第一章

伝承の女王編

第12話 始祖の吸血鬼

は必ず、伝承の力を取り戻す」


 降り注ぐ雨の音がこだまする。

 教会の祭壇に佇む少女が呟く。肩まである黒髪で、顔立ちは美しく、赤色のドレスを着用しており、その気品が余計に異質さを醸し出す。

 そして、何よりも特徴的なのは、その深紅の瞳に口元の小さな牙。


「余に挑んできた愚かな子らも余の眷属となり、我が力の源となる」


 彼女は――始祖の吸血鬼。

 此度こたびの神魔戦争を利用して己が力を取り戻すために、動き出した存在。


 いわく、伝承の吸血鬼は血を採取し、を取り戻す。

 いわく、始祖の吸血鬼はあらゆるである。


契約者バトラーの血がまだ足りぬ。余が完全な状態に戻るまで、幾千の血を流そうとも、必ず君の願いを成就させよう。瑠璃」


 始祖の吸血鬼が呟いた名前は、彼女の肉体の前の持主であり、契約相手だ。

 瑠璃と呼ばれた少女が、神魔である始祖の吸血鬼に差し出した代償――

 それは、己の肉体の所有権。


「契約者の血を取り込めば、その契約主の力も僅かだが、得られるだろう」


 伝承の力を完全に取り戻し、自身を支配する存在を討ち滅ぼすために。

 最後に残った始祖故に――

 契約相手の少女――瑠璃の願いのために、それが始祖の吸血鬼の目的だった。


「瑠璃、君は余と共にこの世界に始祖の吸血鬼として君臨し続ける」

「おいおい、お前本当に契約者バトラーなのかぁ? 人間には見えないぜぇ」


 彼女に話しかけた男は何処から現れたのか。契約紋を起動しながら彼女の前に歩いてくる。その背後には雷の元素の天使エレメントが浮遊していた。

 通常の契約者では、瞬殺されるであろう大天使と共に戦闘態勢をとる。


「おや、余の眷属になるためにご苦労なことだ」

「ああ? ざけんな、てめぇを殺すために来たんだよ!」

「余は契約者であり、。君では勝てない」

「へへ、いいねぇ、お前みたいなスカした野郎をぶっ飛ばすのは最高だぜぇ」


 男は手のひらの契約紋を彼女に向けて叫ぶ。


「電撃の鉄槌! 死ねやぁああ!」


 男の言葉と共に教会を無数の光が駆け巡る。

 それらは全て電気であり、人が食らえば一瞬で感電死する程のモノ。

 さらに男の周りにもイナズマが走り、近寄ることすら困難を極める力。


「君の力も、君の血も余には不要だが、感涙に打ち震えよ、

「ああ? なっ、……なんだこりゃあ」


 全ての電撃、光が彼女の手元に円を描いて凝縮されてゆく。

 アメのような球体にまで小さくなったソレを彼女は口元に放り、そして――


「余をただの神魔と思ったか? 余は始祖の吸血鬼ぞ、全ての異能を食らう者だ」

「食った? 神魔の力を無効化できるのか!」

「無論、異能は余には通じぬ。だが、

「お前、まさか、俺の力を!」

「君は余の眷属にする価値もない。異能は取り込んだ、あとは血を貰おうか」


 男は自分が何に挑んだのかを知った。神魔には色々な存在が含まれる。

 だが、始祖たる存在は共通してそのを再現できる。


「くそが、コイツは優勝者シードよりもたちが悪りぃ」

「ほう? 君は優勝者と戦ったことがあるのかい?」

「あるぜぇ、憤怒の魔王と契約して正義ズラしてる野郎だったけどなぁ」

「気が変わったよ、君は余の眷属にしてやろう」


 彼女に血を吸われた契約者バトラーは彼女の意志次第で眷属になるか、死ぬか。どちらにせよ、彼女に挑んだその時からいしずえになる運命であり、眷属となれば彼女の人形とも言える存在へと貶められる。


「おい、虞羅三、援護しろ撤退するぞ」

「やれやれ、人使い荒いんだから、まいるねぇ」


 男の助けを求める言葉に何処からか返答が返ってきた。彼女の目の前にいたはずの男は霧のように消えてゆく。


幻影事象ファントムイベント


 幻術に特化した契約者バトラーと前もって二人で彼女を相手するつもりで来ていたのだ。撤退という言葉の通り、気配は消えていた。

 神魔戦争が始まって半年、多くの同盟を結んだ契約者がチームを結成していることは、始祖の吸血鬼も知っていた。


「かまわないさ、いずれ、君達契約者バトラーは一人残らず余が食らう」


 彼女はその美しい赤色のドレスをひらりとなびかせると、先の戦いで取り込んだ電撃の力で教会を破壊した。

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