EP.30 そうだ、ラブホ行こう。


 放課後になるまでの間、俺は生きた心地がしなかった。そわそわと俺に視線を送り続けるライラがついうっかり『放課後はラブホに行くの♡』なんて級友に自慢(本人談)し出さないかと肝を冷やしていたからだ。だが、そこは流石ライラ。『絶対に言うな』と口をすっぱくして注意すれば、それが理にかなっていようといまいとおとなしく言うことを聞く溺愛系聖女。

 そんないい子の手を引いて、何食わぬ顔でイケナイところに連れて行く悪い子――それが、悪の宰相ユウヤ・キサラギ。俺である。


「さ、着いたぞ」


「わ……ピンクだわ……♡」


「人目につく前にとっとと中に入ろう」


 そわそわ……


「ライラ……?」


 ついてこないのを不思議に思って振り返ると、ライラはあせあせしながらポーチの中身を漁っていた。


「どうしよう……無い……!」


「何が?」


「アレが無いの!」


 赤面しながら指でひし形を作り、チラチラと視線を送るライラ。

 俺はため息を吐きながら手を引いた。


「シないから別にいいって……!」


「持っていないと、入店拒否とかされない?」


「え――」


 それは、どうだろう。されないんじゃないか? 入ったこと無いけど。

 むしろこういうところには備え付けがあるって聞いたことが――


(…………)


「いいから! 行くぞ!」


 俺はついうっかり赤面しそうになったのを誤魔化すように入店した。薄暗いロビーに、パネルが一枚。端末で適当な部屋を選択して受付へ行くと、利用代金と引き換えに鍵を手渡された。その間、従業員との会話は無言。だが――


(手先のネイルに見覚えが無い。少し歳のいった指……リリスは受付にはいないのか?)


 疑問に思いつつクーポンを片手に部屋に入ると、妙にピンクでラグジュアリーな空間がそこには広がっていた。ライラのそわつきがマックスになる。


「わ、わ……! なんか可愛い! ここで皆スるのね……?」


「俺達はシないから」


「えっ」


「もう、いい加減諦めてください」


「お風呂ひろ~い! バスソルト、どの匂いにする?」


「話を聞け!!」


 俺は罵声を一発浴びせてクーポンに再び目を通した。すると、部屋のどこからか漂ってきた煙に撫でられて裏面に奇妙な文字が浮かび上がり――


(電話、番号……?)


「かけるしか、ないようだな……」


 俺はスマホを取り出して電話をかける。

 しばらくすると、聞き覚えのある妖艶な声が応えた。


『――はぁい?』


「リリスか?」


『…………』


「ユウヤ! ここ、ジェットバスよ!」


「答えろ」


「わぁ♡ 変なおもちゃがある……!」


『どこにいるの?』


「303」


「ねぇ、ユウヤ! これ、どう使うの? ねぇねぇ!」


「…………」


「ここがこうなって、ああなって……あれ? どうなるの?」


「ああもう! 今度教えてやるから後にして!」


『ふふっ……!』


 笑い声と共に通話は切れ、俺もキレた。


「ちょっとライラ! はしゃぎすぎだって!」


「だって、だってぇ……♡」


「だいたい、ライラはもう少し恥じらいってものが――」


 そんな問答を繰り返していると、コンコン、と部屋が遠慮がちにノックされる。


「……お邪魔だったかしら?」


 俺はソッコーでドアを開けた。


「この通り、微塵も脱いでいませんよ。残念でしたね?」


「あら、着衣プレイ? なかなか通なことスるのね?」


「話、聞いてたか?」


 ほんと、どいつもこいつも……!


 もはや『肯定しない』だけで正体を隠さないリリス。部屋の中にふわりと入るとベッドに寝転んでご満悦なライラに笑いかける。


「元気そうね、ライラちゃん?」


「あ。リリスさ――」


「しーっ。バレたら、強制退出させられちゃうの。気を付けて?」


 ライラの口元に赤いネイルの指先を添えると、『うふふっ』と妖艶な笑みを浮かべる。俺は物知り顔でそう言ってのけるリリスに問いかけた。


「強制退出とは? いったい今、あちらはどうなっているのです?」


「それを言ったらアウトなんだけど、今、この建物は私の術によって『存在をけむに巻かれている』の。クラウスさんよりは助言ができるはずよ」


「ということは、やはり僕らは『正常な状態ではない』のですね?」


 その問いに、こくりと頷くリリス。そして――


「単刀直入に言うわ。ちょうだい? 私たちは、ふたりを信じて待ってるから」


「出る……? この、『忘れ物をしたような』世界から?」


「んふふ……さすが宰相君。察しが良いじゃない?」


「でも、どうやって?」


「それを教えてあげられたら、苦労しないのよね~?」


「そういうことか……」


 俺は、なんとなく察した。おそらく俺とライラは何者かの手によってこの『忘れ物をしたような』世界に閉じ込められている。そこから目を覚まさせようと、クラウスやリリスが敵の目を盗んで入り込んできたというわけだろう。

 リリスがクラウスよりも長くこの世界で助言できるのは、魔術適正の違い故のものか。だが、『できたら苦労しない』という言い草から、いずれにせよリリスの助言もここまでなのだろう。俺は最後に問いかける。


「なんでもいい。できる限りのヒントを」


 ベッドの上、四つん這いで話に耳を傾けるライラの頬を撫でながら、ゆっくりとリリスの唇が開く。


「この世界には、ひとつだけ『おかしな点』がある。それを探しなさい? それじゃ――」


「あ。リリスさん……!」


「ふふっ……! 気づかれた。私もここまでね……」


 苦々しげに宙を見つめるリリス。

 足元から煙に攫われて消えていくその背に、俺達は精一杯の声をかける。


「リリスさん! ありがとう!」


「必ず。必ず暴いて、出てみせる……!」


「うふふ……! 待ってるわ♡」


 妖艶な笑みがその場からいなくなり、俺はライラに向き直った。


「……行きましょうか?」


「どこに?」


「僕らの忘れ物を、取りに――ね?」






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※こんばんわ。続きを読んでくださる皆さま、いつもありがとうございます!

皆様の応援のおかげで、未だに創作活動を続けることができています。

本当にありがとうございます。


本日は新作のご案内です。この作品と同世界観の別のお話、

かつて、伝説の勇者ハルのパーティにいた最強魔術師が主人公の話です。


フラれから始まる、異世界マッチングアプリファンタジー。

『最強魔術師なのに聖女にフラれたから、パーティ抜けてマッチング掲示板に登録してみた』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894024146


ご興味のある方は是非、よろしくお願いします!

お気軽に感想を寄せていただけると嬉しいです。

頃合いを見てシリーズとしてまとめるかもしれません。

引き続き今作もゆるっと続ける予定ですので、どちらも応援よろしくお願いいたします。

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