EP.6 美少女剣士 セイクリッド☆セイバー

 氷雪に覆われた美しき国『ダイヤモンドダスト』。

 そこに、北の大地を守護するひとりの美少女勇者がいた。

 漆黒の髪を靡かせ、氷のように鋭い切っ先で敵を屠る、舞うような美しき姿と圧倒的剣術はまさに勇者。

 北の住人は、尊敬と愛着を込めて彼女をこう呼ぶ。


 『美少女剣士 セイクリッド☆セイバー』と。


「晴れ渡る青空……白い雲。流氷と渡り鳥……ふむ。今日もいい天気ですね!」


 セイクリッド☆セイバーの朝は早い。


 氷雪ゆきの女王とその娘、北の聖女が住まう城の見回りを終えた彼女は、パトロールのため、いつものように街を訪れた。今日は週に一度、帝国『インソムニア』からの積み荷が届く日なので、怪しい動きがあればすぐに報告するようにと聖女様付きの宰相殿から仰せつかっている。


「おはようございます!ロイズ殿!いつもお世話になっております!」


「おはようございます、勇者様。相変わらず凛々しく、そしてお美しい。本日の積み荷の見分をお願いしても?」


 やんわりと微笑む青年のその表情に、やや頬を染めるセイクリッド☆セイバー。

 彼女はこの世界で功績をあげるまではどこかパッとしない少女だったため、褒められるのには慣れていないのだ。こんな挨拶程度の社交辞令に動揺するなんて。


 ありていに言えばチョロい。


 そして、西の商隊を率いる主であるロイズはそのことを当たり前のように知っている。


「いやはや、勇者様にお任せすると仕事が早く済んで助かります。今回は、聖女様とその宰相殿にと思い、格別いい香りの紅茶を持って来ていますので、是非勇者様とお二方でお召し上がりください」


 ロイズから手渡されたのは、綺麗な装飾のついた如何にも高そうな紅茶の缶と、包みに入った茶菓子だった。氷に覆われた北方は食べ物の資源に恵まれない為、こういった差し入れはとても嬉しい。そして、セイクリッド☆セイバーは他の乙女たちに漏れず、甘いものには目がない女子だった。


 そのことを、もちろんロイズは知っている。こうして勇者に手渡せば、それを意気揚々と聖女のもとに持っていくだろうことも、知っている。


 毒は入っていないが、あの菓子にはがしてあるとライラ様は言っていた。

 夢枕に立ち、『北を探れ』と囁くライラ様。こんな回りくどい手を使わずとも直接北の聖女様とお話になれば良いのにと思いはしたが、ライラ様の本体は悪の宰相であるユウヤ・キサラギに捕らえられている為、夢枕で短時間しか姿を現せないとのこと。

 悲しそうに目を伏せて『よよよ……』と嘆くライラ様を見れば、ロイズが疑う余地はない。大人しく言う通りにするだけだ。ライラ様が、北の聖女様と仲直りできるように。


「では、私はこれで。次に来るとき、是非そのお菓子の感想を聞かせていただけると嬉しい。もし気に入っていただければ、次は倍の量を仕入れてお持ち致しましょう」


「かしこまりました!お勤めご苦労様です!」


 セイクリッド☆セイバーは、何を疑うこと無くロイズを見送った。

 そして、意気揚々と聖女と宰相の元に向かう。



 北の王城の中庭。

 そこでは、朝に弱い聖女様のために宰相殿がブランチの支度をしていた。


「おはようございます!宰相殿!」


 声をかけると、シルクハットを被り、銀髪を肩まで垂らした燕尾服の少年が振り返る。長い睫毛の奥に深海の蒼を湛えたような瞳の美少年。

 中庭の花に囲まれながら優雅に茶器を弄るその姿が様になり過ぎていて、セイクリッド☆セイバーは言葉を失った。


「おはようございます、勇者様」


「…………」


「おはようございます?」


「あ、はい!おはようございます!」


「朝早くから、お勤めご苦労様です。どうでしたか?西の商隊は」


 透き通るようなその声に思わず聞き惚れていると、ちょいちょい、と手にした包みを指差される。


「問題なく!いつもどおり積み荷をおろして行かれました。爆発物や危険薬物の匂いも、暗殺者の気配もなく。手土産に紅茶とお茶菓子までいただいてしまいました!」


「……手土産?」


 その言葉に、宰相の顔色が曇る。

 だが、セイクリッド☆セイバーは空気が読めない。

 にこにこと、満面の笑みで包みを手渡そうとし――


「……っ!」


 宰相に、避けられた。


「宰相殿?甘いものは、苦手でしたか?」


「いえ、そういうわけでは。何故急に茶菓子なのです?」


 訝し気な顔の宰相。セイクリッド☆セイバーはこれまた笑顔で答える。


「ロイズ殿の、心遣いです!」


「ほう……それはまた……」


 ――怪し過ぎる。


 セイクリッド☆セイバーは騙せても、宰相は騙されなかった。


「その茶菓子、僕の方で預かりましょう」


 ポケットから『対呪術』の術式が編み込まれた手袋を取り出し、宰相は受け取る。


「あ。『三人で食べて』と、ロイズ殿が……」


 ちょっぴり残念そうなセイクリッド☆セイバー。そのしょんぼり顔を気にすることなく、宰相は臭い物でも摘まむようにカートの最下段にソレをポイした。

 そして、これ見よがしにため息を吐く。


「勇者様?あなたはもう少し人を疑うことを覚えた方がいい。まったく、そのザマでどうして勇者になれたんだか……」


「す、すみません……」


 名残惜しそうに茶菓子をチラチラ見やっていると、宰相は渋々口を開く。


「……わかりました。今日の午後三時。また中庭に来てください。茶菓子を用意しますから、聖女様と三人でいただきましょう」


「……よろしいのですか?」


「構いません。聖女様の身の回りに関する予算の使い道は、一任されていますので」


 尚、聖女様個人の預貯金の番号を全て把握し、自由に使っているのもこの宰相だ。

 そのことを、聖女様はもちろん知っている。

 聖女の母親である女王様は、知らない。


「それでは、また午後に。その時は、そんないかつい銀の鎧でなく、女性らしいドレスで来てくださいね?着飾った方が、貴女は一層美しいですから」


 にこりと微笑む宰相。

 セイクリッド☆セイバーが宰相に気があることを、宰相はもちろん知っている。

 その上での、この言葉だ。

 セイクリッド☆セイバーは、想いがバレていることをもちろん知らない。


 朝から好きな人に褒められて、天にも昇る心地のセイクリッド☆セイバー。

 満面の笑みで返事する。


「はい……!楽しみにしています!」


 北の街の住人は皆、セイクリッド☆セイバーの満面の笑みが好きだった。

 どんなに強い魔物にも果敢に立ち向かい、一生懸命、決して賢いとは言えない頭を絞って街の人々を守ってくれる。

 セイクリッド☆セイバーが皆に愛され、この名で呼ばれるのは、『聖剣を振るうから』だけでは無い。そのキラキラした笑顔が、瞬くほしのようだから。セイクリッド☆セイバーなのだ。


 街の住人が密かに彼女の恋を応援しているのを、セイクリッド☆セイバーは知らない。宰相はもちろん知っている。そして、『なんだかなぁ』と思っている。


 その背後から、眠い目を擦りながらとぼとぼ近づいて来る聖女が声をかけてきた。


「おはよう……ミラージュ。せいばぁ……」


「おはようございます、フロスティア様」


「おはようございます!ティア様?私は『せいばぁ』じゃなくて『聖刃せいば』ですよ?ちゃんと呼べないなら、せめて下の名で呼んでください。斬理慧きりえと」


「もう……せいばぁは、せいばぁでいいの」


「セイばぁみたいでイヤなんです」


「おばあちゃんになるのは、まだ早いわ?」


「でも、歳を取ればいずれ我々もおじいさんおばあさんですよ?彼の帝国以外の住人は――」


「ミラージュ、またその話?本当に好きね?帝国インソムニア」


「ティア様は悠長に構えすぎなのです」


「ふぁあ……あくび出ちゃう……今日のブランチは何?」


 聖女フロスティアは、何故宰相のミラージュが帝国に固執するのかを知らない。

 もちろんセイクリッド☆セイバーも知らない。


 そして、色んなことをよく知らないセイクリッド☆セイバーが唯一知っているのは、聖女と宰相が仲睦まじい幼馴染であり、自分が入る隙など何処にも無いということだけだった。


「はぁ……それにしても、今日はいい天気ねぇ?」


「はい!本当に、雲一つない快晴です!」


 今日も、楽しい北国の一日がはじまる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る