第五話 悪の宰相・ジョブチェンジ
ボス。そう呼ばれた中二病丸出しの少女は人形のように整った顔立ちをしていたが、俺達よりも随分と幼い印象を受けた。おそらく、正真正銘の中学二年生くらい。
だが、鈴城は彼女をボスと認めて従っているように見える。人を服従させるのが趣味なドS女王様が、あろうことか『ボス』なんて呼んで甲斐甲斐しくコーヒーなんぞを差し出しているのだ。間違いなく、この集団においては歌久山志月がリーダーなのだろう。だからこそ、どうか、さっきの中二病的発言が夢であって欲しい。
だって、俺はこれからこの中二病患者を相手に異界へ行く方法を知るために交渉しないといけないわけだから。
(頼む、中身はまともであってくれ……! それか、どうしようもないくらい御しやすいちゃらんぽらん!!)
祈るように言葉を待つ。すると、志月はおもむろに話し始めた。まるで自ら魔王を演じるようなドヤ顔で。
「悩みがあると聞いたわよ、子羊? 聞かせてご覧なさい?」
「実は、色々あって異世界に戻る方法を探しておりまして。ご存じないでしょうか?」
「異世界に? あなたは一度はこちらの世界を選んだ住人。それなのに、もう一度あちらへ行きたいと言うの?」
「はい」
まっすぐに見つめると、志月は興味深そうに頬杖をつく。
「未練でもあるの?」
「いいえ」
「ではどうして?」
できればライラが病気であること、そして、俺が本来異世界の住人であるはずのライラをこちらへ連れてきてしまったことは秘密にしておきたい。それが俺にとっての弱みとバレれば、利用されかねないからだ。
「全てを話さねばなりませんか?」
尋ねると、志月は思いのほか冷静に切り返してきた。
「……事情があるというわけね? でも、我らとて異世界帰りであるという身分をあなたに明かしている。せめてあなたが何のために力を欲するか、理由を聞かねば手は貸せないわ」
躊躇していると、志月は脇に立っていた令香に視線を向けた。
「ベルサイユ。彼は本当に我々の同族なの?」
(……ベルサイユ? コードネームか何かか?)
ベルサイユと呼ばれた令香は背筋を伸ばして答える。
「イエス、ボス。彼に何かしらの異能があることは間違いないわ。私が不幸を呼び寄せようとした際、何かに防がれるようにして不幸が去っていった。彼は自身の能力を『ミラー』と呼称するようだけど、そのせいなのかしら? 何か、視える?」
問われると、志月はバッと立ち上がり、おもむろに眼帯に手をかける。そして――
「ふはははは! 我が邪眼の出番のようね!! いいわ、いいわ! その目にとくと焼き付けなさい! 我が、金色の魔眼を!!」
眼帯を外した志月が、俺を凝視した! 眼帯の下は金のオッドアイだ!
「疼け! 【神の眼】!!」
(まさか、これは――!)
邪眼だか魔眼だか知らないが、志月の目は本物だったようだ。おそらく、ハルさんが持つ【
「……平均値、低っ」
思わず中二台詞が抜けて素が出ている。それくらい、俺のステータスは低いらしい。当たり前だ。『ミラー』以外のチートなんて持ってないんだから。だが、俺はその一言で志月が『最強』と呼ばれるワケを理解した。
(……どうして視える? 俺のステータスが……)
神から目を授かったという勇者のハルさんにすら、俺のステータスは歪んで見えなかったはずだ。
俺の能力は、備考欄に記載のある『ミラー』のみ。他は、『その人が思う俺を映す』というミラーの能力のせいで、固定値が存在しない。歪んで視えないか、UNKNOWNと表示されるはずだ。
なのに、何故。
「僕のステータスが視えるのですか?」
「ええ。びっくりするくらい低いわ」
「僕はそんなに弱く見えますか? 僕とあなたは初対面ですよね?」
「ええ」
ということは、第一印象で見くびられていた? もしくは侮られているのか?
「どうしてこんな奴にベルサイユが負けるの?」
不思議そうに尋ねると、令香は志月に抱き着いて泣き真似をし出した。
「聞いてよ、ボス! 私、この悪い男に脅されているの!!」
ぎくっ。
「恥ずかしい動画を撮られて、無理矢理言うことを聞かされているのよ!!」
(チクりやがった……!!)
令香の奴が、掌を返した!!
いや、元よりこれが正しい判断か。
だが想定外だ! 素直に協力してもらえると思った俺が馬鹿だった!
「なんですって!?!?」
驚いた志月ははわはわと歳相応に慌てふためき出す。言葉遣いといい、もう素が丸出し。グダグダだ。
「令香ちゃん、それ本当なの!?」
「本当よ! アレが世に広まったら、私もうお嫁に行けない!!」
(だろうな! あんなSM動画!)
「は、はは、恥ずかしい動画って……その……ハ、ハメ撮り――」
(はぁあ!?)
最近の中二は妄想力が逞しすぎる!
というか……
「誰がハメるか!! こんな性悪女!!」
「きゃあ! 怒った! 恐い! 男の人こわい! 犯される! 令香ちゃん、助けて!」
「ふざけんな! そんなことするわけないだろ!? さっきから黙って聞いていれば、好き放題言いやがって! 土下座して頼まれたってシないわ、お前みたいな子ども相手に! それに、こんなドS女も!! 俺はにこやかで甘えん坊な、愛嬌のある女が好きなんだよ!!」
「どうして私までディスられなきゃいけないのよ!?」
「うるさい鈴城! 掌返しやがったなお前!!」
「脅すあなたが悪いんでしょう!?!?」
「うわぁん! この人こわいよ、令香ちゃ~ん!!」
「あああ、もう!! お前ら揃ってなんなんだ! 俺はただ、ライラを助けたいだけなのに……!!」
「「……ライラ?」」
――ハッ。
(しまっ――!)
「ねぇ、ライラって誰?」
「彼女? 教えなさいよ」
ぐいぐいと迫る、女子共の好奇心に満ちた瞳。
(あああああ!!)
俺の負けだ。
◇
「つまり如月宰相は、そのライラという小娘を救いたいと我にそう願うのか? ただひとりの、女子の為に……」
厨二口調に戻った志月はふむりと腕を組んでいたかと思うと、納得したようにため息を吐いた。そして、小声で――
「……素敵♡」
「は? なにか言ったか?」
「ごほんっ。いや、なにも」
その様子をぼんやりと眺めていた令香も口をはさむ。
「へぇ……意外。あなた、そういうことするタイプには見えなかったけど」
「じゃあ、どういうタイプに見えていたんだ?」
「目的の為に女を利用する男」
「…………」
ここで間髪入れずに『違う』と答えられない自分はクズなのだろうか。
異世界に初めて来てライラのヒモをしていたときのことを思い出し、なんとも言えない心地になっていると、志月がゴスロリ服を揺らしておもむろに立ち上がった。
「うむ! ここは『アナザー』最強たる我が、一肌脱ごうではないか! 愛のために!」
「なっ――! 俺は別に、ライラとそういう仲だとは一言も……!」
ライラを俺にとっての『弱み』と捉えられ、人質にでもされたら困ると思って、その辺りは隠して話したつもりなのだが。
「何を言う! その者の為に危険を顧みずに我が組織の幹部たるベルサイユに挑んだのであろう!?」
「ボス、そのベルサイユっていう呼び名、いい加減やめてくれない……?」
「それが愛ならずして何だというのか! 我は感動した!」
「ねぇ、志月ちゃん……?」
おずおずと伺う令香を尚も無視して、志月は続ける。
「いいだろう! 我が親愛なる大悪魔・サタンに協力を仰いでおこう」
「サタン……?」
(って、俺の知ってるサタン様とは別モノか? それとも、別の異世界の……)
でも、界を渡るという点においては信用できそうな名前だ。
志月の能力といい、こんなにもあっさり協力してもらえることになってしまったことといい、頭上のハテナが払拭しきれない。だが、交渉は成立なようだ。
「じゃあ、志月さんのお力を貸してもらえるということで、間違いはないと?」
そう尋ねると、志月は交換条件として『あるお願い』を提案してきた。
それは――
「如月宰相。そなたの願いに協力する代わりに、今日から我が組織『アナザー』に所属してもらおう。我をボスと認め、崇めよ」
「それはまぁ……はい」
妥当な条件だろう。
「そして、今日からそなたはノイシュヴァンシュタインと名乗れ」
「えっ」
イヤ……だ。
そんな、令香もイヤそうにしていた恥ずかしいコードネームを、俺も付けられるだなんて。
だが断れない。
「う……は、はい……」
「ついでに、明日から我がプロデューサーとして、放課後付き合え」
「は?」
あまりの急展開に首を傾げていると、令香が小声で耳打ちをした。
「志月ちゃん、こう見えて表ではアイドルやってるのよ。知らない? 新進気鋭の天才清純派美少女。『
「え。夜月有栖って、この間の朝ドラのサブヒロイン役でブレイクして、アイドルグループから晴れて独立した、あの?」
驚きを隠さず二度見すると、志月は嫌悪感を隠さずに視線を逸らす。
「ここでは……その名で呼ばないで」
「あ……」
なにか訳ありなんだろう。だが――
「その有栖のプロデューサーを、何故俺が?」
「今のプロデューサー、嫌いなの。辞めろって言ったら、『じゃあ誰が代わりをするんだ』って言われて、それで……」
「志月ちゃん、実は一週間実家に帰っていないのよ。所属事務所にも。それで、お爺ちゃんであるここのマスターのところに、半家出状態で……」
「そんなことって……」
なんか、嫌な予感がする。
異世界で長年培われてきた、面倒くさい予感。
「我がプロデューサーになれ。如月宰相」
「……!」
こうして俺は、悪の宰相改め、厨二病患者のプロデューサー(仮)になったのだった。
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