EP.31 冥界戦線 アウトサイド


 暗い暗い道の先。それはこの世の果てを彷彿とさせる闇と生ぬるい霧の立ち込める場所だった。最奥の部屋にて目を覚ました冥界の女王ハーデスを食い止めているのは魔王ベルフェゴールと、死神のオペラだ。

 直属の部下に根首を書かれた女王の怒りは大地を震え上がらせ、木々や大気が悲鳴を上げる。そんな中、勇者と魔女は十七歳ほどの少年少女の身体を背後にして悔しげに拳を握りしめることしかできないでいた。


「くそっ……! 早くベルフェゴールに加勢に行かなきゃならないのに……! ユウヤ君たちはまだ出てこないのか!?」


「そんなこと言っても、あたし達にできるのはこれが限界よ。術者であるミントには気づかれて放り出されちゃったし、先に出たクラウス君は倒したはずの幹部の気配が蘇ったとかで、そっちに討伐に向かっちゃったし! 応援に来た北国の宰相君たちも、サキュバスの大群を足止めするので精一杯!って、ハルくん後ろ……!!」


「チッ! 倒しても倒してもボコボコ沸いてくる! キリが無いな、こいつら!」


 深い眠りに落ちたままのユウヤとライラを庇いながら、多勢で襲い掛かってくる植物型の魔物をいなす勇者のハル。共闘するように炎を操るリリスも、長引く戦いに疲労の色を見せていた。


「はぁ……ここまで際限ないのもナンセンスよねぇ? とっととイッちゃいなさいよ?」


「――【呪炎じゅえん愛ニ飢エタ火ノ神ノすすり泣きカグツチのこえ】」


「――【開闢かいびゃく伊邪那岐いざなぎほこ】!」


 舞い上がる炎の壁で蔦攻撃を防ぎながら、リリスは妖艶なため息を吐いた。ハルも次々に湧いて出る植物たちの進出を抑え込むようにして、大地に神剣を突き立てる。


「一体一体は雑魚だけど、無限沸きってやつか……? 何回か経験したけど、回復なしのパーティでコレはキツいな……俺もそろそろ技が出せなくなりそう」


「ああ、ハルくんも? こっちもそろそろ……ヤバイわね」


「てゆーか、こういうのって術者本体を先に倒すのがセオリーだろう? なのに、肝心のミントはどこにいる?」


「だから、それを宰相君たちがなんとかするしかないのよ。あたし達にできるのは、信じて待つことくらいよ」


「うわ……かつてない持久戦。勇者の根性見せどころってやつ? これじゃあチートも意味ないもんなぁ……」


 『ははっ』と軽く笑ったのはいいものの、剣を持つ手は鈍ってきていて、背後のユウヤとライラに攻撃が行かないようにするのが精一杯だった。


「あ~も~! キリがない! ふたりを抱えて、回復できる子がいるところまで戻ろう?」


「ダメよ。ウチにまともな回復要員はライラちゃんと聖女クリスのふたりだけ。クリスが殺されれば最後、オペラは何もかもがどうでもよくなってあたし達を見殺しにするわ? そんな彼女を、冥界に連れて来れるわけがないもの」


「じゃあどうすれば!?」


「せめて、魔力の回復ができれば、もう少し……」


「「――あ。」」


 阿吽の呼吸で打開策を思いついたふたりは、急いで連絡用術式を展開する。リリスが撒いた煙が天高く上り、それを伝うようにしてハルが呼びかける。


「頼む……! 出てくれ!」


 まるで電話口で祈るような仕草。

 少し経って聞こえてきたのは、気だるげな青年の声だった。



『……なに? ちょっと今忙しい――』


「ジェラス! ああ、よかった! 助けてくれよ!」


『――は? 俺がお前を助けるメリットが無い。ってか今デート中で、錬金窯から目が離せないんだけど?』


「錬金窯見ながら何のデートしてんの!?」


『家デート』


「いや、意味わかんないから! それより、俺とリリカがピンチなの! 昔のパーティ仲間のよしみで助けに来てくれよ! 座標送るから! ジェラスなら瞬間転移できるだろ!?」


『はぁ? 座標って……これ、冥界じゃん? リリカとピンチって……マヤをほったらかして何やってんだよ? 浮気だったら殺すぞ?』


「俺を殺したらマヤが悲しむよ? てゆーか、ジェラスが手を下すまでもなくピンチなの! いいから! 俺を信じて助けに来てくれよ! 頼む!」


『はぁ……いけしゃあしゃあとノロケやがって。くそっ……!それがまたムカツク……! そこで大人しくしとけ! すぐ助けに行くから!』


 煙が途切れ、通話が切れた。ハルとリリスは魔物の攻撃をいなしながら顔を見合わせる。


「ジェラス、来てくれるってよ?」


「ジェラス君って、魔術師のくせにほんと面倒見いいわよね? 元最強魔術師を相手に予定変更デートキャンセルさせて助太刀なんて……本来ならどんな報酬みかえりを請求されるかわかったもんじゃないわよ?」


「面倒見がいいから、使い魔にも好かれるんだろ? だから最強。さっすがジェラス。あいつをパーティに勧誘した俺の目に狂いは無かった!」


「ほぉんと、パーティ抜けた割には未だに昔繋げた連絡パスが通じるあたり、ジェラス君も大概女々しい魔術師ねぇ? 未練たらたらじゃない?」


「あいつ友達少ないからな! でも、おかげで助かっ――」



「――なんか言ったか?」



 ――ドォオオオンッ……!


 天から降り注いだ光によって一瞬にして周囲を取り囲んでいた植物群が灰燼と化し、銀髪を肩までモサつかせた青年が姿を現した。


「うわ……冥界だと光魔法は出力落ちるダメだなぁ……」


 ローブについた魔物の残骸を鬱陶しそうにはたきながら、あくびを嚙み殺すことなくハルたちの目の前で立ち止まる。


「くそ雑魚じゃん……何やってんの?」


「ジェラス! 来てくれてありがとう!」


「そういうのいいよ、ハルに言われるとなんかウザいし。あ~も~!ぴょこぴょこ手ぇ握んな! 鬱陶しい! それで? どれを倒せばいいんだ?」


 キョロキョロと周囲を見渡す蒼い瞳に、リリスがくすりと肩を上下させる。


「ジェラス君のキライな持久戦♡ この子たちが本体をなんとかするまで、あたし達はお手上げなのよ」


「あ~……それでか」


 『持久戦』の一言で状況を察したジェラスは空間から身の丈ほどある銀の杖を取り出して呼びかける。


「おいで、メアリィ」


「はぁ~い! 呼ばれて飛び出て~! わっ、イイ男♡ って……な~んだ、ハルじゃん?」


 杖からぽやっと姿をあらわしたのは、露出度ギリギリの黒いビキニもどきをまとったナイスバディの美少女、ナイトメア・メアリィだった。メアリィは懐かしい顔ぶれを一瞥すると『ハルみたいな陽キャ、メアリィ苦手~』とか言いながらジェラスの周囲をひらひらと舞う。


「あらジェラス君、相変わらずエッチな使い魔連れてるわね~♡ イイ趣味してる♡」


「サキュバスなんだから、露出度高いぷるんぷるんなのは仕方ないだろ?」


「ぐぬぬ……! リリカってば、また大きくなって! メアリィと同じくらいかも……!」


「ふふ♡ 比べてみる?」


「ここで脱ぐなよふたりとも! ジェラス、魔力の回復頼むぞ! ユウヤ君たちがハーデスの愛人を倒すまで、なんとかこの場を死守するんだ!」


「ユウヤ……?」


 ジェラスは背後に庇われた少年を見やると、にやりと口元を歪ませる。


「へぇ……魔王軍の宰相の? そうか、あいつが……」


 そして、杖を構えると詠唱した。


「メアリィ、魔力吸精エナジードレインだ。地中と奴らの養分を吸い上げて、俺たちの魔力に回す。サポートしろ」


「りょ~かい!」


「――【吸精ドレイン妖艶淫魔の猫撫で声アブソリュート・キューティ】」


「みんなの魔力、ぜ~んぶ!メアリィにちょぉだぁ~い♡♡」


「「……っ!」」


 闇属性の淫魔であるメアリィは、鬱々とした冥界の影響でなんだか調子が良いようだ。ハルとリリスの尽きかけた魔力がみるみるうちに回復してき、一方で、魔力を吸われた魔物たちは水分を失った植木のように萎れていく。それを確認して杖を空間にしまうジェラス。


「まぁ、後はなんとかなるだろ。俺、帰っていいか? メアリィ置いて行くからさ」


「え~! 置いてかないでマスター!」


「いや、何言ってんだよ? メアリィがいなきゃ持久戦できないだろ?」


「やだ~! 勇者パーティにぼっちで残るなんてアウェイすぎる! 隣で見ててよぉ、マスター!」


「てゆーか、ジェラスも戦ってくれない?」


 ハルの問いかけに、いかにもうんざりな顔をする。


「いやいや。なんで戦ってんのか知らないけどさ、お前らの問題だろ? 俺が加勢するメリットが皆無――」


「これがマキへの弔い合戦だったとしても?」


「……!」


 東の聖女、マヤの妹マキは、かつて神に命を奪われたパーティメンバーだ。勿論、ジェラスも面識がある。マヤのことを長年愛したジェラスにとっては、その神との戦は忘れたくても忘れられない出来事。その一言に、ジェラスは――


「……マキの弔い合戦だって? 最強魔術師の俺を差し置いて、そんな――」


 ――にやりと笑みを浮かべた。


「……言うのが遅いぞ、ハル」


「俺たちの仇が出てくるかどうかは五分五分だ。でも、わずかでも確率があるなら……」


「だよなぁ? そうだよなぁ? 受けた呪いは六倍にして返すのが最強魔術師、ジェラス様だ。あいつのことは、いつか地獄で磔にしてやりたいと思っていたんだよ……いくらサーチしても、うまく雲隠れしやがって。そっちから出てきてくれるなら、話は別だ」


「来てくれるか?」


「イエス、オフコース」


 こうして、魔王軍にまたひとり新たな仲間が加わった。ピンチをチャンスに変えるのも、勇者の実力か。それとも、これも悪の宰相ユウヤの外回り営業の成果ゆえなのか。激化する冥界戦線に、一筋の光明が見えた瞬間だった。







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