第十五話

 俺は、ポケットの中の『鍵』を握りしめてほくそ笑む。

 そう、これはただの鍵ではない。

 かつて異世界で、宰相としてライラより預かっていた、聖女教会内部の全室を開けられるマスターキーだ。


 俺達の暮らす現世世界でコレを使用したところで、あっちの世界の鍵が開くかはわからないし、今問題なのはそこではない。


 この『鍵』には、もうひとつの特性があるのだ。


 そう。この『鍵』は、所有者であるおっちょこちょいなライラ様が紛失しても問題ないように、ライラにだけ感知できるGPS機能がついている。


 かつてこの事実が露呈した際は、前置きなくコレを持たされたことで俺の動向を監視――プライバシーの侵害だ、とライラに「めっ!」をしたものだが。

 恋人同士である今は、別に所在が割れたところでどうということもない。(だって、浮気なんてしてないし)。


 よって、以前のように癖で持ち歩いていたのだが……まさか。こんなところで役に立つとは。


 俺はポケットで鍵を握りしめ、念じた。


(気づけ、気づけ……! ライラ様、俺は今どうしようもないピンチです……!)


 目を瞑り、大人しく鍵を握ること数分。


 ……しかし何も起こらない。


(くそ! だめか……!)


 いくらGPS付きとはいえ、四六時中ライラが俺のことを気にしているわけでもないし、こちらからの発信機能はないらしい。


 万事休す。


 俺はコンクリ造りの天井に諦めにも似たため息を吐いた。


(ああ~……こんなことなら、せめてやりたいこと全部やってから死にたかったな)


 お金を気にせず課金だってしてみたかったし、ライラと一緒にアイス屋で31種制覇だってしたかった。


 クラウスに預けた、生きた魔剣の育成計画と成果も見届けたかったし、魔王ベルフェゴールが数十年単位の冬眠に入ったあっち異世界側が心配だ。

 リリスは今日も誰かとよろしくヤってるのかな?

 ハルさんは平和になった異世界が暇すぎて、もう隠居老人みたいな思考回路になっちゃったっていうし……

 あれ? じゃあ今、あっちは誰が仕切ってんだ?

 皆不老になっちゃったから、もう死生観がこんがらがってわけがわからないよ。


 宰相としての職業病が抜けきらず、走馬灯の代わりにそんな心配ばかりが脳裏をよぎる。


 ライラ……


(ああ、せめて死ぬ前に、ライラの顔を見たかったな……)


 甘えてくる髪を撫でて、美味しいものを一緒に食べて、そして、もう一度……


 部屋にいる全員が麻薬の使用者であることは間違いない。

 この部屋に、無数の粉が保管してあることも。

 だから、撮影に夢中な奴らは気が付いていないんだ。

 一切が締め切られた密室で、さっき冬麻が俺に呑ませようとした麻薬の封が開いていて、漏れ出し、ヤバイ快楽物質が充満しようとしていることに。


 奴らには耐性があっても、俺には無い。

 視界が霞み、脳が霧がかる。

 ぐわんぐわん、と耳鳴りがして、人の声が遠ざかっていく。

 誰も動いていないのに。


 もう、意識が飛びそうだ。


「ライラ……」


 せめて、もう一度……


 思わず弱音を漏らすと、ぼんやりと見上げていた天井にぴしり、と亀裂が入る。


「え……?」


 物音に気が付いたヤクザ共が「地震か?」「雨漏りか?」と見上げる中、閉め切られてカーテンをされていた付近の窓ガラスが割れた。

 ビルの七回、足場のない窓の外から、人影が転がり込んで来た!

 ……アデルだ!


「……死ね」


 暗器を手に、アデルが次々と組員を斬りつけていく。


「ライラくん、ユウヤくんを確保しろ!」


「「……っ!?」」


「サツか!? くそっ!」


「んなわけねーだろ!? ここ七階だぞ!? SATだ! SATに決まってる!」


「なになに~? んもぅ~、いまイイとこなのにぃ……」


「…………」


 爪をはがされ、痛みで声もあげられない裸の女から、冬麻が退いた、瞬間。


 ビシィッ! という音と共に、天からJK姿の天使が舞い降りた。

 レースのパンツが丸見えなのも気にせずに、貫いた上階からぴょこん、とベッドに着地する。


「ユウヤ! 見つけた!」


「えっ。あっ…………ライラ様……?」


 制服のリボンを揺らして、煌々と光る槍を手に、ライラが駆け寄ってくる。


「この部屋、臭い! ヘンな香りがします!」


「吸ってはいけない、おそらく幻覚作用を齎す毒霧の一種だ!」


 銃を構えた男を取り押さえながら、アデルが布を投げて寄越す。

 ライラはそれを受け取って、俺の口元に当てた。


「んぐ……!」


(何してる! それは、ライラが使うべきで……!)


 声にならない声で訴えたはずなのに。

 ライラは理解しているようだった。


「……大丈夫。私、こう見えて聖女ですから」


 ふわり、と口元を緩ませて、ライラは息を吸い込んだ。


「毒とか幻覚とか……効きませんから! 多分!」


(多分!?)


「だって、聖女職は状態異常のステータスデバフに強いって、『14ファンタジー』でも言ってたし」


(それは! 風邪気味で家から出られない間暇だろうなって勧めた、オンラインゲームの話だろ!?)


「私、オンラインでは初心者マークつきのひよっこですけど、リアルでは聖女歴長いので!」


 どや! と胸をはった聖女様。

 せめてもう一度……死ぬ前に「愛してる」と言いたかった俺は、そのちゃらんぽらんなチートっぷりに、色んな意味で言葉を失ったのだった。

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チート無しで異世界行ったら聖女に溺愛されたので、ヒモしてたら悪の宰相扱いされました 南川 佐久 @saku-higashinimori

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