EP.25 愛人と♡秘密の部屋


 ――「さぁライラ様?お仕事の時間ですよ?」


 そうユウヤに言われると、胸の内からなんだか『がんばろう!』って気持ちが沸いてくるから不思議。

 嘘かと思うかもしれないけど、なんでも出来てしまう気がするのよ?

 がんばったその先に……『よくできました』がある限り。


「ふふっ……! 覚悟してくださいね、愛人さん!!」


「――【身体強化・女神の寵愛】! スキル補正……【溺愛】!!」


 私は脚力を強化しようと、スキルを発動させた。

 一度唱えれば、戦闘中は【溺愛すべきものユウヤ】が傍にいる限り発動し続ける、女神様にもらった新しい私のスキル。


(ユウヤの役に、立てさせてもらいますっ……!)


「えっと、槍の持ち手はキツ過ぎず、緩めすぎず……」


 ハルさんから教わった基本もばっちりです。


(……うん。身体がどんどん温まってきました。良い感じ。これなら……)


 私は仕上げに、ユウヤの元へ駆け寄った。


「ユウヤ……!」


「?」


「ちゅーしてください?」


「え。」


(もう、なんですかその顔!)


 目が点になり、ユウヤの動きがピタッと止まる。


 なぁに? その、『今、ここで?』みたいな表情。

 このやりとり、こないだもしましたよね?


 私は再び問いかける。


「賢いユウヤなら、どうするのが効率的かわかるでしょ?」


「……ッ!」


 ねぇ、ちょっぴり舌打ちした?

 ユウヤってお外だとほんとにツレな~い……

 恥ずかしいのかな? 愛し合う私達の前に、何を恥じることもないし、ふたりきりのときは結構甘くしてくれるのに、手厳し――


 ――ちゅ。


(……!)


「……ほら。早くいってらっしゃい?」


「…………」


 今日のユウヤは、お外でも甘々でした。

 ふいっと照れ臭そうに顎で指図するその感じ……


(……ッ……たまりませんね!!)


 滾ります。


 私の全身に得体の知れないパワーがみなぎってみなぎって……

 爆発する前に、どうにかしないと!


「~~~~ッ!」


 私は不意打ちのデレに顔を赤くしたまま、槍を構えた。

 今日の武器は杖じゃなくて槍なんです。この槍を天にかざして、心のままに唱える。全身全霊の、ラブパワーを込めて。


「――【神槍・溺愛の槍】!」


 同時に、地を蹴る。私は天高く跳躍し、眼前の扉に狙いを定めた。

 手にした槍を大きく振りかぶって――


「――【溺愛らぶ天地砕ク流レ星シューティングスター】!!」


 ――ズゴォオオオオンッ……!!


 ――投げました。


「……!?」


 扉は跡形もなく粉砕し、中から可愛らしいテーブルでちょこんと食事をしている少年がぱちくりとこちらを見つめています。淡い緑の髪に白いリボンタイのブラウス。短めのズボンとハイソックスを履いた……見たところ小学校二、三年生くらいかしら?

 って、そんなことより……


「ねぇ、ユウヤ! 見てくれた!?」


 サッと着地を決めて振り返ると、ユウヤはぽかんとしています。


「あれ……?」


 やっぱり、一気に全部壊したらいけなかったかしら?

 品が無かった? 女の子っぽくない?

 可愛げが無いなんて言われたらどうしよ――


「あ、あの……ユウヤ?」


 おずおずと問いかけると、ユウヤはハッとしたように私の頭を撫でる。


「素晴らしい……素晴らしいですよ、ライラ様……!」


「……!」


(わぁぁ……! 褒めてくれたぁ……!)


「えへ……えへへ!」


 はぁ~……生きててよかった!! この一言のために、私は聖女してたのよ!

 ユウヤのためなら、神様の愛人のひとりやふたり、軽く捻って――


「ライラ様、あの少年は?」


「そうでした! きっと隠し子ね!?」


 そう言った瞬間。扉の中にいた少年がバッ!と駆け出す。


「父親を呼びに行ったのかしら?」


「だとしたら好都合。獲物を探す手間が省けました」


 『ククッ……』と楽しそうなユウヤの顔!

 やっぱり素敵! もぉ~と、期待に応えたい!


「出てきたところで一網打尽にするわ。ユウヤは下がって!」


「ライラ様、何を……?」


 きょとんなユウヤも可愛い!


「あのね……」


 私はいたずらっぽい笑みを浮かべたまま、詠唱した。


「降り注ぐ愛の矢――【溺愛らぶ壊滅裂砕陣だぁれも逃がさない】!!」


 私が右手を構えると、無数の光の槍が空間より出でて、一点に狙いを定める。

 この掲げた手が振り下ろされるとき。私とユウヤの愛の結晶とも言える数百本の『ラブ♡ランス』が、打ち倒すべき敵を貫くのです♡


「さぁ、いつでも出てきなさい! めっためったのぎったぎったにして、ユウヤにちゅっちゅ♡ して貰うんだから――」


「ライラ様、静かに!」


「――!?」


 急に背後からガバッ!と口元をおさえられ、思わず胸もお腹もキュンキュン♡する。


「…………」


「な、なぁに? こんなところで……ユウヤってばダ・イ・タ・ン……♡」


「シッ……静かに」


「……?」


 凛々しい視線の向けられる先……ユウヤの目線を奪うのはダレ?


(あぁ……ずるいわよ?)


 ジッと様子を伺っていると、その沈黙が示すものを、私は理解した。


「まさか……」


「「逃げられた!?」」


 私達は顔を見合わせて部屋の中へと駆け出す。


「そんなまさか……! 子どもを連れてハーデスの元へ!?」


「でも、人の気配はひとりしか……」


 食べかけのパンが置かれたリビングに、カップがひとつ。クローゼットに、キッチン、お風呂場、お手洗い……部屋の中を隅から隅まで探しても、さっきの子はおろか、誰もいない。


「チッ……まさか、何の反撃もせずに一目散に逃げ出すような腰抜けだったとは……だが、子連れであれば仕方のないことなのか?」


 ユウヤはどこか残念そうに言葉を吐き捨てる。そんな苦々しい顔もイイ♡


 イライラと口元に手を当てて、ブツブツと何か考え事をしているみたい。

 宰相をしてくれてたときによく見た顔です。私はそんな不機嫌な顔も好き♡


 ぽや~っとその横顔を眺めていると、ユウヤはおもむろに半壊して建付けの悪くなった扉を蹴破った。


(きゃっ♡ ワイルド……♡)


「……ッ! ここか!」


 ユウヤが開いたその部屋は、寝室だった。

 大きな部屋に、丸い形の大きなベッドがひとつ。部屋の装飾はひらひらフリフリしてて、なんだかお姫様のお部屋みたい……っていうより――


(ら、ラブホテルみたいだわ……)


 こ、こないだユウヤに教えてもらった、ちょっといかがわしい遊び場……


「はわわ……////」


「なに赤くなってるんですか!? いいからライラ様も探してください!」


「な、なにを?」


(楽しいおもちゃかしら? 大人向けの……)


「~~~~ッ!」


 顔を赤くしてもじもじしていると、ユウヤはごそごそと部屋を漁りだす。

 ベッドの下、棚の後ろ、ゴミ箱の底にマットの裏側……

 そして、『無い、か……』と言ってため息を吐くと私に向き直った。


「ライラ様、もし仮に僕とライラ様のお部屋が別だったとして――」


「そんなのイヤ!」


「はぁ……仮に、ですよ。絶対にそんなことしないから、安心してください」


「うん♡」


「で、宰相部屋と聖女の部屋が別だった場合。皆にバレないようにこっそり繋げるなら、どこに出てきたいですか? 皆に内緒で僕に会いに来るとき、真っ先にどこに向かいます?」


「ベッドのある部屋♡」


「…………」


 あれ? 私、おかしいこと言った?

 お仕事ヤだなー疲れたなーって思ったら、真っ先にユウヤに可愛がってもらいたいわよね? 女の子ならフツーじゃないの?


「ダ、ダメ……?」


「別に、そんなことは一言も。ただ、溺愛が過ぎるなぁと。でも、ライラ様がそう思うってことはやっぱりこの部屋のどこかに隠し通路が……」


「隠し通路?」


 尋ねると、ユウヤは探るように視線を動かしたまま続ける。


「そうです。僕らはあの少年を隠し子かと思っていましたが、おそらくそうではない」


「え?」


「以前見かけたとき、ハーデスは幼い少女の姿をしていた。だから、その愛人が同世代の姿形であってもおかしいことは無いことに気がつくべきでした」


「じゃあ、まさかあの少年は……」


「愛人のミント本人で間違いがないでしょう。その証拠に、ほら――」


 枕元のミニチェスト。その引き出しに入っていたのは、さっきの男の子が黒髪の女の子と映っている写真でした。


「仲良さそうなアップのツーショット……♡ 仲良くコーヒー飲んでる……」


「ふたりとも、見切れた下はおそらく裸でしょうがね」


「うそ……////」


「だって、愛人ですから。それにこの部屋」


 ユウヤはさも当たり前のようにサラッと言ってのけると、その引き出しを外してひっくり返した。バサバサと出てきたのは未使用の避妊具です。

 あの、その……ごむってやつ……?


(冥界にもあったのね……異世界から輸入したのかしら……?)


「はわ……////」


「ほら、出てきた。でもこの量は異常だな……」


 ユウヤはふむふむと、そのチェストの下の段をひっくり返しました。

 そして――


「……あった」


「?」


 にやりと笑ったユウヤの視線のその先には、小さな四角いスイッチが。


「俺を誰だと思ってる? 聖女様に溺愛された宰相だぞ? 愛人の考えそうなことなんて、お見通しなんだよ――」


 ポチっとスイッチを押すと、ベッドが回転して、ふたつに割れる。

 そして、すずらんの形をしたランタンで照らされた小道が姿をあらわした。


「まさか、ここから……?」


 その問いに、ユウヤはにやりと微笑む。


「ええ。きっとこの先は『溺愛せし者』に繋がっている」


 私の手を引いてその道に橋を踏み入れたユウヤは、どこか不敵に笑って言いました。


「だって……そうするからな……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る