EP.33 神狩り
得体の知れない境界に閉じ込められた俺の前に、白銀の聖女が降臨した。にこりと微笑むその瞳に俺もやんわりと笑みを浮かべる。
「必ず迎えに来てくださると思っていましたよ、ライラ様」
「ふふふ! 愛するユウヤと一時も離れることなど、聖女の名に懸けて許しませんからね!」
「では、一時でも僕らを引き裂いた憎き仇敵に刃を向けることはできますか?」
聖女であるライラは対人戦闘など初めてだ。あの優しいライラが、いくら敵とはいえその矛先を向けることが出来るのだろうか。念のために問いかける。すると――
「は~い! 裁きの時間ですっ♡」
にこっ!とびきりのイイ返事。愛とはときに、盲目である。
(……杞憂だったな)
「では、僕はライラ様の雄姿をこの目におさめさせていただきましょう。ああ、跳躍する際はきちんとスカートを抑えてくださいね? お上品に勝ちを得てこそ聖女というものです」
「はい! 任せてください、いきますよ!」
「来たれ! 千本の雷槍――【幾千万の
「なっ!? 空一面に槍だと!? バカみたいな魔力量しやがって!!」
俺達を異界に攫った張本人のミントは呆気に取られた表情で空を見上げることしかできない。俺は、笑った。
「ふふ……冥府の女王の愛人如きが、真性の愛を持つ我々に刃向かうからだ。こちとら伊達に愛の女神に贔屓されてないからな? 精々美しく散ってください」
「ユウヤが楽しそうなので、私も嬉しい!」
「いいから早く槍を落としてください?」
「はぁ~い! そぉれ!」
ライラが天に掲げた手を振り下ろすと、ミント目がけて雷槍が一気に降下する。視界いっぱいに広がる眩い閃光。そして爆音の中から、僅かに舌打ちが聞こえた。
「くそっ! こんなところで!」
「――【
(は? この期に及んでまた逃げるだと!?)
「なっ――待て!!」
「あ、あれれ!? 何処いったのかしら!?」
「チッ……! 急いで追いかけますよ! あの変な歪みっぼいとこに駆けこんで!!」
そう叫ぶと、ライラはきりっ!と返事しておもむろに俺を抱え上げた。
「ユウヤ、しっかり掴まっててね!」
「え? ちょっと――」
(そこまで頼んでないんだけど……!)
「お姫様抱っこはやめてください! ライラ様!?」
「逃がしませんよ~! えいっ!」
「ちょっと!? 聞いてます!? ライラ様!!」
「ふふふっ! 照れたユウヤも可愛いですね!」
「ぜんっぜん! 褒めてない!! やめろ! うわっ……!」
やはりライラは、人の話を聞かない。恥ずかしさのあまりに顔を覆う俺を抱きかかえ、ライラは歪みに飛び込んだ。
◇
歪みから転移した先は、元居た冥界だった。視線を逸らしながら、ぎゅうっと俺を抱いたまま離さないライラに小声で呟く。
「はぁ……いい加減おろしてください。暑いです」
でっかい胸が顔にたゆたゆ当たるから。こーいうのは部屋の中でして。
「え~? だめぇ? 誰もいないんだし、たまには冥界ランデブーでも――」
「いいからおろして!」
わぁわぁと喚くとライラは頬を膨らませたまま俺をゆっくりとおろした。
「ユウヤって筋肉少ないのね? 抱っこするとしんなりしてて気持ちいいです。草食系ってやっぱり好き!」
「…………」
(帰ったら絶対鍛えよう……)
胸に誓いを立てつつ周囲を見渡すと、近くから数名の足音が聞こえた。紺の浴衣に身を包んだ勇者のハルと、その後ろから『待ってぇ~!』と胸をたぷたぷ揺らしながらやってきたのは
「ライラちゃんとユウヤ君! ようやく目が覚めたか! ミントはどうなった!?」
「不覚にも取り逃しました。おそらくハーデス女王の元に逃げ込んだのかと。そちらは?」
「ミントが仕掛けた無限沸きの植物魔物を掃討したとこ! 二体いた冥界の幹部っぽいのはクラウス将軍とミラージュ宰相君が対応にあたってる! 奥でハーデスと戦ってる魔王に早く合流してあげないと!」
「わかりました。しかし、クラウス将軍ならまだしも北のミラージュ宰相にそんな力は――」
ないはずだ。だってあいつは俺と同じく聖女をたらし込むくらいしか術を持たない半魔の宰相で――と、らしくもなく人の心配なぞしていると、リリスがにやりと笑みを返した。
「それが、幹部のひとりはサキュバスだったの。大量のサキュバス軍団に囲まれて男性陣の貞操がピンチ~? かと思ったんだけど、ほら、ミラージュ君って女特攻あるでしょう? あの魅惑のボイスで北の聖女ちゃんと仲良く善戦してくれてるのよ? 声が枯れない限り、あの場をもたせることはできるはず」
「ああ、道理で」
相手がサキュバスなら、まぁ大丈夫だろう。なにせミラージュは女を狂わせる魔性の特性を持っているからな。
(ふふ、思わぬことろで役に立ってくれたな、北の宰相。不老薬を与えて味方につけたのはやはり正解だった……)
俺はほくそ笑みながら先陣を切って進んでいくハルさんに問いかける。
「それで? 魔王様が一騎打ちと?」
「ああ! 他の神に援軍を要請する暇が無いように足止めしてくれているはずなんだけど……この先だ!」
ハルがぐんにゃりと蠢く扉を一閃すると、切れ目から凄まじい冷気と殺意が漏れ出してきた。一面を覆い尽くす氷柱はおそらく我らが魔王ベルフェゴールのものだと思われるが、そのどれもがすっぱりと鮮やかに切断されている。そして、中から悲鳴に近い愚痴が聞こえてきた。
「遅いぞ勇者!! どこをほっつき歩くっていた!? 余は近接戦闘はできぬ!!」
「くっ! しぶとい魔王ね! 我が闇に切り裂かれて死になさい!!」
「誰も死なせたくないから余がこうして自ら来ているのであろう!? 少しは頭を使え、冥界の女王!!」
「この私になんていう言葉使いなのかしら!? 本当に! 最近の魔王は質が落ちたものね!!」
「――【
「余を閉じ込めろ――【
身の丈ほどはあるかという漆黒に輝く刃を手に美しく舞う、黒いワンピース姿の少女。だが、その剣圧はあまりにも鋭く彼女が『神』であるという事実を否応なく突きつける。魔王と神の魔法合戦。おそらくは今までこんな攻防が幾度となく繰り返されていたのだろう。その様子に、ハッとしたハルが神剣・天羽々斬を構えた。
「けど、天羽々斬は神造武器だ! 俺の攻撃は『神』に効かないぞ!?」
「いいから前衛は前に出ろ!! 盾くらいにはなれるであろう!? 余は生粋の後衛だぞ!?」
「はぁあ!? せっかく協力してるのに、ヒトを盾呼ばわりとか……!」
相変わらず、我らが魔王軍のチームワークは壊滅的だ。道理で過去の戦闘記録を漁ってみても作戦が『一騎当千』と『各個撃破』しか無いわけだよ。魔王様の戦いぶりに思わず呆れていると、背後から気だるそうな男性の声が。
「おいおい、ハル。お前が盾なのは今に始まったことじゃないだろう? なんだよ、
「だねぇ!」
(え? どうしてここに……?)
両手をひらひらさせながら露出度の高いヒモを身に纏った
「ジェラス……! 歩いて付いて来るなよ!?」
「だって、俺は研究のためにハーデスの体細胞を採取したいだけだし? 封印するのに間に合えば、いつ来たって問題ないだろ?」
「手伝う気があるならちゃんとやってくれ!!」
「まぁいいじゃないハルくん? ジェラスってばなんだかんだでデート放り出してまで来てくれたんだから」
「……そうなのですか?」
あの、『パーティインなんて二度とごめんだ』とスカウトを一蹴したジェラスからは考えられない。やはり、元勇者パーティのよしみというやつだろうか。なんだかんだ言って良い奴、と言われていたのは嘘じゃないようだ。驚きつつも視線を向けて会釈すると、ジェラスはにやりと目を細めた。
「魔王と神が戦うところなんて滅多に見られないからな。俺にもそれなりに利があるんだよ」
「ご助力、感謝いたします……」
「さぁ、ハル! いいから前衛は前に出ろ! こちとら魔術師、呪術師、
その声に、背後の扉がガシャンと音を鳴らした。
「遅れて……申し訳ございません……」
「クラウス将軍!?」
「クラウス、大丈夫ですか!?」
肩や頭から血を流し、甲冑がところどころ砕けて死闘を乗り越えてきたと思われるクラウスにすぐさまライラが駆け寄る。
「今手当を……!」
その手を、クラウスはそっとどけた。
「いいえ、私はこのままで構いません。それより早く魔王様の援護を……」
「でも!」
心配そうなライラにふわりと微笑む。
「いいのです。この痛みは、私が妻を、民を守った証。この傷が疼けば疼くほど、私の底から『守りたい』という意志が泉のように湧いてくるのです……ふふふっ……!」
「クラ、ウス……?」
「ああ、痛い……ですが心地いい。これが、私の新しい力……!」
(なんか、知らない間に目覚めてしまったようだ……)
暗黒騎士として色んな意味で覚醒を果たしたクラウスを加え、形勢は一対七……いや、俺はライラの
「ハーちゃん大丈夫!? 混戦でみんな出払っててどうしようかと!」
「ミント! よかった、無事だったのね?」
ハーデスの隣に並び立ち、傷を癒そうと具合を確かめているようだ。どうやらあっちはミントが後ろらしい。だが、たとえ癒し手がひとり増えようがこの数の差だ。勝機はこちらにある。ハーデスと距離を取った魔王が俺達に号令をかけた。
「さぁ、『神狩り』の始まりだ。我が帝国の繁栄のため、ここで永遠の眠りについてもらおうか……!」
俺はその日、ウチの魔王様のこれまでにないくらい魔王っぽい姿を見たのだった。
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