第十一話 ピュアおじさんアサシンと悪の宰相は胸派

「お前たちは、妖精の粉を知っているか……?」


 そう聞かれて、ライラはきょとんとこちらを向いた。

 つまり、知らないということだ。


 だが、俺には心当たりがある。


「それは、どんな状態異常もたちまちに治すという秘薬のことですか?」


「違う」


 どうやら、RPGに出てくる回復アイテムのことではなかったらしい。


「それは、空が飛べるようになる魔法の粉のことですか?」


 ピーターパンで有名な、妖精を逆さ吊りしてふりかけみたいに纏うあの粉。

 もうそれくらいしか心当たりはない。

 すると――


「それだ」


(なんと!!)


「口にすればたちまちに景色が吹き飛び、楽園に連れて行ってくれるというアレだ」


 やばい。それは多分、”粉ちがい”っぽい。


「この世界にまことしやかに存在すると話を耳にしたのだが、俺の故郷である聖都に帰還する前に、是非とも持ち帰りたいと考えているのだ。我が主、聖女モルフィオネ様のために」


(あっ。それは、その……ええと……やめたほうがいいかと存じます……)


 多分、持ち帰ったらモルフィオネ様はその薬に夢中になって、誰の言葉も耳にはいらなくなり、仕事もおろそかになって、薬をくれるアデル以外のことがどうでもよくなるんじゃないか……? はっ。まさか。それが狙い?


「アデルさんは、その……モルフィオネ様のことをお慕いしているのですか?」


 その問いに、ライラは「きゃっ♡」なんて頬を染め、アデルはこれ見よがしに動揺し出した。


「そっ、そんなわけないではないか! こんな下賤の出身である俺など、あの御方にはふさわしくない……いや、隣に立たせていただく栄誉を頂くことすら恐れ多く、その、感謝してもしきれない御方で……!」


 目がきょろきょろと、行き場なく泳いでいる。件のモルフィオネ様がおいくつなのかは知らないが、大の大人がここまで如実に惚れているのにほったらかしなんて、おこちゃまもいいところだな。俺なら適度に利用する。

 まぁでも、だからこそ帰る前に素敵なお土産が欲しいってことなんだろう。

 なんてイイ奴だ。


「お、お、おお慕いするなど、口にするのも憚られる……!!」


 顔を真っ赤にして目を瞑り、そう言い切ったアデル。


 あ~……うわ~……

 なんだこのおっさn――いや、お兄さんか。ちょっと、


「可愛いすぎか?」


 今は独房にいて髪もぼさぼさだが、整えれば聖女の隣に立っても遜色ない良い騎士になると思うんだが……


「ウチに欲しいなぁ……」


「えっ。 ユ ・ウ・ ヤ ?」


「あっ。いや、実家に囲いたいとかではなく。魔王軍に欲しいという意味ですよ? え。当たり前じゃないですか」


「てっきり侍らせたいのかと思いました。焦りました。だってユウヤは老若男女問わず誑し込む癖があるから」


「いつ! 誰が! 女以外を誑し込んだ!?」


「私ぃ、ユウヤが他の人に取られちゃうかと思うとぉ、もう居ても立っても……」


 ライラが、手に光を集める。この構えは、まさか、神聖波動拳……?

 拳から漏れ出した光は煌々として、白い部屋を眩く照らす。

 集いつつあるエネルギーに、ぴしぴしと壁が軋みだした。


「ら、ライラ様! 神聖魔法の乱発は今の身体にさわります! 体調悪いままでしょう!? だから異世界への帰り方を探してるのに、こんなところで消耗してどうす――!」


 そもそも貴重な協力者だ! 殺すバカがあるか!

 だが、俺に、物理的にライラを止める術はない――

 しかし――


「何をしている。よくわからんが、喧嘩はよくないぞ」


 ぱし、と。輝く手首をいともたやすくアデルは止めた。

 その動きの速さ、自然さ、器用さ、どれをとっても華麗極まりない!

 下賤の出身とは言っていたが、聖女の傍付き……まさか、敏腕アサシンか?

 何より、ライラを傷つけることなく、このおバカ聖女を止める。

 こんな芸当、魔王軍で俺以外にできる奴いない……!


「ますます欲しい!!」


「ユウヤが浮気ですぅ!! こんなおじさんのどこがいいのぉ!?」


「おじっ……」


 ほんのりヘコんだアデルは、気持ちの上ではまだお兄さんらしい。


 俺は、決めた。異世界に帰るにあたり、この人を手土産にしようと。

 その為には、一時的とはいえ、妖精の粉が必要だろう。

 大丈夫。入手しても弱毒化して薬として流通させればいいだけだ。娯楽の盛んな南の聖女領でもやってるし、西にも時折それが流れてくるくらいだ。多少アブナイ遊びではあるものの、全く違法ではない。

 現在南がシェアナンバーワンを誇る合法ドラッグはその実、結構儲かるという話だし、ウチでもこれを機に魔王印のやつを作ってもいいんじゃなかろうか。

 西聖女領は新たな収入源が得られるし、アデルのところの聖女に恩だって売れるかも。

 俺ってやっぱり敏腕宰相……?


「ユウヤはおっぱい好きでしょう!? それがおじさんのムチムチでも構わないっていうのぉ!?」


「うるさいなぁ!? 今大事な話してるんだぞ、わかってるのか!?」


「私のコレじゃあ満足できない? できないのぉ!? ねぇねぇ!」


「あああ! なんで人様の前で性癖を暴露するんだ!? ありえない!! アデルさんがドン引きしてるだろうが! やめろ!! 頼むから今はやめてくれ!!」


 むぎゅむぎゅ胸を押し付けるライラを制していると、アデルは思いの外楽しそうに笑みをこぼす。


「ふっ。胸が嫌いな男などいるわけないだろう。そう照れずとも、引いたりなんかしないさ」


 なんだこいつ、心まで寛容なのか!?

 ついさっきまで照れ散らかしてた奴に穏やかなトーンで諭されて釈然としない感は否めないが、まさか、性癖の暴露爆弾を食らって平然としていられる器の持ち主だとは! しかも胸派!


 西の聖女領もとい我らが魔王領はそれこそ変わり者の集まりで、やれ「大小は関係ありません。それが幼馴染か否かが重要なのです」とか曰うツレない騎士団長やら、

「舌の長い女が好きだ」とか言う蛇魔王。


「みんな違ってみんないいじゃん」とか間違った方向に博愛主義を掲げる勇者に、


「とりあえず付いてればいいわ〜♡」とか抜かすクソ淫乱魔女。


 その他、幼女至上主義をその身で実践する錬金術師やら、メイド無双を豪語する少女、ケモ耳尻尾に力を入れる呪術少女など、意味わからん奴ばかりだからな。こういう、至ってノーマルなところで分かり合える人って結構貴重なんだよ。


 俺は、勘違いのヤキモチに身を焦がすライラの頭を撫でて、ひそひそと耳打ちをする。


「ライラ様。あの人お持ち帰りしましょう。絶対に」


「うわぁ〜! ユウヤが浮気...むぐぐっ!」


「浮気するんじゃなくて、させるんですよ」


「ふえ?」


「どこの聖女領かは知りませんが、せっかくあんな優秀な人材とお知り合いになれたのです。ヘッドハンティングですよ、ヘッドハンティング」


「ベッドマウンティング?」


「おい。欲求不満も大概にしろ。いいですか? そのモルフィオネ様とかいう聖女ごと、ウチに来てもらうんですよ。ひとつの領に聖女がひとりだなんて決まり、ぶち壊してやりましょう。聞くところによれば、近年僕らの異世界は資本主義の動きが活発になっているといいます。これはチャンスですよ」


「えーっと、つまり?」


「お金で聖女を囲うんです。そうすれば、向こうに里帰りしたときにライラ様の仕事が減って、僕と沢山過ごせるようになりますよ」


「やる! やるやる! 絶対やる!」


 こうして、元悪の宰相こと俺は、新たな仲間獲得の為、合法ドラッグで一儲けする作戦を開始したのだった。




 ちなみにライラの性癖は?


「ユウヤとならどんなプレイも好き!」ですってよ。


 相変わらずだな。

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