第72話 創造神VS死ノ神

「お前には負けられん……。わらわこそが”最強”じゃ!」


 強さとは――――積み上げ、選び、捨てる覚悟。

 故に、強さに偶然などなく、必然的であり。

 断じて、信念も覚悟もない者が得られる代物ではない。


「にっしっし……。その眼から砕いてやろう」


 少女――ギルバは笑うと、敵に視線を向ける。

 相手を殺す覚悟もなく、自分を圧倒する存在など認められない。

 偶然にも最強の神魔と契約し、欲望のため戦うなど言語道断。


「あ、うん……。別に、俺は最強じゃなくていいぞ」


 そんな腑抜けた声を出した青年は、少女の攻撃を封殺する。

 内側から契約紋を砕こうと試みたが、青年には通用していない。

 あらゆる能力をもってしても、一度視界に入れば最後、殺される。


「なるほどのう……。お前には”死”や”負傷”という概念がないか」


 ギルバは”瞬間移動”の異能を駆使し、青年の視界から消え続ける。

 たった一度でも、しくじれば終わり。

 一見、隙だらけの青年には、契約紋以外に弱点が存在しない。


「対して、お前は一回でも致命傷だぞ?」


 勝ち目はない。大人しく諦めろ、と。

 青年は嫌味もなく、純粋な善意から言っているのだろう。

 しかし――ギルバにとって、


「にっしっし……。”創造力”が足りんぞ、田中太郎!」


 命なき者を殺すには、与えてやればよい。

 奪えるモノがないなら、創ればいいのだ、と。

 能力すら創造できる彼女をもってすれば、不可能などない。


「お前に命を与え、、関係ないのじゃ」

「……そうきたか」


 青年は、心底驚いたように感心していた。

 自分から”死”を消し去ろうとすれば、隙が生まれ、契約紋を壊せる。

 しかし、放置すれば、通常の攻撃で死ぬ可能性があった。


「お前は、童と違い”戦い”に慣れていないのじゃ」


 そう――――これこそ、もう一つの弱点。

 対等な相手が不足していた故の、経験不足。

 もしも、能力の扱いが長けていれば、”死”を消しながら、戦えただろう。


「自分以上を知らぬ、故に――――”本物”の強さには届かない!」


 敗北から学び、進化を続けた者だからこそ。

 試行錯誤し、苦悩し、積み上げた故の強さがあるのだ、と。

 空蝉や東条エンマとの戦いが、その積み重ねが、生きている。


「借り物の力におぼれ、努力を怠った。それが敗因じゃ!」

「……そうかもな。けどさ――――」


 青年はフラフラと、光線による攻撃を受けながら笑う。

 ギルバは正しい、たった一つを除いて、重みのある言葉だった。

 しかし、致命的に足りていないモノがある、と。


「どれだけ頑張ろうが――――、だぞ?」


 瞬間――青年の周囲に、黒くおぞましい何かが溢れ出す。

 ギルバが同時に発動させていた異能は、死に絶え。

 努力も虚しく、与えたはずの概念ごと殺されていく……。

 

「終わりが――――結果が全てだぞ。

 本物だろうが、借り物だろうが、死んだらそれまでだ」


 敗北から学ばないことが弱さ?

 対等な相手がいないから、戦いを知らない?

 それがどうした。知らぬことこそが”強さ”なのだ、と。


「お前は凄いよ、ギルバ。


 青年は、別人のように冷徹な目で語る。

 殺し合いに次なんてない。自分と戦うなら、学ぶ機会などないのだ。

 今までのぬるい遊びと、同列に語るな、と。


「”殺さない”って言葉、撤回してもいいぞ」

「……っ!」


 青年の言葉に、ギルバは息を吞む。

 本能的に悟ったのだ、遂に本気にさせてしまった。

 これまでの攻防が成立したのは、手加減されていたから。


「”最強”のお前なら、俺と殺し合う覚悟もあるんだろう?」

「にっしっし……。当然じゃ、勝つのは童だからのう!」


 ギルバのその言葉を聞いた、その瞬間。

 青年がその手を宙に向け、気が付けばギルバは首を掴まれていた。


「なんじゃ……これは……。何を、した!」

「お前との”距離”を殺した。瞬間移動でも好きにしろ」

「っ……。おのれ! 出鱈目が過ぎるぞ貴様!」


 視界に入り、既にどんな能力を発動させても意味はない。

 もはや逃れる術などなく、ただ死を待つのみ。


「自分の死は――――”想像”できないか?」

「……! う、ぅぐ……。お、のれ……!」


 ギルバの体は、朽ちて、砂ともわからぬ塵になっていく……。

 必死に足搔き、数々の異能を行使するも、悉く殺され。

 抵抗など赦さない圧倒的な力に蹂躙される。


「”本物”の強さとやらで、勝つんだろう?」


 この理不尽に抗えるなら、やってみろ。

 そんな意志を感じさせる、禍々しい死の力がギルバを包む。

 塵になっていくギルバの体と力を眺め、青年は淡々と力を行使する。


「どれだけ創造したところで、新しい”死”を生み出してるだけだ」


 新なものを生み出し、努力を積み重ねたところで。

 結局は、死という終わりに辿り着くのみ……。

 進化を繰り返し、他者を凌駕して成長する。それもいいだろう。


「進化なんて前向きな語で、勘違いするなよ?」


 散りゆくギルバを、地面に放り投げ、青年はゆっくりと歩く。

 表情を恐怖に歪ませるギルバに、淡々と告げる。

 自分と殺し合う覚悟が足りないのは、お前の方だ、と。


「お前がこれまで、積み上げられたのは、そこに――


 超えるべき相手ではなく、終着点。

 強き者も、弱き者も、等しく死ぬのが定め。

 自分の前に立った時点で、全て終わった過去の話なのだと。


「ぁ……。うぁああああああああああ!!!」


 魂の叫び。終わってなるものかと、ギルバは吠える。

 消えた手足を創りだし、”奇跡”の力を行使。

 さらには、東条エンマと同様の”銀炎の否叶”で燃やそうと特攻した。


「呆気ないもんだ。失う時は、奪われるのなんて一瞬だぞ」


 青年がその手を向けると、発動していた二つの力は消失する。

 彼を凌駕する”奇跡”は起きず、”否叶”する予知すらない。

 恐怖から冷静さを欠き、目の前に特攻。つまらない結末だ、と。


「ぅっ……。童は、死ぬ……のか……」


 ギルバは動きを止め、地面に膝をつく。

 恐怖と絶望から、涙を流し、同じ思考がループしていた。

 こんな結末のために、生まれ。こんな負け方をするために……。



「ここまでか……。帰るぞ、メデバド」


 ギルバは完全に塵になった。

 死んだことを確認すると、俺は階段に向かうため歩く。

 すると、何故かメデバドが背中から降りた。


「汝、世界ハ変化シテイナイ」

「ん……? いや、そのためにギルバを殺したんだけど?」

「否、戻ッテイナイ。”創造神”ノ力ハ、消エテイナイ」


 メデバドのその言葉で、ふと気が付く。

 見渡すと、ギルバが死んだにもかかわらず、青い光が消えていない。


「完全に殺したはずだぞ? そんなわけ――――」


 話の途中で、突如感じる存在感。

 背筋が凍るような気配に、思わず後ろを振り返る。


「まじかよ……。いくらなんでもズルいと思うぞ」


 塵が集まり、カタカタと骨を、肉体を創り出していく……。

 少女の形をした存在は、その背中に青い光の羽を生やす。

 空中に浮くと、その目を開き、血の涙を流した。


「メデバドさんよ、コレ、殺せると思うか?」

「否、汝ノ力デハ、僅カニ足リテイナイ」



「感謝するのじゃ、田中太郎」


 ”完全”な創造神の力でも、足りなかった。

 だが、世界と融合し、終わりなき進化を手に入れ。

 死ぬ度に、へと昇華していた。


「お前への恐怖が――――更なる高みを”創造”させた」


 完全なる”無”から自身を”創造”する存在。

 例え終わりを迎えても、より強い始まりで叩き伏せる。

 過程も結果さえも捻じ曲げて、最初から始めよう、と。


「何度でも殺せばよい。その都度つど、強く戻って来るがのう?」


 戦闘能力で並んでいても、田中太郎になす術はない。

 仮に殺したとしても、意味はなく。

 何より、この復活は――勝てないことの証明なのだから。


「そっちだけ強くてニューゲームとか……。ないわー」


 形勢は逆転している。だというのに、田中太郎は余裕を崩さない。

 死ノ神ギ・メデバドも、召喚していられる時間は限られる。

 侮ることなく、最初から死ノ神が相手していれば、結果は違った。


力は、お前にはないのじゃ」

「そうだな……。実際、復活しちゃってるし……」


 ギルバの言葉を、事実だと肯定していた。

 諦めたのか、時間だったのか、メデバドの召喚すら解けている。

 田中太郎の引き出せる力では、ギルバを殺しきれない。


「詰んでおるぞ、貴様。それが契約者バトラーの限界じゃ……」


 田中太郎の強さは、通常では考えられない程。

 しかし、あくまで契約者の域は出ていない。

 借り物の力で、半分しか引き出せずに戦えば、当然こうなる。


「お前は間違えたのじゃ。分を弁え、死ノ神に託すべきだった」


 長期戦になれば、進化を続けるギルバが有利。

 故に最初の段階で、メデバドが全開の力で殺すべきだった。

 借り物の力を過信し、相手を侮ったから負けるのだ、と。


「正直、ここまで強いと思ってなかったぞ」

「にっしっし……。お前の負けじゃ」


 ギルバはほくそ笑む。自分は賭けに勝ったのだ。

 油断や慢心がなければ、どうなったかは分からない。

 もしも、あと少しでも田中太郎が強ければ、死んでいた。


「何言ってんの? 負けるのは――――?」

「負け惜しみか、情けないのじゃ……」


 田中太郎は淡々と、当たり前のようにそう口にした。

 言っている意味が分からず、ギルバは困惑する。

 どう考えても強がりにしか聞こえない、と。


「神様になって、忘れたのか?」

「何……?」


 田中太郎は笑うと、自分の眼に宿る契約紋を指さす。

 お前になくて、俺にはあるぞ、と。


「だからさ、俺はまだ――――”解放”してないぞ?」

「っ……!」


 そう――――ギルバは見落としていた。

 契約者を超え、神になった故に忘れていたのだ。

 田中太郎という強者を、自分と同じだと錯覚していた。


「馬鹿な……。そんなはずは……有り得ん!」


 最初から、根本からして考え違い。

 今までの攻防は全て、様子見だったのだ。

 田中太郎は侮ってなどいなかった。しっかりと、奥の手を持っていた。


「融合ごと殺しきれない? 当たり前だぞ、素の状態なんだし」


 田中太郎の周囲に――――ジリジリと、ノイズがかかる。

 赤と黒の、影のような螺旋が集い、包み込んでゆく……。

 影を纏ったような姿に変化すると、手元に螺旋が集まった。

 

解放リベレイト――――”与奪よだつ殺鎌しにがま”」

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