チート無しで異世界行ったら聖女に溺愛されたので、ヒモしてたら悪の宰相扱いされました
南川 佐久
第1話 そうして俺は聖女を抱いた
見慣れない部屋。
白いレースの天蓋がついたベッドの上で、俺は危機に瀕していた。
目の前に迫る金髪の美少女は、胸元まであるウェーブの髪を揺らし、ワンピースの裾がめくれるのなんて気にもせず、四つん這いの状態でこちらににじり寄ってくる。
動くたびにベッドとそいつから漂って来る甘い香りが鼻腔をくすぐり、理性をシャットアウトさせようと誘いをかける。
少女は、俺の目の前まで迫ると、桜色の唇を開いた。
「勇者様?」
潤んだ上目遣い。紅潮した頬。今にもくっつきそうな唇と零れる吐息。
俺は、否定するように少女の顔を押しのける。
「俺は勇者じゃないってば。幽弥(ユウヤ)。名前が似てるだけで、
「まぁ、ご謙遜を。異邦の世界からの来訪者の方々には、何かしらの能力が備わっているとお聞きしています。きっと今は目覚めていないだけ。だから、勇者様――」
「だーかーら!俺にはそんな都合のいいチート能力なんて無いの!落ちこぼれな異邦人の高校生!拾ってくれたことには感謝するけど、期待されても困るから!」
「そんなことないわ!」
聖女はそう言って、俺の両手をぎゅうっと握る。
「ユウヤ、あなたは私と結ばれることで、きっと私を偉大な聖女にしてくれる!私にはわかるの!」
「またまた、そんなおとぎ話……」
「おとぎ話なんかじゃないわ!実際、東の聖女は勇者様と結ばれて、神様から偉大な奇蹟を授かったんだから!」
「壮大な冒険の末に?」
「そうよ!」
「幾多の困難と敵を乗り越えて?」
「芽生える恋!」
「魔王を倒し、通じ合う想い?」
「そして結ばれるふたり!きゃああ!素敵!」
目の前にいる半裸の夢見がち少女はそう言って、かぁっと赤くなった両頬に手を当てた。
「けどそれって、幾多の困難を乗り越える過程で奇蹟の力を手に入れたんだろ?そうしてふたりは結ばれた。順番おかしいだろ?」
「ふたりは結ばれる運命だったの。順番なんて些細な問題よ?」
(卵が先か鶏が先かって話じゃないんだから。こいつ、俺と同い年くらいの見た目のくせして、そんなこともわからないのか?異世界に義務教育制度は無いの?)
俺のジト目にも気づかないポンコツ聖女は『運命』なんて言葉をドヤ顔で口にする。ドヤった拍子に胸が揺れ、もうほとんどはだけてるワンピースから大きな胸が零れ落ちそうだ。
見えちゃうって。まぁ、見せてもいいと思ってるのかもしれないけど。
俺は異世界に着いて早々、異端扱いを受けて迫害されていた。
そんな俺を拾ったこの聖女は、俺を『運命の勇者様』と勘違い――っていうか思い込んでいて、『結ばれれば偉大な聖女になれる』と信じて疑わない。
だから俺は、今こうして半裸の聖女に迫られているわけだ。
何処からどう見ても美少女なこいつに迫られること自体は悪い気分じゃない。
けど、こいつが求めているのは俺自身ではなく、その先の『奇蹟』という対価だ。
それが真実かどうかはともかく、そう思うと、どうにも乗り気になれなかった。
俺はため息交じりに愚痴をこぼす。
「あーあ。俺にチートな能力のひとつでもあればなぁ……」
「あれば?」
「…………」
お前みたいな美少女聖女と冒険して晴れて一緒になれるのに――とは、恥ずかしくて言えない。
「なんでもない。」
ムッとしてそっぽを向くと、聖女は心配そうにこちらを覗き込む。
「でも安心して?あなたの能力が目覚めるまでは私が傍にいるから。守ってあげるから!こう見えて、私この西方を治めるちょっとした権力者なのよ?」
口元を抑えて『うふふっ』と無邪気に笑う。
その姿は年相応の少女で、とても偉い風には見えない。
「…………」
だが。
これといったチート能力の無い俺は、こいつに愛されて庇護されるより他、生き残る術が無いのは事実だった。
「はぁ……」
「どうしたの?ため息なんかついて」
「いや、お前みたいなか弱そうな女子に守られるしか能の無い自分が不甲斐なくて……」
「そんなこと言わないで?私は嬉しいのよ?運命の勇者様が割とタイプな顔で」
「はぁ?俺の顔が?」
「ええ!少し長めで艶やかな黒髪、切れ長な目に白い肌……マッチョは嫌だなぁ、と思ってたから、草食系っぽいユウヤはタイプなの!」
(……褒めてんのか、それ?)
だが、爛々と輝く聖女の目を見るに、彼女なりに褒めてくれているようだ。
不覚だが、まんざらでもない心地を覚える。
「けど、俺はお前の考えるような勇者じゃないからな?」
「うふふ……この唇の、薄いところも好きよ?」
聖女はそう言って俺の唇を愛おしそうに撫でる。
「ちょっと、話聞いて――」
――ちゅ。
反論しようとした口は、少女によって塞がれた。
(こいつ……!話聞く気がないな……!)
呆れながらも、その感触と押しつけられる豊満な胸の柔らかい圧によって、俺の思考が奪われていく。
無理矢理に捻じ込まれる呼吸。細い手で包まれた両頬。徐々に滲む景色。僅かに開いた聖女の口元が囁く――
「ねぇ、私を抱いて?勇者様……」
「――っ!」
(くそっ!もう知るか……!)
俺はその日、聖女の少女を抱いた。
◇
「う……まぶし……」
昇る朝陽の眩しさに目を細めながら上体を起こすと、隣には裸の少女がタオルケットに包まるようにして寝息を立てていた。
(ああ……ヤっちまった……)
俺が十七年守ってきた童貞が、今この時、散った。
しかも、こんな得体の知れない異世界で。聖女と呼ばれる得体の知れない女相手に。訳も分からないまま迫られて、流されてしまった。
(まぁいいか。童貞なんて守ってどうこうなるもんでもないしな。それに……)
「すぅ……んん……」
俺は隣で眠る金髪の美少女に視線を落とす。
(こいつ……人の話は碌に聞かないポンコツのくせして、見た目と地位、身体のスペックは一級品だからな……)
俺はベッドから起き上がってガウンを羽織り、窓から城下を見下ろした。
今俺の居る『聖女教会・西方支部』を中心に、放射状に広がる街並み。緑に囲まれた街道に、レンガ造りの家々……まさに、中世といった感じの街だ。
(はぁ……これぞ異世界って感じ、か……)
◇
遡ること昨日の夕方。俺は学校帰りの買い物帰り。ただの偶然、異世界に落っこちた。母さんから頼まれた買い物や、友人に昼間負けた罰ゲームのせいで荷物が重すぎたんだ。
ふらふらと、川沿いの緑道を歩いて家路についていた俺は、不意にぶつかってきた小さな子供にバランスを崩され、川に落ちた。
(うわー、マジかよ。ビショビショじゃん……)
けど、相手は子供だからクリーニング代は無理――と諦めて顔をあげると、そこには見慣れない街並みが広がっていた。
今見ている、この街だ。
(ちょ……なんだよ、この中世丸出しなヨーロッパは!?)
意味不明。
まさか、これが噂に聞く異世界転移ってやつか?
「ははっ。またまた、ご冗談を。」
そう思って立ち上がると、周囲に人だかりが出来ているのが目に映る。
そして、次の瞬間――
――バキッ!
石を、投げられた。
「痛ぇ!何すん――!」
(頭に!当たっただろ!殺す気か!?)
「うわぁあああ!喋ったぁああ!」
「きゃあああ!見慣れない恰好をした不審者が!」
「おい!誰か憲兵を呼べ!」
「――っ!?」
俺は瞬時に理解する。ここは、俺の知ってる異世界よりも、ちょっとシビアな異世界だと。
少なくともこの街は、村人全員が気立てのいい『はじまりの街』ではないようだ。
「ちょ!待ってくれ!俺は何も……!」
「うわぁああ!来るな!来るなぁあ!」
――ビシッ!バキッ!
「痛い、痛い!石を投げないでくださぁい!!」
(なんだこの世界!?シャレになんねーぞ!?)
俺は慌てて駆け出そうとしたが、服がびしょ濡れで身体全体が重い。貴重品が入っている学校の鞄だけでも、と思い背負ってみるが、中から水がダバダバ溢れて逃走どころじゃなかった。そうこうしている間に、俺は憲兵に囲まれた。
「何事だ!」
「聖女騎士団様!こいつが!見慣れない恰好をした悪魔が!川に召喚されて……!」
「無実の人間に石投げといて、次は悪魔扱いか!?最近の異世界は禄でもねーな!!」
「ひぃ……!」
思わず激昂すると、村人の男は尻込みする。だが、石を投げられて痛みを知覚したことで、俺の生存本能は一瞬にして極まった。ここを異世界だと認識し、生き残るために退路を探す。
(こういうときは……チート能力があるはずだ……!)
「ステータス!プロパティ!ナビゲーション!コマンドプロンプト!△ボタン!」
(なんでもいい!俺の能力を教えろ……!)
「…………」
威勢よく掲げた片手は、虚しく空を切った。
「何をしている!不審者め!」
「こいつ、魔法を使う気か!?」
「街中での呪文詠唱は御法度だ!危険人物め!取り押さえろ!」
「うそだろ!?」
俺に、チート能力は無かった。
瞬く間に騎士団とかいう奴らに押さえつけられ、地面に組伏される。
「痛っ!触んな!セクハラで訴えるぞ!つか、こっちは怪我人だぞ!?モラハラで訴えるぞ!」
「黙れ異端者め!」
――バキッ!
「――っ!」
今度は、殴られた。鎧ってゆーか、金属の小手?がついた拳で。
痛みも酷いが、脳震盪で頭がくらむ。
(ちょ……エンディング、早すぎんだろ……)
しかも、バッドエンド。
回避不可と思われたその結末に救いの手を差し伸べたのは、異世界によく居そうな見目麗しい少女だった。
「何事ですか!今、怪我人という声が……!」
「聖女様!?どうしてここに!?」
(聖、女……?)
「ああ、なんて酷い怪我を!頭から血が!」
「…………」
聖女とかいう少女は俺の額に手を添えると、呪文らしきものを詠唱した。
これはアレだ。多分回復魔法。だって、痛みが引いて、傷口がみるみるうちに塞がったんだもん。
俺は、完全に理解した。
「マジで、異世界なのか……」
「――っ!?」
その言葉に、聖女がびくりと跳ねる。
「『異世界』って……あなたはまさか……異邦の者なのですか!?」
「多分……そう……」
薄れる意識の中でかろうじて返事すると、聖女は俺の手を取って嬉々として叫んだ。
「やっと見つけました!私の勇者さま!」
◇
(その結果が、
俺はベッドに腰掛け、すやすやと寝息を立てる聖女の頬を撫でる。
「んん……」
「目、覚めたか?もう朝だぞ?」
「あ、私……」
聖女は上体を起こすと裸であることに気づいて、ブランケットを胸元に手繰り寄せる。
今更隠したところでどうなんだとは思いつつ、落ち着かない様子の聖女に俺は声を掛けた。
「おはようございます。聖女様?」
「おはようございます、ユウヤ。聖女様なんてよそよそしい呼び名はやめて?私はライラよ?」
「けど、これから俺を養ってくれる聖女様に向かってそんな口の利き方はどうかと……お前――いや、ライラはこの街じゃ偉い聖女様なんだろう?昨日連れてた部下っぽい人達も皆敬語で話してたじゃないか」
「それはそうなんだけど……口の利き方、ねぇ……?」
聖女様もといライラは、昨夜の余韻を楽しむかのように俺の膝にぽふっと頭を乗せる。
昨日も思ったが、ライラは結構重度の甘えんぼさんだった。不覚だが、可愛い。
そんなことを考えていると、くるくると金髪を弄っていたライラは急に声を出す。
「あ!いいこと思いついた!」
「いいこと?」
「ユウヤ。あなたの能力が目覚めるまで、私の傍付き宰相として仕えるのはどうかしら?」
「――宰相?」
「お茶の用意から仕事の補佐まで。いつでもどこでも一緒にいられる役職よ?今は募集してなかったけど、これなら私のいない間にユウヤが迫害される心配もないわ!」
にこにこと、俺の手を嬉しそうに握るライラ。
(いつでも、どこでも……ねぇ?)
けど、聖女に一番近い役職ということはそれなりの地位が約束されるということだろう。チート能力が無い以上、この世界に長居する理由もない。元の世界に帰る方法を探すためにも、ベースとなる拠点や権力は必要だ。
ましてや、ライラにこの教会から放り出されたら最後。
俺は路頭に迷って、多分死ぬ。
選択肢は、他に無い。
「わかった、やるよ。ライラの宰相を」
「うふふ!これでもっと一緒にいられるわね?嬉しい……」
うっとりとした表情で膝枕に頬ずりするライラ。一回抱かれただけでこの体たらく。ちょっと心配になるくらいにチョロ過ぎる。
だが……今の俺には、ライラしかいない。
俺は、全力で聖女に愛されることに決めた。
人は後に語る。
異界から来た少年が聖女様を誑かし、宰相の座に就いたのだ、と――
※異世界もの初挑戦なので、レビューやコメントなど、思ったことがあればお気軽に教えていただけると。よろしくお願いします。★と応援も是非お願いしますー!
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