EP.8 やっぱ勇者は仲間にするに限る


 部屋の隅で俺が静観する中、ハルさんは早速本題に入り始める。


「ねぇ、キリエちゃん。好きな子できたんだって?」


「えっ!? えええっ!? なななな! なんですか急にぃ!」


「あはは! 照れてる! やっぱ本当なんだ!」


「な、なんですかソレぇ! どど、一体どこからそんな話を!?」


「え~? 風の噂」


 サラッと言ってのけるハルさん。いくら情報源が割れると分が悪いとはいえ、こんなテキトーな返事で濁せてしまうのは、きっとハルさんくらいのものだろう。

 真っ赤になってそわそわ慌て始めるセイクリッド☆セイバーをよそに、ハルさんはぐいぐい攻める。


「で? どんな子なの?」


「そ、それは……」


「紹介してよ! 俺、自称キリエちゃんのお兄ちゃんだから!」


 ぱあっと輝く、ひまわりのような笑顔。


(は~~~~! 出たよ! 勇者スマイル!)


 ハルさんはこれだから、ズルい。俺にはできない。

 それに、『自称お兄ちゃん』だって?

 こんな笑顔でそんなこと言われたら、教えないわけにはいかないだろう?


 セイクリッド☆セイバーはもちろん、赤面しながら口を開いた。


「しょ、紹介するとか、そんな関係じゃないです……あの方は、その、聖女様の幼馴染なので……私には見向きも……」


「へぇ? 諦めちゃうの? キリエちゃんらしくないね?」


「こ、恋と戦いは別モノです!」


「同じだよ? 恋も戦いも同じだ。諦めたら、終わり。でも、諦めなければいつかは――」


「誘惑しないでくださいっ! 私の想いを伝えたところで、あの方が幸せになるわけではないのです!」


「じゃあ、彼はどうやったら幸せになれると思ってるの?」


「う、それは……それがわかったら、苦労してないです。あの方はいつも、物憂げな顔をしていますから。私はそれをなんとかしたいな、と……ただ、それだけ……」


 快活な彼女からはついぞ想像できなかった、切ない表情。

 不覚にも、セイクリッド☆セイバーを応援したくなっている自分に驚く。


「そっか……好きな人がそんな顔してるなんて、ツライよな……俺にできることある?キリエちゃんひとりじゃ考えるの大変だろ? 手を貸すよ?」


「うう……ハルせんぱぁい!」


 ハルさんからはさっきまでの勢いが失せて、同調モードに入り始めた。


(マズイ……)


 俺は打ち合わせ通り、部屋を出てトイレに向かった。俺が退室したのを確認した数分後にハルさんも部屋を出て、入れ替わる手筈になっている。


(よし。我ながら見事な『ミラー』だ……)


 トイレの鏡に映った勇者を見て、俺は勇者らしからぬ不敵な笑みを浮かべた。

 すると、後ろから声を掛けられる。


「俺、そんな悪い顔しないよ?」


「ハルさん……気配を消して近づかないでくださいよ?」


「しょうがないじゃん? 気配の遮断はパッシブスキルでオート発動なんだから」


(はいはい、チート、チート……)


「では、行ってきます」


 ハルさんとハイタッチして立ち去ろうとすると、ぐい、と引き止められた。


「ダメ。やり直し。俺はそんな言葉づかいしないもん。そんなんじゃすぐバレちゃうよ? キリエちゃん、野生の勘だけは鋭いから」


「野生の勘って……そいつ本当に日本出身の少女なわけ? 日本は中学までが義務教育だよ?」


「ああ、いいね。その息だ。ぽい、ぽい」


「…………」


 俺は、『ミラー』が万能ではないと改めて思い知る。

 いくら姿を真似たとしても、『ミラー』が映すのは表面の虚像と(おそらく)一部の能力だけ。演技力は俺に依存するのだ。


「ほら! スマイル!」


 にこ。


「う~ん。それじゃあ『にやり……』って感じだな? なんで腹の底黒い感じが抜けないの? ユウヤ君ってそんなにいつも悪いこと考えてるの?」


「なにそれ。失礼しちゃうな!」


「なーんか棒読みだし」


「…………」


(まさか……ハルさんの真似がここまで大変だとは……)


 どうしても陽キャっぽく振る舞えない俺に、ハルさんは助け船を出した。


「もっと自然に笑ってごらん? ライラちゃんといるときもそんな笑顔を向けるわけじゃないだろう?」


「…………」


 俺がフッと笑うと、ハルさんは首を縦に振った。


「いいね。行ってらっしゃい」


      ◇


 慣れないニコニコ顔を浮かべつつ、俺は客間に戻る。セイクリッド☆セイバーは俺を見るなり剣を抜いた。蒼い竜の刻印が刻まれた、細身の美しい剣を。


「…………」


(……は? まさか、速攻でバレた? まだ一言もしゃべってないのに!?)


 動揺を隠しつつ、俺はセイクリッド☆セイバーに向き直る。


「キリエちゃんどうしたの? 急に剣なんか抜いて……」


「先輩……」


「な、なに?」


 うるさい心臓の音をかきけそうと、やや大きめに声を発する。すると、セイクリッド☆セイバーは剣を振り回しながら喚き始めた。


「私、もう居ても立っても居られなくなってきました! 手合わせしてください!」


「……は?」


「あの方の為に何ができるか、考えてみたんです! でも、何も無くて! それが悲しくて、悔しくて! それで、私強くなるしかないんだなって、思ったんです!」


「勇者なのに……これ以上強くなってどうするの?」


「私、バカだからあの方の為にできることがわからない。でも、私は勇者だから。強ければ、あの方やあの方の愛する人を守ることができるんです。どんな脅威からも、私が守ってあげられるんです! だから、だから……手合わせしてください! 先輩のその胸、貸してください!!」


(うわ~~……どうして勇者ってどいつもこいつもこう、まっすぐでキラキラなわけ?)

 って……


 ――ちょっと、待て。


 この展開は想定外だ。だって、俺は戦闘ができないから。

 それに、さっきトイレに出た手前またすぐにとんぼ返りしてチェンジするわけにもいかない。ハルさんが頻尿だと疑われる。いや、心配しているのはそこではなくて。


(落ち着け……まずは話を宰相のことに戻そう。少なくともこいつから、宰相の名前と能力、どの程度の権力を握っていて、どの程度聖女をたらし込んでいるのかを突き止めたい……)


 俺は深呼吸をしてソファに腰掛けた。


「まぁまぁ、落ち着きなよキリエちゃん。手合わせなら今度してあげるから、今はもう少しキリエちゃんが好きだっていう彼のことが聞きたいな? 名前はなんていう子なの?」


「あ、あの方の、ですか!?」


「うん」


 にこ。


 促すような笑みを、筋肉が引きつりそうになるのを我慢して浮かべる。

 セイクリッド☆セイバーは、これまた赤面しながら答えた。


「あの方の名は、その……『ミラージュ』、です……」


「へぇ……ミラージュ宰相君?」


「はい……」


「噂では、彼は聖女様の幼馴染だと聞いたけど。どれくらいの付き合いになるかは知っている?」


 その問いに、セイクリッド☆セイバーは表情を曇らせた。


「宰相殿は、私がこの国に来る前から聖女様の幼馴染ですので、どれくらいの付き合いかはわかりません。ですが、女王様との話しぶりから察するに、相当幼い頃からの馴染みであるように思います。それこそ、女王様は宰相殿を実の息子のように思っていますから」


(女王も心を許すレベルの幼馴染……家族ぐるみってわけか?)


「じゃあ、キリエちゃんはさ、宰相君の好きなものって知ってる? 大事なものとか。もしくは苦手なものとか。好きな人のそういう好みを知っておくのって、大事なことじゃないかな?」


「あの方の、好きなもの……」


 俺の笑顔は完璧だったはずだった。質問の意図も決しておかしなものではない。

 あくまで後輩の恋を応援しようというスタンス。しかし、セイクリッド☆セイバーの顔色はどうにも優れない。そのワケは――


「あの方の好きなものは、おそらく……聖女、フロスティア様……」


「…………」


「苦手なものは、わかりません。私、あの方のこと……何も知らない。いつも目で追ってばかりで……何も! 知らないんですっ!!」


「キリエちゃん……」


「あああ! やっぱり無理ですっ! 身体を動かさないとどうにかしてしまいそう! 先輩!」


 そう言うと、セイクリッド☆セイバーは剣を手にガバッ!っと立ち上がった。


「ちょ、キリエちゃん! 待って……!」


(ここらが限界か……!)


 俺は『その前にトイレ!』と言って駆け出した。個室で暇そうにスタンバイしていたハルさんと入れ替わり、ローブを目深にかぶり直す。

 その後、颯爽と手合わせに向かったハルさんと合流しようと客間に向かうと――


「なっ――」


 客間付近の廊下と広間が、グチャグチャのバラバラだった。


 激しい剣戟の音と、室内にも関わらず吹き荒れる風と氷刃。

 それはまるで、ブリザードに襲われたような爪痕を城内に刻んでいる。

 嵐の中から聞こえる、爽やかな声。


「キリエちゃん! 随分強くなったね!」


「先輩っ! さすがです! 私の氷刃でも斬れないなんて! 一体どんな厚さの風を纏っているんですかっ!?」


「さぁね~? ほら、行くよ!」


「――【志那都比古シナツヒコ戯れいたずら】!!」


「くっ……!打ち砕け! ――【氷天ひょうてんの涙】!!」


 天井付近に跳躍したハルさんが、竜巻を撃ちおろす。しかし、セイクリッド☆セイバーも自身を取り囲むようにして展開した氷の刃を放ち、その一撃を相殺した。

 一瞬のうちに、周囲が凄まじい冷気で満たされていく。


「お~! 上手、上手!」


「またそんな飄々と……! 手加減は抜きでお願いします! 得意の光の剣技はどうしたのですかっ!」


 爆風の中、ハルさんから目を逸らさないままセイクリッド☆セイバーは体勢を立て直した。ハルさんは王城のシャンデリアの上に着地すると、身の丈ほどある刀を遊ばせながら口を開く。


「そんなこと言っていいの? ここ、室内だけど?」


 その一言に、俺は呆れた。


(え。今更……? これだけ派手にぶっ壊しておいて?)


 しかし、この程度はハルさんにとってお遊びらしい。『舐めないでください!』というセイクリッド☆セイバーの一言に、ゆらりと目を細める。


「いいねぇ。元気のいい後輩は、つい……応援したくなる!」


(え……? いじめたくなる、の間違いじゃなくて?)


 だが、俺のツッコミはご機嫌に刀を振るハルさんに届かない。


「――【絶閃ぜっせん天橋あまのはし立て……?】」


「 何 を し て い る っ ! ? 」


 ハルさんの天雷のような一撃を放たれる直前で止めたのは、燕尾服の少年だった。

 シルクハットを被った少年は、氷雪のような銀髪を靡かせながらこちらにツカツカと近づいて来ると、一言――


「勇者様! そこに直りなさいっ!」


「は、はいっ!」


 ――セイクリッド☆セイバーを、床に正座させた。


「城内で剣を振り回すなと、何度言えばわかるのですかっ!」


「ご、ごめんなさいっ! アツくなって、つい……!」


「『つい』で済んだら、警察は要らないですよっ! ああもう、こんなに壊して! こども怪獣か!? 修繕費、あなたのお給金から天引きしておきますからね!」


「そ、そんなぁ……!」


「じゃあ誰が代わりに払うんですか! 国民ですか! 税金ですか!? 馬鹿馬鹿しい!」


「あうぅ……」


 その呆れに満ちた怒気に、若干の既視感を覚える。

 俺がライラを叱りつけるときも、あんな顔をしてたっけ?


 少年はひとしきりセイクリッド☆セイバーに罵声を浴びせると、涼しい顔をハルさんに向けた。


「初めまして、勇者様」


「どうも、お邪魔してます♪」


 いけしゃあしゃあと言ってのけるハルさんに、眉をひそめる少年。


(おそらく、こいつが……)


「俺はキリエちゃんの先輩のハル。よろしくね、宰相君?」


「宰相のミラージュです。よろしくお願いします。修繕に関する請求書は、後日送らせていただきますので」


「へぇ……ツレないな?」


「ウチの勇者様がツレ過ぎなんですよ。まったく、勇者というのはどいつもこいつも……」


「ごめんて。お金なら払うから許して? 公共事業が増えたと思ってさ?」


「タチ悪……」


 仲良くする気が全くなさげな北の宰相だが、今回ばかりは同情する。だって、どう考えても室内で暴れた勇者組が悪い。それでいて、ナメ腐ったハルさんの態度も。


 でも、ハルさんはああ見えてちゃんとした国主の経験がある人だ。

 何の考えもなしに他国の宰相を挑発するような真似はしないはず。

 まさか……


(宰相に仕掛けるつもりか?)


 俺は、息を飲んだ。呆れたようにセイクリッド☆セイバーに手を差し伸べるミラージュを金の瞳で見下ろしながら、ハルさんの口元が僅かに動く。


 ――【鑑定眼・よこしまかみいろめがね】……


 ハルさんは、バカに見せかけて結構策士だ。

 おそらく、セイクリッド☆セイバーを煽って暴れさせ、騒ぎを聞きつけた者をおびき出すために、わざとこうして派手にぶっ壊したのだろう。

 そして、一発で『お目当て』を引き当てる幸運、Sランク。


(お見事です。ハルさん……)


 やはり、チート勇者は仲間にするに限る。


 さすがは伝説の勇者と言うべきか、ハルさんは引き際もわきまえていた。

 ミラージュの脇にひらりと着地すると、浴衣の胸元から一枚の紙を取り出す。


「請求するなら、この連絡先にお願い。実は今、妻と喧嘩しててね。バレたら余計にこじれそうだから、俺のポケットマネーで事なきを得たいんだ。わかってくれるかな?」


「……承知しました」


 ミラージュは一層呆れた顔をしながら黙って紙を受け取った。


「今後は、このような面会は控えていただきたい。いくらウチの勇者様とあなたが先輩後輩の仲とはいえ、あなたは南北連合とは別の立場にいらっしゃる。勇者といえど、『魔王をよしとする態度』には些か問題があります。国民の聖刃せいば様に対する信も揺らぎかねない。次からは、僕を通してくださいね?」


「はぁ~い。ごめんね、宰相君」


「申し訳、ございません……」


 ミラージュはハルさんとセイクリッド☆セイバーを一瞥すると燕尾を靡かせて去っていった。その後姿を、ぼやっとしながら見送るセイクリッド☆セイバー。

 ハルさんはその頭をぽんぽんと叩くと、優しく声をかけた。


「キリエちゃん、あんまり思い詰めちゃダメだよ? 俺、がんばってるキミにこれ以上『がんばれ』とは言わない。けどね? 困ったときはお兄さんを頼りなさい?」


 あたたかい、お日様のようなその笑みに、セイクリッド☆セイバーは一瞬オチかけた。しかし、すぐに思い直して差し出された手を握る。


「先輩……ありがとうございました。今日は、お会いできて嬉しかったです」


「うん、俺も久しぶりに楽しかった。今日はその……ごめんね?」


 おそらく、セイクリッド☆セイバーは城を損壊させたことについて謝っているのだろうと思うはず。だが、俺は『ごめんね』の裏で『探るような真似をしてごめん』と言っているのだとすぐにわかった。


(俺も、付き合わせてごめんなさい……)


 おそらく、ハルさんは二度とセイクリッド☆セイバーを騙して探るような真似はしてくれないだろう。今回ここに来る際も、ハルさんは『ユウヤ君には恩があるから』と口にしていた。

 本来、こういう真似は得意じゃないのだ。だって、彼は勇者だから。宰相の俺とは違う。


「さぁ、俺達も帰るよ!」


「御意に」


 こうして、俺達は北の宰相ミラージュの情報を得ることに成功した。


 国家会談まで、残り数日。できる限り対処法を練り、策を講じなければ。

 そして、役目は――


 ――『悪の宰相おれ』の、仕事だ。

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