第19話 封印された妹
木でできた格子状の檻の向こうの、黒い瞳と目が合う。白い肌に、肩まで伸びる夜色の髪。七歳くらいのその少女は、背格好も含めて元いた世界の俺の妹にそっくりだった。
「
思わず格子に手を触れると、ビリっと痺れる感覚がする。見ると、格子のあちこちに貼られた『札』が薄ぼんやりと紫色に発光していた。
――どう見ても、封印されてる。
わけがわからないまま見つめていると、ユウキが口を開く。
「お兄ちゃん……」
「――っ!」
「……誰?」
(ひ、人違い……?だよな。ユウキがこんなところにいるわけないし……)
けど――
こんな暗いところでひとり『助けが来たのか?』という期待と『こいつは誰だ?』という不安を湛えた瞳を向ける少女を、どうしても放っておくことができない。
(ハルさんはこのことを知っているのか……?いや、彼がこんなことをするなんて信じられない。きっと知らないんだろう。いずれにせよ、このままでは――)
――いたたまれない。
俺は、少女を解放することにした。格子はよくわからない封印が施されているようだが、あの『札』をどうにかして剥がし、鍵を壊すことができれば――
そう考えていると、少女が再び口を開く。
「お兄ちゃん、ここから出してくれるの?」
「ああ、少し待っていて。きっと出してあげるから」
「いいの?ほんとにいいの?」
「だって、きみはここから出たいんだろう?」
「……うん」
しょんぼりと俯くその姿に、公園で砂の城がうまく作れなくて泣いていた妹を思い出す。
「……大丈夫。きみが望むなら、お兄ちゃんはなんでもできるから」
根拠のない出まかせだが、妹はそう言うといつも泣き止んだ。そうやって砂の城を一緒に作って、完成させたっけ。つい癖のように口走ると、少女は顔を輝かせる。
「お兄ちゃん、すごい!」
「ふふ……待ってて、今――」
まずは鍵の強度を確かめようと錠前に手を伸ばす――次の瞬間。
――パリンッ。
「……?」
錠前が、勝手に壊れた。
(なんだ、老朽化してたのか?)
思ったより呆気なく扉が開き、少女が中から飛び出してくる。
「わぁ!お外だ!お外だよ、コンちゃん!」
「きゃうん!」
外に出るや否や、少女の腕の中から一匹の狐がするりと降りてきた。仲良く揃って俺に抱き着く少女と狐。その体温がふかふかとして心地よい。
「お兄ちゃんありがとう!」
「きゃん!」
「いえいえ、どういたしまして……」
(猫派だが……狐も可愛いな……いやいや、浮気とかじゃなくて!)
ハッとしてレオンハルトを見ると、狐の匂いをくんくんと嗅ぎ、互いにスキンシップを取っている。どうやら仲良くできそうだ。そして、レオンハルトはライラと違って俺の心移りにちっとも嫉妬してくれない。ちょっと寂しい。やっぱり俺にはライラしかいない。
「さぁ、こんなところにいつまでも居ては身体にカビが生えてしまいます。お外に出ましょう」
「うん……!」
少女の手を取って階段をあがり、エントランスに戻ると、血相を変えたハルと出くわす。
「ユウヤ君、ちょうどよかった!この辺で白面金毛の狐を見なかっ――っ!?」
「ハルさん?そんなに急いでいったい何が?」
ハルの表情が、みるみるうちに険しいものになっていく。さっきまでとは様子の異なるハルに疑問を抱きつつ、再び問いかけた。
「……ハルさん?この狐がどうかしたというのですか?」
その問いかけに、俺の後ろに隠れる少女と狐。レオンハルトは、何故かハルを威嚇している。俺は、エントランスに流れる不穏な空気に思わず身をこわばらせた。
「……そいつから、離れろ」
「え?」
ハルが、天羽々斬に手をかける。
(まさか……)
ふたりを封印していたことを――知っていたのか?
「ちょっと待ってください!こんな小さな子と狐が、何をしたっていうんですか!?」
「……いいから」
ハルの放つ圧に、宰相服の裾を掴んで震える少女。その姿にやはり妹が重なる。
俺は負けじと声をあげた。
「理由を聞かせてください。いくらハルさんとはいえ、これはれっきとした児童虐待だ。加えて動物虐待。許されることでは――」
「そいつは!その狐は『千年天狐』といって、俺が殺した魔王の配下だった狐だ。今は力と記憶を失って小さな狐の姿をしているが、大きくなれば九尾になって再び俺達に牙を剥く」
「なっ――」
「殺すと疫病を撒き散らす石に変化するから、殺せないんだ。だから、封印してたのに……どうして……というか、どうやって……」
まさかの事態に、俺はついていけない。だって、俺の背に隠れて弱弱しく震えるこの狐が『千年天狐』?わけがわからない。それに――
「じゃあ、この少女は何者だって言うんですか?どうして彼女まで幽閉を?」
その問いに、ハルが目を伏せる。
「俺だって、何度も言ったんだ。狐を渡しなさいって。でも、その子がどうしても離れなくて……」
「コンちゃんはただの狐だもん!モエのお友達だもん!」
「
「コンちゃんはいい子だもん!モエがいじめっ子にいじめられてるとき、いつも火を吐いて守ってくれたんだもん!だから、今度はモエがコンちゃんを守るの!」
「モエ!いい加減に気づきなさい!普通の狐は火ぃ吐かないだろ!?」
我慢ならん、といったように声を荒げるハルに、俺の後ろでビクッと震える小さな手。握られたその暖かさが、俺を懐かしい心地に引き込む。俺は――
「ごめんなさい、ハルさん……」
――
「この少女は、僕の妹に生き写しなんです。身勝手かもしれないが、僕にはどうしてもこの子を見捨てることができない。どうか……見逃してはいただけないでしょうか?」
「ユウヤ君……けど……!」
ハルは、天羽々斬を抜いた。身の丈ほどある、白銀の美しい刀。仲間の命と引き換えに手に入れた最強の神器を、いたいけな小動物に向ける。
「……狐だけは、置いていけ」
「ダメ!コンちゃんを置いていけない!だって、ハルはコンちゃんが大きくなったらきっと殺すんだ!」
「……できるものなら、とっくの昔にやってるよ」
殺意と悲しみに満ちた目が、俺達の前に立ちはだかっている。だが、後ろには『いもうと』が――
俺は、両手を広げて前に出た。その『最強』から目を逸らさずに、まっすぐ見据える。
「ハルさん。見逃してください」
「できない」
「僕が、この子――モエとコンちゃんを見張ります。何か悪い兆候があればあなたにすぐ知らせる。それでは……ダメですか?」
「ダメだ」
俺は、息を吸い込んだ。
「なら――僕を殺してでも止めることだ」
「――っ!?ユウヤ君、どうして!?」
「あなたにも、妹がいたらわかったかもしれない。兄という生き物は、目の前の妹から伸ばされた手を掴まずにはいられない。もし居るのにわからないというのなら……それは兄失格だ」
「――っ!?」
俺の声に、ハルはため息を吐く。そして、何を思ったか手で左目を抑えた。
「俺を前にして、大した自信だ。ユウヤ君……できれば争いたくはなかったけど。君の
「?」
「――【鑑定眼・
抑えられた左目が金色に輝く。俺は、笑った。
(鑑定眼……?そんな
嘲笑うように静観していると、ハルの表情が険しくなる。
「ん、コレは……?」
「……バレてしまっては仕方がない。お恥ずかしいですが、ご覧のとおり僕は何の力も持たない無力な異邦人――」
「何の力も持たない……?そんなわけが……君は何を言って――わけが、わからない……」
「?」
わけがわからないのは、お互い様だった。
「コレは、なんだ?君のステータス……何も視えない」
「……?だから、ステータスなんて要らないくらいに僕は無力……ゼロなんじゃないですか?」
見たこと無いけど。だって、俺がいくら叫んでもコマンドなんて出てきてくれなかったから。苦い経験を思い出していると、ハルが恐る恐る口を開く。
「こんなの、初めてなんだけど。ユウヤ君、君のステータス表示は……全てが『
「――は?」
「ゼロじゃない。『
「いや、そんなこと言われても――」
「それにコレは……?アクティブスキルもパッシブスキルも何も無い……普通なら初期で五つ以上はある筈なのに……嘘だろ?これで今までどうやって生きて――」
(……悪かったな。なんも無くて)
だから言っただろ?ライラに愛されないと生きていけないって。
理不尽な罵倒に呆れていると、次の瞬間――ハルは驚くべきことを口にした。
「けど……備考欄に、一個だけ――」
「?」
「……『ミラー』って……何だ?」
「え――」
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