EP.14 悪におちた宰相は『ひみつ』を隠匿する
やばいやばいやばい……
俺は思考を巡らせた。どうにかしてこの場を乗り切る方法を。
だが、悪の宰相ユウヤ・キサラギは『世界転覆罪』で指名手配されている史上最悪の異邦叛逆者。この姿を見られたからには――
――生かして帰すわけには、いかない。
(かといって……)
策も、無い。
俺は時間を稼ぐことにした。
機転を利かせたハルさんやクラウスがリリスを呼びに行き、得意の幻覚煙魔術でこの事態をうやむやにしてくれると信じて。
呆然と俺から視線を逸らせないでいる南北の面々に向き直る。
「お久しぶりですね、皆さん? ご機嫌はいかがですか?」
「「…………!?」」
にこりと微笑んだ俺に底知れない恐怖を浮かべる面々。ミラージュとフロスティアは信じられないものを見るような眼差しで震える唇を開く。
「お前は……悪の宰相、ユウヤ・キサラギ!?」
「まさか、そんな……! 本物なの?」
俺は、笑った。
「何が偽物で何が本物かは、あなた自身に問いかけてはどうですか? もしかしたら僕は魔王の化けた姿かもしれないし、魔王が僕の化けた姿だったのかもしれない」
「「……??」」
(いいぞ……そのまま混乱していろ。きっとリリスがすぐに――)
察したクラウスがリリスを呼びに行ったのを確認して、再び視線を投げる。
「それにしても……よくもまぁここまで暴れてくれましたね? 僕の帝国で」
「お前の――帝国?」
「ええ、そうですよ? いずれこの世は僕のものになる。遅かれ早かれ、全てが――ね?」
その問いに、“それっぽく”肩を上下させ、くすりと笑みを浮かべた。
只のユウヤに戻った俺の唯一の武器は、ミラーが映す『イメージ』だ。できるだけ『こわい』と思って貰わねば。
だが、『世界征服を目論んでいる』と大きく出たところで、あまり敵視されるのはよくない。ここらで落としどころを探していかないと。
「あなた方と会談していて、思ったんですよ? 何故こうも、人は争いたがるのかと。だったら、僕が支配すればいい。もう誰も、争わないように」
「そんな詭弁が――!」
「ふふっ。なぜ怒っているのです? 少なくとも、あなたに言われる筋合いは無い。真っ先に剣を抜いた、勇者(笑)のセイクリッド☆セイバーさん?」
「――っ!」
図星をついた痛恨の一撃が決まり、セイクリッド☆セイバーは口を噤んだ。
俺は立て続けにミラージュを攻める。
「北の宰相。あなたが北の聖女と勇者を
「……っ!? 西の聖女を誑かして連れ去ったお前に! 言われたくはない!!」
「そうですねぇ? そういえば、そうでした。でも、『そんな外道』に助けられたのは、どこの誰でしたっけ? 危うく首を飛ばされそうなところを、何度助けてあげたか。もう忘れたのですか?」
くすくす。
「「……っ!」」
(よし。いい子だ……言うことを聞け。俺サイドに落ちろ……!)
何せ俺は、命の恩人(笑)だからな?
「その耳の後ろの角……魔族でしょう? どうして魔族が聖女と共にいるのです?」
問いかけに俯くミラージュ。その様子を、セイクリッド☆セイバーは固唾を飲んで返答を待っている。どうやら彼女は、知らされていなかったようだ。
(だとすると……知っていたのはミラージュと聖女フロスティアだけ……)
俺はフロスティアに視線を投げた。
「聖女様に聞いた方がいいですかね? どうして敵対しているはずの魔族を従者として傍に置いているのです? ありえないでしょう?」
「……っ!」
ビクッ!とフロスティアの肩が跳ねる。どうやら、俺のことを『こわい人』だと認識してくれたようだ。
(もう少し揺さぶりをかけて、あちらをたじたじにすれば、こちらに有利なように事が運べ――)
内心でほくそ笑む俺の視界に、帰ってきたクラウスが目に映る。城内から、ぐったりと意識を失ったリリスを抱えて、『どうしよう~!』みたいな顔してる。
(…………)
(何故リリスが意識を失って……! まずいまずい。幻惑の煙でうやむやにする作戦が……!)
笑顔を崩さないまま内心で歯噛みする。
(くそっ。どうする……?)
幸いフロスティアはミラージュが魔族であることに立場を悪くしている……
俺は、『命の恩人作戦』に切り替えることにした。
ミラージュを死神から庇った事実を盾に、懐柔することに話題をもっていく。
「どうやらそちらにも、人には言えない『ひみつ』があるようですね? どうしてあなた方が共にいるのかは知りません。だが、仲睦まじい幼馴染であるというのなら、最期まで一緒にいられないというのはなんともお可哀想な話です」
「「「なっ――」」」
その場にいた全員が、俺の一言で理解したようだ。
「魔族は長命、人は短命。大方『エタニティ』が欲しかったのも、そういうことなのでしょう?」
「…………」
「ミラージュ、そうなの?」
おずおずと問い正す聖女に、ミラージュは観念したようにため息を吐いた。
「そうですよ。僕はティア以外から魔力を得たくない。あなたにずっと生きていてもらう必要があった。だから『エタニティ』が欲しいんです。人を『寿命』という呪縛から解き放つ、不老薬が」
全てを吐いたミラージュは、聖女の傍に佇んだまま俺を見据える。
「 で? くれるんですか?」
(うわっ。なんでそんなに偉そうなの?超絶あげたくないんだけど……)
だが。その『どうせくれないんだろ?』みたいな諦めきった顔もムカつく。
(そっちがその気なら……)
「僕はわけあって帝国の事情には精通している。一人分なら用意できなくもない。ただし、条件があります」
「……条件?」
「『ひみつ』を持つ者同士、仲良くしませんか? 僕は『悪の宰相が存在し、帝国と未だ繋がりがある』という事実を伏せておいて欲しい。あなた方は『宰相が魔族である』ということを。騒ぎを聞きつけた帝国民がここへ来て僕らの姿を見られるのはお互いによろしくない。利害が一致しているのでは?」
「「…………」」
「不幸にも帝国屈指の魔術師は現在動ける状態にない。何とかできる術を、あなた方はお持ちではありませんか? なんとかしていただけるというのなら、そのときは――」
にやり。
「――『エタニティ』を差し上げても、よろしいですよ?」
「「――!」」
「それと、今後は帝国との対立をやめて仲良くしてください? お互いの為にね?」
俺の言葉に、北国は――
「……わかりました。ティア、構いませんか?」
「私はいいけれど……でも、せいばぁは――?」
振り返るフロスティア。宰相が魔族であったこと、そして帝国と手を組もうとしていることに、北の勇者はただ一度だけ、頷いた。
「それで、宰相殿が幸せになれるなら……」
「では、アレを使いましょう」
ミラージュはゆっくりとフロスティアの背後に立つと、両手でその目をそっと覆った。
「その魔力、お借りしますよ?」
「いくらでも持っていって? 私にできるのは、それくらいだから」
いったい何が始まるのかと一同が固唾を飲んで見守る中、ハルが目を見開く。
「魔力を貰うって、まさか……使役契約か!?」
「……使役契約?」
「術の行使者でなく契約者に魔力を消費させることで、ノーリスクで術を放てるっていう、術者に一方的に都合のいい契約だ。それさえ使えれば魔術のクオリティは術者と契約者双方の実力の和に比例し、飛躍的に向上すると聞いたことがある。まだ奴隷がいた頃とかはされていたらしいけど、まさか従者が聖女を使役契約するなんて……」
驚いたように固まる俺達をよそに、北の聖女は平然と言い放った。
「いいのよ? だって、幼馴染って……そういうものでしょう?」
(違うと思う……)
その場にいる誰もが息を飲んだが、フロスティアがあまりに満足そうな笑みを浮かべるので、誰も口にすることはできなかった。
城前広場のどよめきが次第に大きくなる中、ミラージュはスッと息を吸い込むと、鈴のような声音で詠唱した。
「隠せ、隠せ。大いなる魔性の霧よ。世に蔓延る非情な真実から我らを守り、優しい嘘で疾く満たせ。其は虚構、其は安らぎの夢の如く――」
「夢幻結界――【
刹那。 オーロラように妖しく美しく揺らめく霧が、帝国一帯を包み込んだ。
「これは……」
「……隠匿の霧を満たしました。ティアの魔力量であれば、数日中は『如何なる秘密も隠し通せる』。条理に背く禁忌の術です。霧が晴れるまでに城を直すなり新たな結界を張るなりして対処してください」
「何故そんなものを一介の宰相が行使できる?」
俺の問いかけに、ミラージュはにやりと笑う。
「僕だけの術ではありません。以前国内で『ひみつ』がバレそうになったとき、僕とティアの『感情』が暴走して偶発的に生まれた魔術です。おそらくは、聖女の力に起因する何かかと。だって僕は、ティアがいないと何もできない、ヒモ魔族ですから?」
そうして、フッと聖女に視線を投げる。
「でも、私はどうすれば術が発動するかわからないの。ミラージュは魔族だから、その辺は本能的にわかるみたい。でも魔力量が少ないから、こうして助け合ってるのよ?」
「ふふっ。嘘をつくのは得意なんですよ? 隠し事をするのもね……?」
素直でない返答にふふふっ、と笑う聖女の屈託のない笑み。
その笑顔に、その場の誰もが『これでいいんだ』と、納得したのだった。
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