第49話 エル・デイリー・ギルス

「まさか――お前まで裏切るとは思わなかったぞ、マルカ」


 白いワイシャツに白い髪、肌も目も全てが真っ白な男。

 容姿とは裏腹に、好戦的な言葉と雰囲気。

 その左目には”Ⅳ”のマークが宿り、灼熱の炎が燃えている。


「エル・デイリー・ギルス……。アタシを殺しに来たの?」


 問いかけた少女は、魂操こんそう灼聖者リーベ――マルカ・クラウスス。

 その肩は僅かに震えており、自身よりも強者であるギルスを見上げる。

 見逃してくれるという小さな希望に期待するが……。


「ゴールの奴は俺様でもどうしようもないが、お前は別だ。

 探し物のついでに……ここで、殺しておくとするさ」


 そう言うと同時に、辺りには白い球体が無数に出現する。

 一瞬にして周辺の瓦礫を消滅させ、塵一つない平坦な地面へと変貌させた。

 灼聖者において”時数字”は強さの序列であり、絶対的な差。

 戦闘能力ではマルカに勝ち目はなかった……。


憤怒ふんぬ魔剣まけん――させねぇぜ!」


 マルカ・クラウススの隣にいた青年が、黒い片手剣を一振りする。

 出現していた白い球体は、次々と黒い炎で燃やさていく……。

 ギルスはそこで漸く、近くにいたその青年に興味の視線を浴びせた。


「ほう……。俺様の力を、概念ごと燃やせるのか」

「俺は東条エンマだ。お前を負かして――止めてやるぜ!」


 そう言うと、東条エンマは人間離れした速度でギルスの懐へ入る。

 さらに一瞬で、黒い炎を纏う剣の切っ先を叩き込む。

 しかし、ギルスは剣を止める事すらなく、ただ――


「そうか、お前……優勝者シードだな? チャンバラは嫌いじゃない」

「なっ……。冗談、だろ……?」

「俺様の力は特別性でな。悪いが、物理攻撃の類では勝てんぞ」


 ギルスはニヤリと笑うと、右手に白い球体を出現させる。

 小さなソレは、急激に大きさを増して――辺りを飲み込んだ。

 僅かな時間で危機を察知し、東条エンマは後方へと飛んでいた。


「なんだ、この能力……。マルカ無事か?」

「アタシは平気よ。それより……ギルスの力は”消滅”よ」

「俺のもう一つと同じ力なのか……」


 ならばと、東条エンマは解放の種類を切り替える。

 白い片手剣に碧い炎が巡り、あらゆる攻撃を消滅させる防御形態。


解放リベレイト――堕天だてん粛清剣しゅくせいけん


 しかし、ギルスの表情からは余裕が消えない。

 それどころか、指を鳴らして、小さな白いナイフを無数に出現させた。

 エンマを見て鼻で笑うと、全てのナイフは降りかかる。


「勘違いするなよ、マルカ。俺様の力は”無に還す”こと、だ」


 ギルスの放ったナイフは、エンマの力を無視して体を傷つけた。

 切れた傷口から出血し、その場に膝をつく……。

 本質的に自身とは全くの別物だと、エンマは悟る。


「……まぁ、こんなものか。マルカとの戦いで、疲弊ひへいしているな?」

「関係ねぇ……。言ったろ、止めるってな!」



「エンマよ、その体ではまとに戦っても勝ち目はない」


 俺は契約する神魔、魔王サタンの言葉でかろうじて意識を保つ。

 マルカも俺を守るために、前に立っていた。

 その姿は戦うまでもなく、既に俺との戦いでボロボロだ。


「やっぱり、アンタは下がってなさい。アタシがなんとかする」

「サタンのおっちゃん。アレ、使えねぇか?」


 俺は――救ってやると、マルカ・クラウススと約束した。

 こんなことで負けられない、諦めることは代償で捨てたのだ。

 最後の手段であり、切り札ともいえるものが一つだけある。


「エンマよ、アレは自我を一時的とはいえ、奪う」

「ああ、けど……それしかねぇ。いけそうか……?」

「今回の相手ならば、可能だろう……」


 始祖の吸血鬼との戦いでは、伝承を奪われて使えなかった。

 今回の相手は強いが、始祖の吸血鬼ほどじゃない。

 今なら試せる、ただし――かなりの危険を伴う賭けだ。


「マルカ、できるだけ遠くへ逃げろ」

「はぁ……? ここまできて、アンタを見捨てるわけないでしょ」

「違う、今から俺は”暴走”する。近くにいれば巻き添えをくらう」

「……暴走? アンタ、まだ奥の手があったの……」


 そう、最終手段にして切り札。それは――”魔王化”だ

 色々と発動に必要なトリガーが存在する。

 その一つは”怒り”であり、俺が敵意を抱く相手であることが条件。

 さらに――その状態になると、俺は自我を失って暴走してしまう。


「本当は、使いたくなかったけどな……」


 自我を失うということはつまり、

 それこそが――サタンが憤怒の魔王たりえる所以であり。

 その契約者である俺もまた、最も力を発揮する最強の一手。


「……なんだ。お前は一体、なにをしようとしている?」


 ギルスから余裕の表情が消え、警戒を向けてくる。

 無理もない、まるで勝てるかのように話ていれば、怖くもなるだろう。

 俺は意識を切り替え、”怒り”の感情をイメージしていく……。


「見せてやるぜ……。これが――”魔王化”だ」


 黒い炎が俺の体を巡り、碧い炎が背中に集まって翼を形成する。

 二本の角が頭に生え、碧色の光線を周囲へ無差別に解き放つ。

 さらに――片手剣の形をした炎を、俺は右手に創り出す。


「……馬鹿な。……?」



「喋っテてイいノカ? 死ぬゼ……?」


 奴は――東条エンマは俺様の前に立っていた。

 動作や気配が全く感じとれないのか……?

 黒と碧の混ざる螺旋の炎が、片手剣へと変形し攻撃を仕掛けてくる。


「――ッ! 俺様を……あまり侮るなよ」


 瞬時に能力を発動させ、奴の攻撃を”無へと還す”。

 どんな攻撃であれ、物理では俺様を攻略することは不可能。

 いや、これは……違う。


「グギァ。消エろ……邪魔ダぜ、ソレ」

「……何? なんだ、まさか――!」


 一撃を無効化した瞬間、剣だった炎は俺様を巡り能力を消していく。

 さらに一瞬で再び片手剣へと形状を変化させ、上半身を切られた。

 そうか、二種類の炎――その性質を合わせ持ち、高速で変形する攻撃か!


「ぐっ……。クソ、まさか、俺様が一撃くらうとはな」


 その上、奴自身が化け物じみた速度と耐久力で襲い掛かってくる。

 もはやアレは人間ではない。

 能力ごと消し去る攻撃力に、くらえば致命傷な光線まで無差別に放つ。


「侮ったのは、俺様のほうだったか。回帰レイグレシオ――”無への帰還”」


 仕方がない、俺様も妥協すれば殺されるだろう。

 契約者の中でも、ここまでの強者はそうはいない。

 コイツは、今回の侵攻で最も危険な存在かもしれんな……。


「お前ごと、この周囲の空間全てを――烏有うゆうす!」


 俺様を中心に、周囲へ広がり、地面ごと全てを消していく。

 白い球体は空間ごと、あらゆる存在を消去する。

 厳密には違うが、ブラックホールのようなものだ。


「ギグァ? キヒッヒヒヒ」


 東条エンマは、炎の翼を羽ばたかせ、空中を浮遊している。

 自我がないのか、言語すらままならないようだ。

 さらに俺様の作り出した球体を素手で掴み、


「化け物だな。優勝者シードとはこれ程か……」


 そもそもが、俺様の力を掴むことなど有り得ない。

 どうやったのかは知らないが、概念に物理的な干渉ができるらしい。

 ふざけている。こんな化け物にどう勝てばいい?


「だが、俺様はこう見えても用心深くてな。時間だ……」


 一対一ならば絶対に勝てなかっただろう。

 しかし――俺様は前もって灼聖者を六人呼んである。

 指定した時間になれば、この辺りで集合するよう決めておいた。


「そろそろ到着する頃だな。俺様の勝ちだ、東条エンマ!」


 すると、やはり六個の影が空から降ってくる。

 来たか、……いや、なんだ?

 何かがおかしい。どうなっている……?


「何故だ、既に瀕死、だと……?」


 降ってきた人影は、全て仲間の灼聖者で間違いない。

 しかし、全員が何故か死にかけている。

 まるで――血でも抜かれたように、真っ青な顔色だ……。


「やぁ、随分と愉快な宴だね。も混ぜてもらおうか」


 コツコツと、ヒールの靴の音が響く。

 赤いドレスに深紅の瞳と口元の牙。十代くらいの少女が歩いてくる。

 肩まである黒髪で、どこか病弱そうな体つき。

 しかし、その雰囲気からは圧倒的な迫力を感じさせる……。


「なんだ……貴様。どうやって六人の灼聖者を――」


 俺様が言葉を言い切る前に、謎の少女は笑い言った。


は、ブラッド・オブ・クイーン――”始祖の吸血鬼”さ」

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