第22話 悪の宰相は魔王の配下すら脅す


 帰りの馬車の中。俺はすりすりと頬ずりしてくるライラと、手を握って離さない妹――もといモエに挟まれて窮屈な思いをしていた。加えて膝の上にはレオンハルト。向かいの席を独り占めして寝そべっているリリスは、はだけまくった浴衣を直すこともなくその様子を楽しそうに眺めている。


「……暑い」


 いい加減うんざりといったように呟くと、ふたりは口々に文句を垂れ始める。


「お兄ちゃん、どうして?モエはお兄ちゃんが大好きなのに」


「そうですよ!私だってユウヤがいないと生きていけないくらいに好きなんですから!マヤ様のお話を聞いてたら恋しくなっちゃって……いいから黙って甘えさせてください!」


「……どうして愛されてるはずの僕がそんな責められなくちゃならないんですか?ねぇ、レオンハルト?お前はおとなしくてイイ子ですね~?」


「ふみゃ……ぁ……」


 は~、猫のあくび癒される……


「あ~!そうやってまた猫ちゃんにばっかり構う!ズルイわ!私のことも撫でてください!?」


 すりすり。むぎゅむぎゅ。


「ライラ様、暑いんですからそれくらいにして――」


「ええ~!こんなに大好きしゅきしゅきぴっぴなのに!どうしてそういう事言うんですか!?」


 こくこくと頷くモエも負けじとすり寄る。コンちゃんは意地悪そうにニヤつくだけで助けてくれない。

 愛とは、時に理不尽である。

 ジト目を向ける俺に抱き着きながら、ライラは声をあげた。


「というか、この子は何者なんですか!?さっきから私のユウヤの半分を占領して!むぅ!」


「モエはお兄ちゃんに助けてもらったの!お兄ちゃんはモエを助けるためにハルと戦ってくれたんだよ!すごいの!なんでもできるの!牢屋の鍵もパリンッって壊しちゃったんだよ!」


「まぁ♡さすがユウヤ!凛々しい♡優しい♡カッコいい♡」


「……いや、どうして壊せたのかはわかりませんが。目の前に妹の生き写しがいたら誰だってそうしますよ」


「もぉ~♡そんなこと言って~♡」


「お兄ちゃん大好き~♡」


 すりすり。


(……埒が明かないな)


 俺は諦めて、そのままにしておくことにした。

 そんな俺のため息を聞いて、リリスが口を開く。


「で?この後はどうするの?結局神サマには会わせてもらえなかったんでしょ?」


「ええ……話を聞く限り、神は当てにしない方が良さそうです」


「まぁ、そうよねぇ?あたしだってちょーっと力借りるだけなのに定期的にアレコレあげないといけないし。結構欲張りなのよ、彼ら。直接契約したハルくんならもしかして、とは思ったけど、やっぱ仲良くできてないみたいね?」


「はい。『やめておけ』と釘を刺されました」


「へぇ……ハルくんてば、相変わらず苦労性♡」


(となると……)


 やはり、次に目指すべきは『悪魔』なのか。


 モニカちゃんに貰った昔話『神と悪魔と異界の勇者』によると、異次元と繋がる『門』には二種類あった。

 ひとつは『神』が使用する『天界の門』。大抵のお話では、魔王軍の蛮行に心を痛めた善良な女神などがそこから勇者を呼び出したり、自ら降臨したりする。とはいえ『おそらく善良』と思われるライラが力を借りている女神はあくまでその力の一端を与えるのみに留まり、実際に会うことはできない。


 残されたもうひとつの『門』。それが――『悪魔』の出てくる『冥界の門』だ。

多くの物語ではそこから魔王の軍勢が押し寄せてきたり、聖女や姫君を冥界へ連れ去ったりする、物騒な方の『門』。だが――


(縋るしか……ないのか……?)


 いくら元の世界に帰りたいとはいえ、魔王に会いに――ましてや手を借りに行くなんて。チートも持たない俺にとっては死ねというようなもの。しかし、『帰りたい』と心に決めてライラに『相談』を持ち掛けた以上、残された手があるのなら伸ばすのが筋というものだろうか?


 だが、俺にはひとつの考えがあった。ハルに聞いた話では『神が良い存在とは限らない』。ならば、『魔王が悪い存在とも限らない』のではないか?

 我ながら呆れるくらいに楽観的な考えだが、モエの膝の上で尻尾を枕にうたた寝しているコンちゃんを見る限り、あながち……と、都合のいい方向に思考が流されてしまう。

 俺は、口を開いた。


「リリス。あなたが殺したという魔王について、お話を伺っても?」


 その一言に、魔女は笑う。


「あらぁ……行く気になったの?」


「ええ。もし会いに行けるというのであれば、逃げる手段を確保した上でならアリなのではないかと。一応、コンちゃんを解放したという手柄がこちらにはあります。もし魔王がかつての配下であるコンちゃんを再び軍門に加わらせたいと考えるなら、話をする余地はあるのでは?」


 問いかけると、リリスはキセルを傾けて窓の外に煙を吐きだす。


「そーねぇ……確かにあたし達が倒した魔王はその狐を気に入ってた。息子である今の魔王が欲しがる可能性は高い。でも、その子はそれでいいの?ひょっとすると狐ちゃんとはお別れになるかもしれないのよ?」


(あ――そうか……)


 大事なことを失念していた。俺はモエの肩を抱いてそっと謝る。


「ごめんなさい。モエはコンちゃんと離れたくなくてここまで来たのでしたね。もしモエが嫌なら、今のは無かったことに――」


言いかけていると、モエは宰相服の裾をぎゅうっと握りしめた。


「……行く」


「え……?」


「モエは、コンちゃんがお友達に会えるなら……行きたい。モエの家族は、コンちゃんだけだから」


「……モエ?」


 静かな決意を秘める目に問いかけると、モエはぽつぽつと語りだす。


「モエのおウチは、じゅじゅつしなの。お父さんとお母さんはずーっと昔に死んじゃって、モエの家族はコンちゃんとその兄弟だけ。ハルがくれる『ほじょきん』で皆で暮らしてたんだけど、皆『狐は縁起が悪い』っていじめられて……」


(…………)


「モエ、コンちゃんと一緒ならどこでもいい。どこにでも行く。もしお兄ちゃんがまおう様に会いたいなら、コンちゃんの助けがいるなら……モエも行く。だって、お兄ちゃんはモエとコンちゃんを助けてくれたから」


「本当に、いいのですか?魔王がコンちゃんを配下に戻したいと願えば、あなたは魔王軍に下ることになるのですよ?そしたら、『万が一の日』には、あなたはハルさんの敵に……」


「別にいいよ。ハルはモエには優しくしてくれたけど、コンちゃんにはいじわるだったもん。それに、モエにはわかるよ。コンちゃんのお友達なら、きっとモエにも優しくしてくれる」


「そうなの……ですか……?」


 若干疑問に思いながら膝の上に目を向けると、コンちゃんは『きゃふん!』とドヤ顔をした。

 どうしよう――案外、イケそうだ。

 俺はふたりを信じることにした。


「……わかりました。行きましょう」


 その言葉に、リリスがにやりと笑う。


「魔王に会うならぁ……あたし達が昔使ったゲートを使えば?」


「え――そんな都合のいいものが?」


「都合?そんな良くないわよ?ゲートの場所はわかるけど、中に入るには『魔王の配下が持つ鍵』が必要だもの。昔はそれを手に入れるのに敵を倒して、倒して、襲われて。ハズレ、ハズレ、こいつもハズレ……そりゃもう大変だったんだから!」


「そう、ですか……けど、『魔王に会いに行きたいから鍵を貸してくれ』なんて、いくらハルさんでも――」


「ダメ、でしょうね?ハルくん、魔王のこと大っ嫌いだから。あたしは直接被害に遭ったわけじゃないけど、あたし達のパーティには魔王に親族を殺されたとか結構ザラに居たもの。ハルくんは優しいから、そんな話を聞くたびに自分のことのように胸を痛めていたわ。ふふ……♡」


 かつての勇者の姿にうっとりと目を細めるリリス。


「となると、まずは鍵探しからですか……」


(魔王の配下から鍵を入手する……もしかすると、一戦交えなければならないのか?誰が?俺が?流石にライラに頼るわけには……危ない思いはして欲しくないし……かといって――)


 正直、気が遠くなる。チートの無い俺には荷が重い話だ。

 『やっぱり、無理なのか?』そう肩を落としていると、ふさふさの尻尾で手元を撫でられた。


「……?」


「きゃん!」


「……コンちゃん?」


 何か言いたいことがあるのかと首を傾げていると、不意に立ち上がって震えだす。


(まさか、粗相を……?)


「やめなさい!コンちゃ――」


 言いかけた矢先。『ぐべぇ』と盛大に膝の上を汚された。もちろん、察したレオンハルトは鮮やかにリリス側へ逃げる。


(こんのっ……くそ狐!!)


「ぐぺっ……けふっ……」


「コンちゃん何してるのぉ!?馬車の中で吐いちゃダメだよぉ!!」


「きゃああああ!ユウヤぁ!ユウヤのお膝がぁ!」


「ライラ!クリーニング魔法!!」


 あまりの事態に素で無茶ぶりをする俺。もはや取り繕っている場合ではない。


「きゃっ♡ユウヤの呼び捨て嬉しい♡けどそんなのありません!!」


「どうして!?聖女だろう!?浄化してくれよ!?」


「無いものは無いわ?お掃除の女神様なんて知らない」


「あはははは!宰相君てば吐かれてる!あははは!」


「きゃふふっ!」


 けらけら。


「何をふたりして笑ってる!?このダメ狐っ!!ああもう!」


 汚れた服を脱ごうと立ち上がると、何かがべしゃりと床に落ちた。

 それをしきりに尻尾で示すダメ狐。


「きゃん!」


「…………」


(おい、これ……)


 コンちゃんは、ダメ狐ではなかった。


 そこにあったのは、『配下の鍵』。飲み込んだ為に勇者ハルの手から逃れたと思われる鍵だ。加えてコンちゃんは死ぬと毒石に変化するから殺せない。だから、こうしてずっと守っていたのか。


「コン、ちゃん……」


「きゃふふ!」


 俺は、礼を述べた。


「くれるの、ですか……?僕を、信じてくれるんですね?」


「きゃん!」


「ありがとう、ございます……」


 その気持ちは嬉しい。だが……一言いいか?


「人の膝に吐くのはやめましょうね?」


「きゃわん?」


 けらけら。


 なんともイタズラで楽しそうな笑み。


「…………」


 俺は思う。

 ああ、やっぱ。こいつ間違いなく『魔王の配下』だわ……

 俺は汚れた服を脱いでティッシュで綺麗にした鍵をハンカチで包んでポケットにしまった。


「まぁいいです。あなたの粗相、上司に報告させてもらいます」


「きゃわっ!?」


「クリーニング代も請求します。慰謝料として、『冥界の門』の開き方を教えていただきましょう」


「きゃうぅ……」


「今更萎れたって無駄ですよ?言いつけるって、もう決めましたから。反省と謝罪の意があるのなら、せいぜい魔王に取りなしてください」


 次の目的地が、決まった。


「ふふふ……あたしが殺した魔王のお子さん、どんな人なのかしら?世襲したって噂だけど……イケメンだといいなぁ♡」


「モエはコンちゃんと行く!お友達に挨拶するの!」


「私はユウヤとどこまでも♡」


「レオンハルト?あなたはどうします?」


 問いかけると、レオンハルトは綺麗になった膝の上にぴょこんと乗って、『にゃあ!』と鳴いた。


「そうですか……イイ子ですね……」


 俺はその顎下をくすぐるように撫でる。


(こうして見ると、ただの猫だが……)


 レオンハルトは、コンちゃんを鎮めた。それが意味するところはわからないが、連れて行った方がいいであろうことは間違いない。


(レオンハルト……お前は一体……)


 そして、俺の能力(仮)。ハルの言っていた『ミラー』とは一体なんなのか。


(魔王に会いに行く前に、モニカちゃんに相談した方がいいかもな……)


      ◇


 俺は西の聖女領に着いて早々、モニカちゃんの館を訪れた。


「モニカ様、いらっしゃいますか?」


「おお!長旅ご苦労だったの、宰相殿!いや……『千年天狐』の操り主か?」


「相変わらず、耳が早いお方だ」


「なぁに、心配せんでも、『千年天狐』は西では無名のモンスターじゃ。街の人間はさして気にせんよ。『悪の宰相殿』に今更噂がひとつふたつ増えたところでな?」


「それはそれは……僕も随分偉くなったものですね?」


 くすり、と笑うとモニカちゃんも楽しげにくふふ、と笑う。机から乗り出すモニカちゃんに通されるままに腰掛け、俺は本題を切り出した。


「モニカ様、ひとつお尋ねしたいのですが。『ミラー』という能力について、聞き覚えはありませんか?」


「…………『ミラー』?」


 しばし間を空けたモニカちゃんは、脳内に検索をかけるように『むむむ』と顎に手を当てる。そして一言、告げた。


「…………知らん」


「そう、ですか……」


(やはり、モニカちゃんにもわからないか。ハルさんも『初めて見た』と言っていたし、仕方ないだろう……)


 内心で肩を落としていると、モニカちゃんは口を開く。


「宰相殿、『ミラー』とは何なのじゃ?『鏡』のことか?」


「……おそらくは。東の勇者に指摘された僕のステータス備考欄にあった文言です。ですが、全く使い方の分からない上に心当たりも――」


「……無いのか?」


「いえ、ひとつだけ。いや……正確には、ふたつです」


「……ほう?」


 にやりと歪む口元。その怪しげな幼女の笑みが『早く話せ』と好奇心丸出しで急かす。


「本来できない筈のことが『二度』できました。一度目は、『千年天狐』の牢に掛けられた封印を解いたとき。二度目は、東の勇者の攻撃を弾いたときです。一度目は単なる檻の老朽化とも思いましたが、改めて考えると不可解だ。勇者が苦戦するような相手を、老朽化した檻に入れておくわけがありませんから」


「……ふむ。それで?宰相殿はソレをどういったものだと考える?」


 俺は、あくまで思考を促すその笑みに、静かに答えた。


「僕の予想では……ソレは、『鏡』です。しかし、単にモノを反射するのではない。そうだとすると、僕が今まで怪我をしたことと辻褄が合いませんから」


「では、お主の『ミラー』は、のじゃ?」


(映し出す……)


「僕の『ミラー』は――」


(おそらく……)


 ――人の思考を映し出す、『鏡』です……

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