第十話 悪の宰相、協力
だらりと垂れる長い黒髪。その隙間からこちらを覗く深紅の瞳……
やせ細った身体は蒼白で、だというのに底知れない覇気で周囲を圧倒させるような男がそこにいた。ベッドの上に退屈そうに腰掛け、脚には鎖と思しき拘束具をつけられているが、周囲には暴れた形跡もなく大人しく独房に身をおさめているようだ。
だが、独房なんてものが存在している時点でこの組織は限りなくクロ。できればすぐにでも脱出したい。しかし、その前に――
「……誰、だ?」
「それはこちらの台詞だ」
ライラの一閃した鋼鉄の扉から差し込む廊下の光を鬱陶しそうに睨めつける男。どこか薄汚れた印象に反して、男は聡明だった。息を切らして入ってきた俺達を一瞥すると、一言。
「追われているのか? ならばとっとと扉を締めろ」
(……!)
言われたとおり、すぐさま後ろ手に戸を閉める。
一瞬の出会い頭にこの的確な判断力。
歴戦のヒモ宰相たる俺は直感で理解した。こいつは、平伏するに値する人物であると。そうして、そこはかとなく元異世界の住人ぽい。
となれば、囚われ者同士まずは協力体制を築く。それに尽きる。
「急な訪問失礼いたしました。僕はかつて、とある異界で聖女様付きの宰相をしていた
柔和な笑みを浮かべて丁寧にお辞儀すると、男も共闘を理解したのか不敵に笑って独房に備え付けの椅子を指し示す。
「とりあえず座れ」
促されるも椅子はひとつ。ライラに視線で座るよう合図すると、思いがけず首を横に振られた。目で「ユウヤが座って」と言われ腰かけると、おもむろにその膝上に乗る聖女。二人羽織ではないがどう見ても人と大事な話をする姿勢――もとい体勢ではない。
「ちょ……! ライラ様、空気読んで!」
「え~? ダメですかぁ? お膝に乗るの」
ちらり、とこちらを振り返って尻をむにむにと押し付ける様がこの期に及んで究極甘えたモードだ。かくいう俺は焦りで冷や汗が止まらない。
こんなイチャコラ全開お座りフォームを披露されてはさすがの男も苛立ちMaxかと思いきや……
「フッ。仲がいいんだな」
鼻で嗤われた。
ひとまずは男の懐の広さに感謝し、ライラを膝に抱えて話を仕切り直す。
「受け入れてくださったことにまずは感謝を。ええと……」
「アデルクリフだ。アデルでいい」
予想通り、名前からして異世界住人で間違いないだろう。
しかし、独房に囚われていると言うことは俺たちの暮らすこの世界に危険と判断されたのか、それとも利用価値が高いのか。いずれにせよその戦力と状況を把握したいものだ。しかし、聞き出そうにもどこからか……
攻めあぐねていると、アデルは単刀直入に切り込んできた。
「どうやら囚われ者同士。ここは仲良くするのが道理だろう? 先に挨拶してきたということは、つまりそういうことだと理解する。俺とていつまでもこんな真っ白で馴染みのない箱の中にいるつもりはない。だが、探し物が見つからなくて困っていたところなのだ。探し回ろうにも如何せんこの世界を俺は知らなさすぎるから。組織の黒服たちにまんまと騙されてこのザマというわけだ。
かといって外に出ても何の算段もなくてな。お前たちが協力してくれる、もしくは俺の探し物について何か知っているということであればこのうすら寒い天上をぶち破ってお前たちを外に出してやろう」
数秒。開いた口が塞がらなかった。
アデルというこの男……話がわかりすぎるのだ!
今まで散々色狂い魔女だの幼女錬金術師だの怠け魔王だのに翻弄されてきた俺からすれば、異世界の住人でここまで物分かりが良く話が早い人物に出会えるなんて……!
「もちろんです……! 僕らにできることであれば何でもお手伝い致しましょう! ライラ様はともかく、幸い僕はこの世界出身。広くて狭いこの騒々しい街を探し回るには適任です。脱出に協力いただけるのであれば、なんなりと……!」
感涙に言葉を失っているのも束の間。男はこう切り出した。
「お前たちは、『妖精の粉』を知っているか?」
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