「「「――っ!?」」」


「これは――一網打尽というやつですかっ!?」


 驚きに悲鳴をあげると、先頭を行くモニカちゃんが駆け出す。青い髪を靡かせながら、小さい歩幅でしゅたた、と小走りに。


「何がイージーモードじゃ!ユウヤ君もまだまだじゃのう?駆け抜けるまで狙われ続けるぞ!ついて参れ!」


「「「はいっ!」」」


 俺達はとにかく魔王城を目指して走った。だが、只の一本道だと思っていた道のりも、こうまで攻撃に晒されては長く感じて仕方がない。遅れがちになるモエの手を引いて走っていると、後ろでライラが息を切らし始めた。


「――っ!モエ、先にリリスと行ってください!」


「お兄ちゃん!?」


「いいから行け!」


 すぐに駆け寄ってライラの様子を伺う。


「……大丈夫ですか?ライラ様?」


「はぁ……ごめんなさい、ユウヤ。流石に絶えず全員分は、こたえますね……でも、ユウヤは絶対私が守るから……ちょっとだけ待って……」


「ライラ様……じゃあ、せめて僕の背に乗ってください」


 おんぶする為にしゃがむと、『いいの?』と遠慮がちに身体を預けられる。


「これくらいしかできないですから。ほら、ちゃんと捕まって」


「……重くない?」


「今まで毎夜のように人の上に散々乗っておいて、何を今更?」


 『ハッ』と鼻で笑うとライラは顔を赤くしてしがみついた。


「照れてないで、術に集中してください?」


「……うん」


 俺はライラを負ぶって三人と二匹の後を追う。すると、矢のうちの一本がリリスのバリアを貫通した。


「ちょっ!?何ぃ!?あっぶないじゃない!?」


「『闇』属性の矢か……!ちょこざいなぁあ!」


 ライラの『光』のバリアを貫通した矢に憤るモニカちゃん。不意に立ち止まったかと思うと、ポケットから何かを取り出した。

 ……お菓子だ。赤と白のステッキ型の、細長いアメちゃん。


「ちょ、モニカ様お菓子はあとで――」


 言いかけていると、頭上に天高くアメを掲げるモニカちゃん。魔法のステッキよろしくソレを振り回し……唱えた。


「稀代の天才錬金術師……メタモニカ様をナメるなよ!!」


「――【お菓子をくれなきゃ悪戯するぞトリック・オア・トリート】!!」


「なっ――」


 次の瞬間――雨のように降っていた攻撃が、全てグミに変わった。

 貫通していた『闇』の矢さえも、ライラのバリアに『ぶにっ』と当たってべちゃりと落ちる。俺は、直感した。


(天才錬金術師……最強チートかよ!?)


 その驚きに気づいたモニカちゃんがニヤッと笑みを向ける。


「キレ散らかした儂に飛び道具は効かん。ぜ~んぶグミにしてやるわい!」


「あの……最初からやって欲しかっ――」


「なんじゃ、ユウヤ君?聞こえんのぅ?」


「はじめからその魔法――」


「チューしてくれないのに?働けと?」


「え、いや……」


(気持ちは嬉しいけど。モニカちゃん……結構めんどくさい感じにこじらせてるな……)


 半ば呆れていると、ちょいちょいと口元に手招きされる。


「……キスしろと?」


「駄賃じゃ。錬金術師はタダでは働かん」


「……そうでしたね」


 ――ちゅ。


 俺はしゃがんで適当にキスした。ここまで来たらどうにでもなれよ。だって、俺にはできることがこれくらいしかない。むしろこれで遠距離攻撃が全てグミになるなら、チョロ過ぎるくらいだ。


「……はい、どうぞ?」


 くすり、と笑うと想定外の対応に驚くモニカちゃん。赤い目をぱちくりさせて年相応の表情を浮かべている。……五歳児くらいの。


「ほら、行きましょう。報酬は支払ったんですから、次もお願いしますよ?」


 くすくす。


「この……たらしめが……呆れた適応力じゃ……」


 モニカちゃんは赤面したまま俺達の殿しんがりについた。

 一部始終を見ていたライラが背でむにゃむにゃと胸を押し付けて暴れる。


「ちょ、ライラ様?しょうがないでしょう?モニカ様がああ仰るんだから」


「でもぉ~!私も頑張ったのにぃ~!」


「はいはい。じゃあ、あとで三倍しますから」


 そう言うと、ライラは背に顔をうずめた。そして、小さく呟く。


「……五倍です」


「え?」


「モニカ様の五倍してくれたら……許します」


(…………)


「……わかりました。五倍で手を打ちましょう」


「やった♡」


(ころっと立ち直りやがって……ちょっと甘やかしすぎか?)


 俺は内心で再びため息を吐き、魔王城へと到着した。


      ◇


 グミになったことで遠距離攻撃を諦めた魔王の手勢はそれ以降何かをしてくるということは無かった。だって、一本道だから。正面からの直接攻撃は相手にとってもリスクが高いのだろう。仮に攻めて来たとしても、直線攻撃はコンちゃんの火球の餌食だ、問題ない。あいつ、小さくても火は吐けるからな。


 俺は背からライラを下ろすと、王城前に現れた魔王を見据えた。なんで目の前のそいつが魔王だってわかったのかって?だって、どう見ても魔王だったから。そこらの魔族も一斉に身を低くするし。そして、恭しくお辞儀する。


「ご機嫌うるわしゅう、魔王様?」


「…………」


「お初にお目にかかります。僕は西の聖女領より参りました、宰相の如月キサラギ幽弥ユウヤ。どうぞ、よろしくお願い致します。この度は、あなた様にお伺いしたいお話があって参りました」


 他人行儀な挨拶に、『裏が無いか』と眉をひそめる魔王。その姿はいかにも『魔王』といった感じの佇まいだった。

 胸元まであるふさっとした上品な黒髪に、切れ長な紫紺の瞳、ほんのり尖った耳の後ろからは後頭部にかけて山羊のようにうねった角が生えている。肌の色はまるで吸血鬼を彷彿とさせる人外的白さ。

 魔王がその薄い唇を開こうとした瞬間。リリスが声をあげた。


「ヤッダぁ!!超イケメ~ン!!」


「…………」


 半分口を開けたまま閉口する魔王。


「お父さんが和装蛇系イケメンだったからひょっとして、とは思ったけど!やっぱイイじゃない!?ねぇ、何歳?見た目的には二十そこらよねぇ?っていうと、魔族だったら二百歳?その角……ママは西洋系悪魔なのかしら?」


「…………」


(リリス……!頼むから、空気読め……!)


 魔王の第一声は、俺の期待した『よく来たな愚民共』にはならなかった。若干引き気味な、落ち着いた声音が響く。


「……なんだこいつ」


「……申し訳、ございません……」


 俺はモニカちゃんと共にリリスを下げさせて仕切り直す。


「連れが失礼いたしました。実は魔王様に折り入ってお願いが――」


「きゃん!」


 言いかけていると、俺の話を遮るようにコンちゃんが魔王の胸に飛び込む。


(くっ……どいつもこいつも……!)


 その様子に、目を丸くする魔王。


「お前……!『てんくぅ』か?」


「きゃうん!」


「よくぞ帰って……父上亡き今、いずこかで生き延びておればよいと思ったが、まさか再びあいまみえようとは」


「きゅぅん……」


 愛おしそうにコンちゃんを撫でる魔王に、皆が一様に固まる。


(こいつ……話す余地が、ある……!)


 何とも言えないその沈黙を破ったのは、モエだった。


「――あ。コンちゃん……」


 寂しそうな瞳。コンちゃんは魔王の元から去ってモエの腕に飛び込んだ。ぺろぺろと頬を舐め、『離れないから安心しろ』とでも言うように尻尾でモエの頭を撫でる。


「えへへ……くすぐったいよ……」


「――なるほど。そいつの元にいたのか。名は?」


 魔王がモエに問いかける。


「えっと、モエは藻依モエ、です……こんにちは、まおうさま。コンちゃんのお友達……なんだよね……?」


「そうだ。『天くぅ』とは幼少期よりの付き合いになる。今は、『コンちゃん』なのか?」


 にやりと視線を向けると、コンちゃんは機嫌が良さそうに『きゃん!』と鳴いた。魔王はそれを確認すると俺達に向き直る。


「……話くらいは聞こう。一応、ここまでたどり着いた実力はあるようだしな」


「――っ!ありがとう、ございます……!」


 想定外にあっさり魔王城に通される俺達。しかし、モエ以外の面々が足を踏み入れようとした瞬間。魔王が振り返った。視線の先には――リリス。


「――ん?お前……どこかで……?」


 ぎくっ。


 父親を殺したメンバーだとバレるのは、よろしくない。非常によろしくない。

 ひやひやしていると、魔王は言い放つ。


「一応、名乗るか……我が名はベルフェゴール。無論本名ではない、肩書のようなものだ。故に『名を使って』呪術をかけようとしても無駄だぞ?――魔術師」


「……あらぁ?あたしのこと知ってるの?」


「東の地では、父上がな?」


「「「――っ!」」」


 速攻で、バレた。


 くつり、と薄笑いを浮かべる魔王。すっかりお友達気分のモエ以外は絶句する。


「……恨んでる?殺してもいいのよ?あたし、この世に未練なんて無いし。イケメンの手にかけられるなら、それも本望かなぁ~って♡できれば素手でってくれるぅ?」


 にんまりと微笑むリリスを魔王は呆れたように一瞥する。


「はぁ……が貴様を殺して何の得になる?」


「あら、ツレない♡」


「先の戦いは水晶を通して見ていた。見守るようにと、父上に頼まれていたからな。とどめを刺したのは勇者だ。貴様ではない」


 その返答は、予想外のものだった。魔王はリリスに対してにそこまで恨みをもっていないような口ぶりだ。内心で僅かな期待が込み上げる中、魔王は告げる。


「だが……城には入るな」


「え――」


「城に入っていいのは、そこな術師三名を除く、モエという幼子と……お前だけだ」


 紫紺の瞳が、俺に向けられる。


(…………)


「ユウヤ……?」


 『いったい、どうするのか?』と心配そう見つめるライラに、俺はゆっくりと頷いた。隣を歩くモエの肩を抱いて、落ち着いて口を開く。

 一向に鳴りやまない心臓の鼓動を隠すように――


「ご安心ください、ライラ様?」


 言い聞かせるように――笑みを向けた。


「モエの前では……僕は――」


 ――『なんでもできる、お兄ちゃんですので』

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