第九話 聖女、敵陣をブッ壊す


 新しい職業ジョブ、プロデューサー業の帰り道、俺とライラは異邦能力研究機関、通称・異邦研フォーリナーソサイエティに魔法の行使を観測され、拘束された。

 幸か不幸か志月は厨二コスチュームでなく、正真正銘ただの帰り道。通りすがりの一般人として見逃されることとなったらしい。念のため別れ際に『泳がされている可能性があるから尾行には重々注意しろ』と釘を刺しておいたが、大丈夫だろうか?


 だが、今はそれより俺達自身のことだ。


 『抵抗しなければ身の安全は保障する』という黒服の男の言葉を信じ、俺とライラは黒塗りの車に乗り込み――というか、連れ去られた。


「あの、ひとつお尋ねしても?」


 後部座席で俺達を見張りつつ、下手な真似をしないようにと拳銃を構え続ける男に問いかける。


「その銃、おろしてもらえません? 丸腰の高校生相手に、いくらなんでも物騒ですよ」


「そう言っておろした瞬間に電気ショックを食らわせてきた異能高校生がいた。承諾しかねる」


(あ~、そういうこと。だったら……)


「両親が心配しています。連絡したいのですが」


「それは許可できない」


「立派な犯罪じゃないですか。こんな、未成年を誘拐なんて。組織としてはどう責任をとるおつもりで? 一応、僕は両親との仲は良好です。なんの連絡もなしに帰宅しなければ、警察に連絡が行きますが? 誘拐がバレれば訴訟も辞しませんよ?」


「それくらいはこちらで対処している。君たちは現在、商店街の福引きでで当たった景品で旅行に行くため、数日帰宅しないということになっているからな」


「え……何ですかそのお粗末な失踪理由は。アニメですか? 信じるわけがないでしょう。ウチの両親、ナメてるんですか?」


 思わず鼻で嗤うと、黒服の男は顔色ひとつ変えずに宣言した。


「我々の組織には『それで納得させられる能力者がいる』と言えば、通じるかな?」


「……!」


(洗脳か? もしくは催眠……タチが悪いな……)


 とにかく、そういうことなら尚のこと抵抗はできない。なにせ相手の能力が未知数すぎるのだ。いくらライラが破格の能力を有しているとはいえ、無茶をすればどうなるか……


「わかりました。それで? この車はどこに向かっているのです?」


「異邦能力研究機関の本部……人類再興の機密を握る、我々の理想郷だ」


(うわ……人類再興? 理想郷とか、マジで言ってんのか?)


 まるで新興宗教だ。しかもいきなり本部。その答えに、俺は心の中でため息を吐いた。

 ああ、本当に面倒くさいことになったと。


      ◇


 目隠しをされたまま施設に通された俺達は、荷物を部屋に置き、各々部屋で検査着に着替えるように命じられた。


「えっ。イヤですよ」


 当然、反抗する。


「何の検査をするかもわからないのに、言うことを聞くわけがないでしょう? プライバシーの侵害だ。そもそも、魔法……異能を使ったのはあちらの彼女で、僕はなにも――」


「今更あの少女との関係を隠す必要はない。君が彼女と交際、恋人関係にあり同居していることは調査済みだ。よって、君には異能と深く接触した対象としてどのような影響を受けているか検査する必要がある。うまく逃げ出そうとしても、無駄だぞ」


「チッ……」


 流石は特務機関。志月率いる学生異能集団アナザーとはセキュリティからなにからまるで違う。ここは大人しくいうことを聞くしかないかと諦めかけていると――


「えええっ!? ここで脱ぐんですか!? イヤです! ガラスの向こうに人がいるじゃないですか!?」


 少し奥からライラの声がした。


「君はあくまで観察対象。誰もやましいことなんて考えていない、安心しなさい」


「でも脱げって! 脱げって言いましたよね!?」


「心電図を取るのに必要なだけだ。前を開けるだけでいい」


「前って……そしたら丸見えじゃないですかぁ!? どうして検査室をガラス張りにする必要があるんです?!」


「防弾、耐熱ガラスだ。逃げ出そうとおかしなことをしないよう、見張る必要がある」


「え~!? ヤダヤダ! 私はユウヤ以外の人に肌は晒しません!」


「いいから大人しく言うことを聞け!」


「イヤですっ! やめてっ! 助けてユウヤ~!」


(……っ!!)


 俺は目の前の黒服を突き飛ばし、声の方に向かった。


(仕方がない、ここは『ミラー』で魔王の姿に――!)


 せめて注意をこちらに向け、観察対象としての脅威の視線をライラでなく自身に向けようとしたのだが。


「……っ」


(なに!?)


 ミラーが、発動しない。


 いや、正確には『認知が足りない』のだ。俺が『ミラー』であり、魔王の姿を映すものだ、と知っている者が、ここにはライラしかいない。

 ミラーの能力は『他者が思う俺の姿を映すこと』だ。しかも、基本的には数による多数決で映し出される姿や能力が決まる。今の俺はあくまでライラの濃厚接触人にして参考人という立ち位置。要はおまけだ。だから、俺のことを『一般人』として認識している者が多いこの場では、どう足搔いてもミラーは何も映さない!


「ライラ!」


「あっ、ユウヤ! この人たちね、私に変な電極を付けて脱がそうとするの!」


「それは心電図だ、危険なものじゃない! でも、他人の視線が多い中で構わず脱がそうとするあたり、まともなところじゃないようだ。逃げるぞ!」


 だが、どう逃げる?


 いくら拳銃を持っていたとしても、ライラが本気を出せばそんなものはただのおもちゃだ。だが、ライラは手加減をしたまま『チートのない生身の人間』を相手取る練習はしてこなかった。もし反撃して怪我をさせたら、殺さないようにその場で回復もしなければならない。どう考えても不利すぎる! しかし、こんな脳みそ沸いてるような怪しい集団の検査、ライラに受けさせたくはない!


(どうする、どうする……!)


 逃げ切れるとも思えない、しかしこの劣悪な検査環境をなんとかしたい……

 俺が考え付いたのは、向こうと対等な立場を手に入れるという選択肢。交渉次第では検査に協力してやらなくもないぞ、的なスタンスを得ることだ。

 その為に必要なのは――


 俺は通路の奥、隣の検査室に向かって声を張り上げた。


「ライラ様! 好きなだけ暴れてください!」


「え? いいの?」


「僕に策があります! 暴れまくって、僕たちが彼らの脅威、恐怖の対象となることを思い知らせてやりましょう!」


 そして、ライラをバーサーカーにする魔法の言葉を口にする。


「愛を邪魔する者達に、正義の裁きを!!」


 特に邪魔されている感じはしないが、そう口にするとライラの纏うオーラ、魔力のようなものが目にみえて膨張した。


「ええ、ええ!わ かりました! 愛の女神様、私に力を! 愛しい人と私を守る、裁きの力をこの手に――!!」


 ドォオオオンッ――!


 分厚い鋼鉄の天井を貫き、天高く掲げた右手に稲妻が落ちた。そして、齎された槍を一閃すると――


 キィンッ。


「なっ――防弾ガラスが……!」


「エマージェンシー、エマージェンシー! 検査対象の暴走を確認! 鎮静弾準備!」


「ライラ様、バリア!」


「はい! ――【まもって、女神様!】」


「今だ! バリアが壊れる前に、こっちに!」


 検査室が両断された混乱に乗じ、ライラの手を取って走り出す。


「なんなんだ、この通路は!? くそっ、出口がひとつしかないのか!?」


 だが、俺達が入ってきた出入口は遥か後方。追手が来る方角だ。


「ねぇユウヤ? どこに向かっているの?」


「わからない……!」


 まるで迷路。奥が袋小路になっていた場合、俺達は終わりだ。最悪、雷霆で天井を突き破り、延々と追いかけられるのを覚悟で上から脱出するしかない。それも、ライラに抱っこされながら。だって俺にそんな跳躍力は無いから。


「けど、ライラをあのまま放っておくわけには……!」


 歯がゆそうに舌打ちすると、返ってきたのはふざけた甘い声。


「もう、ユウヤってば♡ 私のこと、そんなに心配してくれたんですか? やぁ~だぁ~♡ だいしゅきぃ♡」


「うるさい!! とにかく走れ!!」


「でも、走ってどうするの?」


「出口がないのなら、最悪どこかの扉をブチ破って籠城します。来る敵来る敵を順番に、片手、片足、片腕……死なない程度に貫き迎撃して、僕たちを人として扱うように要求をする。そうして、この検査とやらを無事に終えて帰還するんです」


「新しい愛の巣ですか! じゃあ、ここにしましょ♡」


 ドカァン!


 近くにあった手近な扉。沢山の錠前がついた鋼鉄の板を、いとも簡単にライラは貫いた。


(…………)


 まだろくに出口、探してねぇじゃねーか。


「ライラ様は本当に、人の話を聞かないですね……」


 呆れながら足を踏み入れると、そこには鎖に繋がれた人影があった。

 俺達がブチ破ったその扉は、とある独房だったのだ。

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