EP.29 絶対にバレてはいけない学園生活 X日目
翌日。宣告通りに英語教師の『ソラウス』が俺達のクラスに赴任してきた。
昨日と異なる青みがかった品のいいスーツに身を包み、蒼い瞳を細めて挨拶すると、クラスの女子たちが一斉に感嘆のため息を吐く。
「それでは、自己紹介はこれくらいにして、学習のカリキュラムを説明――」
「「え~!」」
サクッと本題に入る、真面目で堅物らしいところもどこか彼らしい。
「先生のこと、もっと知りたいで~す!」
「結婚してるの?彼女いる!?」
陽キャなパリピ女子の野次に、とほほ顔のソラウス先生。すると、板書の手を止めて左手をスッとかざした。きらりと光るは、シンプルなデザインの銀の指輪。
「この通り。私は既婚です。わかりましたね? それでは、本日は受験によく出ると言われている構文を――」
俺は小さく挙手して、その話を遮る。普段であればパリピの悪ノリに手を貸すような真似は決してしないのだが、今回ばかりはその軽口に感謝してもいいだろう。推測を、確信に変えるために。
「先生。ちなみに奥様のお名前は何ですか?」
その一言に、ざわめく教室。
『やっぱり、外国の奥さんなのかなぁ?』
『それとも日本人?国際結婚とか……きゃ~♡いいなぁ!』
『やっぱり奥さんも可愛いのかなぁ?』
前の座席の田中が、『らしくないな?』という表情で振り返るなか、俺は静かに返答を待った。
(クラウスの奥さんは【暗黒剣・
――間違いない。本人だろう。
「…………」
ソラウスは一瞬考える素振りをしたあと、ゆるりと笑顔を浮かべる。
「レイナ、です」
「…………」
「はい。この話はここまで。続けてよろしいですね?キサラギさん」
「……!」
俺は『失礼しました』と短く述べて、授業に耳を傾けた。
机の下でスマホを取り出し、短くライラにメールする。
――『アタリだ』と。
◇
昼休み。人の来ない屋上で、俺とライラはクラスの喧騒から逃れるようにして弁当を広げていた。転校当初から交際を隠していなかった俺達は、はじめの頃こそ教室で一緒に食べていたのだが、周囲の視線とライラと仲良くなろうと群がる女子に一方的に邪魔者扱いされるので、最近では屋上に来るのが通例になっている。
屋上に通じる扉は錆びついていて建付けが悪く、通常であれば容易に中へ入れないのだが、ライラの魔法にかかれば錆びを浄化するくらいは簡単にできる。俺達はそんな便利な異世界能力をバレない程度に行使しつつ、学校生活をゆるーく楽しんでいた。
「それにしても、クラウスはいったい何をしに来たのかしら?」
母さんお手製のたこさんウインナーをパクつきながら、ライラは視線を虚空に向ける。
「さぁ……? でも、明らかに俺達に接触を図ろうとしているのは確かだ。そうでもなければ、ウチのクラスにわざわざやってくるわけがない」
「でも、それならどうして私達に内緒にするの? こっちに来たかったなら、『来たよ!』って知らせてくれればいいのに……」
さりげなく俺の器に移されたブロッコリーを返却すると、『むぅ……』とぶぅたれるライラ。俺は視線で『好き嫌いはダメ』と訴えながら続ける。
「言えない理由があるのかも? 俺達がクラスのみんなや家族に『異世界から来た』って言えないみたいに……」
「でも、それは言ったところで信じてもらえないし、面倒なことになるからでしょう?」
「万一バレたらキチガイ扱いされるからな。百歩譲って信じられたとしても、精神科か研究機関に送られるだけだ。特に、あっちの住人であるライラは」
「もしバレたら、ユウヤとは一緒にいられなくなるかもしれないってこと?」
「ああ。だから絶対に内緒。……いいですね?」
「はい……!死んでもしゃべりません!たとえどんな拷問にかけられたとしても!」
「そんな怖い制度、この国には無いから安心しなよ……」
意気込むライラに若干の不安を感じるが、まぁこの件に関しては大丈夫だろう。
普段は
それはこちらの世界でも発揮されるようで、転校初日に『もしバレたら一緒の学校にはいられない』と注意を促したところ、ライラはあらゆる質問にてきぱきと答えて、初日の難関を見事に突破してみせたのだ。
だが、やはり真実味のある条件でなければライラの脳を騙せないようで、『テストで満点取れなければ絶交』と言ったところで、『
「クラウスが俺達に正体を隠すのも、何か理由があってのことだと思う。それが何かはわからないが、自己紹介もしていない俺の名前を、初日に『キサラギ』だと言い当てた。名簿も見ずに、だ。あいつは間違いなく俺たちを知っている。それに、あの見守るような視線……クラウスだろう」
「そうよねぇ?私もなんとな~く、そう思う。けど、どうして――」
ふたり揃って首を傾げていると、不意に屋上の扉が開かれた。俺達は一斉にそちらを振り返る。
「「――っ!?」」
(人が……!? 入り口の扉には【
「どうして――いや、誰だっ……!?」
視線の先には、件の教師。
眼鏡をくいっとあげながら、困ったような顔で微笑んでいる。
「ソラウス、先生……」
「ダメではないですか。このようなところで、こんなことをしては」
ソラウスは錆びの取れた扉に手をかざすと、胸元から取り出したカッターでライラの張った光魔法の結界を解除した。
「そんな!私のバリアが!あんなにスッパリ!」
「闇属性を、纏わせたのか……」
(光と闇の両刀……やはりクラウスに間違いない!!)
睨めつける俺達に、『しーっ』と人差し指を立てるソラウス。
「公にしてはいけないのでしょう?これらの力は」
「……っ。どうして!どうして何も言わないんだ!?あなたはクラウス将軍なんでしょう!? 何を目的に――」
「お気づきに、なりませんか?」
「「……?」」
顔を見合わせる俺達に、ソラウスは再び告げる。
「ここは……絶対にバレてはいけない夢の学園……」
「何を、言って――」
「私から言えるのは、それが限界です」
「……!?」
それだけ言って去ろうとするソラウスに、俺は問いかける。
「何かの制約が課されているのですか!?何故僕たちに会いに来た!?まさか、また異世界がピンチに――」
(あれ……?)
ピンチになって、どうなったんだっけ?
途端に、激しい眩暈に襲われる。
「帝国の、死神の不死が切れると大騒ぎになって――冥界に侵攻して、それで……」
「ユウヤ……私たち……!」
俺はライラと顔を見合わせる。
「学校でイチャコラしてる場合じゃない!!」
「場合ですけどっ!どうやって帰ればいいの!?」
ふと振り返るが、ソラウスの姿は既に消え失せ、職員室でも見かけることはできなかった。
(『私から言えるのは、それが限界』……ソラウスはそう言って消えた……)
本当に消えたのか、今は会えないだけなのか。それとも、何かしらの制約に引っかかって強制的に排除されたのかはわからない。しかし……
「何とかして、ここから出ないと……帝国のみんなが……!」
ミニスカの膝をもじもじとさせて、居ても立っても居られないといった様子のライラ。俺だって、気持ちは同じだ。
「公にしてはいけない力……絶対にバレてはいけない、夢の学園か……」
クラウスがあからさまな偽名を使って接触してきたこと、そして消えたこと。
バレてはいけないのは、クラウスの正体だったのか、それとも俺達が異世界に関与する者だということなのか。いずれにせよ、異界渡りの力を持つレオンハルトが迎えに来ない以上は、同等の力を持った何者かの協力を仰がなければならないということだ。
しかし、俺達が異界の者であるとこの世界の住人にバレた場合、クラウスのように得体の知れないペナルティを受けてしまうという可能性も捨てきれない。
(異世界に帰りたいのに、異世界に関与するとバレてはいけない……?そんなの、完全に詰んでいるじゃないか……)
「どうする……?そもそも俺達は、どうして急に元の世界に……?」
「ユウヤ?」
「だとしたら……」
(何か、ヒントは……)
俺は昨日からポケットに入りっぱなしだった、一枚の紙を取り出した。
「ここしか、ないか……」
リリスによく似た変質者に渡された、割引券。
横から『なになに?』とライラも覗き込む。
「えっ。ユウヤ、それ……////」
「今日の放課後、行こう」
「きゃ♡」
「……何勘違いしてるんですか?シませんよ?」
「えっ」
「するわけないだろう……」
「え~……せっかく行くのに? 情報収集のついでに……♡」
「さりげなく胸を押し付けられても、シません」
「うぅ……どうしてもダメぇ?」
「くっ……」
その捨てられた子猫のような上目遣いは、卑怯だ。
俺はぺしぺしと絡みついた腕を払って正気を保つ。
「帝国の一大事だって、わかってます?」
「わかってます……ユウヤのためなら、身を粉にして働く所存……」
「そんな社畜根性を叩きこんだ覚えはない。とにかく、リリスもどきに話を聞きに行こう」
この世界の、『バレてはいけない抑止力』。それでどこまでリリスから情報を得られるかはわからないが、あの変質者がリリスなら、必ず俺達の力になってくれるはずだ。
「四の五の言っていないで、行きますよ?」
次の目的地――道玄坂裏の、ラブホに。
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