第59話 金色の時間

「できれば、戦いたくないの……。田中君を返して」


 私は勇気を出して言い切った。

 創造神の契約者――ギルバ。以前に咲夜と二人で挑み、敗北した相手。

 今回は私一人だけど、灼聖者である私が助けるの……。


「ふむ……。なんじゃ童貞! 相手がおるではないかっ!」

「おいこら、誰が童貞だ、誰が」

「しかし……。この娘も幼い……やはり貴様、ロリコンじゃのう」


 田中君とギルバが何やら会話している……。

 やっぱり、田中君は支配されてるかもしれない。

 ギルバは、全ての神魔と契約者を操れる……。


「ゴール、俺は平気だぞ。心配かけて悪いな」

「田中君、ソイツは危険なの。まってて、すぐに支配を解く」


 田中君は強い、咲夜すら勝てなかった。

 それでも――このギルバが相手なら話が違う。

 今の田中君の言葉は、全て言わされているだけかもしれない……。


「にっしっし……。わらわに挑むか、小娘。よい、遊んでやろう」

「貴方を倒せば、支配は解けるの……?」

「ふむ、勘違いか……。そうじゃな、勝てたのなら――!」


 この言葉で確定した……。田中君はギルバの手の中。

 ギルバは何故かニヤニヤと笑っている……。

 私を、金色の灼聖者を――玩具くらいにしか見ていない。


「え、いや、俺は別に何もされてな――」

「黙っておれ童貞。せっかくじゃ、遊ぶのがよい」

「童貞いうな! 言っとくが、ゴールを殺そうとしたら赦さないぞ」


 田中君を顔の近くまで引き寄せ、コソコソと会話を続けている。

 支配下にあるのだと、見せつけるように。

 こちらを見てニヤリと再び笑うと、ギルバは田中君に口付けした。


「にっしっし……。ほれほれ、急がねば接吻せっぷんでは終わらんぞ?」

「おい、幼女がファーストキスとか、どうしてくれんだ!」

「む、不服か……。ヤレヤレじゃのう。これだから童貞は……」

「うっぜぇ……。お前、本当にぶっ飛ばすぞ」


 これ以上――田中君で遊ばれるのは不快。

 絶対に助けてみせる……。全ての条件は揃っているの。

 力を発動させ、戦闘態勢に入る。

 金色の灼聖者である私が司る力は――”奇跡”。


回帰レイグレシオ――――”金色こんじき時間トキ”」


 私の力は、灼聖者でも最も強力で特殊。

 発動に条件や制限があり、行使する難易度が高い。

 咲夜と組んだ時は、力を完全には発揮できなかった。


「前回とは違うの……。条件は全て整ってる」


 一つ、敵が自身よりも圧倒的な強者であること。

 一つ、状況が不利であり、尚且つ、勝つことが絶望的であること。

 一つ、自身が恐怖を感じる相手であり、勇気をもって挑むこと。


「ふむ、確かに……。加減は――?」

「……っ」


 思わず息が止まるような圧力。

 殺気ですらなく、ただ――”認識”されたのだと感じる……。

 さっきまでは、石ころ程度としか思ってなかった……?


「奇跡を、黄金よ――来たれ。剣となり、翼となれ」


 金色の光が背中に集まって翼になり、宙に立つ。

 この黄金は――”奇跡”を具現化する。

 人は空を飛べないから羽を、武器がないから剣に。


「ついて来るの……。創造神の契約者!」


 剣で一振り、ビルの入り口を弾け飛ばす。

 翼を羽ばたかせて、人の少ない場所へギルバを誘導する。

 あの場所で戦闘を続ければ、田中君を巻き込むかもしれない……。


「――ッ」


 私が誘導していたはずなのに、飛んだ先に、ギルバが立っていた。

 能力なのか、方法は分からないけど、空を歩いている……。

 有り得ない。後から追いつくなら納得できるけど……。


「ふむ、驚いた顔じゃのう。”瞬間移動”というやつじゃ」

「それも創った能力? 反則もいいところなの……」


 自分にとって都合のいい能力を創れる。

 戦いでは、反則とも言える力……。

 その上、神魔を支配する性質に加えて、肉体も人ではなく神。

 契約者は、生身で戦うという明確な弱点があるけど、コレにはない。


「創造力が足りん。この力が強いのではないぞ?」


 そう――ギルバの恐ろしさは異能でも、身体能力でもない。

 全てを見通すような、想像力と創造力。

 この契約者を出し抜くのは困難……。


「童が使うからこそ――――意味を成すのじゃ」


 それでも、今はまだ不完全なのは間違いない。

 簡単な話、相手を即死させる能力だって創れるはずだから。

 それをしないのは、何らかの制約があるということ。


「どれ、ここは一つ、手本を見せてやろう」


 ギルバがそう言うと、金色の光が溢れ出す。

 これは、私の力と同じ……。

 この一瞬で――金色の灼聖者の力を完全に再現している……。


「どう……して……。有り得ないの!」


 再現だけなら理解できるけど……。

 これは、明らかに私を凌駕しているの……。

 ”奇跡”の行使には条件がある、本来ならギルバでは本領を発揮できない。


「ふむ、不便な能力だったのでな。

「――っ」


 完全な上位互換。私が勇気を振り絞って漸く可能なこと。

 それを不便だからと、捻じ曲げて振るう……。

 怖い、勝てるわけがない……。でも、私しかいない。


「貴方は、灼聖者リーベにしか倒せない。だから、負けないの……」


 どんなに強力な契約者でも、絶対に勝てない。

 例え多くの契約者が連合を組んでも意味なんてない。

 神魔と契約する限り、このギルバには逆らえないから。


「ふむ……。もう一人はどうした? 奴なら可能性はあるぞ?」

「咲夜は死んだの……。貴方は――私が倒す」


 無数の黄金が――花びらのように周囲に舞う。

 コレは加護であり、補正ともいえる奥の手。

 この花びらが散る空間にいる限り、あらゆる事象が有利に働く。


「花見の気分ではない。せろ――――」


 たった一言。ギルバの言葉で空間が書き変わる。

 戦術や駆け引き、そんな戦闘の常識なんてお構いなし……。

 文字通り、次元が違う強さ。


「ほれ、次はどうした? 他の使い方を見せてみろ」

「……」


 ダメだ、勝てない。こんなの戦いじゃない。

 勝負にもっていくことすら不可能。

 今のは正真正銘の奥の手で、本気だったのに……。


「つまらん。それで終わりか? なら――


 今度は、青色の光がギルバの手元に集まっていく……。

 殺される……。アレがどんな能力なのか分からない。

 けど、防げない類の力なのは理解できる。


「また、守れないの……?」



 私は、夢を見ない子供だった。

 人生に希望を見出せず、期待することも忘れていた。

 十二歳の時、両親が消えた。いや、私を捨てたのだと思う。


「お腹、すいたの……」


 飢えた。食べ物もお金もない。

 孤独に、ただ一人で夜の町を歩いて、這いずって。

 警察に行って、保護してもらうことも考えた。


「パパ、ママ。きっと、逮捕されちゃうの……」


 当時の私は、両親がそれでも好きだった。

 だから――二人のために、耐えて、我慢した。

 歩いていると、美味しそうな香りがする。


「丸いの、美味しそう……。死にたく、ないの」


 古い一軒家。そこからする匂いだけを頼りに歩く。

 お爺さんが一人でタコ焼きを作っていた。

 私を見て、笑うとたくさんのたこ焼きを食べさせてくれる。


「くれる、の……? お爺さん、あり、がとう……」


 美味しいから泣いたのか、優しさが嬉しかったのかは覚えてない。

 ただ、人の温かさとか、尊さを知った。

 奇跡はあるんだって、感動した。


「私がお爺さんを守ってあげる。お礼するの」


 十二歳の子供が、できることなんてない。

 それでも、お爺さんはありがとうって言ってくれた。

 それから数日、その家でお世話になって。

 そして――その日がやってくる……。


「え……? お爺さん……?」


 血だらけで死んでいた。

 お爺さんの頭だけが残っていたから、理解した。

 何かに殺されたのだと。


「誰……?」


 電気も消えた血だらけの部屋で、人影があった。

 瞬間――悟った。コイツだ、コレがお爺さんを殺した。

 その男は嗤っていた。私に微笑んで話しかけてくる。


「おーやー? 子供だぁー。君にあげるね?」

「え……?」

「こんなジジイに寿命なんてぇさぁ、要らないよねぇ?」

 

 何を言ってるのか分からなかった。

 手の甲に紋様が光っていて、同じ人間には見えない。


「この世界はさぁ、不平等だよねー。

 だからー。必要な人に与えて、不要な奴からは奪うべきだよね?」


 男は不気味に喋り続ける。

 私は恐怖で動けけない。震えて、逃げることすらできない。

 すると、もう一人。執事服を着た男が歩いてくる。


「やはり――契約者も神魔も罪深いですね」


 二人の男は仲間ではない、空気から感じた。

 お爺さんを殺したのがバトラーで、この人は違う。


「私は烈火咲夜れっかさくや共有きょうゆう灼聖者リーベ――有する時数時は”Ⅰ”」


 咲夜という名前の人は、私の前に立つ。

 守ってくれている。その背中に憧れた。

 神魔も契約者も、当時は理解できなかったけど。


「おや、引いたようですね……。食えない契約者だ」


 私を抱きかかえると、優しい声で言う。


「一人でも救えてよかった。神魔から、私が守りましょう」

「違うの……。私は、守りたい! 私も戦うの」


 私がそう言うと、困ったように笑って。

 咲夜が問いかけてくる。


「貴方は――戦うのですね? 私のように、神魔と」


 そうして――私は、金色の灼聖者になった。



「今度こそは、守って、救ってみせるの!」


 田中君はお爺さんじゃない。

 そんなことは知っている。それでも、守りたい。

 過去をやり直したいと思った。あの日の私が強ければと。


「誰でも良かった。もう一度、次があれば――」


 田中君がたこ焼きをくれた時、凄く嬉しかった。

 私にとって、あの味は”奇跡”だから。

 だから――決めた。どんな相手からでも守ってみせると。


「私じゃ……勝てないの?」


 ギルバの攻撃が迫って、このままでは殺される。

 青色の光が私に落ちてくる。恐らく防げない。

 直撃の寸前――黒い砂が間に割り込んだ。


「おい、ギルバ。これ以上やるならお前――?」


 絶対的な一撃だった光を――握り潰した人影。

 黒いドレス姿の少女をおぶった、田中君がいた。




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