第八話 浮気男?と聖女の雷霆


「うぇえええん! ありがとう、プロデューサぁあああ……!」


 そう言って胸元に抱き着く志月。中学生にしてはそこそこスタイルの良い感触。だが、ライラに比べれば柔らかさとボリュームに少々物足りなさが……

 なんて、プロデューサーにあるまじき邪な考えを一瞬抱く。

 すると、次の瞬間、凄まじい悪寒が俺を襲った。


「……ッ!」


「プロデューサー、どうしたの?」


 きょとんと潤んだ瞳のまま顔を上げる志月の背後に、

 俺は全身の細胞が震えあがる感覚のまま、止まりそうな呼吸をぐっと喉の奥に押し込んで、口を開く。


「ら、ライラ様……なぜ……ここに……?」


「ユウヤ……その子、だれ……?」


 胸元にはぴたっと寄り添った黒髪の美少女。志月は、急にあらわれた金髪のJKが何故怒気に満ちた表情をしているのかが全くわかっていない。

 そうして、何故俺が死にそうな顔をしているのかも。


「ライラ様、誤解です! この子はただのアイドルで、俺はただのプロデューサー……!」


「そうですね。昨日聞きました」


 スンッ、と光の無い眼で淡々と返事する。

 その顔は、全くわかっていない顔だ。


「だから……! これは仕事の帰りで――」


「仕事帰りに路上で抱き合って、それで?」


「だ、抱き合ってなんか……!」


「それでそれで? これからどこに行こうと言うんです? ふたり仲良くホテルですかぁ? そういうの、ダメなんじゃないんですかぁ? 補導されちゃいますよぉ?」


(あいつッ……! この間は『ホテル、また行こうね♡』なんて気に入っていたくせに、自分のことは棚にあげやがって!! って、それどころじゃない……!)


「だから、違ッ……! 浮気じゃないから! 浮気なんかじゃないから!!」


「どぉこが浮気じゃないんですか!? ユウヤの目は節穴なんですかぁ!? 女の子の顔、見ました!? 完全に恋しちゃってるお顔ですよねぇえ!?」


「はぁ!?!?」


 思わず志月の顔を見ると、ハッとした大きな瞳と目が合う。

 目が合った瞬間に染まる頬、逸れる視線、それでいて俺の胸元に添えた両手は恥ずかしそうにきゅっと握られていた。


「ちょっと、志月さん!?!?」


「いや……その……怒ってくれたときのプロデューサー、かっこよかったし……私のこと、庇ってくれて……守ってくれて……だから、その……」


 そこで何故一層赤くなる!?!?


 『うぅう~……』なんて、悩ましげな声だして、顔を埋めないでくれ!!

 これじゃあ、これじゃあまるで、……!!


(あああああ……!!)


 恋する乙女な顔をするんじゃない……!!


 俺 が 死 ぬ だ ろ う が !!


「志月さん! いいから離れて! 早く!!」


 俺は胸元から強引に志月を引き離すと、一気に突き飛ばした。


「危ないっ!!」


「ふえっ?」


 驚く志月と俺の間に、一閃の光が走る。


 ……斬撃だ。


 止まらない冷や汗を隠すように、笑みを浮かべる。

 両手を上げて、志月を庇うように前に出た。

 灯りのつき始めた街灯にぼんやりと照らされる、槍を構えたライラの前に。


「ライラ様……? そのような鋭い攻撃、いつの間にできるようになったのです?」


「さぁ……? なんか、今、できました」


「まさかとは思いますが、志月さんを殺すおつもりで?」


「まさか! 私はそんなつもりありませんよ?」


「では、どういう……?」


 問いかけると、聖女はにっこりと笑みを浮かべた。


「ユウヤを殺して、私も死にます♡」


「……ッ!」


(愛が……! 重いっ……!!)


「もしくは、動けなくなったユウヤを、一生看病します♡」


(重すぎる!!)


「……なんてね♡」


(冗談に、聞こえないっ……!)


「ライラ様!! 早まらないで!!」


「この期に及んで言い訳ですか?」


「それは、ライラ様が話を聞かないから……!!」


「じゃあさっきのハグは何?」


「だから、ハグじゃな――!」


 飛んできた二撃目が、頬をかすめかけた。


「大丈夫♡ ユウヤを傷つけるつもりはありませんが、万が一怪我をしても、すぐに癒しますね?」


 槍を持っていない方の手で、すかさず俺に治癒魔法をかける素振りをするライラ。

 付けた傷を、瞬時に回復って……これは、永久に拷問する奴が使う手段だということを、ライラはわかってやっているのだろうか?


「ユウヤ、どうして? 私の愛が伝わっていないの? 足りないの……?」


「足りてます! 十分すぎるくらいに感じていますから!!」


「じゃあ、どうして?」


 きょとんと首を傾げ、心底不思議でならないといった表情だ。

 そうして、ライラの意思を反映しているのか、それとも勝手に呼応しているのか、槍が再び光った。どこからともなく現れた黒雲に、頭上でごろごろと稲妻が音を立てる。


(まずい……!)


 愛の雷霆が、来る……!!


(くそっ! 背に腹は代えられないか……!)


 こうなったら、力づくでも止めるしかない。

 できれば人には見られたくなかったが……


 今こそ見せてやる。異世界で培った、俺の108つの宰相技のひとつを……!


「ライラ様、この……わからずやっ!」


 俺は恥ずかしいのを我慢して、一気に駆け寄ってライラを抱き締め、キスをした。


「きゃっ……! ユウ、ヤ……!? んぐッ……!!」


 腕の中でもぞついていたライラが大人しくなったのを確認し、唇を話す。


「ん……はぁ……うるさいお口ですね……? これで、わかりましたか?」


「は、はわ……♡」


「黙らせられたくなかったら、大人しく僕の話を聞いてください」


「ひゃい……♡」


 ちょっと強引なのがお好きな聖女様は、目の奥にハートを浮かばせて黙った。


(ほんと……チョロすぎる……)


 俺はため息を吐きながら、顔を真っ赤にし、両手で目を塞ぎつつも全く塞ぐ気が無い志月を横目に、話を続ける。


「昨日も言ったでしょう? ライラ様の病気を治したくて、プロデューサーを始めたって。どうして僕が浮気なんて……裏切るなんて思うんですか?」


「裏切るだなんて、そんな……私は、ユウヤを信じていないわけじゃあ……」


「では、どうしてそんなにお怒りなのです?」


 さも心外だと言わんばかりにぎゅうっと抱きしめると、ライラの手から槍がこぼれ、光の粒となって消えた。


「ふぇ……ユウヤ……ごめんなさい……疑って、ごめんなさいぃ……!」


「……わかればよろしい。それより、制服姿でこんなところまで迎えに来るなんて。体調は大丈夫なのですか?」


 そう尋ねると、ライラは潤んだ瞳をセーターの袖で拭きながら頷いた。


「……はい。夕方から体調が良くなったから、お夕飯を作るのを手伝って帰りを待ってたの。でも、なかなか帰って来なかったから、迎えに来たら……」


「ああ、そういう……ん? それ、僕の居場所をどうやって知ったんです? 今日の行先、言ってませんでしたよね?」


「…………」


 何故そこで視線を逸らす。

 おい、聖女?


「まさか、僕のスマホにストーキングアプリでも入れたんですか?」


 ポケットから取り出して確認するが、そんな形跡は無い。


「まさか、魔法で……?」


「あ、愛の力です………」


 ……やっぱり魔法じゃねーか。


「まったく、いつの間にそんな技を覚えたんだか……」


 呆れながらため息を吐いていると、背後で志月が声を震わせた。


「ま、待って……その子が、プロデューサーの助けたいって言ってた、ライラさん……?」


「そうですが……何をそんなに驚いているのです?」


 まさか、この期に及んで見せつけられたことがショックとか言い出すんじゃないぞ? せっかく恥を忍んでこの場をおさめたっていうのに……

 などと考えていると、予想に反して、志月は青ざめた顔で口元を覆った。


「うそ、そんな……このステータスは……」


「ああ、ライラ様のステータスがアホみたいに高いことですか? それは、スキル『溺愛』による一時的なもので、僕が居ない場ではそこまで――」


「そうじゃなくて!! どうして異世界の住人が、こっちの世界に居るのよ!?」


「……は?」


 そんなもん、俺が連れてきたからだが――

 志月の表情から察するに、なんかまずいようだ。


「……ダメでした?」


 『やべぇ、やらかした?』

 そんな口調で問いかけると、志月は俺達の手を引いて走り出す。


「ダメなんてもんじゃな……それ、バレたら国の研究機関に送られて――とにかく走って!! おじいちゃんのところなら、仲間の張った結界があるから……!」


「え? え?」


 何が何だかわからないライラがトロくさく走っていると、どこからともなく黒服の男たちが現われて俺達を包囲する。


「異邦の少女を確認。魔力反応あり。魔法を行使した痕跡があります」


「上空の積乱雲の急速な発生、消滅も、この少女の仕業かと。いかがいたしますか?」


「……ラジャー」


 三人の男たちはインカムのようなもので会話をしていたかと思うと、背広の内側から銃を取り出す。


「抵抗はやめろ。同行願おうか」


 有無を言わせない高圧的な態度に、志月が舌打ちをした。


「ッ異邦研フォーリナー・ソサイエティ……」


異邦研フォーリナー・ソサイエティ……?」


「異邦能力研究機関……異世界帰りを管理し、場合によっては拘束する……秘密組織よ」


「「……ッ!?」」

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