第11話 悪の宰相は釣った魚にも餌をやり、策を講じる


 俺達のせいで一部焦げ付いた『鬱々として湿っぽい森ダァクフォレスト』を抜け、聖女教会中央本部がある聖王都に向かう。道中、ライラにくっついて離れないグレルと俺にくっついて離れないライラ。その光景を見て『アツイ』とか言って脱ぎだすリリスのせいで馬車の中はなんとも言えない女臭さに包まれていた。なんていうか、こう……甘いような人間ぽいような、とにかく健全な男子のあれやこれをくすぐるような香りだ。

 だが、こうもむせ返るようではかえって気分が優れない。かといって窓を開けて狙撃でもされた日には死んでも死にきれないだろう。せっかく黒幕のしっぽを掴んだのだ、こんなところでくたばってたまるか。俺は我慢しつつ違う話題を振って気を紛らわす。


「グレル?少々聞きたいことがあるのですが」


「何ですか?ご主人様?」


「何ですか、その呼び方は。急に気色悪い……」


「大事な大事な命の恩人、ライラ様の旦那様になるお方です。グレルにとってはご主人様なのです!こう見えて、メイドなのですので!」


(誰がいつ旦那様になるって言った?ライラか?まったく……)


「変な敬語を使うくらいなら、先刻までの『くっ殺』口調に戻してください。あのときの威勢はどうしたのですか?なんでしたっけ?『殺せよぉ……』って、情けない声出して――」


「あ、あのときは!その、必死だったから……!ライラ様の前でその話はやめて……」


「はいはい。あなたがイイ子にするなら善処しますよ」


「約束ですからね?」


 くつくつと肩を上下させていると、俺とは正反対なハイテンションボイスが返ってきた。これがまた耳にきんきんとして、グレルが年相応の少女であることを思い出す。

 俺とグレルがそんなやり取りしている様子を見て、手をぎゅっと握ってくるライラのちょっとした妬きもちを楽しみつつ話題を戻す。


「それで。メイドとは言いますが、グレルは暗殺の方はどの程度できるのですか?無論、人を殺したことが無いのはわかっています。ですが、諜報活動の方はどうですか?この世界ではメイドが色を使って諜報活動を行うのもよくある話だと聞きましたが?」


 『えっ、誰に?』みたいなそわそわ視線を送るライラにそっと『メタモニカ様です』と耳打ちしつつ返事を待っていると、グレルは恥ずかしげに口を開いた。


「そういうエッチなお仕事はしません……////グレルはスラム出身で頭が良くないので、バレちゃいますから。マスターも期待してませんでした」


「勉強をすればよかったのでは?仮にも家事をさせるならある程度は――」


 言いかけていると、グレルはしょんぼりと肩を落とす。


「させて、もらえませんでした……グレルは、マスターが気まぐれで拾った薬の実験台。身体が大きくなったら娼館に売られる予定でしたので……」


 今度は自分の胸に視線を落としてしょんぼりとうなだれるグレル。そのグレルの背をさすって『まだ大丈夫よ、一緒にがんばりましょ?』と励ますライラ。あいつはその励ましがときに嫌味となることをわかっていない。向かいのリリスは可笑しくてたまらないと言った様子だ。

 俺はいたたまれないグレルの環境にこれ以上言及すまいと、話をまとめた。


「わかりました。では、グレルの特技は家事全般。それでいいですね?」


「…………」


 思いのほか浮かない顔のグレル。


(まさか……)


「家事すら、できないのですか……?メイドなのに?」


 恐る恐る問いかけると、自信なさげなグレルの口からは予想の斜め上の回答が。


「グレルの、グレルの特技は――」


「?」


「……盗むこと、です……あと、刃物の扱いも、少し……」


「――!」


(スラム出身……そういうことか……)


 だが――


 俺は、笑った。


(これは、思わぬ拾いものだ……)


「顔を上げてください、グレル。あなたの特技は、何も恥じるものではない」


 少なくとも、聖女をたらし込むしか能の無い俺よりはマシだろう。

 俺は落ち込むグレルを励ますように優しく声をかけた。


「その特技、僕とライラ様の為に使っていただくことはできませんか?」


「え?」


「ユウヤ?それは――」


「ライラ様。少しだけ目を瞑ってはいただけないでしょうか?僕たちが、無事に裁判を乗り切るために……」


「ユウヤ……」


 ライラは、人の話を聞かない。だが、俺の『想い』には誰よりも敏感な乙女だった。ゆっくりと、決意を秘めた眼差しで首肯する。


「……わかりました。何をするのかはわかりませんが、ユウヤに全てを委ねます。私に協力できることがあれば出し惜しみはしません」


「ふふっ、ありがとうございます。ですが、神聖魔法の乱発はお控えください?いつぞやのように演習場を吹き飛ばされては困りますので」


「あ、あれはユウヤにいいとこを見せようと、ちょっと張り切り過ぎて……!」


「わかっていますよ。ですが、いざというときは頼りにしていますね?」


 俺はその場にいる三人全員にその言葉を向ける。


(大丈夫……このメンツなら、必ず……)


 はやる気持ちに呼応するように馬車は加速し、俺達は、街道の先には聖教都の姿をとらえるのだった。


      ◇


 リリスが森を焼いたせいでショートカットに成功したらしく、想定よりも早く聖教都に到着した俺達は教会本部に用意されていた客間に荷物を運ぶ。念のためリリスに盗聴や監視の類の魔法が掛けられていないかを確認させ、安全を確認してから中に入るとそこは思いのほかリッチな造りの部屋だった。ホテルでいうところのスイートのような感じだ。元居た世界で実物を見たことは無いので、あくまで知識上のだが。


「わぁ!広い!」


「まぁ、数日滞在するだけなら上等な部屋ですね。さすが本部。金がある」


「あら、ウチには無いの?」


「何と言えばいいのか……」


 俺とライラが財政を圧迫させているとは言いづらい。言い淀んでいると、リリスとグレルが荷物を手に出ていく。


「じゃあ、あたし達隣の部屋だから。あ。安心してね?壁に聞き耳なんて立てないから♡ごゆっくり~♡」


 ひらひら。


「ライラ様と同室でないのは残念ですが、ご主人様との大切な夜を邪魔するわけにはいきませんですので……」


 ぺこり。


「もう♡何言ってるの!ふたりってば……♡」


「いや、ライラ様もそのデレデレにとけきった顔をなんとかしてくださいよ。今日はシませんからね?」


「えっ」


(えっ?なんだその顔は。する気だったのか?裁判前日に?)


 そんなんだから!こんなことになってんだぞ!?わかってんのか!?


 喉の奥から声を大にして叫びたい。だが――それは帰ってからでいいだろう。ライラを可愛がるのもその後だ。今は他にすべきことがある。


「グレル、少しいいですか?」


 俺はこれといった手荷物のない、ライラから借り物のワンピースを楽しげに揺らすグレルに声をかける。きょとんと振り返ったその銀髪を描き分け、そっと耳打ちをした。


「――っ!?」


 一瞬跳ねたあとに赤くなる頬。俺は、微笑みかけた。


「頼みましたよ?」


 こくりと頷くその背を見送って、内心でほくそ笑む。


(教会本部……お前たちの好きになるような俺とライラだと思うなよ?)


      ◇


「ねぇ、ユウヤ。手を握って?」


「どうしたんです?手なら握っているでしょう?」


 夜になり、ベッドの中で甘えてくるライラの手をもう一度握り直す。ライラがべったりと甘えてくるのはいつものことだが、今日はいつにもまして拍車がかかっている気がする。

 心細そうな潤んだ瞳に、丸まった背。俺の手をぎゅうっと両手で握りしめる姿。思わず裁判前日にも関わらずその気になってしまいそうになるが、あいにくこの後は用事が控えている。抱いてやるわけにはいかない。

 首を傾げていると、ライラはぽつりと呟いた。


「あのね……私。本部って少し苦手なの」


「それは……」


 ライラが遠く離れた西に赴任していることと関係があるのだろうか。いや。表情から察するに、間違いなく関係しているのだろう。


(だが、聞いてどうする……?嫌なことを思い出させることになるだけでは?)


 俺が聞けばライラは真摯に答えるだろう。包み隠さず、すべてを。だからこそ、安易に尋ねることができなかった。今はまだ、目の前の問題を解決することの方が重要だ。裁判で下手をこいて俺だけ牢屋に入れられるわけにはいかないのだから。


 俺は互いの言葉を塞ぐようにそっと口づけをした。ライラの潤んだ瞳が閉じてゆく。ゆっくりと、次第に心地よさそうに――

 唇を話した時、ライラの瞳には先程までの感情は浮かんでいなかった。もはや俺以外は映っていない。その蒼に自分の瞳を映し、静かに語りかける。


「心配はいりません。ライラ様は僕の傍にいてくださればそれでいい……それでいいんですよ……」


「うん……」


 そっと胸元に抱き寄せて諭すように背を撫でていると、うっとりとした吐息がそのうちに穏やかな寝息に変わっていく……


 ライラが完全に眠ったのを確認して、俺はベッドを抜け出した。宰相服を羽織り直すと、扉の隙間から入れられた紙を手にして外に出る。

 そこには、グレルの姿があった。昼とは違う、ショートパンツにキャミソールという動きやすそうな恰好。俺は紙に目を通し、一仕事終えた後のグレルの頭を撫でた。


「ご苦労様です。期待以上の活躍ですね?」


「ふふ……」


 褒められることには慣れていないのか、照れ臭そうに目を逸らすグレル。まんざらでもなさそうな表情が、『褒めて伸びる女』だということを告げている。俺は服のポケットから小さな包みを取り出した。


「ご褒美です。ライラ様のお気に入りの、異界のお菓子ですよ?」


「ライラ様のお気に入り!?」


「ええ。メルティキッシュという、チョコレートのお菓子です」


 元居た世界であれば比較的簡単に手に入る、冬のくちどけ。妹の要望で買い物リストに入っていたようだが、まさかライラがこれをあそこまで気にいるとは思ってなかった。

 とは言っても、ライラはこれがお気に入りというより、これを『食べさせてもらう』のがお気に入りだった。チョコレートを口移しで食べさせると男がオチるという偏ったおまじないの噂を街中(色街付近)で耳にした俺はその日の夜、戯れに試してみたのだ。この、メルティキッシュで。

 元より甘いものが大好きなライラはそのくちどけにメロメロだった。あいかわらず少し心配になるくらいにチョロ過ぎるとは思ったが、その日からメルティキッシュはライラが頑張った日のご褒美となっていた。そんなこの包みも残りわずか。菓子作りができそうな人間に味見をさせて、増産できるように手を回したいと思っていたので、いい機会だ。


 そんな代物とは露知らず、グレルの瞳は未知の菓子との遭遇に、奥底で密かに輝いている。


「ほ、ほんとにいいの?グレルはライラ様とご主人様のお役に立ちたかっただけなのに……」


「あなたの活躍を考えれば、この程度でも安いくらいだ。よくぞ『リスト』と『判決書』を手に入れてくれました」


 白くて華奢な手に、そっと包みを握らせる。それを不思議そうに眺めるグレル。


「何これ……包みがピカピカして綺麗……!」


「個包装の菓子を見るのは初めてですか?開け方がわからないなら、ほら――」


 俺は包みからチョコレートを取り出してそっとつまみだした。掴んだところから少しずつ熱でとけていくソレを、グレルの口の前に差し出す。


「口を開けて?」


「ん――」


 何の抵抗も無く開けられた口。その赤い舌先にちょこんと乗せると、グレルの表情がみるみる明るくなる。


「んん――!とける!無くなる!美味しいぃ!」


「ふふ、夜にそう騒ぐものではありません。気に入ったのなら、今度ライラ様と研究して作るといいでしょう。その味とくちどけを、よく覚えておいてくださいね?」


「はい……!」


「そのお菓子には、実はもっと美味しい食べ方があるのですが……まぁ、それはライラ様にでも聞いて下さい。ふふっ……」


 含み笑いをしたまま、笑顔で口をもごつかせるグレルに感謝の意を込めてもう一度告げる。誉めて伸びる人間ほど育てやすい人種はいないから、その働きはきちんと労うべきだろう。


「お疲れ様でした、グレル。あなたがここまでできる子だとは、正直驚きましたよ」


「ふふ、そんなことない。グレルは、ちょっとすばしっこくて器用なだけだから」


「へぇ……すごいですね。しかし、どうやってコレを?」


「一番お金の匂いがする人の後をつけて、部屋を特定して夜に。昼の間に鍵穴に仕掛けをしておいたから、針金一本でちょちょいでした……!」


 ふふっとドヤ顔をするグレルに、俺も思わず笑みを浮かべる。


(まさか、暗殺者アサシンではなく盗賊シーフだったとは……だが、メイドとしての能力もまだ未知数。教育を施せばあるいはそれ以外も――)


 俺は再びグレルを撫でた。うっとりと目を細めて大人しく受け入れるグレルに、家で飼っていた猫を思い出す。


「ほんとうに。どうしてこんないい子を放り出したのか、マスターの気が知れません。これからもその働き期待していますよ?さぁ、今日はもう遅い。僕はリリスと話がありますから、少し外してください。その間に、裁判所の内部構造をこの紙にスケッチしてきてもらえると助かるのですが……」


 探るように首を傾げると、グレルはこくりと頷いた。


「まかせて、ご主人様……!」


「では、お気を付けて」


 俺は音もなく去っていくその背を見送り、隣の部屋の戸を叩く。

 グレルが手に入れたこの『リスト』と『判決書』は、不可解な点が多すぎる。リリスに相談をして、対策を講じるべきだ。


(薄々そんな気はしていたが、まさかここまでとは――)


 苦々しげに紙面に視線を落とす。


(何故、『明日の裁判』の『判決書』が既に用意してある?しかも、ご丁寧に裁判長の判まで捺印済みとは――)



「ナメられたものだ……!」



 そこには、忌々しい二文字と、判決が綴られていた。



 ―― 判決。 有罪。 


 西の宰相ユウヤを、対聖女偽計業務妨害罪にて三年の禁固刑に処す。

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