第26話 勝利と恐怖

「あれ……遅かったか」


 俺、田中太郎は吸血鬼に絡まれ、返り討ちにした。

 死ぬ前にこの子を連れてくるつもりだったけど……。

 始祖の吸血鬼はもう砂になり、死んでいた。


「メデバド、神魔って人間にここまで執着するもんなのか?」

「否、通常、神魔ハ人間ニハ執着モ依存モシナイ」

「……なら、コイツが優しすぎたってことか」


 殺さずにすむ道もあったのかもしれない。

 砂になり形すらない吸血鬼だったモノの傍に瑠璃と呼ばれた少女を寝かせる。

 この子のために吸血鬼は死んだ、アイツには確かな信念があった。


「この子から”死の概念”を消す」


 せめて、義理くらいは果たしてやりたい、そんな気分だ。

 契約紋を起動し、死を消し去るイメージで少女を直視する。

 ……これで、ちょっとやそっとじゃ死なない。


「じゃあな、吸血鬼。お前のことは覚えておくぞ」


 この少女から死を取り除く、これでそのうち意識が戻る。

 もう病気でも寿命でも死ねない、けど多分これで良いはずだ。


「汝、買イ物ハ良イノカ?」

「あ、ギャルゲー買いに来たんだった」


 すっかり忘れていた、多分もう売り切れてるなぁ。

 この辺に住むオッサン達はギャルゲーとエロゲには目がないからな。

 販売から一時間もすれば完売である。

 まぁ、ダメもとで覗てみるか。


「待ってろよギャルゲーヒロイン達!」


 目の前で眠る少女にも別れを告げて、店に向かう。

 駅の目の前にあるショップが目的地だ。

 久しぶりに全力ダッシュしてみようかな。

 

「我ハ戻ル、健闘ヲ祈ル」


 メデバドは疲れたのか戻るらしい。

 まぁ、一人の方が走りやすいし、良いか。

 店の前に着くと、案の定というべきか行列ができていた。

 いや、厳密に言うならオッサンの群れが出現している。


「あ、グラサンだ」

「なっ! お前は……あの時の坊主!」


 黒いコートにサングラスの男、虞羅三タケシだった。

 オッサンの行列に紛れているがダンディな恰好で浮いている。


「坊主、この辺りで吸血鬼を見なかったか?」

「ん、見たぞ」

「何! どこだ! 二人も呼ぶべきか……」

「いや、もう殺したぞ」


 グラサンは心底驚いた顔だ。

 あの吸血鬼、色々な奴に狙われてたのか?

 いや、多分アイツが色んな奴を襲ったんだろう。

 

「……やはり、お前さんは規格外の強さだな」

「で? なんでギャルゲーの待機列に並んでるんだ?」

「うっ! 吸血鬼を仲間と分担して追っていたのだが……」

「あー、このショップが目に入ってしまったと」


 その仲間が知ったらブチギレそうな話だな。

 やっぱこのオッサンはこっち側の人種らしい。

 敵を追う途中でギャルゲー買うとか、……どんだけだよ。


「だがまぁ、あの吸血鬼が死んだのなら、ここに並ぶ口実ができたさ」

「うーわ、こんな大人になりたくねぇ」

「坊主、大人にはな、優先しなきゃいけないことってのがあるのさ」

「お、おう」


 ギャルゲーの待機列で決め顔されてもなぁ……。

 俺もこんな残念な大人にならないようにしないとな。

 うん、……反面教師としては立派な男だぜ、グラサン。


「……!」


 っ! ……なんだ? 今なんか俺の力がが……。

 奇妙な感覚だ、俺の力を無視して戻されたような不気味さを感じた。

 眼の契約紋を起動させてみるが、特に異常はなかった。

 勘違いか? けど確かに今、何かに干渉された気がする。


「お、おい坊主、大丈夫か?」


 グラサンが心配そうな表情で様子を窺ってくる。

 ……契約者バトラーになって初めて”恐怖”を感じた。

 誰かに攻撃されたわけじゃない、だが……。

 まさか、吸血鬼が俺の力を弾いた?


「そんなわけないか、かなり強い力で殺したはずだし」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る