第78話 時ノ神VS憤怒の魔王 Ⅱ

「君は、海老名龍人の本を読んだことはあるかい?」


 僕は、震える青年に問いかける。

 ”時ノ剣”の力を前に、彼が守ろうとした少女は消滅した。

 未来と過去を斬るという、神の契約者でなければ対処不能の武器。


「生きて帰れたのなら、読んでみると良い」


 彼は、自分が誰を守ろうとしたのかを、覚えてはいない。

 僕によって、斬られ。”守れなかった”という事実だけが残っている。

 だから、喪失感はあっても、思い出せない。


いわく――天国があるとすれば、そこは屋上のような場所なんだそうだ」


 そこは、何もない場所であり。

 ストレスや、不快なモノから遠い場所なんだとか。

 誰も幸せではないが、不幸でもない。最も万能な『良い場所』である、と。


「これから死にゆく君は、果たして天国に行けるだろうか?」


 本物の強者と相対した時、考えるべきは勝つことではない。

 どう生き残るか、それだけに全力を振り絞るべきだろう。

 前提を誤れば、その後なんて存在しない。


「彼女が死んだのは、弱者である自覚が足りないから」


 だから、無謀にも僕に挑み、最後は消え去った。

 本来であれば、三人の内の誰を逃がすかを即座に選ぶべきだ。

 しかし、三人いれば勝てると勘違いしてしまった。


「……何の話をしてやがる。覚悟してもらうぜ!」

「なるほど、君達がギルバの邪魔をしていたわけだ」


 恐らく、ギルバが完全になるまで時間を要した原因は彼らだろう。

 確かに、不完全なギルバが相手なら、勝てたかもしれない。

 だが、僕に挑むのなら、最低でも、死ノ神と戦えるレベルでなくては困る。


「君では、僕から何も守れはしないよ……」

「俺は、お前に勝つぜ。誰も殺させねぇ!」


 東条……何だったかな。

 彼は、誰かを守るために戦っているようだ。

 しかし、既に一人は僕の手によって殺されている。


「ハハ、奪われた自覚すら持てない君が、僕を殺せるのか?」


 人間は、反省と後悔から成長する生き物だ。

 だから、奪われた自覚がなければ、同じことを繰り返してしまう。

 誰かを守ると吠えるなら、失う覚悟が必要になる。


「いくぜ、解放リベレイト――”憤怒ふんぬ魔剣まけん”」


 彼の言葉と同時、黒い片手剣が出現する。

 魔王サタンの解放は、恐らく二種類存在しているはずだ。

 確かに、僕以外が相手なら、強力な契約者だといえる。


「俺がお前を止め――――っ!」

「”君の剣は折れていた”」


 彼の剣は、一瞬の内に砕け散り、ボロボロと原型を無くしていく。

 僕は、”時ノ剣”を一振りするだけで良い。

 この剣には、射程も、距離すらも関係ない。


「この武器に――――


 通常、どんなに強力な神魔でも、制約や制限が存在する。

 それは、生物の限界であり、現象ですら例外ではない。

 しかし、神の契約者だけは、そんな理よりも外側だ。


「ほら、また一人失った。

 君は一体、何を守ろうとしているんだろうね?」


 彼の背後にいた。魂操の灼聖者――マルカ・クラウスス。

 先程の一振りで、彼女も消え失せた。

 彼はまだ、戦っているつもりなのだろう。


「何だ……。俺は、どうして? てめぇ、何をしやがった!」

「……仕方がない。せっかくだ、君の真価を問うとしよう」


 彼が思い出せないというのなら、教えてあげよう。

 僕は、契約紋を再び起動させ、彼に――”時間”を与えた。

 守れなかったと知った時、彼は変わらずに”守る”と言えるだろうか。


「なん、で…………。俺は、どうして忘れて」

「君が弱いから、かな。だから、もうあの二人はいない」

「ぁ……嘘だ」

「残念ながら事実さ。君を信じてついて来た、二人は死んだよ」


 彼の目からは、戦意が急速に消えていく……。

 全てを守ろうなんて傲慢は、人が持つには過ぎた代物だ。

 もしも、捨てる覚悟が、強さがあったなら。


「君が早々に、、生き残ったかもしれない」

「っ……。まだだ、認めねぇ!」


 彼がそう言うと、銀色の炎が溢れ出す。

 黒かった目や髪も、銀色に変化した。神格に匹敵する力のように感じる。

 どうやら、切り札があるようだ。


「――”銀炎の否叶”」


 彼の目には、まだ僅かな希望が宿っている。

 並の神格を凌駕している力なら、確かに取り返せるだろう。

 最も、相手が僕でないのなら、の話ではあるが。


「――っ。どうしてだよ! 何で……」

「無駄さ――”過去”と”未来”の無い存在には、干渉できない」


 恐らく、彼の力は”今を否定”し、”理想を叶える”力だろう。

 他が相手なら、いくらでも取り返しがきく。

 しかし、僕との相性は最悪と言って良い。


「君は、自分がこの世界の”主役”だと思っているかい?」

「……そうだ。俺は諦めねぇ! お前を倒して、救ってやる」


 この世界が、一冊の本だとして。

 きっと、主人公がいることだろう。理想を体現できる、そんな存在。

 しかし、そのための絶対条件があるとすれば、それは――


、替えの利く人物でしかない」


 僕は笑いながら、時ノ剣を振るった。

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