EP.19 悪の宰相は居留守を突破し、獲物に目をつける


 ベルフェゴールに貰った『魔王の顔パスパスポート』。

 これを使えばどんな『フレンド』の実家にもひとっ飛びだという魔法陣に乗って、俺達はサタンさんのお家の前にやってきた。


「ねぇ、お兄ちゃん。サタンさんってどんな人?」


「詳しくは知りませんが、魔王様のご両親と縁のあった方で、『かつて神に仕え、神を裏切り魔界に堕ちた者』だとか」


「へぇ……? じゃあ、神サマのことキライなんだ? ハルと同じだね?」


 西洋風の、やたらと庶民的な一軒家。その玄関前でコンちゃんを抱いたままインターホンを見つめるモエがきょとんと首を傾げる。

 モエの言うとおり、ベルフェゴールに聞いた話が本当ならば、今回の『神に敵対する』という話自体には乗ってくる可能性が高い。


 だが、問題は――



 ピーンポーン。



「「…………」」



 ピーンポーン。ピーンポーン。



「「…………」」


 何度鳴らしても出ないのだ。


 中からわたわたと子供の声が聞こえてくるのに、一向に出てきて貰える気配がない。


「おかしいな。この時期、『12月の25日前後は絶対に家で悲しみに暮れている』と言っていたから、居ない訳がないのに……」


 それに、さっきからドアの向こうからジッと視線を向けられているのような気配もしている。完全に、居留守を使われているとしか思えない。


(そっちがその気なら……)


 俺は、幼い頃の記憶を思い出す。あれは俺が小中学生の頃。幼い妹とふたりで留守番をする際に居留守していたときのこと……


「モエ。こっちです」


「どこ行くの?」


 俺はモエの手を引いてリビングに面する庭の外にやってきた。カーテンがあいているのを確認し、中に子ども達の姿があることを確認する。燃えるような赤や金、銀の髪をした、様々な子どもたち。だが、どんな子どもも一様に背中に『天使の羽』が生えていた。


(子だくさんの大家族とは聞いていたが……全てサタン様のお子さんのようだな)


 元天使である堕天使のサタン様。どういうわけか子どもが好きで、堕天してからは多くの魔族と子を為したとのこと。子どもたちの年齢は皆幼く、リビングの中はまるで幼稚園のような有様だった。俺は確信する。



 絶対、中にお兄ちゃんかお姉ちゃんがいる……!



 扉を開けず、頑なに居留守を使っているのはそいつだ。


(だとしたら……)


 俺は急いでパスを使って魔王城に戻り、以前モニカちゃんが降らせたときに手に入れた、大量の菓子を持ってサタン一家の前に戻ってきた。そして、リビングから見える位置でこれみよがしに大声をあげる。


「ごめんくださーーい!! 少し、お話いいですかー! 今なら試供品のお菓子をお配りしておりまして……!」


 その瞬間。リビングからわたわたと子どもたちが駆け寄ってくる。窓際にびたんと張り付き、小さな天使(仮)達が、わぁわぁと声をあげた。


『お菓子だって!』


『どこどこ!?』


『お外にいるお兄ちゃんが、袋いっぱいにお菓子持ってるの!』


「ほーら! お話を聞いてくれたら、どれでも好きなものをあげますよ?」


 そう。 俺は昔、乳製品の訪問販売が来た際、玄関の外から『今ならおもちゃが付いてくるよ!』と言われて、幼いユウキがわぁわぁと喚くのに根負けをしてドアを開けたのだ。


『お兄ちゃ~ん!! お外! お外にお菓子が!』


『こら、お前たち! お家には誰も居ないの! 頼むから今だけは静かにしてくれ! 俺は母様から留守を預かってるんだから……!』


(やはりな……)


 俺はこれ見よがしに盛大に袋の中身をぶちまけた。


「おおっと! 手が滑った!」


「わぁあ! こんなにお菓子が! もったいない! 私達じゃあ食べきれないなぁ!」


 モエもここぞとばかりにわざとらしい声をあげる。


(さぁ、出て来い! そして、扉を開けろ! お兄ちゃん……!)


 サッとリビングに出てきて舌打ち混じりにカーテンを閉めるお兄ちゃん。その姿は背に天使の羽が生えた、赤い髪の少年だった。見た目的には中学生くらいだろうか。

 だが、ミラージュよりも数倍大きい角が生えていたことから察するに、サタン様はやはり強大な力をお持ちなようだ。しかも、お兄ちゃんの頭上には天使の輪まで浮いていた。どの魔族とのハーフなのかはわからないが、魔力の象徴バロメーターとも言える角を有した、天使と魔族の両刀。

 俺の中で、未だ見ぬ『力』を引き込みたいという欲望が目を覚ます。


(案外、営業向いてるかもな……)


 俺はモエと『せーの』で声を合わせた。


「「誰かいっしょに食べてくれないかなぁ~??」」


『『食べる~!!』』


 ガシャーーンッ!


 窓が割れて、子どもたちがわらわらと群がり出てきた!

 どうやら高まった室内のテンションに窓ガラスが耐え切れなかったようだ。さすがはサタン様のお子様。その覇気だけで周囲のあらゆるものを破壊し――以下略。


「お兄ちゃん! お菓子ちょーだい!」


「食べるの、手伝ってあげるね!」


「わ。待って! お兄ちゃんのお話を聞いてくれたらね?」


 にぱにぱと、天使のような微笑みを向ける小さな弟と妹たち。モエも膝まわりに縋りつかれ、くすぐったそうに笑っている。その様子に、少年が口を開いた。割れた窓ガラスを意にも介さず素足で踏みしめて、こちらにまっすぐ向かって来る。

 やはりというべきか、足の裏の傷は瞬く間に切れたそばから再生していった。少年の傷が再生する度に光る頭上の光輪。


(『天使の加護』か……素晴らしい治癒能力だ。しかも、あの様子……オート再生だな? ハルさんの言っていた、パッシブスキルというやつか)


「クク……」


「なに笑ってんだよ?」


「いや? 本当にサタン様のお子様なのだな、と思いまして……」


 俺の返答に、眉間に皺を寄せる少年。肩にかかる赤髪をふわっと払うと、鮮やかな菫色の瞳をこちらに向ける。


(確か、ベルフェゴールの瞳も紫紺だったな。となると、父親は『魔王』の遠縁か……?)


 天使や魔王などの有力な魔族は、その血が濃ければ濃い程能力の素質に恵まれるという。その最たる指標が角や瞳などの身体的特徴だそうだ。

 俺はここに営業スカウトに出る前、ベルフェゴールにそう教えられ、『良さげなのがいたら連れて帰って来い』と仰せつかっている。


 『紫』は、魔王系。『金』なら神系だ。


 俺はこっそりモエに耳打ちした。


『……彼、連れて帰ります』


『……!』


「おい、何をこそこそ話してる? ウチに何の用だ? そもそもどうやってここに来た? ここは魔界の666番地。『紅姫べにひめ堕天使』直轄領だ。おいそれと、ただの魔族が来れる場所じゃあ――」


 言いかけて、少年は俺達の頭部に視線を向けた。


「……人間か?」


 驚いたように大きくなる瞳。その口調は、予想外に友好的だった。

 まるで『人間』に興味があるような――

 俺はにこりと目を細める。


「はい、いかにも。『異界から来た』人間です」


「……!」


「僕たちは【怠惰】の魔王ベルフェゴール様の使い。本日は、偉大なる『紅姫べにひめ堕天使』サタン様にお願いがあって参りました。知らぬ仲ではないというサタン様に、『ご協力』をお願いしたく――」


「……帰れ。母様はこの時期、誰にも会いたがらない。会わせないように、俺は留守を預かっている。弟妹ちびたちがうるさくして悪かったな。でも、帰ってくれ」


「そういうわけには参りません。少し、お話だけでも……」


「皆もお菓子食べたいよねぇ??」


「「食べた~い!!」」


 モエのナイスなアシストにより、俺達はサタン一家へお邪魔した。


「チッ……代わりに聞くから。済んだらすぐ帰れよ?」


「ふふ、ありがとうございます」


(まぁ、最悪お前だけでも連れて帰るがな?)


「お邪魔しま~す!」


 中は思いのほか狭く、ベルフェゴールのいた魔王城とは酷く異なる造りだ。

 だが、どうにも既視感がある。


(これは……)


 なんというか、一般的なご家庭だ。リビングにテーブル、ソファに暖炉。おとぎ話に出てくるような西洋風の民家だった。

 そう。『人間おれたち』が住むような家と、同じような造りをしている。

 我が帝国内にも有翼種の魔族はいるが、彼らの家には全体的に天井が高い吹き抜けの造りをしているので、この家は『堕天使の家』としては些か不可解な作りをしていた。


 俺は疑問を胸に抱きつつ、勧められるままにソファに腰を下ろした。

 『テキトーなやつだけど』と言って出された紅茶をバレないようにコンちゃんに毒見させ、害がないことを確認する。ちなみに、コンちゃんは死ぬときに毒石に変化するような大妖怪なので、ちょっとやそっとの毒では死なない。


「で? 話って何? 協力? お願い? 言っておくけど、12月25日は母様の『大切な人』との記念日だから、母様は地下廟から前後一週間は出てこないよ」


「『大切な人』……?」


「それって、旦那さんってことですか? それとも親御さん?」


「いや、そういうわけじゃあ……」


 モエの問いに、言葉を詰まらせる少年。


(12月25日……? 大切な記念日に、何故『廟』に籠るんだ?)


 まるで、それでは命日じゃないか。

 しかも、盛大に祝うのではなく、物忌みのように引き籠る……


 俺の中で、不可解な点がバラバラなパズルのピースのように浮かんでは消えていく。だが、今はそれどころではない。俺は今一度少年に問いかけた。


「単刀直入に申し上げます。この度、魔王ベルフェゴール様は『神との戦』をお考えです。そこで、『経験者』であり、天界の内情に詳しいサタン様には是非お力添えいただきたく……」


「なっ――『神』とやらかす……だって!?」


「はい。お母さまに、口添えいただけますか? できれば直接お話したかったのですが、どうやら叶いそうにありませんので。我ら魔王軍としては、味方は少しでも多い方がいい。もしサタン様ご自身が出られないということであれば、貴方様が我らと共に来てくださっても大歓迎です。……いかがでしょうか?」


 値踏みするように見やると、少年は『アシュタロッテだ』と名乗り、ため息を吐いた。


「『神と戦争』……? ますます、母様には教えられない」


「なぜです?」


「だって、母様は『神』がメチャメチャ嫌いだから」


「存じております」


 だからこうして誘いに来てるんだろ? 

 絶対、ノリノリで来てくれるって思うから。


「『神が憎い』というお母様の悲願……今こそ叶えどきではないのでしょうか? こんなに双方に利のある話はそうそう――」


「だからヤなんだよ!」


 アシュタロッテはそう言うとテーブルにばんっ!と手をついて立ち上がる。


「だって、母様が戦いに行ったらウチはどうなる!? いくら俺が強くても、弟妹はあんなに小さくて、数も多い……俺ひとりじゃあ、守り切れるか……」


 さっと伏せた目が、父親がもういないことを告げていた。


「なら、魔王城ウチに来ればいいではありませんか?」


「は……?」


 俺は、ここぞとばかりに権力を振りかざす。


「皆さま、どうぞ一家そろって我が帝国に――魔王城にお越しください。金銭も住居も心配する必要はございません。我らには幸いにして地上の各国には貸しがございます。資金面での援助など、湯水のようにいくらでも得ることができる。

 それに、魔王城は本丸です。戦の際は『最も守りの堅い場所』。ここより安全な場所はございません。あなた方が人質に取られればサタン様は大ダメージ。そんなこと、みすみす許す我らではございませんよ?」


「いや、それはそうかもだけど……! でも、地上で生活なんて無理だろ!」


 その問いに、俺は笑った。


「コンちゃん? 変化を解いてくださいますか?」


 パチン、と指を鳴らすと、コンちゃんは『くけけ』と笑ってその身を部屋いっぱいに膨らませた。小さな弟妹たちは『わぁぁ!』と駆け寄りモフみに埋もれる。

 その様子に、目を見張るアシュタロッテ。


「見ての通り、コンちゃんは魔族です。我ら帝国インソムニアは、『魔族と人の共生』と『永久の安寧』を掲げる理想郷。永住せずともよい。いっときの間、留学気分で来てみてはいかがですか?」


 しばし黙っていたアシュタロッテは、視線をあげると呟いた。


「……俺だけじゃ、決められない」


「それは、サタン様の許可が?」


「違う」


(……?)


 疑問に思っていると、アシュタロッテは小さな天使たちに目を向けた。


「にーに、どうしたの?」


「お菓子食べていいの?」


「まだダメ。ウチの決まりは『全会一致』だ。みんなが納得できないようなら俺達はウチから出ないし、人間を母様に会わせることもできない。いくらなんでもお菓子に懐柔されるようじゃあ、母様の子として恥ずかしいのは、お前らだってわかるだろ?」


「う、うん……」


「わかる……」


 しょんぼりと肩を落としつつも、兄の話に耳を傾ける。俺はユウキのことを思い出し、思わず顔をほころばせた。


「そういうわけだ。どうにかして俺とこいつらを納得させることができれば、母様のいる廟へ案内してやる」


「納得……?」


「地上に出てもいいかどうか、人間のいる場所で暮らしても安全かどうか。楽しいのかどうか。証明して見せろ。お前らだって『人間』なんだろう?」


「――!」


(そういう、ことか……)


 どうやら魔族は何かと『人』を試すことが好きらしい。俺はにっこりと頷いた。


「では、一晩だけ泊めて頂いてもよろしいですか? 僕ら『人間』と暮らしても安全で楽しいということを、示してみせましょう」


「お兄ちゃん……?」


 どうするの? と言いたげなモエの視線に、俺は自信たっぷりに頷く。


 子どもたちが『楽しい』と思うようなことを提供すればいい。

 妹がいた俺にとって、こんなに簡単な話はないのだから。

 幸い今日は――


「モエ? 昔話した『僕らの世界の文化』。サンタさんのお話は覚えていますか?」


「……!」


「一緒に皆さんにお届けしましょうか? 沢山の『楽しい』を、ね……?」


 聖夜の夜。俺達の世界ではトナカイに乗ったサンタさんが子供たちにプレゼントを配りにやってくる。俺達の元には空飛ぶトナカイはいないけど……


 トナカイさんがいないなら――妖狐きつねさんに乗ればいいじゃない?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る