第三話 ジョブ・悪の宰相
「あなた、何者?」
夕陽を背にした
「そうですね、話せば長くなりますが、今はただ、貴女の同族だとでも言っておきましょうか? とは言っても、SM趣味のことではないですが」
その一言に、令香の目の色が変わる。明らかに警戒心と殺意が膨れ上がったのだ。俺は両手をあげ、降参のポーズで一歩進み出た。
「おっと、特殊なお力はそう簡単に人に見せるべきではないと思いますよ。跳ね返されでもしたら、どうするのです?」
「……その口ぶり。まるで心あたりがあるようね?」
「言ったでしょう? 僕も、貴女の同族だと」
「…………」
静かに睨めつける令香。だが、これでこいつが何かしらの
間違いない。こいつはチート能力の存在を知っている。
持っている、あるいは見たことがある、経験者だ。
「単刀直入に申しましょう。僕は決して貴女の趣味を邪魔しに来たわけではない。ある頼みがあって、参りました」
「……頼み?」
「あちら側へ行く手段に、心あたりは?」
「…………」
そこまで言えば十分だろう。異世界へ行ったことのある人間にならば、伝わるはずだ。令香は俺の発言を聞いて、再び椅子に腰をおろした。
「同族、ねぇ? それで? もし私に心あたりがあったとして、あなたは見返りに何をくれるの? どうしてまたあっちに行きたいのか知らないけれど、タダで協力してもらえるなんて甘いことを考えているんじゃあないでしょうね?」
「それはもちろん。僕にできることなら、なんでも致します」
「へぇ……?」
にやりと顔を歪ませた令香が、唇の端を意地悪そうに舐めた。そして、おもむろにスカートを捲り上げると、一言――
「舐めなさいよ」
「…………」
(こいつっ……! 見境がないな!)
俺は平静を装って返事する。
「……できません」
「どうして? あなたさっき、『なんでも』って言ったじゃない?」
「そうですね。ですが同時に、『僕にできることなら』とも言いました。貴女のその要求は、僕にできることではない」
だって、俺の目的はライラの病気を元に戻し、笑顔にすることだ。こんな、ライラが悲しむような真似はできない。
俺がこいつに首を垂れて身体を舐め回したところで、そんなことをしてまで助けられたとわかったとき、ライラはきっと悲しむだろうから。それはできない。
「他にできることなら、なんでも致しましょう」
「他にって……あなた、案外我儘ね? 自分がお願いしている立場だって、わかって言っているの?」
「できないものはできないんだから、仕方がないでしょう?」
「チッ。どいつもこいつも……!」
令香が、後ろ手に右手を構えた。交渉は決裂なようだ。まぁ、こいつの性悪さを考えれば、元よりうまくいくとは思っていなかったが。
(キタな……! 一体どんなチートを使ってくるつもりだ?)
先手は、俺が打つ。
俺は右手でストップをかけた。
「お待ちください。代わりに、僕の能力を教えましょう」
(俺が『ミラー』だと先んじて教え、『攻撃を跳ね返す』と思い込ませることができれば、こいつの攻撃は無効化できる……)
「僕の能力を用いて、できる範囲で貴女の望みに協力します」
だが――
「あなたの能力なんて、興味ない」
(あ。これは予想外)
まさか、他人のチートに興味のない奴がいるなんて。
それとも、令香は余程自分のチートに自信があるのか?
「言うことが聞けないなら、死になさいよ」
令香がそう口にした瞬間。背後から轟音とけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。火災だ。
「なっ――」
(一体なにをした!? 遠距離攻撃で火器を爆発させたのか? いや、違う。こいつの手からは何も発されていなかった!)
では、どうして?
「ほら、どうしたの? 言うこと聞くと誓いなさい? さもないとあなた、火災に巻き込まれて死ぬわよ? だって、火の手は必ずここに来るもの」
(……どういうことだ? 炎を操っている? だが……)
「それは貴女も同じなのでは?」
尋ねると、令香は平然と答えた。
「そうね。でも、私は少し先の未来が見えるから。炎が迫らないルートから、逃げ切ることができるわ」
「では、どうして火の手がここに来ると?」
「私、不幸を呼び寄せる体質なのよ。でも、それを克服し、返り討ちにするだけの予知能力が、私にはある」
「つまり、貴女の言うことを聞いて予知能力の恩恵を受けられなければ、この火災から僕は逃げきれないと?」
「ご明察。理解が早いわね? 伊達に
自ら手の内を明かしておいて、そのドヤ顔はなんなんだ。こいつ案外馬鹿なのか? だが、おかげで理解した。
「なるほど。貴女はその不幸体質と、それを覆す予知能力で、生徒たちの手綱を握ってきたわけですね? 逆らえば、不幸に見舞われ、死ぬ目に遭うと」
「だったら何?」
俺は先程までのSMプレイな光景を思い出し、再び口を開いた。
「ふふっ。大層なご趣味で……」
まったく、とんだ性悪女がいたものだ。どこぞの異世界で悪役令嬢でもやっていたのか?と問いたくなるレベル。だが、そんなトリッキーな能力、確かに異世界では使いこなすのが難しいだろう。
しかし、生活し慣れたこっちの世界でなら、応用法を考えることができる。こいつはそうやって、現実の世界に戻って好き勝手してきたってわけだ。
思わず笑みをこぼすと、令香は苛ついたように指を鳴らした。きっと何かの術の発動でもさせるつもりだろう。ああやって、火の手という名の不幸を呼び寄せるつもりか?
「やめた方がいいですよ? 僕の能力は『ミラー』……鏡ですから」
そう言うと、令香はパッと、怖気づいたように右手を引っ込めた。どうやら『鏡』の一言で、『反射』を連想したようだ。
……上出来。
令香は俺が『攻撃を反射する』と思い込んだ。これでもう、こいつは俺に『不幸』を発動させられない。跳ね返った不幸まで回避する予知能力が自身に備わっているか、わからないからな。
令香のような、自分の力を過信しているような奴ほど、それを跳ね返されることを恐れるということだろう。そう考えると、俺が攻撃を反射するかもしれないと分かったうえで斬り込んできたハルさんは、なんて奴だ。全く、つくづく味方でよかったと思う。
「さぁ、お互いの能力についてわかったところで、向こうへ行く方法の心当たりをお伺いしても?」
「いきなり本題? あなた、見かけによらず結構急かすのね? それとも、急がないといけない理由でもあるの?」
「そこまで貴女に話す義理は無い」
「疑り深いし、やりづらいったら……」
「で? 心当たりがあるんですか? 無いんですか? 貴女は僕に手出しができないようですから、スマホに納めたさっきのプレイの一部始終をネットの海に流してもいいんですよ? モザイクなしの、学校と、実名付きで」
「サイテー」
◇
こうしてハッタリと脅しに屈した令香は、プレイ動画を削除するのと引き換えに、俺を異世界帰りの者が所属するという
火災に紛れるようにして校舎を抜け出した俺達は、その足でメンバーが集まるという小さなカフェを目指すことに。道すがら、令香は苦々しげに口を開く。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね?」
「僕の、ですか?」
「ええ。流石にそれくらいは教えてくれるでしょう? 名前であなたをどうこうしようなんて呪いの力、私には無いもの。それに、メンバーだって名乗りすらしないような礼儀知らずに協力なんてしないわよ?」
(できれば教えたくなかったが、それも一理あるか……)
俺は仕方なく名乗った。
「
「幽弥ね……ジョブは?」
「……ジョブ?」
その問いに、思わず固まってしまう。
あたかも当然のように問われた内容は、チート能力で異世界を旅した者なら誰もが持っているようなモノだった。要は、異世界でナニをしていたか、という話だろう。勇者、剣士、魔法使い……だが、俺には咄嗟に応えられるような肩書きが無い。
少し考えてから、口を開く。
「宰相です」
「え?」
聞き覚えのないジョブに、令香が驚いたようにこちらを二度見する。
「宰相って……何するジョブ? 魔法使いか、学者か何か?」
「そうですね……強いて言うなら執事でしょうか? 聖女様のお仕事と、身の回りのお世話をする、宰相ですよ」
「え、要は小間使いじゃない。それでよく異世界生き残れたわね……」
呆れたようにため息を吐く令香に、一言だけ、付け加えた。
「まぁ、一口に宰相といっても、僕は――」
――悪の、宰相ですから。
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