EP.7 正義のチョロインは可愛い後輩


「それで?北の勇者様にお菓子は渡してくれたの?」


「はい!満面の笑みで受け取り、意気揚々と王城へ持ち帰っておりました!」


 その返答や、意気揚々。深夜、西の大商館。ロイズの私室にて、俺は一週間に一度の定期報告を受けていた。

 いつまで経っても俺のことを『夢枕に立つライラ様』と思い込んでいるロイズは、窓際に腰掛ける俺の足を手に取って『はぁ、はぁ……ライラ様の御御足おみあし……』と涎を垂らしそうな勢いで週に一度のご褒美タイムに浸っていた。

 俺はうんざりしながらゴミムシを見る目でロイズを見やる。


(それにしては……菓子から得られる反応があまりに薄い……)


 あれには、食べた者の魔力に反応して体内に溶け込み、対象と一体化することで、居場所を知らせてくれるGPSのようなストーカー術式を仕込んでいたというのに。


 呪いの菓子の作り手?そんなの、リリスに決まっているだろう?

 アレはかつてのバレンタイン。リリスがハルさんにたっぷり♡想いを込めて作ったガトーショコラを改良して作らせたものだ。


「ロイズ?本当に渡したのよね?」


「はい!私がライラ様の言うことに逆らう道理がありましょうか?」


 にこにこ!


「…………」


 術式からは一か所の反応しか得られていない。ロイズの言うことが本当なら、勇者が独り占めして食べたわけではなさそうだ。


(だとすると……)


 おそらく、菓子は誰にも食べられておらず、どこかに保管されている可能性が高い。


(勘付かれた? ロイズは既に疑われている? それとも、パッと見て呪術を感知できる魔術適正の高い者が菓子を手にしたか……?)


 いずれにせよ、俺達帝国と仲良くするつもりがないことだけはよくわかる。


「それで? 北の聖女様の周りにはどんな人がいるの?」


(できれば宰相の情報が欲しいが……)


 問いかけるも、ロイズは『はぁはぁ』と足に顔を擦りつけるばかりで話し出さない。


(こいつッ……! つけあがりやがって……!)


「ロイズっ! いつまで触っているの!? 触っていいのは報告している間だけと言ったでしょう!?」


「はぁ……♡ ライラ様の𠮟責……! なんと凛々しく愛らしい……♡」


(……ッ!)


「いい加減離して!」


 バキッ――!


 顔を蹴りあげると、ロイズは『ありがたき幸せっ!』と言って後ろ向きに倒れた。


「チッ……」


 キモイ。


(そろそろコイツとも縁を切りたいんだが……)


「いいから話しなさい。北の聖女のことを」


「はいっ……♡」


 ロイズは鼻血を拭くと床に正座して話し出した。曰く――


「ふーん……セイクリッド☆セイバー、ねぇ……?」


 ここ数年の間に北で功績をあげ、勇者となった異邦の少女。どういうわけか神に愛され『聖剣』を授かった、聖剣使いの勇者だと。実力は折り紙付き。

 一方で、おつむの弱いどこか間の抜けた様子が民から愛される理由になっているらしい。そして何より――


 ――北の宰相にお熱らしい。


(こいつはおそらく……)


 使えるな。


 俺は笑顔のままロイズに向き直った。


「ねぇ、ロイズ? あなたの話では宰相さんはあまり人前に姿を現さないということだったけど、何か理由はあるのかしら?」


「恐れながら、そこまではわかりかねます……申し訳ございません……」


「まぁいいわ。セイクリッド☆セイバーのことがわかっただけでも収穫です。何せ私はこの十年、この世界とは隔離された空間にいたものですから」


「やはりライラ様は今でもあの宰相に……」


「ええ」


「その!手荒な真似はされておりませんかっ!? お身体は大丈夫なのですか!?」


「安心して? ユウヤはそんなことするような悪漢じゃないわ? ロイズが心配するようなことは何も」


 ただ、新婚顔負けにイチャコラ暮らしているだけだが?


「ありがとう、ロイズ。またね?」


「ら、ライラ様……! また、お会いできますか!?」


「さぁ? どうかしら? あなたの行動を、神サマはいつも見ているわ?」


「はいっ……!」


 俺は、あまりにチョロすぎるロイズを若干不憫に思いながら不敵に笑って姿を消した。


      ◇


 ロイズから報告を受けた翌日。俺が向かった先はリリスの執務室だった。

 だが、用があるのはリリスでは無い。今日用があるのは――


「ハルさん? 少々よろしいですか?」


「あらぁ! 宰相君、いらっしゃい♡ ようこそ私とハル君の愛の巣へ♡」


「ん? ユウヤ君?」


 リリスお手製のチーズだらだらホットサンドをいやらしい角度で食べさせられながら、勇者がこちらを振り返る。


「どしたの? 言っておくけど、俺はリリカと致してないし、まだ東にも帰らないよ?」


(さすがハーレム系出身勇者……魅了耐性がハンパないな……)


 いけしゃあしゃあと言ってのけ、こんな怪しげなこうまみれの空間でチーズが谷間に零れ落ち、胸スレスレの位置で平然とホットサンドを食べさせられておきながら、尚もオチない勇者に呆れを通り越して賞賛を覚える。


(リリス……がんばれ……)


 俺はジト目をリリスに向けたあと、そのままハルを流し見た。


「……わかってますよ。ちょっと、お願いしたいことがあって」


「お願い? 俺に? リリカじゃなくて?」


「はい。勇者であるハルさんにしか、頼めないことなんです」


 そう言った瞬間。ハルがあからさまに『え~ヤダ~』みたいな顔をする。

 俺は負けじと言い放った。


「ハルさん暇でしょ? たまには僕と外に出ませんか?」


「外ぉ?」


「久しぶりに、後輩の面倒を見に行きましょう? ハルさんの後輩である勇者が、どうやら恋でお悩みなようでして……」


 後輩の恋バナと聞いて、好奇心のゲージがぐぐーん、と上がるハル。そこはやっぱりハーレム系出身。野次馬根性逞しい。そして、時が経ってもハルは面倒見のいいお兄さんだった。


「まぁ、そういうことなら……いいよ? どこ行くの?」


「北です。セイクリッド☆セイバーという少女……ハルさんも知っているでしょう?」


「ああ、キリエちゃんね! へぇ……遂に彼女にも好きな子ができたのか。どんな子?」


「それは――」


 『――本人に聞きに行きましょう?』


      ◇


 そうして、俺達はハルの勇者フリーパスを使って北の検問を呆気なく突破した。

 相変わらず、この世界の『勇者をイイものと信じて疑わない』ガードの緩さには呆れ果てる。


 東の勇者であるハルが妻で聖女のマヤと喧嘩している件について言及され、入国を拒否される可能性も考えたが、マヤは旦那と喧嘩して家を出ていかれた(しかも昔のパーティの女の所に入り浸っている)ことを周囲に知られることを恐れたらしく、その件については秘匿されていたようだ。


「うわ~北とか何年ぶり? 寒いから苦手なんだよな」


「ふふっ……ハルくんが寒くなったらアタシがあっためてアゲル♡」


「も~。そういうのいいってば、リリカ」


「え~? あんまりツレないこと言うと呪うわよ?」


「呪い耐性Aですから! 効きませ~ん!」


「呪い適正SSですから! ガードされても呪いま~す!」


 仲の良さそうなチート会話。

 なんだかんだ言って、ハルとリリスはやっぱり昔馴染みなパーティメンバーだった。目深に被ったフードの下で思わず顔を綻ばせていると、氷の王城に到着する。


 ここで、俺達はセイクリッド☆セイバーとアポを取っているのだ。

 だが、今日の目的は楽しく後輩と恋バナ♡な訳がない。

 俺の今日の目的は――


「ハルさん? セイクリッド☆セイバーと対面した後は、タイミングを見計らって僕とチェンジしてくださいね? 宰相のことを聞き出し、できればその姿と能力を炙り出したい」


「オーケイ。とりあえずキリエちゃんとテキトーに恋バナしてから、トイレに行けばいいんだろう? もし宰相君が出てきたら、また俺とチェンジで」


「はい。ハルさんのその『チート鑑定眼』で、セイクリッド☆セイバーと宰相の弱点を看破してください」


「別に、キリエちゃんの弱点なんて『神の眼』を使わなくたって――それより、ユウヤ君て本当に俺になれるの? 『ミラー』ってやっぱ面白いね?」


「はい。ハルさんとは浅い付き合いではありませんので、姿を真似ることだけならできるかと。流石に能力まで真似ようとするのは無理だと思いますが……」


 そもそも、ハルさんはチートがオンパレード過ぎて何をどう使えばいいのか俺では全くわからないのだ。真似したところで墓穴を掘るビジョンしか見えない。

 そんなチート慣れしてない俺の不遇を知ることなく、ハルさんは飄々と口を開く。


「え~?振ってみればいいじゃん? 天羽々斬あまのはばきり。楽しいよ?」


(楽しっ――相変わらず軽すぎるんだよなぁ……ハルさん)


 チート勇者の感性は、やっぱりイマイチわからない。


「遠慮します。あのとき咄嗟に魔王の真似事ができたのは、マグレですので。それに、使ったことない刀なんて振って、自分の腕が飛んだらどうするんです?」


「そう? まぁいいや。今のうちに俺をよく観察しておきな? 浴衣は右前だから。右手がスッと襟に入る方ね」


「浴衣は右前……」


「そうそう。自分から見て右が前」


「ねぇ~アタシは~?」


「リリスは外で待機。できれば呪いの菓子の在り処を注視しておいてください。もし変わった動きがなくて暇なのであれば、ライラ様へのお土産でも選んでおいてください。お留守番だと告げたら、大層拗ね散らかしていましたので」


「そりゃあ拗ねるわよ~! いつも一緒の宰相君に置いて行かれるなんて~!」


「だって……バレたら拘束されかねないのに。危なくて連れて来れませんよ」


「「うわ~。やっさし~い!」」


「…………」


 ヒュウヒュウとはやしたてる勇者と魔女。ほんと、こういうときばっかり息ぴったりでタチが悪い。俺はフードを被ったまま、ハルさんの従者ということで北の王城へ足を踏み入れた。


(ハルさんの演技力は壊滅的……だが、世間話する程度なら問題なくこなせるだろう)


 正直、『勇者』のカードがここまで便利だとは思っていなかった。

 俺は内心でほくそ笑みながら客間の隅に控える。


(さぁ……ご対面といこうか)


「いらっしゃいませ、ハル先輩! 今日は急にどうしたのですか?」


 バンッ!と勢いよく扉を開けて入ってきたのは、黒髪をポニテで纏めた愛らしい少女。ところどころ銀の装飾が付いた軽装の鎧を身に着け、にこにことハルを出迎える。その様子に、にこにこと笑みを返すハル。


「いや。久しぶりに可愛い後輩の顔を見たくなってね。前に会ったのは、北の魔王の手勢を迎え撃つとか言ってアドバイスを聞きに来た……何年前だっけ?」


「三年前です! あのときはお世話になりました! おかげで北の四天王の一角を打ち滅ぼし、今では勇者です!」


「よかったねぇ~? えらい、えらい!」


「えへ……えへへへ……くすぐったいですよぉ、先輩!」


 頭をなでなでされ、でれでれと顔をゆるませるセイクリッド☆セイバー。

 俺はその陽キャ同士のチート会話に若干引き気味だった。


(お、俺には縁のない世界だな……)


 少なくとも、あの中に混じって仲良くなれと班行動でぶち込まれたら、修学旅行を病欠したくなるくらいには相容れない空間だ。


 そんなことを思っていると、ハルさんはソファに腰掛けて快活に話し始めた。


「あれから三年かぁ……キリエちゃんも高校生。随分女の子らしくなったね? その鎧も可愛いと思う!」


「でへ……でへへへへ……」


 『可愛い』の一言に赤面しながらデレ散らかすセイクリッド☆セイバー。頬をポリポリ書きながら、鎧からはみ出すミニスカートの裾をちょいちょいと手で弄る。

 ニーソのようなデザインのロングブーツから察するに、女子力に気を遣っているのが伺える。そこを褒められて、気分は有頂天一歩手前だ。女子のこだわりポイントを狙いすましてナチュラルに褒めるなんて、さすがはハーレム系出身勇者のハルさん。手懐け方がうまい。


(だが、セイクリッド☆セイバーのこの表情……)


 俺は、なんとなく理解した。


(こいつ……)


 ――多分、男に慣れてない。


その上……


(付け入る隙だらけだ)


 それこそ、びっくりするくらいにな。


(さぁ、どこから攻めて行こうかな? 頼みましたよ、ハルさん?)

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