EP.28 放課後デートに溺れる


 放課後。原宿裏通りにあるコスプレ用品やゴスロリ服などを扱う店で、それなりに質のいいメイド服を手に入れた俺達は、クレープとタピを片手に意気揚々と家路についていた。


「はぁ~!可愛いお洋服が買えて、私は幸せです!早く帰って着たいなぁ!」


「試着なら沢山したじゃないか?ライラの西洋風の顔立ちにあまりに似合うからって、最後は店員の方がノリノリで、ヘッドドレスとか小物までおまけに付けてくれて……」


「ふふ!楽しかった!店員さんにね、『彼氏さんですか?』って聞かれて、『はい♡』って答えたら、コレくれたのよ!」


 じゃーん!と袋から出てきた手には、俺の想像の上をいく複数のセクシーガーターとニーソが。しゃらっとレースを靡かせて、ひらひらと風に揺れている。


「ちょ……!公の場でそういうのを出すんじゃありません!」


「ダメ?」


「ダメに決まってるだろう!?」


「ただの靴下止めよ?」


「うっ……」


 そう言われると、俺の思考がただのダメな子みたいじゃないか。それにしても、店員さんはサービスが良すぎるのか、イタズラごころが過ぎるのか……


「ライラ?まさか『着用後の写真を送れ』とか言われてないだろうな……?」


(女の店員さんだったから、大丈夫とは思うけど……)


 恐る恐る確認すると、ライラはにこっと頷く。


「言われてません!『がんばってね!』って応援されちゃった!」


(……何を?)


 色々とツッコミたいところではあるが、ライラが終始嬉しそうなので、今日は良しとしよう。


「少し遅くなっちゃったな……急いで帰ろうか?ほら、すぐに乗り換えするよ。人が多いから気をつけて。電車に乗るまでに、クレープは食べきってしまおう」


「はい……!」


 むぐむぐ。


「ああ、もう。お口の端に生クリームが……」


「舐めて♡」


「お外じゃ舐めません」


「むっ……」


 いたずらっぽく生クリームをぺろりしながら、美味しそうに頬張るライラを横目に、ふたりして電車を待つ。


「さぁ。ついてきて」


「あ、うん。待って……!」


 俺はライラとはぐれないように手を繋いで、渋谷駅で乗り換えた。

 その途中――


「ねぇ、そこのおふたりさん?」


 雑踏の中でもやけに通る声。俺達を呼びとめたのは、帽子を目深にかぶった美しい女性だった。藤色の髪に、ナイスバディな……


「え――」


(リリス……?まさか、な……)


 俺達こっちの世界に、リリスがいるわけがない。


(他人の空似か?それにしては――)


 異様な雰囲気だ。

 まるで時間が止まったかのように、周囲が静かに感じる。


 間違いなく街を歩く人々の足は動き続けているのに、俺とライラ、その美女だけが取り残されたように、美女の赤い唇から目が離せない。


「ねぇ……随分仲良さそうなのねぇ?ふたりは、カップルなの?」


「…………」


 あからさまに怪しい女に警戒心を露わにする俺と、きょときょとと人見知りするライラ。だが、沈黙は肯定と取られたようだ。


「いいわねぇ?羨ましいわぁ……眩しいわぁ……?邪魔しちゃ、ダメよねぇ?」


「なに、を――」


 くすりと歪むその笑みに寒さを覚えて立ち去ろうとすると、次の瞬間。女は俺の制服の胸ポケットに一枚の紙を差し込み、雑踏に消えていった。


「ふふっ……よければ、ごゆっくり、お楽しみに~……」


「……?」


 渡された紙片は、道玄坂付近のラブホテルの所在が書かれた割引券だ。


「……ッ!?」


(カップル狙いの変質者かよっ……!)


 ライラに気づかれないようにサッと紙をしまうと、横からわくっとした視線を向けられる。


「……行くの?」


「どこに?」


「ソコ♡」


「さっきの一瞬で、よくわかったな……」


 呆れ半分にジト目を向けると、ライラはにこっと微笑んだ。


「こっちの世界にも、だいぶ詳しくなりましたから!」


「別に、コレを一目みてとわかるほど、こっち方面に詳しくなる必要ない――」


「ユウヤに聞いて、興味があって。いんたーねっとで調べちゃいました……♡」


 『てへへ♡』と膝をそわつかせるライラに再びため息を吐く。


「もう、ライラはそういうことばっかり……」


「最初に教えたのはユウヤよ?」


「だって、家だとユウキや母さんにバレそうで落ち着かないから、たまには外で――」


 って。そうじゃなくて。


「……ライラ? インターネットの使い方、もう覚えたのか?」


「うん♡ 書斎にあるパソコンをお借りして、ユウヤのあかうんとで――」


「……ッ!!」


 俺の背筋に、先程以上の悪寒が走った。


「おいっ……! 履歴消去しただろうな!? それじゃあまるで、俺がそういうところを調べたみたいな――いくら親公認の仲とはいえ、父さんや母さんにバレたら気まずいだろう!?」


「えっ?」


「ああ! 使用方法の前にメディアリテラシーの教育が先だったか……!」


 俺は、貯めていた小遣いを引き出そうとATMに向かった。


(本当は、愛猫ましろの為にキャットタワーを購入する予定だったんだが……背に腹は代えられない。ましろにはチュールで許してもらおう……)


「スマホ! ライラ用のスマホを買えば、もうそんなことをする必要は無いから!」


「そうなの?」


「そう! インターネットでどんな調べものをするにもそれで事足りる!ただし、変なリンクだけは踏むんじゃないぞ!?ライラ、絶対架空請求に引っかかるだろ?」


「りんく……?」


「ああ、ええと……それはお店で待っている間に説明するから。とにかく今日!今すぐに!スマホを買う!」


「すまほ……ユウヤいつも見ているソレね? それがあると、何ができるの?」


「俺といつでも会話できる!」


「わぁい♡」


「そんなことしなくても、四六時中一緒にいるけどな! いいから行こう!」


 俺のプライバシーや沽券など、諸々を守るために!


 俺は、母さんに『遅れる』と一報を入れ、ライラと大手のスマホショップに向かった。受付を済ませて待っていると、グレーのスーツを着た三十代くらいの男性に話しかけられた。


「すみません。少々お聞きしてもよろしいですか?その制服……都立万智刈まちかる高校の生徒さんでは?」


 細身の縁なし眼鏡をかけた、金髪碧眼のイケメン。日本に来たばかりの外国人さんなのだろうか、先程まで読んでいたと思われる本には、『基礎からわかる!日本の文化』と書いてある。


「はい……そう、ですが……?」


 『なんだこいつ?』とは思いつつも、人当たりの良さそうな笑顔に絆されて返事する。男は、顔に爽やかな笑みを湛えて俺の手を取った。


「ああ、元気そうでよかった!」


「……は?」


 若干引き気味になってしまうが、この笑みにどこか見覚えがあるような――

 互いに同じことを考えているのだろうか、ライラと顔を見合わせながら男に向き直る。


「それで、僕たちが万智刈高校の生徒だったら、なんだって言うんです?」


「ああ、驚かせてしまってすみません。わたくしはこの度あなた方の高校に赴任することになった教師でして。どのような生徒さんがいらっしゃるのかと、心が踊っていたものですから、つい話しかけてしまいました」


「はぁ……」


 疑問に思いながらも耳を傾けていると、男は胸ポケットから名刺を取り出して差し出す。


「私、教師をしておりますクッ――『ソラウス』と申します」


(え――聞き間違いか?こいつ、一瞬『クラウス』って言いかけなかったか?)


 よく見ると、眼鏡の下の顔つきが似ているような……

 髪型がいつもよりフォーマルにキメられているため、イマイチ確信が持てない。


(似ている……だが、クラウスがこっちに居るわけも無いし、教師だなんて……)


 俺の訝し気な眼差しに、きょときょとし始める男。


「担当科目は英語。近々あなた方のクラスを担当することになるかと思いますので、お見知り置きを。何かお気づきの際は、こちらの名刺にある連絡先までお願いいたします。それでは」


「ちょっと。待ってください」


 それだけ言ってそそくさと立ち去ろうとする男に、声をかける。


「あなた……用があってスマホショップに来たのではないのですか?」


「すまほでしたら、先程購入いたしましたので」


「では、何故……待合室で待機を?」


「…………」


「僕たちを、待っていた?」


「…………」


 その沈黙は、肯定を意味するのか。俺は再び問いかけた。


「担当科目は英語でしたね……だったら、あなたの受け持つ学年は?」


「…………」


「僕らの歳が何年生なのか……ご存じない?」


「……っ」


 その瞬間。クラウスもどきの教師は店の外へ駆けだした。


「待て……!」


 追いかけようとしたが、そこは流石クラウスもどき。一瞬にして鮮やかに姿を消し、見事にまかれてしまった。そんな俺の背に、店内から案内のアナウンスが流れる。


「二名様でお待ちの如月様~?」


「はい。今行きます」


(何だったんだ、いったい……)


 あいつが教師と言うのなら、学校へ行けば再び会うことになるのだろう。あいつは、『俺達の』クラスを担当すると言っていた。

 何故クラウスがこちらの世界にいるのかはわからない。だが、もし仮に。奴がクラウスなのだとしたら。どうして正体を明かさない? どうして俺達から逃げるんだ?

 わざわざ教師なんて、面倒くさい方法で見守るような真似を――


(わからない……)


 俺達は、何かを見逃しているのか?

 それとも、大切なことに気が付いていない?

 先日からどこかに引っかかる、をしたような感覚。

 俺は再び、ライラと顔を見合わせる。


「ねぇユウヤ! あいでぃーを教えてください! ユウヤのあいでぃー!!」


 ぱぁっと輝く、その笑顔。


「……まぁいいか」


 可愛いから。


「明日学校で考えよう」


「何を?ねぇ、帰ったらメイド服着てもいい?おウチ用に買った、ミニの方♡」


「いいよ」


「ユウヤとイチャイチャしてもいい?」


「いいよ」


 もう、見なかったことにしよう。メイド服以外。なにもかも、全て。

 だって、可愛いは正義だ。





------------------------------------------------------------

※こんばんわ。続きを読んでくださる皆さま、いつもありがとうございます!

皆様の応援のおかげで、こつこつとではありますが創作活動を続けることができています。本当にありがとうございます。


本日は新作のご案内です。

以前新人賞に投稿して一次通過した作品の改稿版で、久しぶりにラブコメです。

少しでも多くの人に楽しんでいただきたくて……供養させてください。


魔法少女とラブコメする現代ファンタジー。

『魔法少女と《亀》の俺のまじかる・みらくる・めるくるりん☆』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893809194


改稿は重ねますが、すでに一旦完結まで書いている作品なので、

忙しくなければ一日一話ペースでの更新予定です。

もしご興味ある方は、是非とも、よろしくお願いいたします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る