第四話 BOSS
目的地のカフェへ向かうため駅に着くと、令香はトイレに行くと言い出した。人質、というかモノ質である令香のSMプレイ動画が俺の手にある以上、逃走されることもないだろうと判断し、改札前でしばし待つ。
五分、十分……
(おい、女子のトイレってこんなに長いものなのか? いくらなんでも遅すぎ――)
「待たせたわね」
よもや逃げられたのでは、と焦りだした頃、令香はようやく戻ってきた。
その姿に、目を疑う。
トイレで身だしなみを整えてきたと思われる令香は、化粧をしてすっかり別人物のようになっていた。
綺麗に梳いた髪からは控えめな香水の香り。スカートの丈も適度に短くし、先程までの野暮ったは全く感じられない。むしろ、すれ違ったら思わず振り返るレベルの美人になっていたのだ。
「え。どうしたんですか、その恰好」
「なに? 女子高生が化粧しちゃ悪いわけ?」
「そうではなくて。なぜ普段から今のように着飾らないのですか? 勿体ない」
「あら、褒めてくれてるの? ふふ、私こう見えて美人な部類でしょう?」
「きちんとすれば、ですが」
「そこまで正直に言われるとムカつくわね。でも、これからボスに会うのにあの色気の無い恰好のままっていうのもアレだったし。私、学校以外ではきちんと着飾ってるのよ?」
「なぜ学校以外?」
「それは――って、次の電車来そう。そろそろ行きましょうか?」
急に歩き出した令香に続き、俺達は到着した電車に乗り込んだ。道中、異世界帰りの集団について差し支えない程度に話を聞き出していく。
「で、これから向かうカフェにいるわけですか? 異世界帰りの人間が?」
「シッ。声が大きい」
「大きくないですよ、気にし過ぎです。大体、聞かれたところで高校生の戯言ですよ」
「あなた、見かけによらず図太いわよね? っていうか、その胡散臭い敬語、なんとかならないの?」
「これはまぁ、職業病みたいなもので……」
「あっ、そう」
曰く、異世界から帰って来た者たちがひっそりと情報を共有し合うという小集団、『アナザー』。鈴城令香もそのメンバーのひとりだった。ジョブは、悪役令嬢。
とはいっても、逆ハーレム系異世界の主人公になれなかった令香は、明るくて優しいだけで何故かモテまくる主人公に嫉妬心を抱くことしかできない世界に嫌気がさし、果ては主人公に惚れた(異世界での)実兄に国外追放を言い渡されるなどして、早々にこちらの世界に戻ってきたらしい。
元より彼女の能力は『不幸を呼び寄せること』と『若干の未来予知』なので、憎き主人公から男どもを奪うこともできず、その鬱憤を現実世界の男で晴らしていたということだろう。要は負け犬――なんて言ったら、今度こそ相討ち覚悟で殺される。
都内の某地下カフェへ向かう道すがら、俺達はそんな会話を繰り広げていた。
「で? いつからああいうことを?」
「別になんだっていいじゃない」
「好きなんですか? SMプレイ」
「うるさい」
電車内でも人が少なめな端のスペースに立ち、気になっていた事を質問してみる。
「そのように化粧をすれば見違えるような美人なのに、なぜ学校では野暮ったい恰好を?」
すると、令香は一言――
「だって、その方が燃えるでしょう?」
「は――?」
「野暮ったい女を舐めさせられているという屈辱がイイのよ。美人を舐めたんじゃあ、場合によってはご褒美になっちゃうもの。そんなの、望んでない」
「うわぁ……」
なんだその理屈。ぜんっぜん理解できない。
S気質な人って皆こうなのか?
はぁ。ライラはちょっと性欲が旺盛過ぎるところがあるけれど、性癖はまともで本当によかった。異世界にも異常性癖者みたいな奴がちらほらいた気がするが、こっちも負けてないな。
だが、ひとつ疑問が。
「では、貴女はあの(悪趣味な)プレイに何を望んでいるのです?」
「そうねぇ……」
問われた令香は視線を虚空に投げて思考すると、はっきりと口にする。
「下克上と、復讐よ」
「復讐……?」
「そう。スクールカースト上位に位置する男子が、クラスで日陰者の女子に屈服させられるの。私はその構図が好き」
「だから、敢えて野暮ったい女子を演じていると?」
「まぁ、そんなとこね」
どこか得意げな令香。
「うわぁ……」
なんかもう、うわぁとしか言えない。
俺は今しがた聞いたその話を聞かなかったことにして、できるだけ令香と自然な距離を保ったまま近寄らないように、カフェへ向かった。
◇
都心の裏路地にひっそりと佇む古民家を改装したカフェ。そこのマスターは気立ての良さそうな初老の紳士で、異世界帰り集団『アナザー』を纏めるボスは、そこの孫娘らしい。
「マスター、
すっかり常連といった雰囲気の令香に問われ、マスターはコーヒーカップを拭きながら笑顔で答えた。
「ああ、いるよ。令香ちゃん、いつも志月と仲良くしてくれてありがとう」
「いいのよ、志月ちゃんにはいつもお世話になってるし。あと、これから志月ちゃん達と大事な話があるから、奥の部屋には誰も通さないでね。今日は私で最後のお客さんだから。あとこれ、コーヒーのお代。連れのこの人の分もね」
「はいよ」
マスターはふたり分の料金を受け取ると、慣れた手つきで俺達にコーヒーを差し出した。熟成された豆の香りが深い、とても良いコーヒーだ。
「はい、あなたの分」
カップの乗ったソーサーを、令香が寄越す。どうやら奢ってくれるらしい。
「え。いいんですか?」
「別に、コーヒー一杯くらいなんてことないわ。ここの売り上げが上がれば、志月ちゃんも喜ぶし」
「その志月という子は、もしや……」
「そう、私達のボス。異世界帰りの小集団、『アナザー』を纏める代表――」
言いながら奥の扉に手をかける令香。防音加工が施されているのか、異様に重厚な扉をくぐると、そこには――
「あら?
(……!!)
編み込みの入った白金の髪に、紫のメッシュ。沢山のフリルがあしらわれたミニ丈のゴスロリ服に、銀の十字架が描かれた眼帯。そして、期待に満ちた赤い隻眼のカラーコンタクトが、俺を見つめていた。
もう、言われなくてもわかる。一目でわかる。
「ようこそ、異能の集団『アナザー』へ!
(あああああ……!)
震える声で、確認する。
「鈴城、その……この子が??」
「ええ。
(この、中二病患者が……!?)
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