第六話 悪の宰相は疑惑をかけられる


 わけがわからない一日だった。


 現役JKの放課後SMプレイを見せられた挙句、その女王様のボスである厨二病患者な美少女のプロデューサーに抜擢されてしまった。わけもわからないうちに。


 ライラを助ける為に異界へ行く足掛かりを掴む、という目的自体は進展があったからよかったものの、ほんと、どうしてこうなった。


「はぁ。どうして、どうして……」


 家に帰ってぐったりと自室の扉を開けると、ベッドで横になっていたライラが身体を起こした。


「あ、ユウヤ。お帰りなさい!」


 小さく咳ばらいをしてから駆け寄ろうとするライラを制止する。


「ライラ、無理しないでいいって。まだ熱が――」


「今日は体調が比較的いいから、大丈夫――きゃっ!」


「ほら、言わんこっちゃない」


 床に転がっていたペットボトルにつまづいたところを抱きかかえると、ライラはパッと遠ざかるように身体を離した。


「だ、ダメッ……!」


「え?」


「こ、来ないでっ……!」


(なっ――!)


 ライラに、拒絶された。こんなの初めてだ。


 正直、最初は何が起こったのかわけがわからなかった。まるで鋭い槍で心臓を突かれたような痛みが胸を抉り、心なしか息苦しさすら感じるレベルだ。戸惑いを隠しきれないまま、尋ねる。


「ライラ……?」


「ダメ……こっちに来ちゃ、ダメ……」


「ど、どうして?」


 動揺するあまり、声が震える。すると――


「あんまり近づくと、その、風邪がうつっちゃうかもしれないから……」


 もじもじとパジャマであるワンピースの裾を握り、寝起きなせいか普段より一層ふわりとした金髪を上目がちにくるくると弄る。

 俺を心配するような表情。その姿に、心の底から安堵した。


「はぁ~~~~……」


 思わず大きなため息が出る。


(拒絶されたわけじゃ、なかったんだな……)


「驚かせるなって……それに、ソレ、多分風邪じゃないから。心配しなくても俺にはうつらないよ」


「え? でも、なにかの病気じゃないの? この前から熱が出たり出なかったりで、ユウヤにうつしちゃったら大変――」


 俺は、はわはわと慌てるライラが止めるのも気にせずに抱き締めた。


「きゃっ……! ゆ、ユウヤ!?」


「…………」


「あの、その……嬉しいんだけど、あぶな――」


「別に、うつってもいい」


「ど、どうしたの? 急に……」


「それはこっちの台詞だって。なんの前触れもなく突き飛ばされたら、驚くじゃないか」


「そ、それは……ごめんなさい……」


「怒っているわけじゃない。ただ、さっきみたいに急に離れられると、心臓に悪い――」


 ――ハッ。


 そう言いかけて、自分がとんでもなく恥ずかしいことを口にしていると気づく。


「違っ。今のは、その……!」


 訂正したが、遅かった。目の前には、聖女のにこにこ顔が迫っている。


「素直じゃないですね、ユウヤ♡ 私に嫌われたと思ったんですか?」


「だから、違っ――!」


「そんなことあるわけないのに。おバカですね、ユウヤ♡」


 そうして、ライラはそのままキスをした。今まで我慢していたのか、少し長めで甘えるようなキスを。

 唇が離され、俺は気恥ずかしさを拭えないまま口を開く。


「……うつるんじゃ、なかったのか?」


「うつってもいいんでしょう? 風邪は、人にうつすと治るんですよ?」


「だから、それは風邪じゃない……」


 もうダメだ。

 思考が麻痺し、会話が論理性を欠いてくる。同じ台詞を二度までも……


 疲れた脳と身体に、ライラの笑顔と溺愛は麻薬のようなものだった。


「ほら、もう一回♡ 今度はユウヤからキスしてくれてもいいんですよ?」


「はぁ、もう……仕方ないな……」


 せがまれるままに顎に手を添えて抱き寄せると、ライラはもう一度身体をぐい、と離した。


「 待 っ て !!」


「え? 今度は何――」


 形式だけとはいえ一度ならず二度までも拒絶され、ちょっぴり凹む。すると、ライラは俺の胸元におもむろに顔を突っ込んだ。


「は? ちょっと、ライラ……! なんだよ、変な甘え方して……」


「くんくん……」


「え、何? 匂う? 俺、匂うの……?」


 体臭は薄い方だと思っていたし、ライラも『ユウヤの匂い好き♡』なんて言うから油断していたけど――なんて思っていた俺がバカだった。

 次の瞬間――


「……知らない女の人の匂いがします」


「……!」


(しまっ――! 鈴城の香水……!)


「しかもふたり」


「……!!」


 この聖女、鋭すぎる!! ついでにジト目も鋭い。


「ライラ、違う! これには訳が……!」


「聞き飽きたような台詞ですね?」


「一度も言ったことないだろ!?」


「浮気男は皆、そう言うんですよ」


「だから違うって! 俺を疑うのか!?」


「疑いたくはないけれど、最近帰りが遅いなぁとは思ってました。今日なんてこんな、八時近くまで帰ってこなくて」


「それは、異界へ戻る方法を探すために――!」


 だが悲しいかな。こういうとき、ライラは人の話を聞かない。

 胸元に縋り付いては、ぐしゅぐしゅと俺の制服を濡らす。


「だからこないだ、シましょう? って言ったのに。ユウヤってば『ライラの体調が回復するまではシない』とか言って、もう禁欲何週間? 挙句我慢しきれなくて、こんな……こんなことになるくらいなら、私の身体が発熱で溶け切っても構わないから、スればよかった……」


 そしてこの聖女、いつもながらに愛が重すぎる。


「だから違う!」


「何が違うのぉ!?」


「俺がライラ以外とスるわけないだろ!?」


「でもこの香水、えっちな匂いがします~!」


「一体どんな匂いだよ!?」


(くそっ、鈴城め……!! どんなブランドの香水使ってやがる!?)


「うわぁ~ん! ユウヤがえっちな匂いの香水二種類もつけて帰ってきたぁ~! もうお終いですぅ~!!」


「ああもう! ライラ、聞け! 頼むから聞いてくれ!!」


「ふぇえええ……!」


(あああああ……!)


 結局俺は、この流れでどこぞの美少女のプロデューサーを任されたなんて言い出せるわけもなく。ライラが『ユウヤしゅき♡』と言って満足するまで付き合うことになり、その日は終わってしまったのだった。


 翌日になり、落ち着きを取り戻したライラに改めて説明すると、いとも簡単に『なぁんだ、そうだったのね♡』という笑顔が返ってきた。ついでに、『私のために、ユウヤってば優しい! 好き♡』なんて……少し抱かれただけでこの体たらく。

 あいも変わらず、ウチの聖女様は心配になるくらいにチョロ可愛かった。

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