EP.27 溺れるような、学園生活 ②


 放課後になり、委員会もひと段落。今日は秋の文化祭についての稼働スケジュールの確認と各自の担当部署の決定のみにとどまり、本格的に活動を開始するのは二学期からになるらしい。

 とはいえ、軽音楽部や吹奏楽部など、一部の文化部を除いて、文化祭は期末テストのあとの僅かな準備期間に集中して行うのが通例だ。二学期からになったからといって、実行委員や各学年がすぐに腰をあげるとは思えなかった。


(わかっているのか? 文化祭の目的は学校の名売りだ。うまくいけば来年の入学者数の増加やそれに伴う収益拡大、地域の活性化に卒業生からの寄付金の増加など、金銭的に困窮する昨今の学園の課題を解決できるチャンスかもしれないというのに……こんな行き当たりばったりな運営でどうしろと……)


 人のいなくなった教室で、各学級より寄せられた出し物の集計結果に目を通す。

 演劇、たこ焼き、クレープ、お化け屋敷にメイド喫茶……

 どう考えても、数日間で用意するには労力的にも金銭的にも厳しいものばかり。夢見がちで現実的でないプランばかりだ。

 

(いくら文化祭準備期間中は居残りでもして頑張る所存、と言われても……クラスの全員に居残りを強制しようとする時点で計画が破綻していることに、何故誰も疑問を抱かない?)


 それに――


「はぁ……」


 もう一枚の紙面を手にしてため息を吐く。


(体育館の使用スケジュールと、そのタイムテーブルの仮組み一覧ねぇ……)


 そこには、分刻みで予定の記載された体育館の使用状況が記載されていた。

 白雪姫、チアリーディング部発表、理科研発表、眠れる森の美女、軽音、軽音、軽音、ダンス部、吹奏楽部、生徒会演説……


(こんな、出し物と出し物の間が五分で、入れ替われるわけがないだろう? 演劇の題目がなんであれ、撤収してから次の準備まで……バンドであれば音響機器の設営にチューニング……)


 どう考えても、無理がある。


「はぁ……どいつもこいつも……もっと自分のこと以外も考えられないのか? 国というのは、ひとりや一集団のみで回っているのではないんだぞ? こういうのは組織と組織の折衝をうまく――」


 再び、ため息が出る。


「……それが、実行委員おれの仕事というわけか……」


 ――頭が、痛い。


 ライラの元で宰相をやっていた頃とはまるで勝手が違う。だって、あの頃はどれほど俺が困った状況にあっても、金の力やライラの鶴の一声でどうにかできていた節があるから。


(こんな、金も権力も無い実行委員の言うことなんて誰が聞く? やはり、人気と力のある者を味方につけるのが先か? となると――)


 候補は生徒会長や実績や人気のある部活の部長、学年のマドンナといったところだろうか。教師に対するあれやこれは実行委員の名を借りてこちらでどうにでもするとして、生徒の出し物を調整する場合には生徒たちに対する発言力を持つ人間の理解や協力が必須。一介の一個人である俺が『文化祭の成功の為にご協力を!』と言ったところで皆に快く都合をつけてもらえるとは思わない。目には目を歯には歯を、生徒には生徒を、だ。

 とはいっても、学園の中心的人物に対するコネなど、一介の生徒である俺が持つはずもなく。まずはその人脈を構築することから始めなければならないらしい。


「はぁ……どこから手を付けたものか……」


(適当な理由を付けて、朝の募金活動でもして顔を売るか? 世間話で好感度を上げて、ライラと一緒に立てばさぞかし目立つことだろう――って……宰相が目立ってどうするんだよ……)


 これだから、学校は。うまくいかないもんだ。俺は宰相らしく、人前に立つような仕事はライラに任せて、裏で糸を引いていたいのに――


「あ。そっか。ライラを目立たせて、ライラづてに頼んで貰えばいいのか」


 幸いライラは、その見た目と天真爛漫な性格ゆえに転校早々話題の中心、人気の的だ。この人気を利用すれば――


「――呼んだ?」


「わっ、ライラ。いつの間に」


 声の方に視線を向けると、教室の扉の前にむすっとした表情のライラが立っていた。


「もう、遅いですよ! おそいおそ~い! 思わず迎えに来ちゃいました!」


「ああ、ごめん……会議が伸びたって、連絡してなかったっけ。それより、よく実行委員の本拠が第三会議室ここだってわかったな?」


「通りすがりの人に教えてもらったの! ユウヤ知りませんか?って」


「え……それでよく教えてもらえたな……」


「同じ実行委員の人が帰りがけに教えてくれたのよ?『ああ、彼氏君かい?もう委員会終わったのに、ひとりで教室にいるよ』って」


(えっ。委員会の人にも付き合ってるってバレてるの? 別に言いふらしているわけじゃないのに。というか……なんでこの状況で先輩方はすたこら帰るんだよ……)


「どうしてひとりで居残りを?」


「だって、皆こんな非現実的なプランがうまくいくと信じて疑わないから……」


「だからユウヤがひとりでがんばってたの?」


 ライラはそっと近づいてきて鞄を机に置くと、『よいしょ』と俺の膝に腰掛けた。


「もう! ユウヤはいつもそうなんだから! もっと他人を信じて甘えてもいいんじゃない?」


「それは――」


「こっちの……ユウヤの世界は、とっても親切な、いい人ばっかりよ? そんなに眉間に皺寄せていないで、他の人を信じられなくても、せめて私くらいはもっと頼って? その肩の荷を、分けてちょうだい?」


「ライラ……」


「これは、前にユウヤが私に言ってくれたんですよ? まさか、忘れたの?」


 にこりと微笑む、夕陽に照らされた表情……


(ああ、ライラはこれだから……)


「忘れるわけ……ないでしょう……?」


「じゃあ、もっと頼ってね! 約束!」


 ふふっ!と頬ずりするライラを膝からおろし、俺はふたり分の鞄を手にした。


「じゃあ、息抜きに付き合ってくれますか?」


「あ。口調が戻った。ひょっとして……何か悪いことを企んでるのね?」


「いえ。そんなことは」


「絶対! ぜ~ったい企んでる!」


「ふふっ……きっとライラにとっても、いいことだよ?」


「なぁに?」


「メイド服を、買いに行こう?」


「メイド服を? 私の?」


「うん。ウチのクラスの出し物は、メイド喫茶らしいから。変に露出度が高いのを選ばれる前に、こっちで決めてしまおう」


 他の男子の劣情に、ライラを巻き込まれてはたまらないからな。


「基本にスタンダードな、丈の長いものにしよう?」


「ユウヤは好きじゃないの? ミニのフリフリ……」


「好きだけど?」


「じゃあ、ミニのフリフリにしましょ!」


「ダメ」


「なんでぇ?」


 (そういうきょとん顔で、なんにもわかってなさそうなところがダメなんだよな……)


 俺はライラを納得させるため、笑顔でさっさと歩き出す。


「ロングで清楚なメイド服も、いいものだよ。セクシーなガーターを付けていたら、ギャップ萌えでしょう?」


「さすがユウヤ! 発想が一枚上手うわてです! そう考えると、興奮してきました! 下着もイイものを選びましょう!」


「…………」


(いつの間に、こんなえっちな子になってしまったんだ……嬉しいけどさ。複雑な気分だよ。絶対リリスの影響だろう? さすがにあそこまでになられると俺も困るんだが……)


 でも、下着なかみがえっちな分には一向に構わない。

 だって、中身は俺しか見ないからな。


「さぁ、他に欲しいものは? 何か忘れていることは無いか?」


「……忘れていること?」


「文化祭が楽しみだって言っていたじゃないか。何がしたい? 準備する必要があるものは?」


「うーん……何か、忘れているような気がする……思い出せないのだけど……」


「俺もそんな気がしてる。まぁ、思い出したら遠慮なく言って? こっちの世界では、俺がエスコートするから」


「まぁ♡ ユウヤ頼りになるぅ! しゅき♡」


 ぎゅう。


「はいはい。その台詞、そっくりそのままお返しするよ。なにせライラには、養ってもらった恩があるからな」


「えへへ~♡ でも、あれは私の為でもあったのよ?」


「じゃあ、俺もそういうことで」


「えへへ~♡」


 俺とライラは、そんな誰もがうらやむような溺れっぷりで、放課後デートに繰り出した。


 緑道に咲くすずらんが薫る小道。

 何かを忘れているような気がしつつも、その涼しい香りに導かれるように。

 足取りだけは迷うことなく、駅へと向かっていくのだった――

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