第77話 時ノ神VS憤怒の魔王 Ⅰ

「”死”は――存在の最も秘密な点、最も私的な点」


 ミシェル・フーコーは、死だけが権力の限界なのだと言った。

 なら、この世界はどうだろう?

 神魔戦争というルールの中、敗れたとして、死んだとして。


「果たして君達は、僕や彼から逃れることができるかな?」


 死ノ神の契約者である彼、時ノ神の契約者である僕。

 結果は決まっている。だから、これは過程の話だ。

 僕と彼以外の優勝者は、ここで脱落するだろう。それでも――


「もう少しくらい、楽しませて欲しいかな」


 契約者だった亡骸を手に、僕は落胆していた。

 僕がその気になれば、この死体も巻き戻して蘇らせることが可能だ。

 理不尽に殺され、死んでも尚、強者の気ままに遊ばれる。


優勝者シードという――同じ枠の中にいながらも、差は歴然だね」


 既に――この数日で、

 死んだギルバを含めれば、八人。

 僕と彼以外で、残すはあと三人だけ。


「さて、残りも見つかりそうかな?」


 アークエルトの話では、全ての優勝者がこの町に集まるらしい。

 未来視によって、それは確定している。

 しかし、本来なら――未来が視えても、世界に散らばる優勝者を探すのは困難だ。


「ギルバには、感謝しないといけないね……」


 今にして思えば、彼女はとても面白い人物だった。

 少し、勿体ないことをしたのかもしれない。

 創造神の力は、僕にとって数少ない弱点の一つだ。


「でも、やっぱり負けるところは、想像できないかな」


 時ノ神の力に対抗できるのは、時間より外側の概念だけ。

 ”時間”とは――過程のこと。

 始まりをつかさどる”創造”の力と、終わりを掌る”死”の力だけが弱点。


「……おや? まさか、そちらから来てくれるとは思わなかったよ」


 人影が三人、こちらに走って来た。

 どうやら、その内の二人は優勝者のようだ。

 その中でも、リーダーらしき青年がこちらを睨んでいる。


「よぉ……。俺は東条エンマ。てめぇを――!」

「名乗ってもらって申し訳ないけど、覚える気はないかな」


 東条エンマと名乗った青年の手には、黒い炎を纏った片手剣がある。

 恐らく、魔王サタンの契約者だろう。

 それに一人、契約者以外も混じっているらしい。


「君達は、色々と不思議な集団のようだね」


 優勝者が二人に、灼聖者が一人。

 通常では、考えられないようなチームだと言える。

 神魔戦争のルールを思えば、優勝者は殺すべき対象でしかない。


「アンタ……。何で、優勝者を殺し回ってるわけ?」

「契約者なら、特別不思議なことではないよ」

「一人だけなら、ね。アタシ達が確認しただけでも、数人は死んでたわ!」


 確か、魂操こんそう灼聖者リーベ――マルカ・クラウススだったかな。

 咲夜が力を分け与えた者の中に、この少女がいた。

 灼聖者の大半は死んだが、生き残りもいたらしい。


「”悪よ凍れ”――――」


 今まで黙っていた別の少女がこちらに手を向ける。

 瞬間――氷が地面を走り、こちらに迫ってきた。

 この少女も優勝者だが、あまり期待は出来そうにない。


「うん。まずは――――

「……っ!」


 僕は契約紋を起動させ、少女に向けて”力”を行使する。

 神魔戦争は、優勝者の契約者を一人、殺すことが勝利条件だ。

 では、契約している神魔を殺せばどうなるか。


「そういう類の能力は、僕には通用しないんだ」

「これは、一体何を……」


 少女が放った氷は、僕に触れた途端に砕け散る。

 そして、少女の契約紋から――

 時の力を使えば、”召喚した瞬間”に時間を巻き戻すことも可能だ。


ときつるぎ――――”君は生れなかった”」


 僕の手元には、細く美しい剣が一本。

 持ち手から剣先まで白く、鍔の部分には時計が埋め込まれた武器。

 アークエルトが戦闘に使う武器であり、本来の戦闘スタイル。


「させねぇ! 神魔を殺して、ただの人間に戻すつもりかよ」


 僕が神魔に斬りかかると、東条エンマが剣で受け止めた。


「残念だが――”君は彼女を守れなかった”」

「――っ!?」


 そう――僕が優勝者をいくら殺しても勝利しない理由。

 それは、契約者ではなく、神魔を先に殺していたから。

 強制的に召喚させ、神魔を殺す。すると、契約主を失い、ただの人となる。


「なん、で……? 俺は確かにお前の剣を止めたはずだ!」


 この武器は、アークエルトが戦闘に使用する物。

 あれ程の強さの彼女が、戦闘に必要とする時点で、性能は破格だ。

 過去と未来――あらゆる”時間を斬る”ための武器。


「君が防ぐという”未来”、守ったという”過去”――その全てを斬った」


 神魔が斬られ、少女の契約紋が消える。

 そして、次の瞬間――少女はこの世界に生まれた”過去”を失い、消滅した。

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