第15話 悪の宰相は猫を拾う。そして報復を企てる


 帰り道に暗殺者と出くわすことも無く、無事に西の聖女領に帰ってきた俺達は久しぶりの地元の空気にほっと息をつく。とはいっても、息をついたのはライラとグレルくらいだが。俺はスイーツ店の前を通るたびに顔を輝かせるふたりをよそに、馬車を停車させた。


「ライラ様。僕はメタモニカ様の館に用がありますのでここで降ります。道中お気をつけて」


「ユウヤ?ひとりで大丈夫?夜までには帰ってくる?」


「さすがに領内まで来れば大丈夫でしょう。ではグレル、ライラ様を頼みましたよ。あなたとリリスの部屋は教会内に用意するようクラウス団長に手配していますので、困ったことがあれば彼に聞いてください」


「わぁ、ありがとうご主人様!ライラ様はお任せください!」


 ビッ!と敬礼するグレルに笑顔を向け、モニカちゃんの館に向かう。扉を開くと、机の上に菓子を広げた青い髪の幼女と目が合った。


「……何してるんですか、モニカ様」


「おぉ、宰相殿!長旅ご苦労だったの!」


 くふふ、何かを頬張りながらいい笑顔が返ってくる。よく見ると、机の上に並ぶのは皿に乗った色とりどりのグミと、赤い小瓶。


(まさか……)


「モニカ様?まさかその『魔法の粉』をグミに……?」


「うむ!かけるとなんでも美味くなるというのは本当じゃったの!」


(信じられない……この幼女、グミに味の素をかけてバカ喰いしてやがる……たしかに『かければなんでも美味い』とは言ったが、菓子にかけるという発想は無かった。恐るべし異世界……)


 驚きを隠しつつ、見なかったことにして椅子に腰かける。

 そして、開口一番礼を言った。


「モニカ様。この度は優秀な魔術師を斡旋していただきありがとうございました」


「なぁ~に、礼には及ばんよ。異界の者に理解のある奴が適任じゃろうと思った故な」


「ご英断感謝いたします。幸か不幸かリリスには気にいられまして、魔術騎士団の顧問を引き受けて頂ける運びとなりました」


「リリスから全て聞いておる。ふふ、あいつが『一緒にいて楽だ』と言ったのは儂以外では久しぶりじゃ。お主、中々の度量の持ち主のようじゃの?」


「いえ、単に物事の許容範囲が広いだけかと。そんな大それたものではありません」


「そういう謙虚な姿勢がいいのかもしれん。かく言う儂もお主とこうして話すのは楽しいからの!それに、教えられたこの魔法の粉も最高に具合がいい!いくつでも食べられる!」


 『くふふ』と笑って差し出された白い粉付きのグミを『虫歯になりますので』とそれとなく断り、俺は席を立った。


「では、今日はこれで。また異界に関する情報が分かれば教えてください」


「ああ!それなら!」


「?」


 どうせ何の進展もないだろうとダメ元での発言だったが、予想外に席を立つモニカちゃん。何を思ったか、一冊の本を取り出して俺に持たせる。


「これは……?」


「『神と悪魔と異界の勇者』という古くからこの地に伝わる童話じゃ。ある日異界の門から勇者がやってきて、神の助けを借りて悪魔を倒す。そして姫君と結ばれるという、よくある昔話じゃよ」


「どうしてこれを僕に?」


 尋ねると、モニカちゃんはイタズラっぽく笑う。


「今も昔も、火のない所に煙は立たぬと言うからの」


(なるほど……)


「嘘か真か、まずは読んでみると言い。お主が読めば、何か思いつくことがあるかもしれん」


「ありがとうございます。ああ、お代は――」


 言いかけると、モニカちゃんは背伸びして俺を黙らせるようにして唇に人差し指を当てた。


「要らん。リリスを楽しませてくれた礼じゃ。それに、儂もその本は昔から好きで、是非とも異界の者にも読んで欲しいと思っていたのじゃ。是非目を通してみてくれ。それと、読む際に留意して欲しい点がひとつある――」


「?」


「この世には、神も悪魔も。それを肝に銘じながら、読んでみてはくれんかの?儂も、彼らには縁のある術師の端くれ。是非、実際に会ってみたい」


「心得ました」


 にっこりと笑う幼い顔に頭を下げ、俺は館を後にした。すると、路地の奥から騒がしい音が聞こえる。


(この声は……?子どもと、猫か?)


 それにしては不穏な鳴き声だ。不審に思って足を向けると、複数の子どもが寄ってたかって猫をいじめていた。銀の毛並みに黒い縞の、スタイリッシュな美猫。


(許せん)


 俺は、猫派だった。


 実際、実家ではバーマンという懐っこい種の猫を飼っている。身体が白くて瞳の蒼い綺麗な猫。名前は『ましろ』。この世で何よりも大切な俺の家族。

 俺がライラをあやすのがうまいのも、きっとましろを可愛がっていたおかげだと思っている。だって、真っ白な肌を晒してベッドに潜り込んできてはゴロゴロと喉を鳴らすライラは、どう見ても猫だから。

 俺は子どもらの間におもむろに割って入った。


「――何をしている?」


 一瞥すると、子どものひとりが尻餅をつく。


「ひぃっ……キ、キサラギ宰相……!」


「えっ!?!?」


「やべぇ!キサラギ宰相だ!逃げろ!」


「逃げろったってどうやって!?」


「うわぁぁ!もうお終いだぁ!徴兵されてボロ雑巾みたいに使い捨てにされるぅうう!」


「俺の父ちゃんもキサラギ宰相にだけは刃向かっちゃダメだって!」


「魔法の実験台にされるぞ!」


「「「逃げろっ――!!」」」


(…………)


 あいかわらず、酷い言われよう。


「チッ……」


 忌々しげに舌打ちすると、蜘蛛の子を散らすようにガキ共は逃げていった。


「まったく……人をなんだと思ってるんだ」


 足もとで弱々しく『みゃぁ……』と鳴く猫を抱きかかえ、俺は教会に向かう。


「こんな綺麗なお猫様をいじめるなんて。なんて奴らだ。これだから教育の行き届いていない異世界の住人は……お望みどおりボロ雑巾にしてやりましょうか?ねぇ?」


「みゃぅ……」


「わかっていますよ。傷を手当して、あたたかいミルクをお持ちしますので、もう少しの辛抱です」


 宰相服の袖で包むようにして細心の注意を払いつつ私室へ向かっていると、廊下でライラとすれ違った。


「ライラ様、ちょうどいいところに!」


「ユウヤ!?私も探してたのよ!ちょっと来て!クラウスが!」


「……クラウス団長?」


 首を傾げながら言われるままについて行くと、そこには教会内の病室でボロ雑巾のような姿になったクラウスがいた。


「ちょ、どうしたんですかその怪我!?」


「ああ、クラウス!今治しますからね!」


「――【癒しの女神ノ囁きいたいのいたいのとんでいけ】!!」


 ライラの手からあたたかい光が零れると、全身に負った無数の傷と痛ましい痣がみるみるうちに消えていく。


「ライラ、様……?それに、宰相殿も……」


「クラウス!大丈夫ですか!?一体誰がこんなこと!」


「その前に、そちらの方にも傷の手当てを……」


 意識を取り戻したクラウスが、そっと俺の腕の中を指差す。


「みゃ……」


「可愛い猫ちゃん!」


「――じゃないでしょう?」


「ごめんなさい!つい!」


 ジト目を向けると、ライラは再び詠唱した。


「――【癒しの女神ノ囁きいたいのいたいのとんでいけ】!!」


「にゃう……」


 ひとまず落ち着いた表情を見せる猫に安堵する俺達。クラウスはゆっくりと上体を起こすと頭を下げた。


「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。そちらの御仁ごじんも、傷が癒えたようでなによりです」


 慈しむような優しい眼差し。


「クラウス団長――」


(絶対、猫派だ……)


『お前もか、クラウス――』その言葉を飲み込んで、俺は声をかけた。


「領内最強と謳われるあなたが、一体どうしてあんな傷を?」


 尋ねると、クラウスは困ったように頬を掻く。


「それが、お恥ずかしながら――」


 クラウスの口から語られたのは、魔術騎士団の驚くべき進歩と成果。そして、団長が自ら先行して行っているという、新しい『剣技』の実験だった。


 俺達が不在の数日間という間に、我らが魔術騎士団は凄まじい成長を遂げたらしい。盲目的にライラと俺に献身するクラウスのおかげか、瞬く間に『魔法剣』の技術を会得し、剣技に火や水などの属性を付与することに成功。最近では新たな属性『闇』に着手し出したという。クラウスの怪我はその際に負ったものとのことだった。俺は驚きと感嘆の声をあげる。


「クラウス団長。まさかあなたがここまで粉骨砕身して領の為に尽くしているとは……さすがは組織の長。その忠義、恐れ入りました。ですがその怪我……少々やり過ぎなのでは?西の教会に治癒魔法の使い手はライラ様のみ。不在時にそんな無茶をして、何かあったらどうするのです?」


 首を傾げると、クラウスは困ったように笑う。


「それが、今回着手した『闇』の属性剣は少々特殊なものでして。属性を付与する魔術師と使い手である剣士の双方が闇の属性に適性が無いと扱えないのです。元より闇の属性に適性のある者は魔族以外では稀有な存在。今のところ我が魔術騎士団では剣士側で扱える者が私しかいないのですよ。ですからこうして――」


「あら?クラウスは『光』に適性のある剣士じゃなかった?私ほどではないけど、剣士なのに光の魔法が使えるくらいに適性も耐性も高いって、団員たちが誇らしげにしていたのを聞いたことがあるけど……」


「はい。ライラ様のおっしゃる通り、我が生家のソルグレイス家では古くより太陽の神を信仰し、光の加護を授かっております。故に高い光の適性を持って生まれてくるのですが、今回試してみたところ、若干ではありますが闇にも適性があることがわかりまして……」


「すごいわ、クラウス!器用なのね!」


「光と闇の両属性に適性ですか……頼もしい限りです」


(なんつーチートな団長だ、クラウス……手懐けておいてよかった……)


 手放しで褒めちぎる俺とライラに、照れ臭そうに笑うクラウス。


「しかし、扱いが難しいため思うように安定せず、技の練度もまだまだ。故にこうして暴発し、身体への負担や反動も大きいものとなっています。お恥ずかしい……」


「いえいえ、団長自ら身体を張るその姿勢。きっと部下たちもあなたを見習って奮起するでしょう。素晴らしいことです」


 俺は直感した。昼間に子どもらが『ボロ雑巾にされるぅ!』と言っていたのはクラウスの姿を見たからだろうと。それが何故俺のせいにされてるのかはわからないが。

 心の中でもやっとしていると、ライラが心配そうな声をあげる。


「でも、それだとクラウスの身がもたないわ!」


「みゃう!」


 ライラの声に反応するように鳴いた猫。クラウスはその頭をにこりと撫でると、恥ずかしげに口を開いた。


「お心遣いありがとうございます。しかし心配には及びません。怪我をしても妻が献身的に看病してくれますので……実を言うと、それが嬉しくてこうして望んで無茶をしてしまったり――」


「「…………」」


「――しまわなかったり……」


 こっそり訂正するクラウスだったが、さっきのデレデレな表情でクラウスが奥さんに構ってもらいたくて危険な実験に進んで参加しているのはバレバレだった。


(痛みを喜びに変えるなんて……溺愛パワー恐るべし。クラウス……こいつも大概ライラと同レベルの溺愛モンスターだったとは……)


 人は見かけによらない。うっかり変態っぽい所業を口にしかけたクラウスは一変して爽やかな笑みを浮かべる。俺はそれが誤魔化しだとわかったが、ライラはあっさり騙された。両手を合わせて『きゃぁ♡』なんて声をあげる。


「仲睦まじい夫婦って素敵ね!」


 ちらっ。


「……ね?」


「にゃぅ?」


 これ見よがしなライラと猫の視線。俺は無視してクラウスに問いかけた。


「それで、技の安定まではどれくらいかかりそうなのですか?騎士団長のあなたがいつまでもその調子では、領民や騎士団の者を不安にさせてしまいます。できれば怪我なく扱えるように会得していただきたいのですが……」


「それは、そうですね……宰相殿のおっしゃる通りだ。術者である魔術師殿の出力調整に問題はありませんので、あとは私の闇属性への適応力と耐性を高めるしかないのですが……」


 しばし考え込むようにしていたクラウスは、ぽつりと呟く。


「一度最大解放をすればリミッターが外れて、あるいは――しかし、そうすると周囲に余波の危険性が……」


(そういうことか……)


 俺はそこで、ある名案を思い付く。


「クラウス団長?それは、屋内で最大解放をしてみればいいということですか?」


「え?ええ……可能性はあります。しかし、教会の施設を壊すわけには……」


 にやり。


 躊躇するクラウスに、俺は告げる。


「思いっきり壊してもいい施設に心当たりがあります」


「な――」


「そこなら周囲にどんな影響が出ても構わない。ライラ様についてきていただければ怪我してもすぐに治癒できるでしょう。よろしければ今晩にでも向かいたいと思うのですが、いかがですか?」


 視線を向けると、似たようなきょとん顔が返ってきた。『いったい何処なのか』と顔を見合わせるふたり。俺は内心でほくそ笑む。


「おふたりとも?異存がないなら今晩、教会の正門前にお集まりいただけますか?」


「宰相殿がそうおっしゃるなら是非……」


「私はユウヤとどこまでも♡」


「ふふっ、ありがとうございます。丁度人手が欲しいと思ってたんですよ……」


 俺の目論見にお気づきの方はいるだろうか?

 ――そう。『派手にぶっ壊してもいい屋内施設』。

 次の目的地とその標的は――


 ――グレルのマスター。俺の暗殺首謀者への報復だ……!

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