第54話 アークエルト

 この世界が、一枚のコインだとしよう。

 僕たち人間が普段、目視しているのが表側。

 そして、神魔が住まう向こう側は――裏だ。


「僕はいつだって、コインの表裏を――上から眺めている」


 創造神と融合した君は――果たして表なのか、裏なのか。

 それとも……君もコインを投げて、傍観するしかない哀れな強者か?

 どちらでも良い。君を秤にかけるなら、僕しかいない。


「君は、どちらの側だろう? 楽しみだね……」


 契約紋を起動させ、彼女を見る。

 創造神の契約者――ギルバ。

 その表情は、警戒と好奇心が混じるような、そんな顔だ。


「にっしっし……。随分と上から語るな?」


 独特の笑いを浮かべ、くすぐったい殺気を放ってくる。

 彼に――たろう君に比べて、足りていない……。

 いや、彼が異常なのだろう。やはり、たろう君は魅力的だ。


「そう感じたなら、君が下にいるんだろうね……」

「よい、よいぞ貴様! しかし……他人と比べられるのは不快じゃな」


 どうやら、顔に出ていたらしい。

 ほんの少しの情報から、”創造性”を発揮して既知きちとするのが彼女なのだろう。

 確かに、比べるのはもっと先でいいかな。


「強者であろうと、警戒を怠れば――?」


 そう言うと同時に――右手をこちらに向けてくる。

 青色の光が集まり、光線のような攻撃を放つ。

 目視できる速さではなく、避けるのは不可能だろう。


「君にしては、芸のない攻撃だね。”創造力”はどうしたのかな?」


 工夫もなにも感じない攻撃を、力を使い巻き戻した。

 否――巻き戻してしまったのだ。

 彼女はニヤリと笑うと、再び二発目を準備している……。


「――っ」


 確かに巻き戻したはずの攻撃は、僕に直撃していた。

 攻撃をくらうなんて、初めてかもしれない……。


「……面白いね。まさか――、驚いたよ」


 どうやら、目に見える光線はフェイク。

 実際は何の効果もない光であり、本命は目視不可能な未来からの攻撃。

 ”能力の創造”が可能なら、有り得ない話ではないだろう。


「だから言ったじゃろう? 警戒を怠るな、と」

「ハハ、有言実行だね。謝罪しよう、君を侮っていたようだ」


 本来なら、もっと致命傷になる攻撃で不意をつけたはず。

 つまり――言葉通り、教えるためだけに、加減をしたようだ。

 誰かに攻撃をされることも、ましてや手加減など初めてのこと。


「これは……思わぬ収穫しゅうかくだね。使ってみようかな?」


 僕も遊んでいないで、”戦い”というものをしてみるとしよう。

 嬉しいな、生まれて初めて――本気を出せるかもしれない。

 しかし、殺してしまっては本末転倒だ。


わらわは、好かん言葉がいくつかあるが……。

 中でも――”能ある鷹は爪を隠す”が一番嫌いじゃ」


 もったいぶらず、本気でかかってこい、と。

 なるほど、確かに彼女からすれば道理だろう……。

 隠したところで、大概はお見通しなのだから。


「では、お言葉に甘えて。始めようか――”戦い”を」


 再び契約紋を起動させ、僕は――眼を開く。

 この力はあまり好きではない、故に基本は使わない。

 未来視――先を見通し、対策と工夫が介在せず、砕かれる力。


「もう、不意打ちはできない。お手並み拝見といこうかな」


 未来が視えているなら、巻き戻すまでもないのだ。

 先程のような、程度の知れた攻撃は通用しない。


「にっしっし……。未来視といったところかのう?」


 僕の発言から読み取ったのか、既に把握されているらしい。

 だが、君のその言葉は――ついさっき視た。

 君にとって、この会話は既知きちであり、僕にとっては既視きしと言える。


「甘いのう……。、止められると思うてか?」


 彼女がそう言うと、全方位に、再び青い光が集まる。

 うん、知っているよ。

 それが、フェイクではなく、本当に破壊力を持つことを。

 そして――巻き戻せば、未来からの攻撃をくらうことも。


「未来を知ったところで、防ぐ手段がなければ、意味はないのじゃ」

「ハハ、そうだね。未来を視ても、君とは漸く互角らしい」

「童の想像を超えてみせろ。でなければ――通用せんぞ?」


 それも知っている……。

 一度でも、彼女が知ったことや、想定したこと。

 想像通りの事象は――例え異能であっても一切通用しない。


「全く……。随分と卑怯な仕様だ。まぁ、僕も大概ではある」


 全ての光線は――、動かない。

 彼女の意志ではない。いや、彼女すらも止まっている、というべきか。

 時間の停止――そんな芸当も可能だ。

 攻撃どころか、彼女の思考そのものを止めてしまえば関係ない。


「何度も言わせるでない……。甘いわっ!」

「――ッ」


 止まった時空で――彼女は一歩踏み出し、こちらに来る。

 信じられないことに、時を止めても無意味らしい。

 有り得ない……こんな未来を、僕は視ていない。


「時ノ神と戦うならば――時を止めることくらい、想像がつく」


 ……なるほど。

 どうやら、最初から警戒していたようだ。

 想像できたとしても、普通は、なす術もないはずなんだけどね。


「ハハ、やはり君は凄いね。返す言葉もないよ」


 未来視も、巻き戻しも、時間停止すらも――

 彼女が既知と判断した時点で、あらゆる力が封殺されている。

 恐ろしい強さだ。彼の相手に申し分ない。


「さて――”想像力”とは、何で構成されているか知ってるかな?」

「……なんじゃ、藪から棒に」

「答えは至極簡単だ。それはね――”過去”という

「――ッ! 貴様……まさか!」


 彼女も漸く悟ったらしい。

 先程までの攻防も――全ては意識を逸らすための茶番。

 確かに驚きはしたが、殺し損ねた時点で、君の負けさ。


解放リベレイト――”時間剥奪じかんはくだつ”」


 彼女――ギルバから、黄金のナニカが溢れ出る。

 記憶、経験、知識、感情、全ての源は”過去”だ。

 彼女が培ってきた”時間”を奪い、”ギルバ”という存在は抜け殻となる。


「……う、ぐぅ。貴様……!」


 自信に満ちた姿も、見る影がない。

 地面に片膝をつき、僕を見上げている……。

 今までの自分が消えていく感覚に――その表情は恐怖に染まっていく。

 流石に――ここまでは想像できなかったようだ。


「うん、その姿は――


 彼女は言った、”創造力”が足りないのだと。

 皮肉にも――今の姿こそ、最も相応しい言葉だろう。

 さて、このまま死なれても困る。

 元に戻そうと、近寄ったその瞬間――


「にっしっし……。”創造力”とは――”無”から”有”を生み出すことを指すのじゃ」


 ……馬鹿な。何故、笑っている?

 どうして――前と変わらず喋っている……?


「言葉を奪われたなら、つくればよい。


 記憶を、経験を、言語を、過去の全てを――”創った”?

 なんだそれは、出鱈目がすぎるだろう……。

 それはまるで――生まれた時から完成された、化け物の言葉だ。


「……創造神を取り込んだのは、こういう理由ワケかい?」


 正直――ここまでとは思わなかったよ。

 こと、人間としての壊れ具合なら、僕より上だろう。

 他人を知って気持ち悪いなんて、初めてだね。


「にっしっし……。相手が悪かったのう、空蝉うつせみ春草しゅんそう!」

「ああ……全くだね。君は――気持ち悪いよ」


 僕のその言葉と同時に――無数の時計が出現した。

 白い花が空を舞い、世界が歪んでいく……。

 来てしまったか、残念だけど、仕方がない。


「おいで――”アークエルト”」


 僕を掴んでいたギルバは、白い光に吹き飛ばされる。

 どうやら、我慢の限界らしい。

 しかし、困ったことになった。殺してしまいそうだ。


「春草……嘘、だめ、だよ……? 私、遊びたい」

「うん、ごめんよ。約束は守らないといけないね」

「うん! ……ありがとう。遊んで……くる、ね?」

「殺してはいけないよ。もし殺したら――戻すように」


 真っ白なドレスに、シンデレラのようなガラスの靴。

 ミディアムくらいの長さの銀色の髪、頭には青色の特徴的な髪飾り。

 そして――純粋で混じりけのない青色の瞳。

 コクリと僕の言葉にうなずくと、向こうへ歩いてゆく。


「……グフッ。なんじゃ貴様は……」


 さっきの白い光は――”アークエルト”が

 ギルバは既に、致命傷といえる状態になっているらしい。

 血反吐を小さな口から吐いている……。


「初め、まして? 私、は……時ノ神、だよ?」

「な、に……? 何を言っている?」


 ギルバは、カタカタと体を震わせている……。

 それは――スノウがそうであったように。

 別次元の存在を前にして――本能が感じる”恐怖”という防衛本能。


「違う……。時ノ神は――”クロノス”は、お前ではないっ!」

「うん。私、”アークエルト”って言うの。覚えて、ね」


 きっと、彼女には理解できないだろう。

 創造神と融合して、”前回の記録”を知っているからこそ。

 本来の時ノ神を知っていたから、見落としてしまった。


「ギルバ、君は凄い。技量だけなら僕より上だ」


 僕は拍手を送りながら、近寄っていく。

 ゆっくりと、時間をかけて、分からせるように。


、君は勝っていたと思うよ」

「これは、一体……? なんじゃ、どうなっているっ!」


 この世界をコインとするなら――


「そう――神魔戦争のシステムには、欠陥けっかんがあるんだ」


 僕の言葉を聞けば、想像力が豊かな彼女は理解するだろう。

 致命的な欠陥、それは――呼び出す人間の”認知”に頼ること。

 神魔を呼び出す時、その人間が知りえる範囲から呼ばれる。


「僕はね、他の世界を見通せたんだ。生まれつきさ」

「――!」


 流石だね、どうやら察したらしい。


「この世界をこのコインだとしよう」


 一枚のコインをポケットから取り出して見せる。

 薄々と、僕が語る内容を理解できてしまうのだろう。

 だが、理解を拒んでいるようにも見える。


「この裏側から、君達は神魔を呼んでいる」


 しかし、と続けて二枚目を取り出す。


「僕は別のコインの裏側から、”アークエルト”を呼び出した」

「……クロノスは、この世界の時ノ神は、どうしたのじゃ!」

「ハハ、”アークエルト”が殺してしまったよ」

「――っ」


 ギルバの、その表情は絶望に染まっている……。

 彼女が創造神を取り込んだように……。

 同じ概念ならば、強い方が生き残る。

 つまり――


「面白かったよ。ビンタで死んだんだ、”クロノス”はね」


 創造神アルカ・テラシオンと同格だったソレ。

 その結末は――秒殺だった、一瞬のことだ。

 ギルバはショックからなのか、アークエルトのプレッシャーに耐えられないのか。

 口を手で押さえて嘔吐している。


「この世界にはね、今現在――最強の神魔は、


 僕は笑みを堪えきれず、語りだした。



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